36 / 42
愚行
しおりを挟む
「予想以上に早かったですね」
王子と王女、そして複数の兵士とともに現れたアレクセイは余裕の表情を浮かべている。
「それにしても本当に聖女様にご執心のようだ。おかげで簡単に事が進みましたが」
やっぱり私はノアをおびき寄せるための餌か……。
そんな風に利用されることは嫌だが、そのせいで大切な人が傷つく可能性を実感して胸が苦しくなる。不意に肩に回された手に力が込められて、隣を見上げるとノアベルトは私を安心させるかのように口角を僅かに上げた。
ノアは嘘を吐かない。大丈夫だと言ったなら本当にそうなんだ。
そう思うと苦しさが治まり、心は軽くなった。
一方、アレクセイはノアベルトが何も反応を見せないことに不満気な様子だ。
「もういいでしょう。結界の一部と祭具を壊したことで魔力を大量に消費していますし、聖女の加護を得た結界内では十分な力を発揮できないはずです。最期に何か言い残すことはありますか?」
「……結局はその程度か。もういい」
その言葉に兵士たちが動き、アレクセイと王子を中心に半円状に広がった。場が緊張感に包まれアレクセイが指示をする前に、ノアベルトが一言告げた。
「控えろ」
そこにいた兵士全員がその場に崩れ落ちる。何が起きたのか分からないが、全員意識を失っているようだ。
「なっ!?」
アレクセイは驚愕に目を見開いて唖然としており、ルカ王子はイブリン王女を背中に庇いつつも蒼白な顔で必死に耐えているようだ。
「何故、魔力が増えているんだ……」
呆然と呟く声は先ほどと打って変わって弱々しくその瞳に怯えの色が見える。そんなアレクセイを見向きもせず、ノアベルトは私に話しかけた。
「リア、こいつらに何をされたんだ?全部教えてほしい」
優しい口調だが目が笑っていない。
これは……完全に怒っているな。
どこまで正直に話すべきか少し迷ってしまった。道具扱いされたと知ったら怒りのあまり何をするか分からないのだ。自分自身もその扱いに腹を立ててはいたし、同情する気はないがノアベルトは魔王である。国同士の戦争の引き金など話が大きくなってしまうのもまずいだろう。
「何かちょっと……力を使われたみたい?」
「ほう、強制的に力を奪ったのか」
極限までに冷え切った声に思わず身震いした。怒りの矛先に目を向けるとルカ王子は蒼白を通り越して死人のような土気色の表情で、イブリン王女は恐怖のあまり声を出さずに涙を流しながら震えている。
「せ、聖女としての役目を果たしてもらっただけ――ひっ」
必死に言葉を振り絞ったルカ王子だったが、怒りに満ちた鋭い眼差しを向けられ、口を噤んだ。
「聖女ではなく、私の婚約者だ。エメルド国王には通達済で、王族であるお前が知らなかったとは言わせない」
「か…はっ?!」
ルカ王子とアレクセイが同時に床に崩れ落ち、喉を押さえ苦しげな表情を浮かべて悶え始めた。
「殿下?!しっかりなさってください!!」
イブリン王女は王子に縋りつくが、それに気づく余裕もないようで乱暴に払い除けられている。いくら嫌な相手であっても、呼吸ができず苦しむ姿を見ると流石に良心が咎めた。
「ノア、もう許してあげて」
まるで虫けらでも見るかのように不快そうな表情を浮かべていたノアベルトだが、こちらを見ると困ったような顔に変わる。
「許しはしない。だがこれ以上醜悪なものをリアに見せたくはないな」
無造作に腕を振ると、荒い息づかいと咳き込む声が室内に響く。
その時廊下から大勢の足音が聞こえてきて、貴族らしい恰好をした中年の男性たちが入ってきた。
「魔王陛下、大変申し訳ございません!此度の件については、私どもの不徳の致すところで何の言い訳もできませんが、我が王の意思ではございません。どうかそれだけはご理解くださいませ。もちろんこの者らは厳重に処罰いたします!」
先頭にいた男性はノアベルトを見るなり、身を投げ出して必死で許しを請う。
「ニール宰相……何故、魔王などに許しを請う必要が…」
「黙りなさい!あなた方の愚かな行為でどれだけ民を危険に晒したと思っているのですか!」
その剣幕にルカ王子は呆気に取られた顔をしている。
「魔王陛下、私の弟子のしでかした暴挙に何と詫びてよいか分かりません。私と弟子の命では足りないでしょうが、どうか贖わせていただきたい」
沈痛な表情で声を震わせている男性は、エメルド国の大魔導士だった。
「お師匠様、俺はただ女神ディアを……」
「まだそんな夢物語を信じていたのか!魔王陛下のおかげで平穏が保たれているというのに、何と情けない……」
幼少の頃アレクセイの才能を見抜き、王子付きの魔導士になるまで育てた大魔導士は己の弟子の愚かさに言葉を失った。
「協定を違え、私から大切な者を奪い、無理を強いた。それだけで償えると思っているのか」
冷ややかな声にエメルド側の全員が身体を震わせる。
「滅相もございません!!然るべき賠償はもちろんさせていただきます。何なりとお申し付けください!」
さらに頭を擦り付けて懇願するニール宰相を一瞥して、ノアベルトは私に尋ねた。
「リア、欲しいものはないか?詫びの品として何でもねだればいい。宝石でも領地でもでも命でも、リアが望めばいくらでも差し出すだろう」
いや、もらえないよ?
