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聖女の役割

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お茶会の席で話題になるのは私がいた世界に関することだった。無神経だと思ったものの、ノアベルトやイスビルの話題は避けているようで、その点については有難かった。
質問が落ち着くと、私は聖女について情報収集すべく王女に問いかけてみる。

「聖女とはどのような力を持っているのでしょうか?殿下方はそう仰っていますが、私にできることがあるのか戸惑っております」

丁寧な口調で困った表情で訊ねると、王女は質問に快く答えてくれた。

「聖女が女神ディアに祈りを捧げることによって恩寵を得ることができますわ。誰かのためにしか使うことができない力なので、私たちはそれを祝福と呼んでいます」

「……その祝福は、例えば誰かの怪我を癒すことなども可能なのでしょうか?」

「ええ、もちろんですわ。異世界の聖女様は祈りを捧げずとも大きな祝福をもたらすと伺っております。どうか殿下の、ひいてはエメルドにお力添えくださいませ」

無邪気な微笑みは自分たちの願いが断られることを疑っていないのだろう。身分の高さからくる傲慢さではあるが、価値観が異なるのだから腹を立てることではない。

他者のためにしか使えない力か……。聖女と呼ばれるわけだな。

清廉潔白でもない自分にそんな力があるとは思えないが、万が一そんな力があったとしてもエメルドのために使う気は欠片もない。

先ほどアレクセイは魔王討伐と言った。イスビルに攻め入ることが前提だとして、エメルドにいるだけで祝福が作用するのか?逆にエメルドにいながら女神に魔王の無事を祈った場合はどうなる?――いや、まずは力の発動条件を知る必要があるな。

次々と疑問が浮かぶが、迂闊なことを口にして警戒されてはいけない。

「聖女様、こちらルーナ王室御用達のお茶ですの。お口に合えばよいのですけれど」

侍女が用意してくれたお茶を勧めてくれるが、たとえ王女に悪意がなくとも油断できない。

「すみません。少し失礼します」

誤魔化すためお手洗いを理由に席を立った。冷たい水で顔を洗って気分を落ち着かせる。
聖女が祝福を与える対象がその土地に住む人々だとしても、対象が広すぎる。祝福を得るには何か条件が必要なはずだ。

あまり聞きすぎると怪しまれる可能性はあるけど、今のうちに何とか情報を集めておかないと……。

そう心に決めて顔を上げると鏡に映った自分の耳に見慣れないものが映っている。
近づいてよく見るとイヤーカフのようだが、見覚えのないものだ。何となく気になって外そうとするが、何故か耳にぴったり収まっていて外すことができず苛々した気分になる。
青みがかった緑色の石が散りばめられて綺麗だと思うのに、妙に落ち着かない。

諦めて部屋に戻ると、アレクセイの姿があった。その顔に浮かべた笑みに何となく嫌な感じがした。

「聖女様、少しご協力願います」

何を、と尋ねる前に視界が揺れた。

何だ、これ……?

身体から力が抜けていくような感覚に、たまらずその場に崩れ落ちた。

「うん、初回にしては成功といったところでしょうか」
「アレクセイ、彼女は大丈夫なのか?」

二人の会話が遠くから聞こえて変調の原因がアレクセイにあることが分かる。

「問題ありません。彼女が女神に祈りを捧げるようになれば、改善されるでしょう」
「それなら私がお手伝いいたしますわ。聖女様の祝福の力が増せば、殿下を守ってくださるのでしょう?」

ふざけるな!

当事者である自分を気に掛けることなく、進められる会話に激しい怒りを覚える。一方的に奪われる感覚は不快で屈辱的なものだ。
無理やり搾取されることが分かっていながら誰が女神になど祈ったりするものか。
荒い息を吐きながら崩れ落ちそうになる自分を懸命に叱咤しながら、身体を起こしてアレクセイを見上げる。

「何をした」
「少しエメルドのためにご協力頂いただけですよ」

涼しい顔の表情にアレクセイが自分を便利な道具とみなしていることを悟った。

聖女はつまり増幅装置の役割なのか!

悔しさが込みあげる一方、何故アレクセイが自分の力を利用することができるのかという疑問が頭を占めている。
自由にリアの力を奪うことができるのなら、召喚直後に実行していても不思議ではない。
その時と違うのはリアがエメルドにいることだが、それだけで勝手に人の力を使えたりするものだろうか。何かヒントがないかと睨みつけるように観察していたところ、ふと胸元のペンダントが気になった。

それは以前ルカ王子が身に付けていたものとよく似ていて、確か祭具の一部だと話していた。ペンダントはリアの耳に付けられたイヤーカフと同じ色で、その共通点から目が離せない。

祭具を介して力を利用することが出来るということ?

「お疲れのようですね。今日のところはゆっくりと休んでください」

抱き上げられそうなことに気づいて手を振り払うが、力が入らない状況では無駄な抵抗だった。ベッドに移動させられると、アレクセイたちは部屋から出て行った。見張りの一人も付けないのは、今の状況で身動きが取れないことを分かっているからだろう。

「ノア……」

先ほど使われた力はノアベルトに関係がなければいい、そう祈らずにはいられなかった。自分の意思と関係なく大切な人を傷付けることなど我慢できない。

こんな形でノアを傷付けるなんて、絶対に嫌だ!

洗面室にあった鏡を思い出す。部屋にある椅子で壊してその破片で頸動脈を切り裂けばきっと死ねるだろう。だが今は疲労感と不安から意識が朦朧としていた。少し休んで体力が戻ったら実行に移すことを心に決めて、私は目を閉じた。
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