一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景

文字の大きさ
上 下
8 / 58

新しい生活

しおりを挟む
皇都はとても賑やかな場所だった。馬車越しからでも聞こえる喧騒は活気があり、知性が安定していることが窺える。

エドワルド帝国が豊かなことは国境を越えてからの通り過ぎる森や街並みの様子からも伝わってきたが、人が集まる場所ならではの空気感はそれをより鮮明に感じさせた。
休憩を挟みながら5日掛けて皇都に到着し、今日はいよいよ皇宮へと向かう。

(何が待ち受けていようとも動じては駄目よ)

カイル皇帝との謁見すら出来るかどうか怪しいとシャーロットは思っている。
侯爵家での態度はあくまで外向きであって、皇宮での扱いが180度変わったとしてもおかしくない。表に出てこないだけで身分差のため婚約が難しい寵姫や、帝国貴族からの嫌がらせなどあらゆる可能性を考えて心の準備はしてきたつもりだ。

「シャーロット様、お気分はいかがですか?」
「大丈夫よ」

気遣うケイシーに視線を合わせず素っ気なく返す。連れて来るつもりはなかったが、本人の強い希望と侯爵令嬢という立場上、侍女の一人も付けずに移動をするわけにもいかなかったのだ。

(エドワルドでの暮らしが落ち着いたらリザレに帰そう)

優しいケイシーには幸せになって欲しい。たとえ本心はどうであろうとも彼女の存在はいつもシャーロットを支えてくれていた。それでも必要以上に頼ってしまえば不愉快にさせてしまうかもしれない。そんな不安を抱いている故につい距離を置こうとしてしまうのだ。

(私のような者の傍にいつまでも置いていてはいけないわ)
心配そうな眼差しを向けるケイシーをよそにシャーロットはそんなことを考えていた。



「ようこそお越しくださいました。侍女長を務めておりますミシェルと申します」
皇宮に着くと多くの使用人から出迎えを受け、シャーロットは離宮へと招き入れられた。
今のシャーロットはあくまでも婚約者であり客人という扱いになるため、王族が居住する皇宮に気軽に立ち入ることが出来ない。

「世話になります、ミシェル。皇帝陛下への謁見の予定はどうなっているかしら?」
どういう扱いになるか探りを入れる意味も込めて、シャーロットは何気ない口調で訊ねた。

「陛下へのご挨拶は1週間後を予定しております。まずは旅の疲れを癒し、エドワルド帝国に慣れて欲しいとの仰せです」
静かな笑みを浮かべたまま丁重な態度で告げるミシェルに何かを含んだ様子はない。シャーロットは了承の意味を込めて頷きながら、内心安堵した。

(やっぱりあの時の態度は演技だったのね)

妻にはなれないと告げた後のカイルは悲しそうな顔をしたものの、力なく了承してくれた。
本気で想いを寄せられていると思ったわけではなかったが、到着後1週間も放っておかれるのだから罪悪感を覚える必要もない。使用人の前でもあんな演技が続けば居たたまれない思いをするのはシャーロットのほうなのだ。

旅装を解くとすぐにケイシーがお茶を淹れてくれた。侯爵家にいた頃と同じお気に入りの紅茶の香りに身体の強張りが溶けていくようだ。緊張しているつもりもなかったが、初めての場所で無意識に警戒していたのだと気づく。

だからこそ馴染みのある紅茶を淹れてくれたのだと思うとその気遣いは素直に嬉しい。ケイシーにお礼を言うと、思いがけない言葉が返ってきた。

「こちらは皇帝陛下がご用意してくださったものだそうです。シャーロット様が故郷を離れて寂しい思いをしているかもしれないと。お優しい方ですね」

(そんなことされても……困るわ)

嬉しい気持ちがたちまち萎んでいく。皇妃の仕事を行うために婚姻を受け入れた。妻として心に寄り添う役割はシャーロットの管轄外だ。そう明確に告げたのだからカイルが自分に気遣う必要などない。心を砕いてくれることを素直に喜べない自分も嫌だった。
とはいえ紅茶を無駄にするのも嫌だったので、シャーロットは複雑な思いを抱えながらカップを空にした。



エドワルド帝国に到着してから3日目に一人の女性が離宮を訪れた。

「私、エリアーヌ・カロンと申します。シャーロット様の教育係を命じられましたのでどうぞお見知りおきくださいませ」
「よろしくお願いしますわ、カロン伯爵夫人」

訪問前にミシェルからある程度の情報を聞いている。だからそこまで緊張する必要はなかったのだが、彼女の佇まいと名前が王太子妃教育を受けていた時の伯爵夫人と重なるところがあった。学園に通う頃には疎遠になっていたが、その後もパーティーなどで顔を合わせる時はひどく緊張したものだ。

気づかれないように小さく息を吐いて、シャーロットは頭を切り替えた。目の前にいる女性は別人であり、必要な知識を授けてくれる教師なのだから真剣に取り組まなくては失礼に当たる。
それから帝国流と旧3国の行儀作法について、みっちり勉強することとなったのだが、王太子妃教育のお陰で何とか大きなミスもせずにこなすことが出来た。

(何とかやっていけるかもしれない)

僅かに芽生えた自信にシャーロットはようやく将来について前向きな気持ちを抱くようになった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】小公爵様の裏の顔をわたしだけが知っている

おのまとぺ
恋愛
公爵令息ルシアン・ド・ラ・パウルはいつだって王国の令嬢たちの噂の的。見目麗しさもさることながら、その立ち居振る舞いの上品さ、物腰の穏やかさに女たちは熱い眼差しを向ける。 しかし、彼の裏の顔を知る者は居ない。 男爵家の次女マリベルを除いて。 ◇素直になれない男女のすったもんだ ◇腐った令嬢が登場したりします ◇50話完結予定 2025.2.14 タイトルを変更しました。(完結済みなのにすみません、ずっとモヤモヤしていたので……!)

処理中です...