上 下
46 / 60

似た者同士

しおりを挟む
早朝の静かさの中でひときわ大きく聞こえる靴音に、アネットは目当ての人物が来たことを知って顔を上げる。優雅な物腰と柔和な笑みに惑わされる者も多いが、アネットには彼が静かに怒っていることに気づいてしまった。

(それは、やっぱり私とセルジュ殿下が似ているからかもしれないわ)

大部分の性格は異なっているのに、クロエに関係することについては、アネットとセルジュの思考回路は非常に似通っている。言い換えればお互いの行動が読みやすいということだ。大切な者への心の傾け方、要するに執着の仕方が同じなのだろう。

「困ったね。君はクロエの大切な妹なんだ。こんな時期に不要な憶測を招きたくはないんだよ」

セルジュの口調は穏やかで眉を下げたまま微笑む様は困っているようにも、仕方がないなと寛容さを示すような眼差しでもある。だが彼は王族であり容易に本当の感情を表に出すことはない。

「私も困っておりますわ。お姉様が大切な方のために心を痛めておられるようですから」

ひやりとした空気が漂うのは早朝だからではない。アネットもセルジュも笑みを浮かべているが、目の奥は互いへの不満を訴えるかのように冷ややかだ。

「君がそれを言うのかい?今回の件は確かにクロエにも迂闊なところはあったが、根本的な要因が何なのか気づいていないわけではないだろう?」
「……殿下のおっしゃるとおり、エミリア様については私が不注意でしたわ。申し訳ございません」

エミリアの本心を見抜けなかったことにアネットは忸怩たるものがあった。

(大人しい素直な子だと思っていたのに、見誤ってしまった)

感情を素直に表現するエミリアを貴族子女らしくないと思っていたのだが、あれが全て演技なら女優になれるレベルだろう。エミリアへの警戒を緩めたために彼女の意図を見抜けず、クロエに迷惑を掛ける羽目になった。

悔しさに丸めた拳に力を入れるアネットを見て、セルジュは嘆息を落とす。そこに呆れのような響きを感じ取ってアネットは思わずセルジュを見つめた。

「やっぱり気づいていないか。本当に君たちはよく似ている。だからこそ擦れ違うのかもしれないが、近すぎて見えないんだろうね」

先ほどまでの冷ややかな眼差しが緩み、どこか呆れたような表情のセルジュにアネットは戸惑った。
何故クロエを護ってやらないのかと詰問しようとしていたのに、肩透かしを食らった気分だ。思考回路は同じはずだが、どうやらセルジュはアネットよりもずっと正確に状況を把握しているらしい。

「トルイユ子爵令嬢は思ったよりもずっとしたたかで厄介な存在だが、本当の問題はそれではないんだよ。クロエが夏以来、もっと言えば君の誕生日からずっと君に罪悪感を覚えていることに気づいていなかったね?」
「罪悪感?お姉様が、どうして……?」

誕生日はクロエから素敵なブローチをもらい、二人きりでお茶の時間を過ごした幸せな一日だったはずだ。リシャールからも希少本をもらって、アネットは自分が珍しくはしゃいでいた記憶がある。
クロエだってそんなアネットに優しい眼差しを向けていたはずなのに、何故罪悪感を覚えることになるのだろう。

「クロエはね、君が侯爵令嬢として扱われていないことを心苦しく思っていた。シアマ伯爵令息が君に贈ったプレゼントを見て、自分との格差を改めて理解したのだろう。貴族社会の中で家長の言うことは絶対であるけれど、クロエはそのことを申し訳なく思ってこれ以上君がそんな扱いを受けないように護ろうとしていたんだよ」

セルジュの口調は柔らかく、どこか幼子に言い聞かせるような優しいものだったが、アネットは泣きたいような気持ちになった。

(あの時の会長のプレゼントが、お姉様をそんな気持ちにさせていたなんて……)

単純に相性の問題かと考えていたのだが、それがクロエにルヴィエ家の姉妹格差について再考させるきっかけになるなど思いもよらなかった。
近すぎて見えないと言ったセルジュの言葉が、アネットの中に落ちていきクロエの最近の行動がようやく腑に落ちた。これ以上アネットの立場を貶めないためにクロエは懸命に心を砕いてくれたのだ。

「……お恥ずかしい限りですわ。お姉様のことなら一番理解していると自負しておりましたのに……」

そうしてようやくセルジュの苛立ちの理由も理解した。クロエの葛藤に気づかずにアネットは不用意に交友関係を深め、結果その相手からクロエの評判を傷付けられてしまったのだ。セルジュからすれば、何をしているんだと文句が言いたくなっても無理はない。

「まあ君も色々拗らせているから仕方がないかもしれないけどね」
「拗らせ……それは――もう過ぎたことですわ」

思わぬ指摘にアネットは素っ気なく答えたのだが、セルジュは生温かい眼差しを向ける。

「君は時々年齢以上に大人びた思考をするけれど、こういう分野では年相応という気がするね。大切なことはきちんと相手に伝えなくては駄目だよ」

何もかも見透かしたような瞳からアネットは目を逸らす。警護上のためではあるが、学園内には密かにセルジュの部下が控えており、貴族子女の噂や動向などの情報収集にも役立っているらしい。
リシャールから聞いた可能性もあるが、あの時の出来事をセルジュが知っていても不思議ではなかった。

「これ以上みっともない真似はいたしませんわ。それよりもセルジュ殿下はどうしてお姉様をそのままにしておくのですか?殿下のお立場は理解しておりますが、お姉様が不安そうになさっているのに、殿下らしくありませんわね」

権力で圧力をかければ将来の関係性に影響を与えるが、それにしてもセルジュの性格とクロエへの想いを知っているだけに今回の態度は納得できなかった。

「僕のクロエへの気持ちは変わらないよ。そうだね、そういう意味でも君とクロエは似ているんだが、いつか君も理解できるようになるだろう」

秘密めいた微笑みにセルジュがそれ以上語るつもりはないようだ。それでもアネットは縺れた糸が少しほどけたような気がして、安堵の笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。 利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。 元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。 しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……? 2024/09/08 一部加筆修正しました

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...