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「次に図書室の蔵書が破損されたと言われている事件についてご説明させていただきます」

その言い回しにシストはぎくりとした。

(彼女は気づいているのか……)

これから始まる事件の顛末について、ジーナがどういう風に語るのか。シストは不安と諦観の中で、ジーナを見つめることしか出来なかった。

「図書室の本を私が破損したと証言した方は、ブリュンヒルト・ミネッテ侯爵令嬢様、メリッサ・モルト伯爵令嬢様、ガウディ・スカルバ男爵令息様、エリゼオ・ヴァーレン伯爵令息様で相違ないでしょうか?」

自分の名前が出なかったことにシストは小さく息を吐いたものの、名指しされた者のうちエリゼオが僅かにヴィルヘルムを窺うように視線を投げかけたのを見逃さなかった。

(まさか……あれはヴィルヘルム殿下のご指示だというのか?)

もしそうだとすれば、ジーナは随分と危ない橋を渡っていることになる。王族を糾弾するようなことになれば、学園内といえども不敬に問われかねない。
そんな危惧を抱いたシストをよそに、やり取りは進んでいく。

「わたくしたちが嘘を吐いているとでも?言いがかりにも程がありますわ」

見下した態度を隠しもせずに、ブリュンヒルトが言い放つと同調するように他の者たちも頷いている。

「皆様を代表してミネッテ侯爵令嬢様にお答えいただければと思いますが、どうして皆様は私が本を損壊させたと思い込んでいるのでしょうか?」
「本当に不愉快だこと。礼儀知らずの相手などしていられませんわ」

一方的に会話の終了を告げたブリュンヒルトに対して、ジーナは僅かに笑みを浮かべて告げた。

「承知いたしました。ミネッテ侯爵令嬢様は黙秘を選択なさいましたが、他のお三方も同様でしょうか?黙秘する明確な理由がなければ、皆様の証言は信憑性を失うのもやむを得ないことかと存じますが」

言えない理由は虚偽だからではないか、とジーナは言外に告げている。

「っ、しらを切るのも大概にしろ!お前が本にナイフを突き立てるのを見たんだぞ」
「ご回答ありがとうございます、ガウディ・スカルバ男爵令息様。正確な日時と場所、また犯行に使われましたナイフの形状についてご説明願います」

あっさりと挑発に乗ったガウディに、他の三人は眉を顰めている。彼らの表情から察するに恐らく実際に本を破損させたのは、ガウディなのだろう。相手にしなければ疑念を生むだろうが、下手に追及されて真実を明らかにされるよりましである。

(大体これは正式な裁判でもなんでもない。内々に事を収めるには相手にしないことが最善だっただろう)

それをぶち壊したのはガウディだが、当の本人はそんな思考など持ち合わせていないようだ。

「ユーニ月第4モンターの昼休み、図書館でのことだ。時間やナイフの形状などいちいち覚えているわけがないだろう」
「何故止めなかったのですか?」
「は?」

聞かれた意味が理解できないのか、ガウディは眉を寄せているが、質問の意味に気づいた生徒たちはガウディの回答に注目している。

「図書室で本を破損している状況を目にしたということは、スカルバ男爵令息様も同じ場所にいらっしゃったということでしょう。そのような犯行を目前にしながら、何故お止めにならなかったのですか?」
「そ、それは――どうでもいいだろう!俺の行動にケチをつける気か!」

分かりやすく狼狽えるガウディに周囲の視線はますます冷やかになる。

「そうですか。では質問を変えましょう。破損された本はそもそも図書室の蔵書ではなかったのですが、どなたの所持品かお心当たりはありますか?」

ついに恐れていたことへの指摘にシストはぐっと息を詰める。

「はあ、何言っているんだ?何でそんなことお前に分かるんだよ」
「アドラス・デロイドの稀覯本だったからです。図書室に蔵書はなく、私が知っている限りではその本を所有なさっているのは、ラトルテ侯爵家と王家のみです」

そう告げながらもジーナの視線はシストへと注がれていた。軽蔑でもなく嘆願でもない毅然とした眼差しが、かつて議論を交わしていた時のものと重なる。

(過ちは正さなければならない)

そうでなければもう二度と彼女の前に立つことなどできないだろう。

「あれは当家の蔵書だ」

ブリュンヒルト達が驚きの表情を浮かべているなか、ヴィルヘルムの表情だけは変わらなかった。王族として感情を出さないのではなく、彼だけはそれに気づいていたのだろう。

「ラトルテ侯爵令息様、ご回答ありがとうございます。本の紛失または破損に気づいたのはいつでしょうか?」
「ユーニ月第4モンターの昼休みの半ばから終了間際にかけてだ。机の上に置きっぱなしにしてしまい、戻ってきたら無残な状態だった。ミネッテ侯爵令嬢が図書室の蔵書と勘違いして持って行ってしまったが、訂正しなかったのは俺の責任だ」

声に出してしまえば簡単なことで、迷っていた自分が情けなくなる。だがそんなシストをジーナは責めることはなかった。

「大切な本があのように酷い状態になってしまっていたなら、ショックのあまり口にできなかったのも無理はありませんね。売れば金貨100枚は下らないでしょうから」

金貨100枚あれば平民なら一年は遊んで暮らせる額だ。貴族であってもそんな金額をすぐに準備できるのは高位貴族ぐらいだろう。絶句するガウディを見て、実行犯を確信したシストだが証拠はない。

「どんな本でも価値はありますが、学問的かつ金銭的価値がある稀覯本を傷付けることができるのは、それを知らない人間でしょう」
「だから自分は無実だと?ずいぶん勝手な言い分ね」

ブリュンヒルトが堪りかねたように反論するが、ただの不満でしかない。

「ラトルテ侯爵令息様の許可が頂ければ、証拠を提示することは可能です。――ただ本の一部を汚してしまうことになりますが」

苦渋に満ちた表情にジーナがそれを望んでいないことが伝わってくる。だがそれで彼女の疑いが晴れるのであればとシストは快諾した。

「あの状態では犯人は必ず本の中身にも触れています。指紋を採取して、照合すれば犯人を絞り込むことが可能でしょう」

「っ、ラトルテ侯爵令息の持ち物なんて知らなかったんだ!そもそも最初に傷付けたのはジーナだと殿下が――」
「スカルバ男爵令息、弁えてもらおう!あろうことか殿下に罪を擦り付けようなど不敬にも程がある!」

エリゼオの叱責にガウディは押し黙るが、一度出た言葉は取り消せない。

「ジーナ嬢が読んでいた本だと勘違いしてしまったが、私はただ本を大切にしないといけないと口にしただけだよ?貴重な本を傷付けるよう命じるなんて、とんでもないことだ」

ヴィルヘルムは確かにそんな命令を下してはいないだろう。だが表面に傷が入った本とジーナの関わりを知れば、悪意を持つ人間がどういう行動を取るかは予測できたのではないか。たとえその通りの行動をしなくてもヴィルヘルムに何の影響も与えない。

「ジーナ嬢、生徒会長として学園の秩序を保てなかったことは申し訳なく思っているよ。だがこれ以上争ってもお互いにとって良い結果を生まない。学園内では平等だが、彼らを訴えれば各家の当主が黙っていないだろう」

ヴィルヘルムの言葉に目を細めたジーナだが、次の瞬間これまでにないほどの不敵な笑みを浮かべた。

「ええ、私だけでは不可能です。なのでご協力を仰ぐことにいたしました」

その声とともに現れた人物に、講堂は静まり返った。
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