さらりと物騒な言葉も含まれていたが、規模が大きすぎて断りたいぐらいだ。とはいえ被害者である私が何も望まなければ、それは償いを拒否しているようでもある。
欲しいものを考えていると、頭に浮かんだものがあった。
「あの、じゃあ私が身に付けていたドレスや宝石を返してほしいです」
宰相とノアベルトは揃って困惑した表情を浮かべている。
「それは当然の権利だろう。欲しいものがないのか?」
「だってノア……陛下がくれたものですし、他の方からのプレゼントは要らないです」
迂闊な物をねだってトラブルになるのも嫌だし、こういえばノアベルトも気を悪くしないはずだという多少の打算もあったが、その効果は覿面だった。
嬉しそうに私を抱きしめ髪に口づけを落とすノアベルトからは、険しさが消えて上機嫌な様子を見せる。
「私の婚約者の慈悲に感謝するといい。それらの処分は任せる。だがもし今後同じようなことがあれば――分かるな?」
「「はい」」
宰相と大魔導士は同時に答え、ドレスや宝石を大至急返すよう指示を出した。
王子と王女、そして複数の兵士とともに現れたアレクセイは余裕の表情を浮かべている。
「それにしても本当に聖女様にご執心のようだ。おかげで簡単に事が進みましたが」
やっぱり私はノアをおびき寄せるための餌か……。
そんな風に利用されることは嫌だが、そのせいで大切な人が傷つく可能性を実感して胸が苦しくなる。不意に肩に回された手に力が込められて、隣を見上げるとノアベルトは私を安心させるかのように口角を僅かに上げた。
ノアは嘘を吐かない。大丈夫だと言ったなら本当にそうなんだ。
そう思うと苦しさが治まり、心は軽くなった。
一方、アレクセイはノアベルトが何も反応を見せないことに不満気な様子だ。
「もういいでしょう。結界の一部と祭具を壊したことで魔力を大量に消費していますし、聖女の加護を得た結界内では十分な力を発揮できないはずです。最期に何か言い残すことはありますか?」
「……結局はその程度か。もういい」
その言葉に兵士たちが動き、アレクセイと王子を中心に半円状に広がった。場が緊張感に包まれアレクセイが指示をする前に、ノアベルトが一言告げた。
「控えろ」
そこにいた兵士全員がその場に崩れ落ちる。何が起きたのか分からないが、全員意識を失っているようだ。
「なっ!?」
アレクセイは驚愕に目を見開いて唖然としており、ルカ王子はイブリン王女を背中に庇いつつも蒼白な顔で必死に耐えているようだ。
「何故、魔力が増えているんだ……」
呆然と呟く声は先ほどと打って変わって弱々しくその瞳に怯えの色が見える。そんなアレクセイを見向きもせず、ノアベルトは私に話しかけた。
「リア、こいつらに何をされたんだ?全部教えてほしい」
優しい口調だが目が笑っていない。
これは……完全に怒っているな。
どこまで正直に話すべきか少し迷ってしまった。道具扱いされたと知ったら怒りのあまり何をするか分からないのだ。自分自身もその扱いに腹を立ててはいたし、同情する気はないがノアベルトは魔王である。国同士の戦争の引き金など話が大きくなってしまうのもまずいだろう。
「何かちょっと……力を使われたみたい?」
「ほう、強制的に力を奪ったのか」
極限までに冷え切った声に思わず身震いした。怒りの矛先に目を向けるとルカ王子は蒼白を通り越して死人のような土気色の表情で、イブリン王女は恐怖のあまり声を出さずに涙を流しながら震えている。
「せ、聖女としての役目を果たしてもらっただけ――ひっ」
必死に言葉を振り絞ったルカ王子だったが、怒りに満ちた鋭い眼差しを向けられ、口を噤んだ。
「聖女ではなく、私の婚約者だ。エメルド国王には通達済で、王族であるお前が知らなかったとは言わせない」
「か…はっ?!」
ルカ王子とアレクセイが同時に床に崩れ落ち、喉を押さえ苦しげな表情を浮かべて悶え始めた。
「殿下?!しっかりなさってください!!」
イブリン王女は王子に縋りつくが、それに気づく余裕もないようで乱暴に払い除けられている。いくら嫌な相手であっても、呼吸ができず苦しむ姿を見ると流石に良心が咎めた。
「ノア、もう許してあげて」
まるで虫けらでも見るかのように不快そうな表情を浮かべていたノアベルトだが、こちらを見ると困ったような顔に変わる。
「許しはしない。だがこれ以上醜悪なものをリアに見せたくはないな」
無造作に腕を振ると、荒い息づかいと咳き込む声が室内に響く。
その時廊下から大勢の足音が聞こえてきて、貴族らしい恰好をした中年の男性たちが入ってきた。
「魔王陛下、大変申し訳ございません!此度の件については、私どもの不徳の致すところで何の言い訳もできませんが、我が王の意思ではございません。どうかそれだけはご理解くださいませ。もちろんこの者らは厳重に処罰いたします!」
先頭にいた男性はノアベルトを見るなり、身を投げ出して必死で許しを請う。
「ニール宰相……何故、魔王などに許しを請う必要が…」
「黙りなさい!あなた方の愚かな行為でどれだけ民を危険に晒したと思っているのですか!」
その剣幕にルカ王子は呆気に取られた顔をしている。
「魔王陛下、私の弟子のしでかした暴挙に何と詫びてよいか分かりません。私と弟子の命では足りないでしょうが、どうか贖わせていただきたい」
沈痛な表情で声を震わせている男性は、エメルド国の大魔導士だった。
「お師匠様、俺はただ女神ディアを……」
「まだそんな夢物語を信じていたのか!魔王陛下のおかげで平穏が保たれているというのに、何と情けない……」
幼少の頃アレクセイの才能を見抜き、王子付きの魔導士になるまで育てた大魔導士は己の弟子の愚かさに言葉を失った。
「協定を違え、私から大切な者を奪い、無理を強いた。それだけで償えると思っているのか」
冷ややかな声にエメルド側の全員が身体を震わせる。
「滅相もございません!!然るべき賠償はもちろんさせていただきます。何なりとお申し付けください!」
さらに頭を擦り付けて懇願するニール宰相を一瞥して、ノアベルトは私に尋ねた。
「リア、欲しいものはないか?詫びの品として何でもねだればいい。宝石でも領地でもでも命でも、リアが望めばいくらでも差し出すだろう」
いや、もらえないよ?
さらりと物騒な言葉も含まれていたが、規模が大きすぎて断りたいぐらいだ。とはいえ被害者である私が何も望まなければ、それは償いを拒否しているようでもある。
欲しいものを考えていると、頭に浮かんだものがあった。
「あの、じゃあ私が身に付けていたドレスや宝石を返してほしいです」
宰相とノアベルトは揃って困惑した表情を浮かべている。
「それは当然の権利だろう。欲しいものがないのか?」
「だってノア……陛下がくれたものですし、他の方からのプレゼントは要らないです」
迂闊な物をねだってトラブルになるのも嫌だし、こういえばノアベルトも気を悪くしないはずだという多少の打算もあったが、その効果は覿面だった。
嬉しそうに私を抱きしめ髪に口づけを落とすノアベルトからは、険しさが消えて上機嫌な様子を見せる。
「私の婚約者の慈悲に感謝するといい。それらの処分は任せる。だがもし今後同じようなことがあれば――分かるな?」
「「はい」」
宰相と大魔導士は同時に答え、ドレスや宝石を大至急返すよう指示を出した。
56
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます
下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる