57 / 60
物語
しおりを挟む
扉が再び開くのに、そう時間はかからなかった。
「……アネット様」
沈痛な面持ちで入ってきたエミリアの後ろには、先ほどと別の鋭い目つきの青年がいた。
(でもエミリア様は拘束されているわけではないわ)
自分との扱いの差を見てとって、アネットが再度エミリアに対する認識を強くする。そんなアネットにエミリアは予想外の言葉を口にした。
「もう、こんなこと止めてください!」
「え……」
唖然とするアネットだが、エミリアは震える声で言葉を重ねる。
「先ほどの人たちから聞きました。この誘拐がアネット様の指示によるものだと……。クロエ様のためですか?それともリシャール様のお気持ちが……アネット様から離れたせいですか?」
(――っ、動揺しちゃ駄目!大体これはエミリア様の自作自演じゃない!)
そんなことはあり得ないのに断言されると自分がそうしたように思えてくる。どういう仕組みか分からないが、惑わされてはいけないとアネットは負けじと返した。
「エミリア様こそ、もうお止めになってはいかがですか?貴女の誘いに乗ったのですから物語の内容を教えてくださっても良いのでは?それからお姉様を悪役令嬢に仕立てようとした理由もです」
涙を浮かべたエミリアから視線を逸らさずに言い切ると、エミリアが口元に手をあてて俯く。小刻みに震える肩に泣いているのだろうかと不安がよぎった時、場違いな笑い声が聞こえてきた。
「っふ……あははははははは!あれだけヒントを出せば流石に分かるわよねえ」
くすくすと楽しそうに笑い声を立てるエミリアに、アネットはぞくりとした。
理屈ではなく、本能的にアネットは危険を感じたのだ。決して関わってはいけない人物だと分かるのだが、こんな縛られたままの状態で逃げ出すことも叶わない。
せめて動揺を悟られないようにと平然とした表情を装うアネットを見透かしたかのように、エミリアは満足そうに微笑んだ。
「いいわ。ちゃんと思い通りに動いてくれたから、ご褒美に教えてあげる。そうでないと楽しくないもの。――ジェイ、椅子が欲しいわ」
エミリアの言葉に青年は床に四つん這いになり、エミリアは躊躇いもなくその背中に腰を下ろす。その歪な主従関係に内心恐怖を感じるアネットに、エミリアはいつもと変わらないような無邪気な笑みで口を開いた。
「ふふっ、あのね物語の内容なんだけど――――覚えてないわ、そんなもの」
頭の中でエミリアの言葉を繰り返したが、すぐには理解できなかった。
「きゃはははは、酷い顔ねえ!手紙を準備した甲斐があったわ」
物語の顛末が分からないなら、悪役令嬢の配役を振られたクロエがどうなるのか。狼狽したアネットは思わず叫んだ。
「待って!じゃあお姉様はどうなるの!?」
「お姉様、お姉様って馬鹿みたい。気持ち悪いわ」
先ほどの高揚が嘘のように、醒めた瞳でエミリアはアネットを見下ろす。その落差に気圧されそうになったが、クロエを救うために来たのだからアネットにはどうしても確かめなければならないことがあった。
「この世界が物語というのも嘘なのね?」
アネットが恐れているのは物語の強制力である。すべてはエミリアが――人が仕組んだことであればクロエを護る手立てはあるはずだ。だがそんな期待を裏切るように、エミリアは再び笑みを浮かべて告げる。
「それは本当。ありきたりの話だったから大枠しか覚えていないけど、クロエが見た目といいポジションといい悪役令嬢なのは間違いないわ。大体気づかなかったのかしら?悪役令嬢の義姉に虐げられるヒロインなんて物語の定番じゃない」
言われて初めてアネットはその可能性に気づいた。常にクロエのことばかり気にしていたため、自分もまた何かの配役が振られているなど考えていなかったのだ。
「それなのに仲良しごっこばかりで、ちっとも面白くないんだもの。だったら私が代わりにヒロインになろうと思って色々準備したの」
大変だったのよ、と口にしながらもエミリアは楽しそうに微笑んでいる。その準備が何を指しているか気づいたアネットは冷水を浴びせられたかのようにぞっとした。
