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第1章
それは交換条件ですか?
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昨晩、寝付けない中で佑那は今後のことを考えていた。
まずはグレイス姫として振舞うこと。佑那がグレイスでないと知られれば再び城に侵入され、今度は本当にグレイスが攫われてしまう。そうなれば佑那を生かす理由などないので、殺されてしまう可能性が高い。
フィラルド国王女でなければ人質として価値はないだろうし、加えて異世界から来たことがバレれば救世主として見なされる恐れがある。この国で救世主がどんな風に伝わっているか分からないが、危険人物に認定されれば佑那自身に力がなくてもどんなひどい目に遭うか分からない。
次にフィラルド王国と魔物の争いを止めさせること。佑那は救世主じゃないかもしれないが、フィラルドの人たちにはとても良くしてもらった。そのことに恩義を感じているし、出来る事なら力になりたいと思っている。
それにフィラルド王国への侵攻が進めば、攫われているはずのグレイスの存在に気づかれてしまう。そうすれば佑那が偽者だとバレて殺される可能性が高い。
いずれにせよフィラルドを護ることが自分の身を護ることにも繋がるのだという結論に至った。
そのためには情報収集が必須である。
何故近年魔物が侵入するようになったか。その原因と魔王の狙いが分かれば解決の糸口になるかもしれないと佑那は考えていた。
美味しい朝食を終えると、魔王は佑那をソファーへと促した。話があるのは魔王も同じなのかもしれない、と佑那は緊張感を募らせる。
先ほどの魔王の言葉を信じるならば、「気まぐれで城に侵入してたまたまそこにいた姫(だとおもった佑那)を攫った」ということになるが、何だかしっくりこない。
(そんな計画性のないことをするようには見えないんだけど……)
ぽすんと身体が沈みこむほどふかふかのソファーに姿勢を保つのに苦心していると、魔王は佑那の隣に腰を下ろした。
(ふぁっ?!何で横並びに座るの?!)
普通こういう場合は対面に座るものだと思うが、魔族とは習慣が異なるのだろうか。しかも無言で見られているものだから、居心地悪いことこの上ない。
(もしかして動揺させて隙を狙う、外交上の戦略とか?)
閃いた考えはそんなに的外れでもない気がして、佑那は気を引き締めた。
先ほどの会話からして簡潔ではあるが、聞いたことには答えてくれる。ちょっとずれた、というか曖昧な表現をされているが、会話が成立する相手であれば話し合いの余地はあるはずだ。
(何とか魔王の目的を聞き出して、平和的解決を目指したい!)
「お話したいことがあります」
緊張を隠して佑那は覚悟を決めて話し出す。魔王は無言でうなずくが、いかんせん距離が近い。
「えっと、話しにくいので反対側に座っても良いですか?」
角が立たないよう笑顔を浮かべてそっと対面のソファーに移ろうとするが、間髪入れずに止められた。
「ここで良い」
(あなたは良くてもこっちは良くないんですけど!)
もちろんそんなことは口には出せず諦めて佑那は口火を切った。
「近年フィラルド王国内で魔物が多く現れるようになったのは、何故ですか?」
「魔物どもが勝手にしていることだ」
まさかの放任主義だった。自己責任といえば聞こえがいいが、国の管理者としてちょっと怠慢過ぎやしないかと思ってしまう。
「何故止めないのですか?」
「止める必要がない」
「……必要がないって、どうしてですか?お互いに国境を超えなければ、被害は減りますよね。どちらも犠牲が出ているのだと聞いています」
「構わぬ」
(話が進まない!!っていうか全部一言で返答するの止めて!コミュニケーションは大事だよ!)
内心苛々が募っていたが、感情的になったら負けだ。感情よりも理論、交渉には冷静さが必要だと以前読んだ小説の一文を思い浮かべて、自分の気持ちを宥める。
「私を攫った理由は、争いを煽るためですか?」
「それは違う」
思い切って切り込んだ質問だったが、これまでになくきっぱりと否定する魔王に佑那は少し戸惑いを覚えた。
「先ほどあなたがおっしゃった、私を攫った理由がよく分かりませんでした。私の立場を利用するのでなければ、どうしてですか?」
「そなたは、他の人間と違う……ように思う」
意外な返答に佑那は思わず身体を強張らせた。異世界の人間なのだから、他の人たちと違って当たり前だが、そんなに分かるものなのだろうか。
(まさか、そこまではバレていないよね?え、もしかして王女としてではなく救世主だと思われて攫われた?)
