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第一章 弟の話。

ただ聞くだけのつもりで。

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 インターホンを鳴らせば、玄関が開いた。
 そこから覗くのはこの辺りでも文武両道な進学校として有名な偏差値の高い高校の制服を着た青年だった。
 
 被害者の一学年下の弟、漣 祐さざなみ ゆうだ。
 そんなとても賢い学校に通う青年でありそして彼の名前は高校バスケが好きな人間からしたらとても有名なほどのプレイヤーらしい。
 
「…本当に来たんですね。」
「約束したからね。ここで喋ってもいいの?」
「いえ、長くなるんで中にどうぞ。」
 
 冷めた視線でこちらを見下ろす彼に言われて玄関へと門を潜り向かう。
 以前来た時にはあった車やバイクがないところを見ると今日は家族はいないのは本当らしい。

 後輩が後ろからついてくるのを確認しつつ玄関に入れば、靴箱の上に被害者であるお姉さんの写真が飾られている。
 友人と修学旅行で撮ったような、制服ではあるが、晴天広がる海が背景の中で彼女はとても明るい笑顔を浮かべて友人と腕を組んでいた。
 
「へぇ。お姉さんの写真飾ってるんだ」
 
 含みのある言葉と、何処と無く無感情なトーンの声にリビングに入ろうとした彼がこちらを勢いよく睨みつけた。
 苛立ったかのようなそんな表情を浮かべるので、思わず後輩を庇う様に彼の前に立ち塞がり頭を下げた。
 
「すまない、こいつが不躾な…」
「…葬式にも参加しないような家族ですからね。
 そう言われるのは重々承知していたことです。」
 
 別に怒ってませんから。と淡々とした一定の声色で言い捨てた彼に思わず怪訝な表情を浮かべてから後輩を睨んだ。
 後輩は愛も変わらずケラケラと笑っているが、笑い事じゃない。ここで彼の機嫌を損ねてみろ。今日のアポートメントが無かったことにされかねないんだ。
 
 そんなことを考えつつリビングに入った。
 テレビはニュース番組がついていて、ローテーブルの上にはすでにコーヒーと洋菓子が用意されている。
 一応迎え入れる準備をしてはいてくれていた様子に少しばかり安堵しつつ、彼に促されるままソファーに腰掛けた。
 
「それで、そちらの方から今日は色々事件とは別のことを聞きたいと、聞いていたんですが…」
「あぁ。お姉さんの交友かんけ、」
「君が思う、お姉さんが”誰か”に”殺されたい”と思い始めた頃のことを詳しく聴きたいんだ。
 それが事件と何ら関係あるかどうかと問われればどちらとも言いようがないけれども、お姉さんを知るには一番手取り早い方法だと思ってね。」
 
 こちらの言葉を遮って、後輩がそう言い募った。
 まるで、口出しはさせないと言わんばかりのその勢いに思わず呆気にとられてしまった。
 交友関係を聞いて、そこからまた洗い直せばいいのに。いや、だがその話を聞くことで、ポロリと真犯人の名前も出たりするのかもしれないな、なんて深く考える。
 だが、隣の後輩はそんなことは考えている様子もなくただただヘラヘラと笑いながらコーヒーを啜った。
 
「姉が、殺されたいと思った頃の話…ですか…
 俺なんかが、話してもいいんですかね…」
「いいでしょう?
 お姉さんの親族で、身近にそれを見ていたのは君なんだから。」
 
 含みのある言い方に、思わず眉を潜めた。
 後輩を見れば、目を伏せてコーヒーを飲んでいる。
 用意されたシュガースティックが六本ほど机の上に散らばっていてミルクも入れられている。
 自分が飲んだ訳でもないのに何故か口の中が異様に甘い気がしてコーヒーを口に含んだ。
 ほろ苦い味が口の中に広がり安心感を覚えさせるが隣ではまだ満足のいかない後輩が更に袋をちぎってコーヒーの中に放り込んでいる。
 最早それをコーヒーと呼んでいいのか疑問さえ投げかけてやりたくなるが、話の筋を折ってはいけないと言葉を飲み込んだ。
 
「……そう、いうことなら。
 俺が思う、姉が変わった時期の話を……
 でも、あまり期待はしないで下さい。
 思っているよりも、あまり姉のことを理解はできていないと思うので……」
 
 どこが自信なさげに呟いた彼の言葉に、小さく頷いた。
 
 
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