「……クラリス様を唆したのは貴女なのね」
「あら、人聞きが悪いわ。あの子にはちょっとした実験台になってもらったのだけど、予想以上に効きすぎて暴走しちゃったのよ。思い込みって怖いわよね。まあ踏み台程度には役に立ったけれど」
どうでもよさそうな口振りで、エミリアはあっさりと関与を認めた。だがそれはアネットにとって朗報ではなく、むしろ不安を煽った。
(物証がなく私の証言だけでは罪に問えないだろうという自信からなのか、もしくは生かしておくつもりがないということかしら……)
「でもリシャール様は思ったよりも期待外れというか、あんまり面白くないのよね」
リシャールの名前に思わず反応したアネットを見て、エミリアは笑みを深める。
「ふふっ、まだ未練があるの?じゃあこうしましょう。リシャール様とクロエ様、どちらか選ばせてあげるわ」
「……アネット様」
沈痛な面持ちで入ってきたエミリアの後ろには、先ほどと別の鋭い目つきの青年がいた。
(でもエミリア様は拘束されているわけではないわ)
自分との扱いの差を見てとって、アネットが再度エミリアに対する認識を強くする。そんなアネットにエミリアは予想外の言葉を口にした。
「もう、こんなこと止めてください!」
「え……」
唖然とするアネットだが、エミリアは震える声で言葉を重ねる。
「先ほどの人たちから聞きました。この誘拐がアネット様の指示によるものだと……。クロエ様のためですか?それともリシャール様のお気持ちが……アネット様から離れたせいですか?」
(――っ、動揺しちゃ駄目!大体これはエミリア様の自作自演じゃない!)
そんなことはあり得ないのに断言されると自分がそうしたように思えてくる。どういう仕組みか分からないが、惑わされてはいけないとアネットは負けじと返した。
「エミリア様こそ、もうお止めになってはいかがですか?貴女の誘いに乗ったのですから物語の内容を教えてくださっても良いのでは?それからお姉様を悪役令嬢に仕立てようとした理由もです」
涙を浮かべたエミリアから視線を逸らさずに言い切ると、エミリアが口元に手をあてて俯く。小刻みに震える肩に泣いているのだろうかと不安がよぎった時、場違いな笑い声が聞こえてきた。
「っふ……あははははははは!あれだけヒントを出せば流石に分かるわよねえ」
くすくすと楽しそうに笑い声を立てるエミリアに、アネットはぞくりとした。
理屈ではなく、本能的にアネットは危険を感じたのだ。決して関わってはいけない人物だと分かるのだが、こんな縛られたままの状態で逃げ出すことも叶わない。
せめて動揺を悟られないようにと平然とした表情を装うアネットを見透かしたかのように、エミリアは満足そうに微笑んだ。
「いいわ。ちゃんと思い通りに動いてくれたから、ご褒美に教えてあげる。そうでないと楽しくないもの。――ジェイ、椅子が欲しいわ」
エミリアの言葉に青年は床に四つん這いになり、エミリアは躊躇いもなくその背中に腰を下ろす。その歪な主従関係に内心恐怖を感じるアネットに、エミリアはいつもと変わらないような無邪気な笑みで口を開いた。
「ふふっ、あのね物語の内容なんだけど――――覚えてないわ、そんなもの」
頭の中でエミリアの言葉を繰り返したが、すぐには理解できなかった。
「きゃはははは、酷い顔ねえ!手紙を準備した甲斐があったわ」
物語の顛末が分からないなら、悪役令嬢の配役を振られたクロエがどうなるのか。狼狽したアネットは思わず叫んだ。
「待って!じゃあお姉様はどうなるの!?」
「お姉様、お姉様って馬鹿みたい。気持ち悪いわ」
先ほどの高揚が嘘のように、醒めた瞳でエミリアはアネットを見下ろす。その落差に気圧されそうになったが、クロエを救うために来たのだからアネットにはどうしても確かめなければならないことがあった。
「この世界が物語というのも嘘なのね?」
アネットが恐れているのは物語の強制力である。すべてはエミリアが――人が仕組んだことであればクロエを護る手立てはあるはずだ。だがそんな期待を裏切るように、エミリアは再び笑みを浮かべて告げる。
