上 下
16 / 47
第1章

魔王に看病されました

しおりを挟む
(ようやく、というかむしろ今更ですか……)

姫が帰りたがっているという話を聞いた時、アーベルは思った。攫われてきたにも関わらず悲嘆に暮れるわけでもなく、かといって無理に気丈に振舞っているわけでもなく、当たり前のように日々を過ごす姫を内心不審に思っていた。ミアとも気安く雑談に興じる様子を見て、陛下の選んだ相手だからそれなりに豪胆な人間なのかもしれない、と自らを納得させていたのだが。

攫われてきた姫の立場からすれば無理もないが、主の望みとは相容れない。当然叶うはずもないが、陛下は先ほどから思案しているようである。紙に何かを書き留めると、アーベルに無言で手渡した。

「これは……?」
そこに書かれた素材は珍しいものではないが、何故主がこれらを必要とするのか見当もつかない。疑問に思いつつも、主の命を果たすためアーベルは使いをやることにした。



目覚めたときの気分は最悪だった。覚えていないが、とても嫌な夢を見た気がする。魔王に肩を揺すられて一気に現実へと引き戻された。

「……大丈夫か」
全身がだるく、頭も痛い。明らかに風邪の症状だった。久しぶりの外出だったし、寒空の下で感情的になりすぎた。帰りに寒気を感じていたのは気温のせいではなく風邪の前兆だったらしい。

「寝ていろ。すぐ戻る」
佑那の様子を見て短く告げると、魔王は足早に部屋から出て行った。

それからすぐにアーベルを連れて戻ってくると問診と検査などを一通り行う。アーベルは持ってきた薬草を調合して薬湯を作ると佑那に差し出した。手渡されたお椀の中身は深緑をしていて、見るからに苦そうである。口元に近づけると漢方薬のような独特な香りが漂う。

「……!」
一口含んだだけ思わず噎せてしまった。

(めちゃくちゃ苦い!!)

「薬湯ですからね。苦くなくては効果がありません」
思わずアーベルを見ると涼しい顔であっさりと言われた。

魔王からの視線を感じるが、昨日の一件から目を合わせることができない。涙目になりながらも何とか全て飲み下すと、別の器が差し出された。

「口直しだ」
魔王から差し出された器を受け取り、恐る恐る飲むと爽やかな甘さで果実を絞ったものだと分かった。口の中に残っていた苦みが和らいでいく。

「……ありがとうございます」
空になった器を返しながら、俯いたまま礼をいった。安静にするようにと言い残してアーベルは部屋から出て行ったが、魔王はベッドの隣に腰かけたまま佑那に視線を向けている。

「あの、あまり見られていると休みにくいのですが…」
「気にするな」

(気になるわ!)

遠慮がちに告げたが、きっぱりと告げられた言葉に佑那は心の中で毒づいた。
だがこういう時は何を言っても無駄だということは経験済みだ。そもそも話す気力もないので仕方なく目を閉じる。

大事にされているとは思うのだ。けれど自由を奪われた状態であるため、どうしても所有されているという事実を意識させられる。自分をオコジョと同様だと感じたのはそういうところだろう。もやもやするのは監禁されていることなのか、想いを告げられたことなのか。

(私はどうしたいんだろう?)
熱のせいで頭がはっきりしないし、寒気がしてきた。

考えに耽っている間に衣擦れの音が遠ざかって、魔王が部屋から出て行ったのが分かった。部屋が急に静けさを増し、何だか心細くてたまらない。そう思ってしまい、昨日からどうも感情の起伏が激しい自分に呆れてしまう。

(休みづらいと言ったのは自分なのに、いなくなると寂しく思うなんて……どうかしてる)

再びドアが開く音がして、毛布の重さと暖かさが増した。佑那が寒がっていることに気づいて、用意してくれたようだ。魔王が傍にいる気配を感じて、佑那は何だか安心した気持ちで眠りに落ちた。

目が覚めた時にはまだ体にだるさが残っているものの、頭痛や寒気は収まっていた。熱も微熱程度に下がったようだ。

「気分はどうだ」
魔王が額に手を置き、佑那の顔を覗きこむ。触れられた手の感覚を知っている気がした。熱で朦朧とした意識の中で、ひんやりとしたものが額や頬っぺたに触れて心地が良かったのを覚えている。

(ずっとそばにいてくれたんだ……)