冷や汗が背中を伝い硬まる佑那をよそに、魔王は佑那の左手をとる、手の甲に口づけを落としてそのままペロリと舐めた。
「ひゃあああああああ!何するんですか!」
手を振りほどいて叫ぶ佑那の脳裏にウィルに教えられた知識が脳裏をよぎる。
『魔物の中には人を餌として見なす凶暴なものもいる』
(今のもしかして味見的な?そのために攫われたなら、私、食べられちゃうの?)
恐怖で涙目になった佑那に魔王はぽつりと呟く。
「駄目か?」
「だ、駄目です。嫌です」
すっかり食べられるのだと思い込んだ佑那は震える声で必死に拒否した。
魔王は考えるように少し首をかしげると、今度は佑那の頬を指でなぞる。その指の冷たさと、何を確認しているのか分からない行為が恐ろしくて、佑那の目から涙が零れた。
会話が微妙にかみ合わないことも、行動が予測できないことも怖くてたまらない。
「泣くな。そなたが嫌がるならせぬ」
(ーー何故、何故、何故!)
分からないことばかりだった。尊重されているのか、揶揄われているのか、魔王の言動に振り回されて佑那の心は完全にキャパオーバーだったのだろう。
「だったら魔物をフィラルド内に侵入させるのをやめてください!」
一瞬の沈黙が下りる。泣きながら切れ気味で叫んだことで、佑那もまた我に返った。
(ただ宥めるだけの言葉に、子供の我儘みたいに返すなんて……。グレイス様だったら絶対そんなみっともないことしないのに……)
恥ずかしさに一度引いた涙がまた込み上げてきて、せめてこれ以上の醜態を晒さないようにと佑那は唇を噛みしめて堪える。
「…分かった」
返ってきた言葉に、佑那は反射的に顔を上げた。
風鈴のような軽やかな音がして間をおかず、アーベルが現れる。
「お呼びでしょうか、陛下」
「今後魔物がフィラルド王国へ侵入することを禁ずる。徹底させろ」
一瞬細い目を見開いたアーベルだが、すぐに承諾しうやうやしく礼をして部屋を後にした。
魔王は無言であったが、これでいいだろうというように佑那を見つめている。
「……どうして?あなたは先ほど構わないと言っていたじゃないですか」
あっさりと承諾した魔王に佑那は恐る恐る尋ねた。あまりにもあっさりとした決断に何か裏があるのではないかと怪しんでしまう。
「我は構わなくともそなたが構うのだろう」
「それはその通りですが……どうして私の願いを聞いてくれるのですか?」
「そなたの願いを叶えてやりたいと思ったからだ」
(……また意思疎通がずれてきた)
魔王が佑那の願いを聞く義務はない。しかもそれを理由に何か交換条件を提示するわけでもなく、佑那は納得できない気持ちを持て余してしまう。魔王が何を考えていることがちっとも分からないのだ。
(……実はいい人でした、なんて話じゃないよね)
そこまで考えて佑那はまだ魔王にお礼の言葉を伝えていないことに気づいた。どんな思惑があるにしろ、願いを叶えてもらったのは事実だ。
「あの、願いを聞き届けてくださってありがとうございました」
そう言って、佑那は深く頭を下げた。
魔王が頭上で何か小さく呟く声がして、聞き取れず顔を上げると抱きしめられた。
「……っ、あの……何で?!」
全く読めない魔王の行動に、反射的に身をよじって逃げようとすれば魔王が佑那の耳元で囁く。
「姫、そなたに叶えてほしい願いができた」
それはまるで悪魔の囁きのようで嫌な予感がする。やっぱり何の思惑もないわけがなかったのだ。先に願いを叶えておいて後で自分の要望を通すなど卑怯とまでは言わないが、出来れば話し合いの余地を残して欲しかった。
「我と結婚してほしい」
(だから、どうしてそういう話になるんだよ!)
