上 下
1 / 47
第1章

誰か説明してください

しおりを挟む
「もういいよ。君、クビね」
あっさりとバイトを解雇された佑那は、肩を落としながら家へと向かう。

「うう、やっぱり駄目だった……」

心機一転とばかりに不慣れな接客業、しかもスピードを求められる居酒屋でのアルバイトを始めたのだが、一週間もしないうちに見切りをつけられた。接客スタッフではなく洗い場スタッフだったが、初日から毎日のように食器を割り続け、コミュニケーションも満足に取れないのだから悪いのは自分だと分かっている。それでも不要だと面と向かって言われるのは辛い。

内向的な性格を変えたくて、知り合いのいない都市圏の大学に合格したことをきっかけに一人暮らしを始めたのは1か月前。大学も始まっているのに、未だに友達ができないのは極度の人見知りゆえだ。
誰かと知り合うたびに行なう自己紹介は大の苦手で、18歳ともなればその機会は何度もあったはずなのに、どうしても緊張して声が出せなくなるのだ。

家族や昔からの友人の前では普通に話せるのに、よく知らない相手だと途端に心臓がぎゅっと苦しくなる。
その原因が頭にちらついて、佑那は嫌な光景を振り払うように小さく呟いた。

「クビになっちゃたんだから、これ以上考えても仕方ないよね」

悲観的で楽観的、そう自分を評した親友の言葉は間違っていないのだろう。努力でどうにもならないこと、それは過去や相手の感情など無理やり変えることができないものに直面した時、佑那はもういいやと放り出してしまうのだ。

(次はあんまり人と関わらない仕事を探そう)
その翌日に衝撃的な出来事に巻き込まれることになるのだが、そんな決意を胸に佑那は帰途に着いたのだった。

一夜明けて少し気分が回復したが、すぐに仕事を探し始める気にはならない。
気分転換も兼ねて佑那は散歩がてら近所にある図書館に行くことにした。昔から読書が好きで、色んな世界や人物、考え方に触れるととても自由な気持ちになる。

週末明けのせいか利用者が少なく、外国語の書籍が陳列されている地下の書庫には誰もいなかった。幼い頃呼んだ本や両親の影響もあって佑那は他の国の言葉を学ぶことが好きだ。

(フランス語とかドイツ語とかも学んでみたいけど、広東語とかも面白そうだよね)

そんなことを考えながら本棚をぼんやり眺めていると、一瞬違和感を覚えた。
不思議に思ってもう一度ゆっくり眺めてみれば、背表紙に見慣れぬ外国語が記された本がまぎれていたのだ。どこの国の言葉だろうかとワクワクしながら手に取ってみると、ずっしりと重たく、装幀も滑らかな革張りで高級感がある。読めない文字にも関わらずどんな本か気になって頁を開いた途端、眩しい光に襲われて佑那は意識を失った。



どこかで女性の悲鳴を聞いた気がして目が覚めた。視界に光沢のある藍色のカーペットが映る。

(あれ、ここどこだっけ?っていうか何でこんなとこで寝てたんだろう?)

疑問に思いながらも体を起こすと見覚えのない室内に、佑那はぽかんと口を開けて目を瞬いた。見渡す限り本棚が並んでいるが、広さも本の数もさっきまでいたはずの図書館と全く違う。見慣れない外国語の本を手にとったところまでは覚えているけど、夢だったのだろうか。

「……いや、どちらかといえばこっちが夢だけど、リアルすぎじゃない?――いっ、いひゃい」

思わず頬っぺたを思い切りつねってみるが普通に、というかとても痛い。
すぐに手を放すが、ひりひりした痛みは残ったままだでどうやら夢ではなさそうだ。

さすがにじわりと不安を覚えていると、扉が乱暴に開く音と慌ただしげな足音が聞こえてきた。
そして現れた人物たちを目にした瞬間、佑那はさらに混乱した。甲冑を纏い兵士のような恰好をしている数人の男達と中世の貴族のような服装にローブをまとっている男性が一人。

(え、映画の撮影、とかじゃないよね……)

現実離れした光景にそんな考えが浮かぶが、本能が違うと訴えている。あっけにとられた佑那にローブの男性が、何やら険しい表情で話しかけてくるが全く理解できない。

(何言ってるか全然わからないし、何か雰囲気が怖い)

どこの言葉か見当もつかず、ただ動揺するばかりの佑那に苛立ったのか、兵士の1人が剣を抜き、周囲の兵士たちが何かを囁き合っている。実物を見たことはないのに、何故かそれが本物だと本能が訴えてくる。
混乱が一気に恐怖に変わった。
――このままじゃきっと殺される。

「ちょっと待って!そういうのやめよう、暴力反対!」
思わず叫べば、ぴたりと会話がやみその場がしんと静まり返った。

「え……何で?言葉通じた?」
そんな訳ないと思いながらも独り言のように呟けば、兵士とローブの男性が視線で何事かを会話している。

(そのアイコンタクトはどっち?!)
声を発したことで良い方悪い方どちらに転がったのかと様子を窺うが、その表情からは何も読み取ることが出来ない。

不意にローブをまとった男性が一歩前に出て手を伸ばし、佑那の頭に触れた。驚いて後ずさろうとしたが、咎めるような目で睨まれたため動きを止める。
言葉が分からずとも意思が伝わるのは良いことだが、この場合はあまり嬉しくない。若干現実逃避気味に自分の精神状態について考えていると、男性はそのまま何かを唱え始めその声が途切れた瞬間、急に頭にヒヤリとしたものを感じた。

「――私の言葉が分かりますか?」
「あ、分かります! え、何で急に?あなたは日本語を話せるのですか!?」

思わず前のめりで尋ねる佑那に、男性は丁寧な口調ながらもどこか探るような目を向ける。

「ニホンゴとやらは分かりませんが、あなたが我々の言葉を理解できるように術をかけました」
「はい?」 

(ジュツ――術ってどういう意味?)
知りたいような、知りたくないような不安な気持ちとともに嫌な予感が湧き上がってくる。

「さて、言葉が通じるようになったところで教えていただきましょう。私はフィラルド王国筆頭魔術師のウィルといいます。あなたは何者で、そして何の目的で城内に侵入したのですか?」

フィラルド王国など聞いたことがない。それに魔術師というファンタジーの世界でしか耳にしない単語とくれば、もう間違いないだろう。

(うっわー、これはあれだ、ラノベやマンガでよくある異世界転移だよ!!あれ、転移であってるよね?私、死んだ覚えないし……)

若干ずれたことを考えていると、じっと佑那から目を離さずにいる魔術師――ウィルの視線で先ほどの質問に答えていなかったことに気づく。
聞きたいことが山ほどあったが、どうやら佑那はお城に不法侵入しているらしい。わざとじゃないことを分かってもらえなければ、また命の危険に晒されるかもしれないと慌てて話し始める。

「あの、わざとじゃないんです!気づいたらここにいて、怪しい者じゃありません」
ウィルの表情はぴくりとも動かないが、その瞳に猜疑心が宿っているように感じて佑那はますます焦ってしまう。

「本を読もうとしただけで、本当に……何でここにいたのか分からないんです。だから、その――ごめんなさい!」
説明しようとすればするほど、言い訳のように感じられて拙い自分の言葉がもどかしくて涙が出そうだ。

(嘘だと思われたらどうしよう……でも逆の立場だったら絶対に不審者扱いすると思う)
自分の考えにますます動揺する佑那だったが、ぽつりと聞こえてきた声でその場の雰囲気が変わった。

「……まさか、本物なのか」
先ほどまでの険しい表情から一転して、ウィルは真剣な表情で佑那を見つめていた。背後にいた兵士たちも途端に敬意を表するように胸に手を当てている。

(本物……まさか本物の不審者っていうことじゃないよね?)

そう考えてどういう意味なのか尋ねてみようと口を開きかけたとき、淡い萌黄色のドレスが視界に映った。

「――姫、こちらに来てはなりません!」 
「大丈夫よ、ウィル。だってお姿といいタイミングといい、伝承どおりなのでしょう」
鋭い制止の声に構うことなく、姫と呼ばれた女性は柔らかく微笑んだ。

「ウィルが結界を施したこの城に魔物は容易に侵入できないし、普通の人間が警備の目に留まらずにここにたどり着けるわけがないわ」
それから嬉しそうな表情を佑那に向ける。

「わたくしはフィラルド国王女のグレイスと申します。この者たちの非礼をどうかお許しください――異世界の救世主様」

(うわー、本物のお姫様なんて初めて会った……)
優雅に一礼したグレイスを見ながらぼんやりとした感想しか浮かばない自分は、あまりの展開に現実逃避しようとしていたのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

処理中です...