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そう簡単には変わらない
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「ジェシカさん、お昼をご一緒してもよろしいですか?」
あの日からメーガンはすっかりジェシカに懐いてしまったようで、毎日顔を合わせるようになった。周囲からは奇異の目で見られているものの、侯爵令嬢であるメーガンに意見をする者はいないようだ。
最初は戸惑ったジェシカだが、メーガンから聞く貴族の文化や考え方は新鮮で、物語のように面白い。またメーガンも平民の生活が興味深いらしく、目を輝かせながらジェシカの話を聞いてくれることから、今ではメーガンとの時間を楽しく過ごすようになっていた。
エイデンの話題になると暴走しがちだが、それも今では微笑ましいと感じる。
「わたくしもジェシカさんお手製のお菓子を食べてみたいですわ」
実家である食堂でどんな仕事をしているのかとの質問に、料理を運んだりお菓子を作っていると答えると、メーガンは期待に満ちた眼差しを向ける。
「では明日持ってきますね。クッキーとカップケーキ、どちらが良いですか?」
真剣な表情で悩むメーガンだったが、ぱっと表情が明るくなった。
「よかったら放課後お茶会をいたしませんか?我が家の料理人が作るお菓子も美味しいので、ジェシカさんにも食べていただきたいと思いましたの」
美味しいお菓子を食べられるとあってジェシカが笑顔で了承すると、メーガンも嬉しそうに微笑んだ。
本人は地味な顔立ちだと残念そうに言うが、温かみのある優しい顔立ちやおっとりとした気質は癒されるし魅力的だと思う。
そんなメーガンの表情が突然、凍り付いたように固まった。
「失礼、隣に座ってもいいだろうか?」
「――っ、はい……」
掠れたような小さな声で答えるメーガンは、エイデンがその隣に腰を下ろすと俯いてしまった。僅かにのぞく耳が真っ赤になっていることから、恐らく近すぎる距離に身悶えしているのだろう。
そんなメーガンの内心に気づいた様子もなく、エイデンはジェシカに小さく微笑みかける。
「久しぶりだな……。最近演習場で見かけないが、どこか体調でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。……すみません」
安全面から魔術の練習は演習場を使うことを義務付けられている。接点を減らすために利用を控えていたのだが、教師役を引き受けてくれていたエイデンから指摘されると少し後ろめたい。
「気にするな。自主練習なのだから自分のペースでやればいい」
それだけ言ってエイデンは静かに食事を始めた。空いている席は他にもあるのにわざわざエイデンがここに来たのは自分を案じてのことなのか。
以前であれば単純に優しい先輩だと嬉しく思っていただろう。エイデンの意図は分からないが、グレイからも極力関わるなと言われている。
そわそわと落ち着かないメーガンを見て、ジェシカはいつもより急いで食事を終わらせることにした。折角なら二人きりにした方がいいだろう。婚約者同士で食事を摂るのは珍しいことではない。
残してしまうのは勿体なくて出来ないが、半分以上は手を付けていたためそう時間はかからないはずだ。
黙々と食べ進め、あと少しで食べ終わる頃になってエイデンが口を開いた。
「先ほど聞こえたがお茶会を開くのだろう?実家から届いたコンフィチュールを持て余している。良ければ使ってくれ」
顔を僅かにメーガンのほうに向けて告げたエイデンの言葉に、メーガンは目を見開いて悲鳴を抑えるように両手で口を覆っている。
「……………い、一生の――」
(……多分、一生の宝物にしますって言おうとしたんだろうな)
そんなのんきな感想を抱いたのは一瞬だった。
「ええと、よければご一緒にいかがですか?」
「……ああ、では参加させてもらおう」
失言を誤魔化すための言葉がまさかお茶会の誘いに変換されるなんて誰が予想できただろう。さらにはエイデンが誘いに乗ったことで、ジェシカは内心焦りを覚えることになった。
いつの間にか食事を終えていたエイデンが立ち去ると、メーガンは泣き出しそうな表情でジェシカの手をがしっと掴んだ。
「ジェシカさん、どうしましょう!わたくし、夢を見ているのかしら?三人でお茶会ができるなんて、素敵すぎますわ」