内心乱暴な口調でつっこんでしまうのも、仕方がないだろう。脈絡もなく唐突に佑那は魔王から求婚されたのだった。
まずはグレイス姫として振舞うこと。佑那がグレイスでないと知られれば再び城に侵入され、今度は本当にグレイスが攫われてしまう。そうなれば佑那を生かす理由などないので、殺されてしまう可能性が高い。
フィラルド国王女でなければ人質として価値はないだろうし、加えて異世界から来たことがバレれば救世主として見なされる恐れがある。この国で救世主がどんな風に伝わっているか分からないが、危険人物に認定されれば佑那自身に力がなくてもどんなひどい目に遭うか分からない。
次にフィラルド王国と魔物の争いを止めさせること。佑那は救世主じゃないかもしれないが、フィラルドの人たちにはとても良くしてもらった。そのことに恩義を感じているし、出来る事なら力になりたいと思っている。
それにフィラルド王国への侵攻が進めば、攫われているはずのグレイスの存在に気づかれてしまう。そうすれば佑那が偽者だとバレて殺される可能性が高い。
いずれにせよフィラルドを護ることが自分の身を護ることにも繋がるのだという結論に至った。
そのためには情報収集が必須である。
何故近年魔物が侵入するようになったか。その原因と魔王の狙いが分かれば解決の糸口になるかもしれないと佑那は考えていた。
美味しい朝食を終えると、魔王は佑那をソファーへと促した。話があるのは魔王も同じなのかもしれない、と佑那は緊張感を募らせる。
先ほどの魔王の言葉を信じるならば、「気まぐれで城に侵入してたまたまそこにいた姫(だとおもった佑那)を攫った」ということになるが、何だかしっくりこない。
(そんな計画性のないことをするようには見えないんだけど……)
ぽすんと身体が沈みこむほどふかふかのソファーに姿勢を保つのに苦心していると、魔王は佑那の隣に腰を下ろした。
(ふぁっ?!何で横並びに座るの?!)
普通こういう場合は対面に座るものだと思うが、魔族とは習慣が異なるのだろうか。しかも無言で見られているものだから、居心地悪いことこの上ない。
(もしかして動揺させて隙を狙う、外交上の戦略とか?)
閃いた考えはそんなに的外れでもない気がして、佑那は気を引き締めた。
先ほどの会話からして簡潔ではあるが、聞いたことには答えてくれる。ちょっとずれた、というか曖昧な表現をされているが、会話が成立する相手であれば話し合いの余地はあるはずだ。
(何とか魔王の目的を聞き出して、平和的解決を目指したい!)
「お話したいことがあります」
緊張を隠して佑那は覚悟を決めて話し出す。魔王は無言でうなずくが、いかんせん距離が近い。
「えっと、話しにくいので反対側に座っても良いですか?」
角が立たないよう笑顔を浮かべてそっと対面のソファーに移ろうとするが、間髪入れずに止められた。
「ここで良い」
(あなたは良くてもこっちは良くないんですけど!)
もちろんそんなことは口には出せず諦めて佑那は口火を切った。
「近年フィラルド王国内で魔物が多く現れるようになったのは、何故ですか?」
「魔物どもが勝手にしていることだ」
まさかの放任主義だった。自己責任といえば聞こえがいいが、国の管理者としてちょっと怠慢過ぎやしないかと思ってしまう。
「何故止めないのですか?」
「止める必要がない」
「……必要がないって、どうしてですか?お互いに国境を超えなければ、被害は減りますよね。どちらも犠牲が出ているのだと聞いています」
「構わぬ」
(話が進まない!!っていうか全部一言で返答するの止めて!コミュニケーションは大事だよ!)
内心苛々が募っていたが、感情的になったら負けだ。感情よりも理論、交渉には冷静さが必要だと以前読んだ小説の一文を思い浮かべて、自分の気持ちを宥める。
「私を攫った理由は、争いを煽るためですか?」
「それは違う」
思い切って切り込んだ質問だったが、これまでになくきっぱりと否定する魔王に佑那は少し戸惑いを覚えた。
「先ほどあなたがおっしゃった、私を攫った理由がよく分かりませんでした。私の立場を利用するのでなければ、どうしてですか?」
「そなたは、他の人間と違う……ように思う」
意外な返答に佑那は思わず身体を強張らせた。異世界の人間なのだから、他の人たちと違って当たり前だが、そんなに分かるものなのだろうか。
(まさか、そこまではバレていないよね?え、もしかして王女としてではなく救世主だと思われて攫われた?)
