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妖精の素顔

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「貴女、少し付き合ってちょうだい」
「……は、はい!」

一瞬遅れて自分に声を掛けられたのだと気づいたジェシカは、わたわたと返事をする。その声に令嬢たちも我に返ったのか、必死な顔でステファニーに弁明を始めた。

「ステファニー様、これはただの事故ですわ。偶然手が当たってしまっただけですの」
「わたくしどもはこの者の態度を見兼ねて忠告していただけですのよ。ステファニー様の婚約者様にも言い寄っていたものですから」

そんな令嬢たちをステファニーはどこか冷めた眼差しで一瞥すると、ジェシカのほうを見て僅かに頷くとそのまま歩き出した。

(あ、付いてきてって意味かな……)

ジェシカも後について行けば、令嬢たちもそれ以上かける言葉が見つからなかったようだ。気まずい沈黙の中、ジェシカはステファニーの背中を見ながら先ほどの出来事を思い返す。

(ステファニー様が私を助けてくれたのよね?)

だが華奢な体躯と細い腕にそんな力があるとは思えない。全体重をかけてしまったはずなのに、掛けられた声は平然としており頑張って支えてくれているような風ではなかった。
風魔法などで背中を押してくれたのかという考えがよぎったが、背中の感触はそんなものではなかったと思いなおす。

そんなことばかり考えているとステファニーの足が扉の前で止まり、躊躇なく中に入っていく。
小さな準備室のような部屋は、机と二つの椅子が置かれていて、片方にステファニーが座ったため、ジェシカも対面に腰を下ろす。

(こうして近くでみると、本当に妖精のように可憐な美少女だわ……)

神秘的な銀髪と紫の瞳、白くきめ細やかな肌に小さく紅い唇がどきりとするほど鮮やかだ。思わず見惚れていると、アメジストのような瞳がまっすぐにジェシカに向けられた。

「あ、あの、先程は助けていただいてありがとうございました!」

驚きのあまりお礼も告げていなかったことを思い出して、ジェシカは慌てて感謝を伝えると、ステファニーは小さく首を横に振る。

「たまたま通りかかっただけだから、気にしなくていいわ。それよりも貴女はメーガンと親しくしているようだけど、それはエイデン様が関係しているのかしら?」
「いえ、違います!エイデン様は関係ありません」

率直な物言いに驚きながらも、ジェシカは即座に否定した。きっかけは確かにエイデンではあったが、今ではむしろエイデンと接点が生じないのであれば一緒にいたいと思える存在なのだ。

「やっぱりそうよね。不愉快な聞き方でごめんなさい。一応確認しておこうと思ったの」

あっさりとジェシカの言葉を肯定するステファニーに、ジェシカはどこか拍子抜けしたような気分になった。以前コナーに頭を撫でられていたのをステファニーには目撃されていたこともあり、良い感情を持たれていないだろうと思っていたのだ。

「ステファニー様は……私のことを不快に思っていないのですか?」

おそるおそる尋ねると、ステファニーは優美な微笑みを浮かべて言った。

「貴女個人には何も思っていないわ。それに先ほどメーガンのことを庇っていたでしょう?わたくしの友人のために怒ってくれたこと、嬉しかったわ」

見られていたのかと恥ずかしくなったが、そんなジェシカの様子をステファニーはどこか面白がるような表情で眺めている。

「メーガンはとても良い子なのだけど、少し拗らせている部分があるから。ああ、そういえばあの子に推しという言葉を教えたのは貴女だったわね?」

困ったように笑うステファニーを見て、この人は本当にメーガン様と仲が良いのだとジェシカは思った。

「はい、余計なことをしてしまいました」
「ふふ、そういう意味ではないわ。そう解釈したのはメーガン自身だもの。憧れが恋心に変わったところで誰に責められるわけでもないのにね」

(ステファニー様は、何だか印象と随分違う気がする)

話し方も態度もどこか凛とした雰囲気があり、妖精のような外見を無視すれば頼りになる姉御肌の女性ではないか。
そんなジェシカの内心を見抜いたかのように、ステファニーは悪戯っぽい笑みを見せて言った。

「お母様はわたくしが普通の令嬢でいることを望んでいるの。でもわたくしは自分に嘘を吐きたくないから、出来るだけ話さないようにしているわ。容姿だけは可憐に見えるから、周囲が勝手にそう思ってくれるのよ」

さらりと告げられた言葉に慌てたのはジェシカだ。そんな秘密を簡単に話してしまってよいのかと狼狽したが、吹聴するような人ではないでしょうと返される。

「確かに貴女の振る舞いは褒められたものではなかったかもしれないけど、悪意は感じなかったし過剰に反応するようなものでもなかったわ。それに軽率なのはコナー様たちにも言えることだし、あの方々は理解した上での行動でしょう?アマンダ様のご友人たちの前で貴女に触れた時は、叱り飛ばしたくなったのを一生懸命堪えていたものよ」

先程助けてくれたことと言い、義憤に駆られたように話すステファニーにジェシカは無意識に口に出していた。

「ステファニー様はまるで騎士様みたいです」
「ありがとう。最高の褒め言葉だわ」

そう言って微笑んだステファニーは春の妖精のように美しかった。
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