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第2章
想いの証明
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「痛みや違和感はないか? 無理をしてはならぬ」
声を掛けてソファーに座らせようと手を引くが、ユナは俯いたまま動かない。まさかまた声が出なくなったのかと嫌な想像がよぎったものの、ユナは躊躇うように口を開いた。
「…ごめんなさい」
小さな弱々しい声で謝罪の言葉を口にするが、シュルツには謝られた理由が分からない。
「…私のせいで、ごめんなさい。私が一緒にいるからシュルツを危険な目に遭わせてしまった」
「何を言っている?被害を受けたのはそなただろう」
彼女が一緒に食べることを提案しなければ、自分が異臭に気づき先に口にいれていなければ命を落としていたかもしれない。そう考えるとぞっとする。
それなのにユナは首を横に振った。
「シュルツ、お願いがあるの。…少しの間だけ抱きしめてくれる?」
言われたとおりに抱きしめると、抱きしめ返してくれた。何度も繰り返した行為であるのに、何故か今は不安しか感じない。先ほどの言葉の意味も、悲しそうな笑みも、何か取り返しのつかないことが起こりそうな不穏な予感がしてならない。
それを振り払うようにユナの髪を撫でると、背中に回された手に力がこもった。
「もう、大丈夫。ありがとう」
声は届いていたが、離す気にはなれなかった。そのまま抱きしめていると背中をポンポンと叩かれた。
「話したいことがあるの。このままの状態でお話しても良いけど、せめて座らない?」
そう言われてようやく体を離すと、ユナに手を引かれソファーに腰を下ろした。
「ユナ、我の側にいてくれ」
そう懇願してみるが、寂しそうに笑うだけで何の言葉も返ってこない。それだけで彼女の話がどんなものか想像がついた。
「シュルツ、ありがとう。声が出せるようになって良かった。ちゃんと伝えられるのって大切だね」
ユナは一つ息を吐くと、覚悟を決めたように話し始めた。
「まずは、声が出なくなったのはシュルツのせいじゃないから、自分を責めないでほしいの。原因はきっと急激に環境が変わったことで、心身に負担がかかってしまったからだと思うわ」
「それはそなたを攫った我のせいだろう」
「それは違うよ。フィラルド城もここも私にとってはあまり変わりがないの。以前も話しましたが、この世界は私がいた世界とは随分違っているから」
穏やかな口調で語るユーリが今にもいなくなってしまいそうで、彼女の手を握り締める。
「ある日気づいたらフィラルド城にいて、そこで私は救世主だって言われたの。私の外見と現れた状況が伝承に出てくる救世主と同じなんだって。みんな優しくしてくれたし困っているなら力になりたいとは思ったけど、特別な能力があるわけでもないから、ただ言葉やフィラルドについて学びながら過ごしていたわ。シュルツに会うまでは」
言葉を切ると、視線を下に向け繋いだ手を握り返してくれた。
「シュルツがすぐに魔物の侵入を止めてくれたから、救世主として役目を果たしたのだと思ったし、だったら帰れるのではないかと思ったけど、方法が分からなくて。シュルツとの約束を先延ばしにしていたのに、私はずっと元の世界に戻ることばかり考えていたの。シュルツはずっと私に優しくしてくれたし、すごく大事にしてくれていたのに、ごめんなさい」
「そなたの立場からすれば当然だろう。それに我の行動は全てユナの歓心を得るためのものだから、気にすることはない」
ユナはシュルツの言葉を聞いて悲しそうに微笑んだ。触れた手が微かに震えていて包み込むように握りしめた。
「声が出なくなって、時間がたくさんあったからずっと考えていたの。シュルツが私を想ってくれるのは私が救世主だからかもしれないって。伝承には救世主の役割は詳しく書いていなかったけど、救世主が現れて魔物による被害がなくなったと伝えられていた。どういう方法か分からないけれど、救世主は魔物を倒すもしくは魔物の力を削ぐことができるのだと思う。…だからシュルツの私への執着はその作用によるものじゃないかな」
「ユナ、それは違う」
否定しようとするがユナは早口で遮った。
「だってシュルツは私の願いを聞いて魔物の侵入を止めてくれたし、私を守ろうとしてアーベルさんやミアを排除しようとした。未遂だったけど、それって私がいたからでしょう。それにエルザは私を狙っていたけど、結果的にシュルツに毒入りマフィンを食べさせてしまうことになったし、もっと毒性の高いものだったら……命だって危なかった。だから…」
今にも泣き出しそうな目でユナはシュルツを見て言った。
「私はシュルツと一緒にいては駄目なの。きっと不幸にしてしまうから。たとえ一緒にいられなくてもシュルツが幸せになれるのなら、そのほうがいい」
ユナはぎこちない笑顔を浮かべて繋がれた手を離そうとするが、力を込めて繋ぎ止める。
「我がユナを愛しいと思うのは我の意思だ。異世界の人間であることや救世主であることは関係ない。どうか信じてほしい」
ないことの証明は難しい。そしてまた自分の想いと救世主の能力の因果関係を見つけることもまた困難だ。
ただし、前例があれば別だ。
でも、と続けようとしたユナを手で制して席を立った。
「ユナはこれが読めるのだろう」