喜び過ぎておかしなテンションのメーガンに、お茶会を欠席したいだなんてとても言えなかった。
(ご飯残して離れれば良かったのかな……)
二人きりにしたとしてもエイデンの申し出があれば、結局お茶会への参加は防げなかったに違いない。お茶会用にと物を贈られたのなら、招待するのがマナーだろう。
溜息を吐きながら家に向かっていると、少し離れた場所にグレイの姿があった。顔は見えないがずっと一緒に育った幼馴染を見間違えることはない。
グレイならきっと良い解決策を教えてくれるはずだと、軽くなった足取りで近づいていく。
「お、グレイ。ちょうどいいところで会ったな。今晩付き合えよ」
ジェシカが声を掛けるよりも路地から出てきた男性のほうが早かった。グレイの横顔は、いつもよりも冷ややかに見えてジェシカは思わず足を止める。
「しばらく忙しいって言っただろう。いい加減しつこいぞ」
「そう言うなって。手の掛かる妹のお守りで大変なお前にもたまには息抜きも必要だろう、っていう親切心が分からないか?」
頭をがつんと殴られたような気がした。疲れたように嘆息するグレイの姿が見えて、ジェシカは来たばかりの道を早足で引き返す。どこか当てがあるわけではないが、ただ静かな場所で頭と気持ちを落ち着かせたかった。
(私、全然変わってない……)
前世の記憶を思い出して、前より物事を見られるようになったと思っていたのが恥ずかしい。一人では何もできなくて、グレイに甘えっぱなしだったことに今更気づいたのだ。
グレイに迷惑をかけていた事実が胸に重くのしかかる。
(一人で何とかしなきゃ。いつまでもグレイを頼るわけにはいかないもの)
そもそもエイデンは本当に自分に好意を抱いているのだろうか。昼食の時も少し言葉を交わしただけで、そこに特別なやり取りも感情も含まれていなかった気がする。
親切にしてもらっていたのは事実だが、同じ希少属性の同族意識で面倒を見てくれただけかもしれない。
平民の物珍しさはあるが、ジェシカは特別可愛い訳でもなく、優れた能力がある訳でもないのだ。
逆ハーだと思うあまり自意識過剰になっていたのではないか。
(うん、現実的に考えて逆ハーなんてあるわけないよね)
前世の記憶に引き摺られてとんだ勘違いをするところだったようだ。
少し心が軽くなったジェシカは、グレイにこれ以上迷惑を掛けないようにと決意し、気持ちを引き締めた。
あの日からメーガンはすっかりジェシカに懐いてしまったようで、毎日顔を合わせるようになった。周囲からは奇異の目で見られているものの、侯爵令嬢であるメーガンに意見をする者はいないようだ。
最初は戸惑ったジェシカだが、メーガンから聞く貴族の文化や考え方は新鮮で、物語のように面白い。またメーガンも平民の生活が興味深いらしく、目を輝かせながらジェシカの話を聞いてくれることから、今ではメーガンとの時間を楽しく過ごすようになっていた。
エイデンの話題になると暴走しがちだが、それも今では微笑ましいと感じる。
「わたくしもジェシカさんお手製のお菓子を食べてみたいですわ」
実家である食堂でどんな仕事をしているのかとの質問に、料理を運んだりお菓子を作っていると答えると、メーガンは期待に満ちた眼差しを向ける。
「では明日持ってきますね。クッキーとカップケーキ、どちらが良いですか?」
真剣な表情で悩むメーガンだったが、ぱっと表情が明るくなった。
「よかったら放課後お茶会をいたしませんか?我が家の料理人が作るお菓子も美味しいので、ジェシカさんにも食べていただきたいと思いましたの」
美味しいお菓子を食べられるとあってジェシカが笑顔で了承すると、メーガンも嬉しそうに微笑んだ。
本人は地味な顔立ちだと残念そうに言うが、温かみのある優しい顔立ちやおっとりとした気質は癒されるし魅力的だと思う。
そんなメーガンの表情が突然、凍り付いたように固まった。
「失礼、隣に座ってもいいだろうか?」
「――っ、はい……」
掠れたような小さな声で答えるメーガンは、エイデンがその隣に腰を下ろすと俯いてしまった。僅かにのぞく耳が真っ赤になっていることから、恐らく近すぎる距離に身悶えしているのだろう。
そんなメーガンの内心に気づいた様子もなく、エイデンはジェシカに小さく微笑みかける。
「久しぶりだな……。最近演習場で見かけないが、どこか体調でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。……すみません」
安全面から魔術の練習は演習場を使うことを義務付けられている。接点を減らすために利用を控えていたのだが、教師役を引き受けてくれていたエイデンから指摘されると少し後ろめたい。
「気にするな。自主練習なのだから自分のペースでやればいい」
それだけ言ってエイデンは静かに食事を始めた。空いている席は他にもあるのにわざわざエイデンがここに来たのは自分を案じてのことなのか。
以前であれば単純に優しい先輩だと嬉しく思っていただろう。エイデンの意図は分からないが、グレイからも極力関わるなと言われている。
そわそわと落ち着かないメーガンを見て、ジェシカはいつもより急いで食事を終わらせることにした。折角なら二人きりにした方がいいだろう。婚約者同士で食事を摂るのは珍しいことではない。
残してしまうのは勿体なくて出来ないが、半分以上は手を付けていたためそう時間はかからないはずだ。
黙々と食べ進め、あと少しで食べ終わる頃になってエイデンが口を開いた。
「先ほど聞こえたがお茶会を開くのだろう?実家から届いたコンフィチュールを持て余している。良ければ使ってくれ」
顔を僅かにメーガンのほうに向けて告げたエイデンの言葉に、メーガンは目を見開いて悲鳴を抑えるように両手で口を覆っている。
「……………い、一生の――」
(……多分、一生の宝物にしますって言おうとしたんだろうな)
そんなのんきな感想を抱いたのは一瞬だった。
「ええと、よければご一緒にいかがですか?」
「……ああ、では参加させてもらおう」
失言を誤魔化すための言葉がまさかお茶会の誘いに変換されるなんて誰が予想できただろう。さらにはエイデンが誘いに乗ったことで、ジェシカは内心焦りを覚えることになった。
いつの間にか食事を終えていたエイデンが立ち去ると、メーガンは泣き出しそうな表情でジェシカの手をがしっと掴んだ。
「ジェシカさん、どうしましょう!わたくし、夢を見ているのかしら?三人でお茶会ができるなんて、素敵すぎますわ」
喜び過ぎておかしなテンションのメーガンに、お茶会を欠席したいだなんてとても言えなかった。
(ご飯残して離れれば良かったのかな……)
二人きりにしたとしてもエイデンの申し出があれば、結局お茶会への参加は防げなかったに違いない。お茶会用にと物を贈られたのなら、招待するのがマナーだろう。
溜息を吐きながら家に向かっていると、少し離れた場所にグレイの姿があった。顔は見えないがずっと一緒に育った幼馴染を見間違えることはない。
グレイならきっと良い解決策を教えてくれるはずだと、軽くなった足取りで近づいていく。
「お、グレイ。ちょうどいいところで会ったな。今晩付き合えよ」
ジェシカが声を掛けるよりも路地から出てきた男性のほうが早かった。グレイの横顔は、いつもよりも冷ややかに見えてジェシカは思わず足を止める。
「しばらく忙しいって言っただろう。いい加減しつこいぞ」
「そう言うなって。手の掛かる妹のお守りで大変なお前にもたまには息抜きも必要だろう、っていう親切心が分からないか?」
頭をがつんと殴られたような気がした。疲れたように嘆息するグレイの姿が見えて、ジェシカは来たばかりの道を早足で引き返す。どこか当てがあるわけではないが、ただ静かな場所で頭と気持ちを落ち着かせたかった。
(私、全然変わってない……)
前世の記憶を思い出して、前より物事を見られるようになったと思っていたのが恥ずかしい。一人では何もできなくて、グレイに甘えっぱなしだったことに今更気づいたのだ。
グレイに迷惑をかけていた事実が胸に重くのしかかる。
(一人で何とかしなきゃ。いつまでもグレイを頼るわけにはいかないもの)
そもそもエイデンは本当に自分に好意を抱いているのだろうか。昼食の時も少し言葉を交わしただけで、そこに特別なやり取りも感情も含まれていなかった気がする。
親切にしてもらっていたのは事実だが、同じ希少属性の同族意識で面倒を見てくれただけかもしれない。
平民の物珍しさはあるが、ジェシカは特別可愛い訳でもなく、優れた能力がある訳でもないのだ。
逆ハーだと思うあまり自意識過剰になっていたのではないか。
(うん、現実的に考えて逆ハーなんてあるわけないよね)
前世の記憶に引き摺られてとんだ勘違いをするところだったようだ。
少し心が軽くなったジェシカは、グレイにこれ以上迷惑を掛けないようにと決意し、気持ちを引き締めた。
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