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他者への嫉妬

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侍女であるステラがノアベルトに余計な話をすることは、これまでなかった。だが意を決したような表情で告げられたのは、リアの外出許可だった。

「駄目だ」

もちろん即座に却下した。小鳥を野に離せば戻ってこないのは自明の理だ。一度外の世界を知ってしまったら、自由になることを望むだろう。

「リア様は豪奢な衣装や宝石などに興味を示しませんが、陛下と外出できればさぞお喜びになるかと存じます」

最近のリアは元気がなく、溜息をつくことが増えていた。リア自身は恐らく気づいていないだろう。気づいていれば弱みを見せまいと気丈な振りをする、そういう娘だ。

「気分転換にもなりますし、その、陛下とも打ち解けられるのではないかと。――いえ出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」

眉を顰めると慌ててステラが頭を下げる。
当てこすりでないと分かっていたが、あまり触れられたいことではない。

リアを甘やかそうと物を贈っても喜ばれない。好物の菓子も食事も近頃ではあまり進んで食べようとせず、欲しい物を尋ねても断られる。リアの無邪気な笑顔を見たのは最初に食事を与えた時ぐらいだ。
空腹のなか思いがけず得た食事に素直に喜びを示したのだろう。とはいえ二度と飢えさせるつもりはない。

リアにとって働かずただ過ごすことは罪悪感を覚えるらしく、何かを与えても困ったような笑みを浮かべる。一方でステラには懐いているらしく、気安く話しかけ自然な態度で接しているのを見ては腹立たしい気分になる。
人間であるリアに敵意を持たず、敬意と親愛も持って仕えているからこそ侍女を任せているのだが、あまり懐くようなら考えなければならない。

その日の午後、いつものようにリアの髪を撫でていると小さな溜息が聞こえた。ページを開いているものの、その目はぼんやりとどこか遠くを見ているかのようだった。
ここではない何処か、自分の知らないリアの生まれた世界に想いを馳せている。こちらに引き戻したいという思いが、無意識にステラとの会話を思い起こさせたのだろう。

「城下に行きたいか?」
外に出すつもりなどなかったのに、気づけばそう尋ねていた。

リアの目が期待に輝くが、すぐに感情を抑えるように無表情になった。視線を彷徨わせ、恐る恐るという風に望みを口にしたリアは不安そうにこちらを窺っている。尋ねておきながら禁じてしまえば、リアは自分の言葉を信用しなくなるだろう。
己の浅はかさを悔やんだが、もう遅い。

了承すると、リアは予想以上に喜んだ。いつもの困ったような笑みではない、心から嬉しそうな笑顔で礼を言うリアに愛おしさとともに暗い感情が浮かぶ。

私にはその笑顔を向けてくれないのに。外に出たがるのはここから逃げるためではないだろうか。

そんな自分の感情を宥めながら、今回だけだと言い聞かせる。
せめて今回だけは好きなようにさせてやろう。

だが不安は消えず何度も繰り返し約束を求めた。内心鬱陶しく思っているだろうが、いつもより活き活きした様子のリアが愛おしくて苦しい。
本当はこんなところにいたくないのだと言われているかのようだった。

「はい、陛下」

何度目かの返答はいつもと同じだったのに、無性に嫌だと思った。敬称で呼ばれることで、線を引かれているようだったし、ステラと同じように会話をして欲しい。
敬称も敬語も不要だと告げると、リアはあっさり了承した。

「ねえノア、まだ出発しないの?」

名前を呼ぶように告げたのは自分なのに、実際にリアの口から名を呼ばれると不安など吹き飛んでしまった。リアから呼ばれる名前は心地よく響き、気安い言葉遣いは今まで感じていた壁がなくなったかのようだった。

初めてみる魔馬にリアは興味津々だった。小柄なリアからすれば、威圧感があり怖がるかもしれないと危惧していたが、問題ないどころか動物の類が好きなのだろう。

最初は微笑ましく見ていたものの、首にぎゅっと身体を寄せたところで不快感が勝った。自分にもそんな風に甘えたことがないのに、魔獣ごときに先を越されたことが面白くなく、その痕跡を消し去るようにリアの身体を念入りに拭いた。
幸いリアは魔馬への接し方が悪かったのだろうと納得したようなので、不満に思う様子はない。

楽しみにしていた外出を前に嫌な思いをさせずに済んだことにほっとする。
馬車の中では不慣れだと言うことを理由にリアを腕の中に閉じ込めると、最初は抜け出そうと足掻いていたようだが、途中からまた遠くを見て考え事に耽っている。

リアは自分自身をどこか雑に扱っているような節がある。直情的なようで冷静ではあるし、場の雰囲気や他人の感情を察することには長けている。そのくせ自分に向けられる悪意や、危険に対してはどこか投げやりで諦念すら感じさせるのだ。

気になるものの聞いても答えないだろうし、確実に嫌がられるだろうと様子を見るに留めているが、こういう時は踏み込むべきか否か心が揺らぐ。
遠い眼差しで窓の外を見つめるリアの注意を引き寄せたい気持ちをこらえて、その姿をじっと見つめていた。


街に着いてからリアは気分を切り替えたようで、興味深そうに周囲を見渡し落ち着かない様子を見せる。それを微笑ましく思っていたが、ステラが同行するのだと分かると顔をぱっと輝かせたことに不満を覚えてしまった。
自分と二人きりになるのがそんなに嫌なのかと勘繰ってしまう。

すぐさま不機嫌な様子に気づいたリアが、どんどん顔を曇らせていく。悲しそうに俯く姿を見て、ようやく狭量な態度を見せたことを反省した。

取り繕うように繋いだ手はすぐさま振りほどかれるだろうと思っていたが、意外にリアはあっさりと受け入れた。小さく柔らかい手から伝わる温もりに、何よりも大切にして守ってやりたい気持ちになる一方、閉じ込めて自分だけを見て欲しいという独占欲が強くなる。

きらきらと目を輝かせ、楽しそうなリアの弾んだ声は確かに切望したものなのに、どんどん自分が欲深くなっていく。

……やはり侍女などいらなかったかもしれない。
リアが無邪気に自分ではなくステラに提案した時、本気でそう思った。

リアの世話ならいくらでもしてやりたかったが、同性でなければ不快なこともあろうと考えてしまったのだ。
今のノアベルトにとってステラは邪魔な存在でしかない。

傍にいても存在を気にかけてくれないのなら、周りにいる者たちを全て消してしまったらリアは私だけを見てくれるだろうか。

そんなことを考えながら、リアに菓子を与える。甘いものが嫌いだと思ったというリアの正しい指摘と謝罪に少し居心地が悪い。
自分の分も与えようとすれば、いつもなら仕方ないと言いたげな表情を浮かべつつも口にするのに、今日はあっさりと断られて、面白くない気分で代わりに顔を近づけてリアが持つ菓子をかじった。

「気に入ったなら、もっと食べる?」

その言葉は一瞬幻聴かと思うほど、予想外のものだった。リアが自分の嗜好を気に掛けてくれた、ただそれだけのことなのにじわりと心が温かく心地よい。

気づけば口の端が自然に上がっていて、ノアベルトは満ち足りた気分でリアを見つめていた。
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