シュルツが差し出したのは、初日にユナが興味を示したあの古びた薄茶色の本だった。
声を掛けてソファーに座らせようと手を引くが、ユナは俯いたまま動かない。まさかまた声が出なくなったのかと嫌な想像がよぎったものの、ユナは躊躇うように口を開いた。
「…ごめんなさい」
小さな弱々しい声で謝罪の言葉を口にするが、シュルツには謝られた理由が分からない。
「…私のせいで、ごめんなさい。私が一緒にいるからシュルツを危険な目に遭わせてしまった」
「何を言っている?被害を受けたのはそなただろう」
彼女が一緒に食べることを提案しなければ、自分が異臭に気づき先に口にいれていなければ命を落としていたかもしれない。そう考えるとぞっとする。
それなのにユナは首を横に振った。
「シュルツ、お願いがあるの。…少しの間だけ抱きしめてくれる?」
言われたとおりに抱きしめると、抱きしめ返してくれた。何度も繰り返した行為であるのに、何故か今は不安しか感じない。先ほどの言葉の意味も、悲しそうな笑みも、何か取り返しのつかないことが起こりそうな不穏な予感がしてならない。
それを振り払うようにユナの髪を撫でると、背中に回された手に力がこもった。
「もう、大丈夫。ありがとう」
声は届いていたが、離す気にはなれなかった。そのまま抱きしめていると背中をポンポンと叩かれた。
「話したいことがあるの。このままの状態でお話しても良いけど、せめて座らない?」
そう言われてようやく体を離すと、ユナに手を引かれソファーに腰を下ろした。
「ユナ、我の側にいてくれ」
そう懇願してみるが、寂しそうに笑うだけで何の言葉も返ってこない。それだけで彼女の話がどんなものか想像がついた。
「シュルツ、ありがとう。声が出せるようになって良かった。ちゃんと伝えられるのって大切だね」
ユナは一つ息を吐くと、覚悟を決めたように話し始めた。
「まずは、声が出なくなったのはシュルツのせいじゃないから、自分を責めないでほしいの。原因はきっと急激に環境が変わったことで、心身に負担がかかってしまったからだと思うわ」
「それはそなたを攫った我のせいだろう」
「それは違うよ。フィラルド城もここも私にとってはあまり変わりがないの。以前も話しましたが、この世界は私がいた世界とは随分違っているから」
穏やかな口調で語るユーリが今にもいなくなってしまいそうで、彼女の手を握り締める。
「ある日気づいたらフィラルド城にいて、そこで私は救世主だって言われたの。私の外見と現れた状況が伝承に出てくる救世主と同じなんだって。みんな優しくしてくれたし困っているなら力になりたいとは思ったけど、特別な能力があるわけでもないから、ただ言葉やフィラルドについて学びながら過ごしていたわ。シュルツに会うまでは」
言葉を切ると、視線を下に向け繋いだ手を握り返してくれた。
「シュルツがすぐに魔物の侵入を止めてくれたから、救世主として役目を果たしたのだと思ったし、だったら帰れるのではないかと思ったけど、方法が分からなくて。シュルツとの約束を先延ばしにしていたのに、私はずっと元の世界に戻ることばかり考えていたの。シュルツはずっと私に優しくしてくれたし、すごく大事にしてくれていたのに、ごめんなさい」
「そなたの立場からすれば当然だろう。それに我の行動は全てユナの歓心を得るためのものだから、気にすることはない」
ユナはシュルツの言葉を聞いて悲しそうに微笑んだ。触れた手が微かに震えていて包み込むように握りしめた。
「声が出なくなって、時間がたくさんあったからずっと考えていたの。シュルツが私を想ってくれるのは私が救世主だからかもしれないって。伝承には救世主の役割は詳しく書いていなかったけど、救世主が現れて魔物による被害がなくなったと伝えられていた。どういう方法か分からないけれど、救世主は魔物を倒すもしくは魔物の力を削ぐことができるのだと思う。…だからシュルツの私への執着はその作用によるものじゃないかな」
「ユナ、それは違う」
否定しようとするがユナは早口で遮った。
「だってシュルツは私の願いを聞いて魔物の侵入を止めてくれたし、私を守ろうとしてアーベルさんやミアを排除しようとした。未遂だったけど、それって私がいたからでしょう。それにエルザは私を狙っていたけど、結果的にシュルツに毒入りマフィンを食べさせてしまうことになったし、もっと毒性の高いものだったら……命だって危なかった。だから…」
今にも泣き出しそうな目でユナはシュルツを見て言った。
「私はシュルツと一緒にいては駄目なの。きっと不幸にしてしまうから。たとえ一緒にいられなくてもシュルツが幸せになれるのなら、そのほうがいい」
ユナはぎこちない笑顔を浮かべて繋がれた手を離そうとするが、力を込めて繋ぎ止める。
「我がユナを愛しいと思うのは我の意思だ。異世界の人間であることや救世主であることは関係ない。どうか信じてほしい」
ないことの証明は難しい。そしてまた自分の想いと救世主の能力の因果関係を見つけることもまた困難だ。
ただし、前例があれば別だ。
でも、と続けようとしたユナを手で制して席を立った。
「ユナはこれが読めるのだろう」
シュルツが差し出したのは、初日にユナが興味を示したあの古びた薄茶色の本だった。
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