短気な聖女はヤンデレ魔王のお気に入り

浅海 景

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辺境伯の来訪

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翌日、ノアベルトと朝食を摂っているとヨルンがやってきた。

「お食事中に申し訳ございません。グレンザ辺境伯が陛下に謁見を賜りたいとのことです」

ヨルンの顔に緊張が浮かんでいた。朝食の邪魔をしたことによるものか、辺境伯の到着によるものなのか判断が付かないが、何となくあまり良い知らせでないことを察した。

「サロンに通しておけ。必要なら客室に案内しても構わない」

それだけ聞くとヨルンは足早に部屋から出て行った。
朝食が終わるのを待たずに知らせに来たのなら急ぎの要件なのだろう。そう思ってノアベルトの膝から下りようとしたが、すぐさま拘束されてしまった。

「食事が終わるまで待たせていい。敢えて先触れを出さずに来たのだから、それぐらい当然だ」

そう答えるノアベルトはどこか不満そうな表情だ。

グレンザ辺境伯。初めて聞く名前だけど、もしかして苦手な相手なのかも?

そう思ったが、言葉に出さずそっとノアベルトの様子を窺う。

「少し面倒な相手だが、脅威ではない。不安にさせたか?」

以前と比べると思っていることを随分言葉にしてくれるようになった。こちらの疑問や懸念にしっかり応えてくれているかのようで、その気持ちに思わず笑みが浮かんだ。
それを見たノアベルトも口角を僅かに上げ、私の頬を愛しそうに指で撫でる。

「その顔は私といる時だけ見せてくれ。他の者の前でそんな無防備な顔をして微笑んでは駄目だ」
「……そんなこと言われても、どんな表情しているかなんて分からないよ」

独占欲を伴った甘い言葉に顔が火照っていく。まじまじと見られたくなくて、紅茶を飲もうと手を伸ばすが一瞬遅く、ノアベルトにカップを差し出された。飲みにくいから自分で飲むといくら言っても聞いてくれないのだ。
そもそも膝の上に乗せられて食事など、マナー違反にも程があるのだが――。

ゆっくり食事を終えると、部屋から出ないよう重々言い含めてノアベルトは部屋を後にした。

もうすぐ婚約式だし余計なことして波風立てたくないしな。

殊勝な態度で大人しくしていようと決めたのだが、残念なことにトラブルは向こうからやってきた。

部屋の外が騒がしいなと思った瞬間、ノックもなしに扉が開いて、深紅のドレスをまとった鮮やかな赤毛の女性が現れた。嫌悪をむき出しにした刺々しい表情のせいで、折角の美貌が台無しだ。

「まあ!陛下の婚約者というからどれほどの者かと思えば、ほんの子供じゃない」

つかつかと近づくなり挨拶もなしに見下すような言葉は、喧嘩を売っているとしか思えない。

本来なら売られた喧嘩は買うのがが身上だけど、ノアに迷惑は掛けられないし大人しくしとくか。

ちらりとエリザベートに目を向ければ、無表情の中に侮蔑な色を感じとる。礼儀作法に厳しい彼女は、闖入者の無作法な態度に腹を立てているようだ。

「あら、侵入者かしら?衛兵を呼んでちょうだい」

困ったような表情を作ってエリザベートのほうを向けば、正しく意図が伝わったようで一礼して足早にその場を去ろうとする。それに気づいた女性は甲高い声で制止の声を上げた。

「待ちなさい!私はグレンザ辺境伯の娘なのよ!不審者扱いするなんて、非礼にもほどがあるわ」

おいおい、非礼はどっちだよ。

心の中で吐き捨てながら、令嬢モードで言葉を連ねる。

「辺境伯のご令嬢?自分の居城でもないのに、ノックもせずに勝手に部屋に押し入る令嬢なんているのかしら?」
「――生意気な小娘ね!陛下を誑かす泥棒猫にそんなこと言われる筋合いはなくてよ!」

自分のほうに注意が向かったのを見て、素早く目配せするとエリザベートは心得たようにそっと部屋を出る。

「それではお伺いしますが、辺境伯ご令嬢がわざわざ何の御用でしょうか?」
「決まっているわ!陛下の婚約者と名乗るのを止めさせるためよ。陛下の品位を下げるような真似をしないでちょうだい。さっさと出て行くならそれ以上の罰は与えないであげるわ!」

勝ち誇ったように高らかに告げる辺境伯令嬢に、呆れを通りこして感心すら覚える。

ここまで自分の都合の良いように捉えることができるなんて、すごいな。どんな育て方したら、こんな自意識過剰な馬鹿が出来上がるんだ?

私が反論しなかったせいか、令嬢は図星を刺されたと思ったらしく勝ち誇ったように笑みを深める。

「陛下の隣に立つのは貴女のようなみずぼらしい子供ではなくて、美しい大人の女性なのよ。早く現実に気づいて良かったわね」
「それ以上、姫様に対する暴言は許しません」

きっぱりとした口調でステラがリアと令嬢の間に割って入った。ステラも令嬢の暴言に唖然としていたが、これ以上相手にしてはいけないと判断したようだ。

「使用人風情の許可など必要ないわ」
「どうぞお引き取りください。この方は陛下自らお求めになった婚約者様であり、辺境伯令嬢であろうと非礼を働いてよいご身分ではございません。ご自重なさいませ」

最後の言葉は令嬢を気遣ってのことだったが、高慢な令嬢はそれが気に入らなかったようだ。

「誰に向かって命令してるのよ!」

柳眉を逆立てて手近にあった花瓶を掴むのを見て、制止のため咄嗟に言葉が出た。

「ガキみたいな真似するんじゃねえよ!」

乱暴な怒鳴り声に、辺境伯令嬢はビクッと震えて花瓶を持ったまま固まった。

「えっ……、何……?」

急な私の変貌ぶりについていけないらしく、オロオロと視線を彷徨わせている。あまり事を荒立てるのは得策ではない。
これならそのまま追い出せそうだと安心しかけたのだが――。

「誰の許しを得てここにいる」

声のした方向に視線を向ければ、そこには不機嫌なオーラをまとったノアベルトが立っていた。
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