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その日、予期せぬ客人の名を聞いてクロードは咄嗟に追い返そうと考えた。だが大した理由もなくわざわざやってくるほど相手も暇ではないだろう。
その理由が朗報とは思えなかったものの、放置する方が危険だと判断したクロードは仕方なく屋敷に招き入れることにした。
「何の用だ」
「はは、久しぶりだというのに相変わらずだね。俺だって君に会いたくて来たわけじゃない」
にこやかな笑みを浮かべながらも、シオンがクロードを見る目は氷のように冷ややかだ。学生時代にただの同級生だった二人の関係が一気に悪化する出来事が起こり、それ以降ずっと変わらない状態である。元々クロードは人を煙に巻くようなシオンの性格を内心不快に思っていたため好都合だと捉えていた。
だが仕事で関わるようになってからは、機会があれば嫌がらせのごとくこちらの邪魔をしてくるのには少々辟易している。今回もその一環だろうといくつか目星をつけていたが、シオンの言葉はクロードの予測をはるかに超えていた。
「一応挨拶ぐらいはしておこうと思ったんだよ。君は俺の婚約者の従兄殿だからね」
「――何を……いや誰のことを言っている」
狡猾で詭弁を弄するが、浅はかな嘘を吐くような奴ではない。皮膚が粟立つような嫌な予感がする。
「ちなみに彼女の後見人である君の御父上からの許可を得て、婚約届も提出しているよ。もちろん彼女も同意の上だ」
その言葉に含みを感じたのは気のせいではないだろう。
(どこまで知っていて、何を企んでいる……!)
シオンがアンナの情報を得ていても不思議ではない。書類を提出していないにもかかわらず、クロードがアンナを婚約者扱いしていると知ることも、まあ不可能ではないだろう。
だが領地にいる父の許可を取り、ほぼ外出する機会のないアンナと婚約を結ぶなどあり得ないことだった。
シオンのはっきりとした物言いに、どういう態度を取るか決めあぐねているとノックの音が聞こえた。
「失礼いたします」
「っ、アンナ……部屋にいるように伝えたはずだが」
大切なアンナが万が一にでもシオンに目を付けられないよう、ケリーに指示を出しておいたのだ。
「シオン様がいらっしゃったのにそんな失礼な真似は出来ませんわ、クロードお兄様。シオン様、お会い出来て嬉しゅうございます」
さらりと告げながらアンナは含羞むような笑みをシオンに向けている。その表情はいつも自分に向けられていたもので、クロードはあまりの衝撃に言葉を失った。
「おや、俺のアンナは何と可愛いことを言ってくれるのだろう」
満足そうに口の端を上げたシオンは、当然のように隣に座ったアンナの肩を抱き寄せる。その光景にクロードはようやく我に返った。
「っ、その手を離せ!アンナは俺の婚約者だ。アンナ、そいつはお前を利用しようとしているだけだ。何を吹き込まれたか知らないが、話し合えばきっと誤解は解ける」
「お断りしますわ。クロードお兄様は本当のことをおっしゃってくれませんもの」
この部屋に入ってから昔の呼び方に戻っていることに気づいていたものの、認めたくない一心で目を逸らしていた。
「……思い出したのか」
平坦なアンナの口調にクロードは呻くように声を漏らした。
「思い出したという訳ではありませんが、結果的には同じですわね」
「……それは、どういう意味――」
「君に説明する義務はないよ。それよりアンナ、先に君の望みを伝えたほうがいい」
奇妙な言い回しにクロードが疑問を呈したのに対し、口を挟んだシオンに流されてしまった。もはや主導権はクロードにないのだ。それでも諦めきれず縋るようにアンナを見つめるが、その瞳からは何の感情も読み取れない。
「クロードお兄様、私の大切なお友達を返してください」
(どうしてこうなったんだ……)
硬質的な響きを帯びた声にクロードは項垂れることしかできなかった。
その理由が朗報とは思えなかったものの、放置する方が危険だと判断したクロードは仕方なく屋敷に招き入れることにした。
「何の用だ」
「はは、久しぶりだというのに相変わらずだね。俺だって君に会いたくて来たわけじゃない」
にこやかな笑みを浮かべながらも、シオンがクロードを見る目は氷のように冷ややかだ。学生時代にただの同級生だった二人の関係が一気に悪化する出来事が起こり、それ以降ずっと変わらない状態である。元々クロードは人を煙に巻くようなシオンの性格を内心不快に思っていたため好都合だと捉えていた。
だが仕事で関わるようになってからは、機会があれば嫌がらせのごとくこちらの邪魔をしてくるのには少々辟易している。今回もその一環だろうといくつか目星をつけていたが、シオンの言葉はクロードの予測をはるかに超えていた。
「一応挨拶ぐらいはしておこうと思ったんだよ。君は俺の婚約者の従兄殿だからね」
「――何を……いや誰のことを言っている」
狡猾で詭弁を弄するが、浅はかな嘘を吐くような奴ではない。皮膚が粟立つような嫌な予感がする。
「ちなみに彼女の後見人である君の御父上からの許可を得て、婚約届も提出しているよ。もちろん彼女も同意の上だ」
その言葉に含みを感じたのは気のせいではないだろう。
(どこまで知っていて、何を企んでいる……!)
シオンがアンナの情報を得ていても不思議ではない。書類を提出していないにもかかわらず、クロードがアンナを婚約者扱いしていると知ることも、まあ不可能ではないだろう。
だが領地にいる父の許可を取り、ほぼ外出する機会のないアンナと婚約を結ぶなどあり得ないことだった。
シオンのはっきりとした物言いに、どういう態度を取るか決めあぐねているとノックの音が聞こえた。
「失礼いたします」
「っ、アンナ……部屋にいるように伝えたはずだが」
大切なアンナが万が一にでもシオンに目を付けられないよう、ケリーに指示を出しておいたのだ。
「シオン様がいらっしゃったのにそんな失礼な真似は出来ませんわ、クロードお兄様。シオン様、お会い出来て嬉しゅうございます」
さらりと告げながらアンナは含羞むような笑みをシオンに向けている。その表情はいつも自分に向けられていたもので、クロードはあまりの衝撃に言葉を失った。
「おや、俺のアンナは何と可愛いことを言ってくれるのだろう」
満足そうに口の端を上げたシオンは、当然のように隣に座ったアンナの肩を抱き寄せる。その光景にクロードはようやく我に返った。
「っ、その手を離せ!アンナは俺の婚約者だ。アンナ、そいつはお前を利用しようとしているだけだ。何を吹き込まれたか知らないが、話し合えばきっと誤解は解ける」
「お断りしますわ。クロードお兄様は本当のことをおっしゃってくれませんもの」
この部屋に入ってから昔の呼び方に戻っていることに気づいていたものの、認めたくない一心で目を逸らしていた。
「……思い出したのか」
平坦なアンナの口調にクロードは呻くように声を漏らした。
「思い出したという訳ではありませんが、結果的には同じですわね」
「……それは、どういう意味――」
「君に説明する義務はないよ。それよりアンナ、先に君の望みを伝えたほうがいい」
奇妙な言い回しにクロードが疑問を呈したのに対し、口を挟んだシオンに流されてしまった。もはや主導権はクロードにないのだ。それでも諦めきれず縋るようにアンナを見つめるが、その瞳からは何の感情も読み取れない。
「クロードお兄様、私の大切なお友達を返してください」
(どうしてこうなったんだ……)
硬質的な響きを帯びた声にクロードは項垂れることしかできなかった。
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