君の願う世界のために

浅海 景

文字の大きさ
上 下
26 / 46
第2章

呼び出し

しおりを挟む
事務官が置いて行った手紙の中に明らかに上質な封筒が混じっていた。

「呼び出しか…」

憂鬱な気分とともにあの日のドールとの会話が頭によぎった。ドールの主の決断が戦況に影響を与える、それがこちらにとって良い変化になるのかは分からない。
今回の呼び出しはそれが原因なのだろう。そうでなければわざわざ呼び出しなどあり得ない。

「司令官閣下、ギルバート・エーデル参上いたしました」

儀礼的な挨拶を交わし侍従が退出した途端、冷え切った空気が漂う。

「随分と遊んでいるようだな」

投げられた言葉から連想したのはラウルとエルザのことだ。優秀な駒をみすみす壊しかけたことが司令官の耳に入っているのは想定内である。
処罰するというなら勝手にすればいい、そんな投げやりな気分だった。

「ふん、否定もなしか。密偵ごときに誑かされるような男だとはな」
「……閣下、ご説明願います。私はケイト以外に心動かされた覚えはありませんが」

机の上に置かれた時計を掴んだのを見て、ギルバートは冷めた気持ちで首だけを動かした。後ろの壁に衝突した時計が激しい音を立てて床に落ちる。恐らくもう使い物にならないだろう。

「その名を私の前で出すな!」
「失礼いたしました」

謝意を含まない淡々とした口調に額に青筋がくっきりと表れる。

(――そんなに大事ならどうしてもっと……!)

何度も繰り返した言葉と想いに蓋をして、ギルバートは続きを待った。

「アンバー国の密偵の女を私が知らないとでも思っていたのか!何の報告もなく逢瀬を繰り返していて関わりがないとは言わせん」

そういえばそうだったな、ぐらいの感想しか持てなかった。確かにドールは女だったと今更ながらに思ったが、ただそれだけだ。
不確定な情報源で重要な情報も少なかったため、特段報告をしていなかった。おかげで裏切り者だと判断されたらしい。

しかし情報を渡さなかったのはそもそも証拠もないことであり、司令官に報告するほど重要事項でもなかったからだ。密偵など一定数潜んでいるものだし、泳がせておくのも現場判断に委ねられている。
だからこれはただの粗探しみたいなものだ。

司令官はギルバートを殺したいほど憎んでいるが、処刑して溜飲が下がるわけではないことを理解している。戦場への復帰を望んでも却下されるのはそれが理由だ。

「相手の動きを窺っておりました。必要でしたら捕らえて引き渡しますが?」
「雑魚に用はない」

あっさりと言い切る様子にドールについては既に調べがついていることが分かった。その上で嫌がらせのように関係性を口にしたのは、そうであってほしいという司令官の、父親としての願望なのだろう。
娘を死なせた男が碌でもない人間であるほうが、精神的に楽なのだ。

「アンバー国の王位継承、もしくは大臣クラスに何か変動がありましたか?」

駒であるギルバートに質問は通常許されないが、ドールの言葉が気にかかっていた。

「ふん、チャーコル国との間で書簡の行き来が活発になっているようだ。あそこはまだ未婚の王女が3人いたからな。恐らくはどこぞの貴族と婚姻を結ぶ動きがあるようだ」

王族や高位の貴族女性は国に有利になるよう、人質か金策として使われる。それが高貴な女性の責務だという。
戦いに身を投じた王女はどうなのだろうか。高貴な出自に関わらず危険な場所で命を懸けて戦う異質な王女はケイトと通じるものがあった。

変わり者の王女とドールの言葉を思い出して、ギルバートは質問を重ねた。

「閣下のご令嬢はアンバー国の王族と面識がありましたか?」
「……そんなことお前ごときが知る必要はない」

正直に答えてもらえるとは思っていなかったが、それは限りなく肯定を表わしているように聞こえた。

『父は生真面目で頑固よ。でも変に情に厚いところもあるから憎めないのよね』

(――君の父親と上手くやれてなくてごめんな)

終始ギルバートに対しての批判を繰り返す面談は大した収穫はないまま終了し、ギルバートは拠点に向かうため馬を駆った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

短気な聖女はヤンデレ魔王のお気に入り

浅海 景
恋愛
ある日突然魔王城に聖女として召喚されたかと思えば処分されかけ、さらには容姿に関する禁句を口にされたリアはブチ切れた。 「あ゛?気安く触ってんじゃねえよ!」 小動物系の見た目ながら気性の激しいリアだが、何故か魔王に気に入られてしまう。 (愛玩動物扱いなどお断りだし、平穏な生活を送りたいだけなのに……!) 若干擦れ違いながらも、ヤンデレ気質な魔王に意地っ張りな少女が溺愛される物語。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

あなたはずっと私の心の中にいる【R18】

田鶴
恋愛
幼い頃に婚約して相思相愛の王太子エドワードと公爵令嬢ステファニー。エドワードが20歳、ステファニーが18歳になる翌年に結婚予定だった。だが、そこに悲劇が襲ってステファニーは心身ともに傷を負って王家に輿入れする資格を失い、婚約を解消せざるを得なくなった。その後、彼女は過酷な運命を辿ることになる。 一方、次世代唯一の王位継承権保有者のエドワードは、意に反して次の婚約を迫られた。紆余曲折の末、隣国の王女を娶ることになった。エドワードは愛する女性が別にいることを婚前に王女に告白し、お互いに仕事上のパートナーとして尊重すると約束し合った。その約束には後継ぎを作るための閨も含まれていた。エドワードは妃を当初は約束通り丁重に扱おうとするが、閨がうまくいかず、妃は徐々に不満を募らせ、エドワードのまずい対応もあって妃の母国との国際問題に発展していく。 読む前にご注意:ビターエンドかバッドエンドと言える結末です。主要登場人物のうち、エドワードはクズ基地化します。ヒロインは無理矢理行為を受け、複数人と関係を持つことになります。もう1人の女性登場人物(サブヒロイン)にとっても暗い展開が続きます。サブヒロインには救いを用意したいと思っていますが、本編では実現しません。以上の注意書きを読んで好みに合いそうでないと思いましたら、ブラウザバックをお願いします。 R18シーンのある話のタイトルには*、R15に相当する話には(*)をつけています。 他サイトでも投稿しています。 転載の過程で少しずつ訂正をしています。大幅な改稿はありませんが、第76話を少し加筆しました。(2023/10/28) カクヨムでこの作品の1世代後の話『公爵令嬢は悲運の王子様を救いたい』を連載しています。 当分の間、アルファポリスでの連載はありません。カクヨムで読んでいただけるとうれしいです。 https://kakuyomu.jp/works/16817330665632681055

心の鍵はここにある

小田恒子(こたつ猫)
恋愛
五十嵐里美、27歳。 真面目だけが取り柄の見た目地味子の残念女子。 会社でうっかりラブラブカップルの情事未遂を目撃した事から、それまでの生活が激変。 恋に臆病な私でも、素敵な恋が出来ますか…? アルファポリス公開開始日 2019/04/01 アルファポリス完結日 2019/04/25 *この作品は、以前エブリスタに公開していた物です。 エブリスタ公開日 2018/06/18 連載終了 2018/11/20 公開後も加筆修正する事もあります。 ご了承の程宜しくお願いします。 *2021/07/22 ryon *さんに表紙を描いていただきました。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

処理中です...