55 / 57
第五章 大きな彼。後編
一緒なら、死さえも厭わない【彼視点】
しおりを挟む漣に誘われたその日、俺はずっとアイツの隣にいた。
「無理はしなくていいと思うんだ」
そう言われた時、胸を締め付けられて殺されるんじゃないかと錯覚した。だが漣はそんな俺の気持ちはつゆ知らず、ただ本当に心の底から俺を心配してくれていた。
優しいのか無情なのかわからない。それでも、漣の生暖かい其れで濡れた手のひらが頬に触れた時に思わずその小さな手を掴んだ。
俺よりも一回りも小さくて、握れば潰してしまうんじゃないかというその小ささに思わず怖くなった。
漣も、結局は人間だったから。
濡れて、汚れて、穢れても。
でもそれでも優しさを見せてくれる漣は、本当に残酷だったんだと思う。俺の嫌いな世界に俺のことを閉じ込めてしまうのだから。
嫌いだったその匂いのする手のひらをそのまま俺の着ていた服で拭って綺麗にした。俺の服が汚れるのをすごく嫌がる漣を無視して綺麗になった白い手を、両手で掴んだ。
どこかで漣の名前を呼ぶ声が聞こえるけどそれでも俺はその時は……
いや、その時以外も漣を他に行って欲しくなかった。だから俺はその時はあいつを離してやれなかった。
どこにそんな力があったのか。
地面に倒れていた大城春樹が、それを振り上げたのが視界の端に見えた時に、俺は漣となら死んでもいいと思った。
漣も、同じことを考えていたのか。みたことのない穏やかな表情で笑っていた。だから俺はこのままでいいやって思った。
だが、次の瞬間にはあの男は横に飛んでいた。地面を濡らして、息絶えたそれをみながら俺は大城がいたはずの場所に目を向けた。
「……道連れに、するな」
月花さんが立っていた。
まるで仇を見るような眼差しに思わず恐怖が勝ってしまいそうになったが、漣の手の温もりに彼を睨み返した。
「いやだ。俺が連れて行きたかった」
「黙れ。他妈的孩子」
普段寡黙な男が、よく喋ると。
本当にその時はそんなことを考えていたがなんとなく、漣に視線を向けた。
漣はどこかつまらなさそうに倒れていた大城を眺めてからそのまま、その冷たい視線を月花さんに向けた。その顔を見て、俺はハッとした。
やらかした。
冷や汗がぶわりと溢れ出すような、血の気が引く感覚に胃の奥から湧き上がる気持ち悪い感触が込み上がってくる。
「あれ、どうするの」
漣の冷たい声に思わず月花さんでさえ顔を引き攣らせていた。
「葉」
「僕聞いてるんだけど」
「葉、」
「ちゃんと血も処理してね。
ここで殺したなんてバレたら多分一発で見つかる。そっちの処理は君らに任せてるんだから、中途半端なことはしないでね」
名前を呼ばれても、淡々とした。
抑揚の、感情のない冷たい声色のまま会話を続ける漣に背筋が凍りつく。その声のまま、もしも拒絶させられたら。なんて考えれば、翡翠の瞳がこちらを向いた。
「鹹蛋、葉を連れていけ。今すぐ」
少し焦った様子でそう言葉を漏らす月花さんの言葉に思わず頷きかけたが漣が先に立ち上がってしまった。
「勝手なこと言わないでくれる、月花さん。
別に頼んでないだろ。車で帰るからアクセルと片付けして」
月花さんの方を見ることもせずに冷たく言い放つ漣は、優しい顔をしたまま俺の手を掴んでくれていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
虚像のゆりかご
新菜いに
ミステリー
フリーターの青年・八尾《やお》が気が付いた時、足元には死体が転がっていた。
見知らぬ場所、誰かも分からない死体――混乱しながらもどういう経緯でこうなったのか記憶を呼び起こそうとするが、気絶させられていたのか全く何も思い出せない。
しかも自分の手には大量の血を拭き取ったような跡があり、はたから見たら八尾自身が人を殺したのかと思われる状況。
誰かが自分を殺人犯に仕立て上げようとしている――そう気付いた時、怪しげな女が姿を現した。
意味の分からないことばかり自分に言ってくる女。
徐々に明らかになる死体の素性。
案の定八尾の元にやってきた警察。
無実の罪を着せられないためには、自分で真犯人を見つけるしかない。
八尾は行動を起こすことを決意するが、また新たな死体が見つかり……
※動物が殺される描写があります。苦手な方はご注意ください。
※登場する施設の中には架空のものもあります。
※この作品はカクヨムでも掲載しています。
©2022 新菜いに
ゴーストからの捜査帳
ひなたぼっこ
ミステリー
埼玉県警刑事部捜査一課で働く母を持つアキは、ゴーストを見る能力を持っていた。ある日、県警の廊下で、被害者の幽霊に出くわしたアキは、誰にも知られていない被害者の情報を幽霊本人に託される…。
密室島の輪舞曲
葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。
洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。
月明かりの儀式
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、幼馴染でありながら、ある日、神秘的な洋館の探検に挑むことに決めた。洋館には、過去の住人たちの悲劇が秘められており、特に「月明かりの間」と呼ばれる部屋には不気味な伝説があった。二人はその場所で、古い肖像画や日記を通じて、禁断の儀式とそれに伴う呪いの存在を知る。
儀式を再現することで過去の住人たちを解放できるかもしれないと考えた葉羽は、仲間の彩由美と共に儀式を行うことを決意する。しかし、儀式の最中に影たちが現れ、彼らは過去の記憶を映し出しながら、真実を求めて叫ぶ。過去の住人たちの苦しみと後悔が明らかになる中、二人はその思いを受け止め、解放を目指す。
果たして、葉羽と彩由美は過去の悲劇を乗り越え、住人たちを解放することができるのか。そして、彼ら自身の運命はどうなるのか。月明かりの下で繰り広げられる、謎と感動の物語が展開されていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる