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負けず嫌い

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黄金色の腰まである艶やかな髪、翡翠のような美しい瞳は不愉快そうに細められていても十分に魅力的に映る。そんな美少女の登場に、傍にいた侍女や騎士たちが一斉に頭を下げる。
ヴィクトールを兄と呼んでいたことから、この少女はこの国の王女なのだろう。そう推察しながらも瑛莉は立ち上がろうとしなかった。

(察しが悪いほうが警戒されないだろうし、乱入してきたのはあちらだからな)

驚いた振りをしてヴィクトールの手を振りほどけたのは良かったが、面倒なのは王女が瑛莉に嫌悪の眼差しを向け続けていることだ。

「不作法だぞ、マリエット。茶会の場に招待した覚えはないのだがな。それにお前の騎士はどうした?」
うんざりしたようなヴィクトールの口調に、マリエットの表情が更に険しくなった。

「お兄様がご同席を許した方よりもマナーは身に付けておりますわ。――オスカーがいないからディルクにお願いしただけなのに、そんなに怖い顔をなさらないでくださいませ」
その言葉に瑛莉はマリエットの背後に視線を向けた。

(雪豹みたい……)

そう思ったのはプラチナブロンドの髪色だけではなく、彼の佇まいや雰囲気がどこか優雅な肉食獣のように感じられたからだ。軽薄なイメージが嘘のように凛とした騎士としてのディルクを思わずじっと観察してしまったのが、間違いだった。

「嫌だわ、そんな風に物欲しそうな顔をしてはしたないこと。お兄様のような素敵な方が目の前にいるのに、本当にその方は聖女様なのかしら」

(は、あんたも本当に王女様なのかと思うぐらい下衆な勘繰りしてくれるよな)

思わぬ本音がよぎるが、戸惑ったような表情を作りながらヴィクトールのほうに視線を戻す。むっとしたような表情は妹の言動のせいなのか、自分に向けてなのか分からないので瑛莉も恍けることにした。

「聖女でなくても召喚されることはあるのでしょうか?」

(元の世界に帰してくれるとは思っていないけど……)

これだけ自分勝手な連中が、わざわざ元の世界に送り返してくれるほど親切なわけがない。口封じに消される可能性もなくはないが、上手くいけば追い出されるだけで済む。頼る者も十分な知識もなく追い出されることを考えれば不安はゼロではないが、ただ王子たちに利用される腹立たしさを思えば、一からでも頑張れる気がする。

「聖女以外の者が召喚されるなんて聞いたことがない。マリエット、くだらない妄言でエリーを戸惑わせるのはやめるんだな」
ヴィクトールの言葉が気に入らないのか、マリエットは不満そうな表情を浮かべる。

「お兄様がそうおっしゃるのなら。ですが元々下賤の身なのですから、立場は弁えていただきたいものね。王女であるわたくしに頭を下げないなんて非常識にも程があるわ」

(好きでこんな立場にいるんじゃないのにな……)

先ほどからねちねちとしつこいと思っていたが、瑛莉が然るべき礼を尽くさなかったことが不愉快なのだろう。それでもこちらの世界の常識を知っていて当然というマリエットの態度は鼻についた。
普段なら聞き流せる言葉なのに、これまでの苛立ちが蓄積されすぎたのだろう。

「――どうやら私は歓迎されていないようですね。?」
笑顔で告げる瑛莉にヴィクトールが目を瞠る。そんな顔に少しだけ溜飲が下がるような気がして、瑛莉は頭を冷やそうと思い立ち上がった。

「ヴィクトール王太子殿下、王女殿下、失礼させていただきます」
「エリー、待ってくれ!」

階級が上の人より先に席を立っても良いのかどうか、ちらりと疑問がよぎったがこれ以上付き合うのも馬鹿らしく、何より瑛莉は疲れていた。
決して優雅ではないがしっかりと頭を下げたので、もういいかとどこか投げやりに考えていたのが悪かったようだ。
背を向けた瑛莉の背中に鋭い声が飛んだ。

「シクサール王国王太子殿下の言葉を無視するなど、聖女様といえども不敬に当たります!お戻りください」

(本気で面倒くさい……)
表情を整えようと深呼吸をしたが、視界が歪む。

(あ、これマズい、立ち眩みだ……)

さっきも倒れたばかりなのにと何とか堪えようとしたのだが、そう上手くいくはずがなかった。精神的な疲労に慣れないドレスで酸欠状態になったのだろう。ドレスを汚したら弁償だろうかと思い、一瞬だけ意識が飛ぶ。



(……デジャブ)
不快な浮遊感を覚えながらも、目を開ければ金色の瞳がこちらを見下ろしている。反射神経だけでなく勘も鋭いのかと鈍い頭で考えていると、観察するような視線が僅かに緩んだ。

「そのままで」
囁くような声に瑛莉は大人しく頷いて目を閉じた。

「ディルク!わたくしよりその子を優先するの?!」
「そのようなことはございませんが、私は騎士ですから女性や弱き者を助けることを美徳としておりますので。王太子殿下、聖女様には少々休養が必要かと愚考いたします。お部屋にお送りしてもよろしいでしょうか?」

癇癪を起こしたようなマリエットの口調とは対照的に、ディルクはあくまで静かな声で諭しながら、ヴィクトールに確認を取った。

「――許す」
「ディルク!」
許可が下り一礼したディルクは、マリエットの声など聞こえないかのように足早にその場を去った。

「もう、大丈夫です。下ろしてください」
「無理をなさらず。中途半端に回復しても後に響きますよ」

目眩が治まった途端に、抱えられていることが気になった瑛莉が申し出ると、ディルクは逡巡することもなくさらりと告げた。

(あんまりこいつに借りを作りたくないんだが……)

とはいえここで言い争いをするもの不毛だし、人目につくのもまずいだろう。ただでさえ王女の機嫌を損ねるという失態を犯したばかりなのだ。あの様子では今後も瑛莉を目の敵にすることが容易に予測できる。
考えただけでうんざりしたが、それよりも気になるのはディルクの態度だ。
先ほどの囁かれた言葉から、瑛莉の演技はバレていたのだろう。だがそれをヴィクトールに告げ口したようには思えなかった。
だからと言ってディルクが味方だと思うほど、瑛莉は楽観的ではない。

(こいつの目的は何だ……)

考えているうちに部屋に辿り着き、待機していたエルヴィーラが顔を顰めた。ベッドに運ばれて身体が離れる直前、ディルクが耳元で囁いた。

「負けず嫌いもほどほどにな」
「――っ!」

にやりと面白がるような表情は一瞬で、すぐに元の表情に戻したディルクはそのまま部屋を出て行った。

(あいつ、絶対腹黒いだろう!!)
瑛莉は無性に腹立たしい気分に駆られたが、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。
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