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第2章

沈黙の理由

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エルザがやってきた時、ミアは床に座りこんだまま本とにらめっこしていた。

「…何をしているのよ?」
「姫様の体に良さそうな食材を調べてるの」

お茶の種類には詳しいが、ハーブティーだけでは体に悪いし薬効もわずかでしかない。最近は作ったケーキをほとんど完食していると聞いて、もっと出来ることはないかと考えていた。そこで菓子でありながら滋養が豊富なものを食べてもらいたい、とアーベルに頼んで食材事典を貸してもらった。一緒に組み合わせると相乗効果が期待できるものなどもあり、奥深い。まだ作れる菓子の種類は限られているが、その食材を使って何とか自分が作れるものにアレンジできないかと考えていたのだ。

エルザは鼻を鳴らし、そっけない口調でいった。
「アーベル様がお呼びよ。書庫にいらっしゃるわ」

あれから城内を歩き回らぬよう言い渡されていたが、何か急用なのかもしれない。本を棚に戻すと、急いで書庫に向かうことにした。


「ミア、どうしてここに来たのだ?!」
ドアを開けたミアを視認すると、アーベルが焦ったように叫んだ。

呼ばれたはずなのに驚いた様子のアーベルにミアは混乱したが、それよりもすぐそばの本棚の前に立っている姫様の姿を見て言葉を失った。顔色は青白く目の下にははっきりと隈が浮かんでいるのが分かる。そしていつもきらきらと輝いていた瞳は怯えているように見えた。ユナはミアを認めた瞬間、俯いて顔をそらした。

(何だろう……姫様らしくない?)
何かがおかしいと感じたが、アーベルの声で引き戻された。

「とにかく、すぐに部屋に戻れ」
きっとエルザが間違えて伝えたのだろう。戻ろうと体を反転させた時、ドアが開いた。視線を上げるとそこに立っていたのは陛下だった。



仕事に手をつけようとするが一向に進まず、ユナのことばかり考えてしまう。
ノックの音がして顔を上げると、エルザが躊躇うような素振りでは入ってきた。ユナに何かあったのだろうか。

「陛下、ご報告したいことがございます」
そう言って切り出した内容は少々信じがたいものであった。自分に黙ってユナがミアと会っているという。

「姫様から口止めされていたのですが、陛下に黙っていることなど出来なくて。アーベル様もミアをかばって私の話には耳を傾けてくれません」

涙を浮かべながら訴えるその様子は、いささか芝居がかっていた。だがその内容が真実であれば無視はできない。追放を言い渡したはずのミアが城に自由に出入りしているなどあってはならないからだ。シュルツが書庫に行くと、そこにはエルザの言葉どおりにユナとアーベル、そしてミアがいた。

「何をしている」
「申し訳ございません。手違いがあったようです」
「お前には聞いていない」

説明しようとするアーベルを一蹴し、ミアに冷ややかな視線を向けた。



追放を言い渡された自分がここにいることは何をいっても言い訳にしかならない。アーベルに塁が及ばないようにすればどうすればよいか。考えようにも魔王の視線に射すくめられたミアの頭は真っ白になってしまい、何の言葉も思いつかない。

突然目の前に誰かが立ちふさがり、鋭い視線に繋ぎ止められていた体が自由になる。だがそれはミアにとって歓迎すべきことではなかった。

「……っ、姫様!」
「ユナ、そこを退け」

両手を広げたまま無言で首を振る姫様を見て、ミアは慌てて袖を引いて止めようとした。
ただでさえ悄然としているのに、これ以上負担を掛けられない。何よりまた庇われてしまえば姫様の侍女に戻ることなど到底無理だろう。

そんな中、姫様はちらりとミアを振り返って申し訳なさそうな表情で小さく首を振る。その様子にまたミアは違和感を覚えてしまう。

「何故そこまでミアを……。いや、もういい。ユナ、こちらに」
手を伸ばす陛下に姫様は首を振って拒絶を示す。その光景にずっとあった違和感が繋がり、思い当たった原因にミアは思わず叫んだ。

「姫様、駄目です!取り返しのつかないことになってしまったらどうするんですか!?」

姫様が弾かれたように振り向き、声にならない声を上げるのを見てミアは自分の思い付きが正しかったことを悟った。何故かは分からないが、姫様はそのことを陛下にもアーベルにも告げていない。

「陛下は姫様のこと大事に思っていらっしゃいます。ですから、きちんとお伝えしないと駄目です」
「どういうことだ」
詰問するような陛下の声に姫様は泣きそうな表情で唇を噛む。

(姫様はきっと不安なんだ)
一人で我慢していたのだと思うと切なくなって、ミアは元気づけるように手を握り締めて言葉をかける。

「もう頑張らなくて大丈夫ですよ。姫様にお許しいただければ、私が代わりに陛下にお伝えいたします」
大丈夫ですからと微笑んでもう一度声を掛けると、姫様はようやく小さく首を縦に振ってくれた。
先ほどまでの怒りは和らぎ、訝しげな視線を向ける陛下にミアはきっぱりした声で告げた。

「陛下、姫様は話さないのではなく、声が出せなくなってしまったのです」



「何故、早く言わなかった!」
ユナが怯えたように肩を震わせたのを見て、シュルツは慌てて言葉を継ぎ足す。

「いや、責めているわけではない。気づかなかった我にも責任はある」
アーベルが筆記具をユナに手渡すと、躊躇いながらも受け取り震える手で文字を綴る。

『私のせいで誰かが責められるのはもう嫌なの』
ユナの目からは涙が堰を切ったように溢れ出す。シュルツは言葉もなく、ユナを抱き寄せることしかできなかった。

(ユナが我に伝えられなかったのは当然だ)
もしすぐに声が出せなくなったことに気づけば、ミアに対する罰は更に厳しいものになっていただろう。ユナは正しくシュルツの性格を理解し、それを避けるために一人で抱えこむしかなかったのだ。

「アーベル、薬を準備せよ」
それからユナを心配そうに見つめているミアへと声を掛けた。

「ミア、茶を入れてくれ。……ユナのために」
ミアは大きく目を見開いた後に何度も頷くと、ユナを気にしつつも急いで書庫を後にした。

『ごめんなさい』
ユナは嗚咽をこらえながら何度も同じ文字を綴る。

「ユナ、もうよい。一人で不安な思いをさせてすまなかった」

そう声を掛ければ、くしゃりと顔を歪めてしがみついてきたユナに心が痛む。自責の念に駆られながらも、シュルツは彼女の苦しみが少しでも癒えるように、震える身体を抱きしめて優しく背中をさすることしか出来なかった。
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