冷や汗が背中を伝い硬まる佑那をよそに、魔王は佑那の左手をとる、手の甲に口づけを落としてそのままペロリと舐めた。
「ひゃあああああああ!何するんですか!」
手を振りほどいて叫ぶ佑那の脳裏にウィルに教えられた知識が脳裏をよぎる。
『魔物の中には人を餌として見なす凶暴なものもいる』
(今のもしかして味見的な?そのために攫われたなら、私、食べられちゃうの?)
恐怖で涙目になった佑那に魔王はぽつりと呟く。
「駄目か?」
「だ、駄目です。嫌です」
すっかり食べられるのだと思い込んだ佑那は震える声で必死に拒否した。
魔王は考えるように少し首をかしげると、今度は佑那の頬を指でなぞる。その指の冷たさと、何を確認しているのか分からない行為が恐ろしくて、佑那の目から涙が零れた。
会話が微妙にかみ合わないことも、行動が予測できないことも怖くてたまらない。
「泣くな。そなたが嫌がるならせぬ」
(ーー何故、何故、何故!)
分からないことばかりだった。尊重されているのか、揶揄われているのか、魔王の言動に振り回されて佑那の心は完全にキャパオーバーだったのだろう。
「だったら魔物をフィラルド内に侵入させるのをやめてください!」
一瞬の沈黙が下りる。泣きながら切れ気味で叫んだことで、佑那もまた我に返った。
(ただ宥めるだけの言葉に、子供の我儘みたいに返すなんて……。グレイス様だったら絶対そんなみっともないことしないのに……)
恥ずかしさに一度引いた涙がまた込み上げてきて、せめてこれ以上の醜態を晒さないようにと佑那は唇を噛みしめて堪える。
「…分かった」
返ってきた言葉に、佑那は反射的に顔を上げた。
風鈴のような軽やかな音がして間をおかず、アーベルが現れる。
「お呼びでしょうか、陛下」
「今後魔物がフィラルド王国へ侵入することを禁ずる。徹底させろ」
一瞬細い目を見開いたアーベルだが、すぐに承諾しうやうやしく礼をして部屋を後にした。
魔王は無言であったが、これでいいだろうというように佑那を見つめている。
「……どうして?あなたは先ほど構わないと言っていたじゃないですか」
あっさりと承諾した魔王に佑那は恐る恐る尋ねた。あまりにもあっさりとした決断に何か裏があるのではないかと怪しんでしまう。
「我は構わなくともそなたが構うのだろう」
「それはその通りですが……どうして私の願いを聞いてくれるのですか?」
「そなたの願いを叶えてやりたいと思ったからだ」
(……また意思疎通がずれてきた)
魔王が佑那の願いを聞く義務はない。しかもそれを理由に何か交換条件を提示するわけでもなく、佑那は納得できない気持ちを持て余してしまう。魔王が何を考えていることがちっとも分からないのだ。
(……実はいい人でした、なんて話じゃないよね)
そこまで考えて佑那はまだ魔王にお礼の言葉を伝えていないことに気づいた。どんな思惑があるにしろ、願いを叶えてもらったのは事実だ。
「あの、願いを聞き届けてくださってありがとうございました」
そう言って、佑那は深く頭を下げた。
魔王が頭上で何か小さく呟く声がして、聞き取れず顔を上げると抱きしめられた。
「……っ、あの……何で?!」
全く読めない魔王の行動に、反射的に身をよじって逃げようとすれば魔王が佑那の耳元で囁く。
「姫、そなたに叶えてほしい願いができた」
それはまるで悪魔の囁きのようで嫌な予感がする。やっぱり何の思惑もないわけがなかったのだ。先に願いを叶えておいて後で自分の要望を通すなど卑怯とまでは言わないが、出来れば話し合いの余地を残して欲しかった。
「我と結婚してほしい」
(だから、どうしてそういう話になるんだよ!)
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