「それは本当。ありきたりの話だったから大枠しか覚えていないけど、クロエが見た目といいポジションといい悪役令嬢なのは間違いないわ。大体気づかなかったのかしら?悪役令嬢の義姉に虐げられるヒロインなんて物語の定番じゃない」
言われて初めてアネットはその可能性に気づいた。常にクロエのことばかり気にしていたため、自分もまた何かの配役が振られているなど考えていなかったのだ。
「それなのに仲良しごっこばかりで、ちっとも面白くないんだもの。だったら私が代わりにヒロインになろうと思って色々準備したの」
大変だったのよ、と口にしながらもエミリアは楽しそうに微笑んでいる。その準備が何を指しているか気づいたアネットは冷水を浴びせられたかのようにぞっとした。
「……クラリス様を唆したのは貴女なのね」
「あら、人聞きが悪いわ。あの子にはちょっとした実験台になってもらったのだけど、予想以上に効きすぎて暴走しちゃったのよ。思い込みって怖いわよね。まあ踏み台程度には役に立ったけれど」
どうでもよさそうな口振りで、エミリアはあっさりと関与を認めた。だがそれはアネットにとって朗報ではなく、むしろ不安を煽った。
(物証がなく私の証言だけでは罪に問えないだろうという自信からなのか、もしくは生かしておくつもりがないということかしら……)
「でもリシャール様は思ったよりも期待外れというか、あんまり面白くないのよね」
リシャールの名前に思わず反応したアネットを見て、エミリアは笑みを深める。
「ふふっ、まだ未練があるの?じゃあこうしましょう。リシャール様とクロエ様、どちらか選ばせてあげるわ」
21
お気に入りに追加
2,113
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者
きゃる
恋愛
私は今日、暗殺される――。
攻略が難しく肝心なところでセーブのできない乙女ゲーム『散りゆく薔薇と君の未来』、通称『バラミラ』。ヒロインの王女カトリーナに転生しちゃった加藤莉奈(かとうりな)は、メインキャラの攻略対象よりもサブキャラ(脇役)の暗殺者が大好きなオタクだった。
「クロムしゃまあああ、しゅきいいいい♡」
命を狙われているものの、回避の方法を知っているから大丈夫。それより推しを笑顔にしたい!
そして運命の夜、推しがナイフをもって現れた。
「かま~~~ん♡」
「…………は?」
推しが好きすぎる王女の、猪突猛進ラブコメディ☆
※『私の推しは暗殺者。』を、読みやすく書き直しました。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
誕生日に捨てられた記憶喪失の伯爵令嬢は、辺境を守る騎士に拾われて最高の幸せを手に入れる
八重
恋愛
記憶を失ったことで令嬢としての生き方を忘れたリーズは17歳の誕生日に哀れにも父親に捨てられる。
獣も住む危険な辺境の地で、彼女はある騎士二コラに拾われた。
「では、私の妻になりませんか?」
突然の求婚に戸惑いつつも、頼る人がいなかったリーズは彼を頼ることにする。
そして、二コラと一緒に暮らすことになったリーズは彼の優しく誠実な人柄にどんどん惹かれていく。
一方、辺境を守る騎士を務める二コラにも実は秘密があって……!
※小説家になろう先行公開で他サイトにも公開中です
※序盤は一話一話が短めになっております
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞
衿乃 光希(絵本大賞参加中)
恋愛
同僚と合わず3年勤めた仕事を退職した彩綺(さいき)。縁があって私設植物園に併設されている喫茶店でアルバイトを始める。そこに雨の日にだけやってくる男性がいた。彼はスタッフの間で『雨の君』と呼ばれているようで、彩綺はミステリアスな彼が気になって・・・。初めての恋に戸惑いながら、本をきっかけに彼との距離を縮めていく。初恋のどきどきをお楽しみください。 第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる