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物語

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扉が再び開くのに、そう時間はかからなかった。

「……アネット様」
沈痛な面持ちで入ってきたエミリアの後ろには、先ほどと別の鋭い目つきの青年がいた。

(でもエミリア様は拘束されているわけではないわ)
自分との扱いの差を見てとって、アネットが再度エミリアに対する認識を強くする。そんなアネットにエミリアは予想外の言葉を口にした。

「もう、こんなこと止めてください!」
「え……」
唖然とするアネットだが、エミリアは震える声で言葉を重ねる。

「先ほどの人たちから聞きました。この誘拐がアネット様の指示によるものだと……。クロエ様のためですか?それともリシャール様のお気持ちが……アネット様から離れたせいですか?」

(――っ、動揺しちゃ駄目!大体これはエミリア様の自作自演じゃない!)

そんなことはあり得ないのに断言されると自分がそうしたように思えてくる。どういう仕組みか分からないが、惑わされてはいけないとアネットは負けじと返した。

「エミリア様こそ、もうお止めになってはいかがですか?貴女の誘いに乗ったのですから物語の内容を教えてくださっても良いのでは?それからお姉様を悪役令嬢に仕立てようとした理由もです」

涙を浮かべたエミリアから視線を逸らさずに言い切ると、エミリアが口元に手をあてて俯く。小刻みに震える肩に泣いているのだろうかと不安がよぎった時、場違いな笑い声が聞こえてきた。

「っふ……あははははははは!あれだけヒントを出せば流石に分かるわよねえ」

くすくすと楽しそうに笑い声を立てるエミリアに、アネットはぞくりとした。
理屈ではなく、本能的にアネットは危険を感じたのだ。決して関わってはいけない人物だと分かるのだが、こんな縛られたままの状態で逃げ出すことも叶わない。
せめて動揺を悟られないようにと平然とした表情を装うアネットを見透かしたかのように、エミリアは満足そうに微笑んだ。

「いいわ。ちゃんと思い通りに動いてくれたから、ご褒美に教えてあげる。そうでないと楽しくないもの。――ジェイ、椅子が欲しいわ」

エミリアの言葉に青年は床に四つん這いになり、エミリアは躊躇いもなくその背中に腰を下ろす。その歪な主従関係に内心恐怖を感じるアネットに、エミリアはいつもと変わらないような無邪気な笑みで口を開いた。

「ふふっ、あのね物語の内容なんだけど――――覚えてないわ、そんなもの」
頭の中でエミリアの言葉を繰り返したが、すぐには理解できなかった。

「きゃはははは、酷い顔ねえ!手紙を準備した甲斐があったわ」
物語の顛末が分からないなら、悪役令嬢の配役を振られたクロエがどうなるのか。狼狽したアネットは思わず叫んだ。

「待って!じゃあお姉様はどうなるの!?」
「お姉様、お姉様って馬鹿みたい。気持ち悪いわ」

先ほどの高揚が嘘のように、醒めた瞳でエミリアはアネットを見下ろす。その落差に気圧されそうになったが、クロエを救うために来たのだからアネットにはどうしても確かめなければならないことがあった。

「この世界が物語というのも嘘なのね?」

アネットが恐れているのは物語の強制力である。すべてはエミリアが――人が仕組んだことであればクロエを護る手立てはあるはずだ。だがそんな期待を裏切るように、エミリアは再び笑みを浮かべて告げる。

「それは本当。ありきたりの話だったから大枠しか覚えていないけど、クロエが見た目といいポジションといい悪役令嬢なのは間違いないわ。大体気づかなかったのかしら?悪役令嬢の義姉に虐げられるヒロインなんて物語の定番じゃない」

言われて初めてアネットはその可能性に気づいた。常にクロエのことばかり気にしていたため、自分もまた何かの配役が振られているなど考えていなかったのだ。

「それなのに仲良しごっこばかりで、ちっとも面白くないんだもの。だったら私が代わりにヒロインになろうと思って色々準備したの」

大変だったのよ、と口にしながらもエミリアは楽しそうに微笑んでいる。その準備が何を指しているか気づいたアネットは冷水を浴びせられたかのようにぞっとした。

「……クラリス様を唆したのは貴女なのね」
「あら、人聞きが悪いわ。あの子にはちょっとした実験台になってもらったのだけど、予想以上に効きすぎて暴走しちゃったのよ。思い込みって怖いわよね。まあ踏み台程度には役に立ったけれど」

どうでもよさそうな口振りで、エミリアはあっさりと関与を認めた。だがそれはアネットにとって朗報ではなく、むしろ不安を煽った。

(物証がなく私の証言だけでは罪に問えないだろうという自信からなのか、もしくは生かしておくつもりがないということかしら……)

「でもリシャール様は思ったよりも期待外れというか、あんまり面白くないのよね」
リシャールの名前に思わず反応したアネットを見て、エミリアは笑みを深める。

「ふふっ、まだ未練があるの?じゃあこうしましょう。リシャール様とクロエ様、どちらか選ばせてあげるわ」
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