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第3章
密談
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苦しそうな表情を浮かべているものの、安定してきた寝息に安堵する。
目じりの涙を拭ってシュルツはようやく身体を動かした。勝手に寝室に入ってこない気遣いを見せているのだから、それに相応しい態度を返すべきだろう。
ドアを開ければフィラルドの魔術士が険しい表情を浮かべて立っている。階下に場所を移したのはユナへの配慮からだ。この魔術士がユナを大切に思っていなければ、託すという選択肢はなかったから、自分の見込み違いでなかったことに安堵する。
普段の様子から分かっていたことだが、自分を前にしてもその態度が変わらなかったことで確信を深めた。
「貴方はユナをどうするつもりですか?」
単刀直入な聞き方は嫌いではない。
「ユナを幸せにする。そのための障害を全て排除するだけだ」
「貴方がそれを言いますか?現在ユナを苦しめているのは貴方でしょう」
泣きながら自分の名前を呼び求めてくる姿に心が揺さぶられる。それでもユナの幸せを思えばと身を引き裂かれるような思いをしながら離れたのだ。優しすぎる彼女がこれ以上心を痛めないように。
「…いずれ忘れる」
傷がいつしか癒えるように、どんなにつらい事もいつかは過去になる。新しい生活や出逢いは彼女を癒し、過去に目を向けるよりも前を向いて進み始めるだろう。
ずっと射殺すような視線を向けていた魔術士が、わざとらしくため息を吐いた。
「では俺がユナを欲しても構わないと――」
魔術士の言葉が不自然に途切れた。膝をつき苦しそうに顔を歪める姿を見て、無意識に魔力を放ったことに気づく。
深呼吸をして魔力を制御するとふらつきながらも魔術士が立ち上がり、シュルツを睨んでいる。
覚悟しているつもりだった。ユナの幸せを望む以上、将来自分以外の男を想い愛し合う未来も受け入れなければならないことを。それなのにその可能性を示唆されただけで取り乱してしまう自分の未熟さを露呈してしまった。
「………ユナがそれを望むなら」
「それは本心ですか?手放すことができず、こうしてユナに会いに来ているではないですか」
今夜は随分と踏み込んでくる。怪訝に思ったシュルツだが、すぐにその理由が分かった。
「ユナが危うい状態であることを貴方は本当に理解しているのですか?今日だって怪我をしても頓着せずに放置して、あれは自分の蔑ろにしている証拠です。俺はユナが故意に傷付けたのかと思って、生きた心地がしませんでした」
その様子はシュルツも家の外から見ていた。虚ろな目でぼんやりと傷口を見ていたかと思うと、自分の名前を呼びながら泣き出したのだ。駆け付けたい思いをこらえて、ただ見ていることしか出来ない自分に苛立った。
「……ユナは強い。今はまだ心が揺れているが、王都に戻れば自由も豊かな生活も手に入る。――進捗の報告を」
感傷を断ち切るようにシュルツはウィルに冷ややかな声で告げる。
「こちらはほぼ完了です。バカ殿下には告げていませんが、未だ婚約者の身。陛下とは水面下で合意を取れておりますので、問題ありません。最悪、黙らせる材料も手に入れましたので」
ユナの前では清廉潔白そうな顔しか見せていないが、この魔術士は策士でありなかなか腹黒い。
「ならばよい。しばし待て」
一方的に告げるとシュルツは一瞬で姿を消した。
高位の魔族でも難しく詠唱なしで転移を行える者など魔王以外にいないだろう。
一人残されたウィルはソファーに倒れ込む。毎回強い魔力に当てられる上に極度の緊張を強いられるのだから、無理もない。
「まったく、何を拗らせているのやら。本当に仕方がないですね」
国境近くの森に居を移したのは、国防のためだった。一応まだ筆頭魔術師であるのだから一切の仕事を放棄するのは無責任だったし、ユナの安否に関する情報が得られないかと一抹の期待を抱いたこともある。
とはいえ魔物の姿はほとんど目にすることもなく、魔術書の解読や鍛錬を積みながら自給自足の生活を送っていたのだ。
そんな中、突然魔王が現れた時には死を覚悟したのだが、魔王の口からユナを保護してほしいと頼まれた時には驚きのあまり声が出なかった。
(攫っておいて保護してくれなんて、矛盾もいいとこだよな)
最初は何を企んでいるのだと疑心暗鬼に駆られていたが、ユナのことを語る魔王の眼差しは真摯なものであり、承諾しないウィルの元を何度も訪れる様子を見て魔王が心からユナのことを大切に想っているのだと信じられるようになったのだ。
こんな風に魔王と密談をする羽目になるとは王城に入る頃は思ってもいなかったが、おかげで随分と収穫があった。
フィラルドの未来と大切な少女のためにウィルはある決断をしたのだった。
目じりの涙を拭ってシュルツはようやく身体を動かした。勝手に寝室に入ってこない気遣いを見せているのだから、それに相応しい態度を返すべきだろう。
ドアを開ければフィラルドの魔術士が険しい表情を浮かべて立っている。階下に場所を移したのはユナへの配慮からだ。この魔術士がユナを大切に思っていなければ、託すという選択肢はなかったから、自分の見込み違いでなかったことに安堵する。
普段の様子から分かっていたことだが、自分を前にしてもその態度が変わらなかったことで確信を深めた。
「貴方はユナをどうするつもりですか?」
単刀直入な聞き方は嫌いではない。
「ユナを幸せにする。そのための障害を全て排除するだけだ」
「貴方がそれを言いますか?現在ユナを苦しめているのは貴方でしょう」
泣きながら自分の名前を呼び求めてくる姿に心が揺さぶられる。それでもユナの幸せを思えばと身を引き裂かれるような思いをしながら離れたのだ。優しすぎる彼女がこれ以上心を痛めないように。
「…いずれ忘れる」
傷がいつしか癒えるように、どんなにつらい事もいつかは過去になる。新しい生活や出逢いは彼女を癒し、過去に目を向けるよりも前を向いて進み始めるだろう。
ずっと射殺すような視線を向けていた魔術士が、わざとらしくため息を吐いた。
「では俺がユナを欲しても構わないと――」
魔術士の言葉が不自然に途切れた。膝をつき苦しそうに顔を歪める姿を見て、無意識に魔力を放ったことに気づく。
深呼吸をして魔力を制御するとふらつきながらも魔術士が立ち上がり、シュルツを睨んでいる。
覚悟しているつもりだった。ユナの幸せを望む以上、将来自分以外の男を想い愛し合う未来も受け入れなければならないことを。それなのにその可能性を示唆されただけで取り乱してしまう自分の未熟さを露呈してしまった。
「………ユナがそれを望むなら」
「それは本心ですか?手放すことができず、こうしてユナに会いに来ているではないですか」
今夜は随分と踏み込んでくる。怪訝に思ったシュルツだが、すぐにその理由が分かった。
「ユナが危うい状態であることを貴方は本当に理解しているのですか?今日だって怪我をしても頓着せずに放置して、あれは自分の蔑ろにしている証拠です。俺はユナが故意に傷付けたのかと思って、生きた心地がしませんでした」
その様子はシュルツも家の外から見ていた。虚ろな目でぼんやりと傷口を見ていたかと思うと、自分の名前を呼びながら泣き出したのだ。駆け付けたい思いをこらえて、ただ見ていることしか出来ない自分に苛立った。
「……ユナは強い。今はまだ心が揺れているが、王都に戻れば自由も豊かな生活も手に入る。――進捗の報告を」
感傷を断ち切るようにシュルツはウィルに冷ややかな声で告げる。
「こちらはほぼ完了です。バカ殿下には告げていませんが、未だ婚約者の身。陛下とは水面下で合意を取れておりますので、問題ありません。最悪、黙らせる材料も手に入れましたので」
ユナの前では清廉潔白そうな顔しか見せていないが、この魔術士は策士でありなかなか腹黒い。
「ならばよい。しばし待て」
一方的に告げるとシュルツは一瞬で姿を消した。
高位の魔族でも難しく詠唱なしで転移を行える者など魔王以外にいないだろう。
一人残されたウィルはソファーに倒れ込む。毎回強い魔力に当てられる上に極度の緊張を強いられるのだから、無理もない。
「まったく、何を拗らせているのやら。本当に仕方がないですね」
国境近くの森に居を移したのは、国防のためだった。一応まだ筆頭魔術師であるのだから一切の仕事を放棄するのは無責任だったし、ユナの安否に関する情報が得られないかと一抹の期待を抱いたこともある。
とはいえ魔物の姿はほとんど目にすることもなく、魔術書の解読や鍛錬を積みながら自給自足の生活を送っていたのだ。
そんな中、突然魔王が現れた時には死を覚悟したのだが、魔王の口からユナを保護してほしいと頼まれた時には驚きのあまり声が出なかった。
(攫っておいて保護してくれなんて、矛盾もいいとこだよな)
最初は何を企んでいるのだと疑心暗鬼に駆られていたが、ユナのことを語る魔王の眼差しは真摯なものであり、承諾しないウィルの元を何度も訪れる様子を見て魔王が心からユナのことを大切に想っているのだと信じられるようになったのだ。
こんな風に魔王と密談をする羽目になるとは王城に入る頃は思ってもいなかったが、おかげで随分と収穫があった。
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