「…だいぶ良くなりました」
「まだ寝ていろ」

過保護だなと思ったが、まだ完全に治ったとは言い難いので反論せず横になる。寝ている間に汗をかいたせいで、喉が渇いていた。

「すみません。水を頂いてもよいですか」

魔王は頷くと佑那から手を放し、部屋を離れる。たくさん眠ったはずなのに、横になった途端瞼が重くなって目を閉じる。魔王が戻ってきたら起きよう、と思っていたのにサイドテーブルに何かを置く音が聞こえても夢と現実の間を意識が彷徨う。
億劫さと喉の渇きを天秤にかけていると、冷たい指が顎にかかりそれが唇に触れる。

「っ……!!」
驚いて目を開くとベッドに片膝をついた魔王が視界に映る。

(うっわ、近い、近い!)
「姫、水を」

よく見れば片手に吸い飲みを持っており、寝たままの状態で飲めるよう準備をしてくれたようだ。慌てて身体を起こそうとすれば、魔王にしっかりと寝かしつけられる。

「あの、もう大丈夫ですよ」
「まだ完治していないだろう。アーベルが安静にさせよと」
「水を飲む間くらい、起きても大丈夫です――…っくしゅん!」

タイミングが悪かったおかげで、肩までしっかりと掛布を引き上げられてしまった。
仕方なく顔を横に向けて吸い飲みに口を付けると、魔王は真剣な表情で顎を支えながら吸い飲みを傾ける。

(噎せないように気遣ってくれているんだけど、飲みづらい……)

熱に浮かされている時はあまり気にならなかったのに、意識がはっきりしている状態で触れられるとどうしていいか分からない。告白されたのに素知らぬ顔でいられるほど図太くはないのだ。

愛しいとか手放せないとか言葉だけ聞けば、まるで溺愛されているのではないかと勘違いしそうなことを囁かれた。その言葉を額面通りに受け取ってはいけないのだと自分に言い聞かせるのだが、あんな風に求められたのは初めてで頭の中で反芻してしまう。

「顔が赤い。やはりまだ十分ではないのだろう」

告白された時のことを考えていたとはいえず、佑那はわざわざ訂正しなかった。そのせいでまた苦すぎる薬湯を飲む羽目になったのは自業自得と言えるのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。

水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。 王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。 しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。 ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。 今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。 ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。 焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。 それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。 ※小説になろうでも投稿しています。

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

身代わり王女は、死ぬまでに引退したい

じごくのおさかな
恋愛
 前略、お母様。  ご機嫌いかがですか。  私はたいそう不機嫌です。  今日もお城は慌ただしく、ただの身代わりであるはずの私に、お仕事が山ほど降りかかってきます。あげく、暗殺者からラブレターまで届く始末です。私は一体、いつ引退できるのでしょうか?

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

日本

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
我々が住む日本国、どんな国なのか?

双子の姉が王子に見初められましたがそれは身代わりで女装した弟の俺です

葉月くらら
恋愛
12歳の侯爵家子息のエミリオは変わり者の双子の姉リリアーナの身代わりで茶会に出席したことがきっかけで王子に見初められてしまう。エミリオをリリアーナだと思い込んでいる王子は通っている学園で彼女につれない態度をとられてもしつこくつきまとった。しかし王子には幼い頃に決められた婚約者クロエがいた。王子はクロエにまったく興味がなくむしろ邪魔だと思っているようで彼女を陥れようと画策するが……。 一方エミリオはクロエの存在が気になり彼女に声をかけたことがきっかけで仲良くなっていった。 小説家になろうに投稿していた短編を加筆修正したものになります。

身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル
恋愛
17歳の私リリス・ウィンザーは、悪役令嬢役が得意な役者。 だけど、同じ劇団の女優に襲われ大怪我を負ったのに 「彼女がリリスを襲ったのは、悪役令嬢のように彼女をいじめていたからだ」 というデマを流されて、劇団を追放されてしまう。 無職になった私は、なぜか私と瓜二つの侯爵令嬢マレーナ様と出会い、婚約者を毛嫌いする彼女のために、彼女の替え玉になることに。 婚約者は同い年の17歳、大公国の王子様(大公子)。あとつぎじゃなくても将来は約束されている。あと性格もいい。なんの不満があるのやら……。 そんな疑問を持ちながらマレーナ様を演じたところ、何を間違えたのか相手のギアン様にベタ惚れされてしまった! さらに身代わり役をずっと続けることになり、ギアン様からめちゃめちゃ愛されているんですが、マレーナ様これで本当にいいんですか!? ●『王子、婚約破棄したのは~』『セクハラ貴族にビンタしたら~』と同じ国の話(時系列的には『セクハラ貴族~』と同じぐらい)。 ●「小説家になろう」の方で先行して掲載。

処理中です...