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第5章 ゴールデン・ドリーム
77. 裏切りの弾丸、裏切りの始まりIII
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CASE 椿恭弥
雪哉さんが僕の事を監視するようになった。
僕が拓也に怒られてから1週間が経った時からだ。
前々から、雪哉さんが僕を好いていない事は分かりきっていた。
何年か前に傷の手当てをした後に、何故か心理テストをやらされた事があった。
その時は何だろう?と思ったけど、今ならあの検査が何だったのか分かる。
精神病を持つ人がやる診断テストのような物だった。
どうやら雪哉さんの反応を見る限り、僕は精神病を患っているらしい。
雪哉さんに嫌われようが構わないが、僕と拓也との仲を邪魔してほしくはない。
拓也は介護施設の運営や養護施設の改築、その他諸々に力を入れ出した。
もはや、ヤクザの仕事なのか?と思うような事が増えていった。
元々、兵頭会は他の組とはやり方が違う。
クスリの売買は御法度、女を無理矢理抱くのもそう。
僕はこの2つには興味がなかったし、するなと言われればしない。
ただ目障りな存在が1人、また1人と増えて行く。
特に1番と言って良いやつが、今日も兵頭会の本家に
訪れてきたのだ。
玄関の先で、神楽ヨウは丁寧に靴を揃えている。
手には拓也が好きな和菓子店の紙袋が握られていた。
恐らく、中身はこし餡の最中だろう。
拓也に良い人アピールかよ、しょうもな。
そう思いながら、神楽ヨウの背中に向かって声を掛けた。
「神楽組の若頭が頻繁にうちに来て大丈夫な訳?よっぽど、暇なんだね」
「椿恭弥か、お前も暇そうだな」
「は?」
「僕にいちいち突っかかてくるから」
そう言って、僕に向かって軽く笑ってきたのだ。
この男は僕をイラつかさせる天才なのか。
怒りポイントを的確に突いてきやがる。
「あ、拓也さん!!お疲れ様です」
僕の背後を見ながら、神楽ヨウは満面の笑みを浮かべた。
振り向かなくとも、気配だけで拓也が後ろにいる事が分かる。
「ヨウ、今来たのか?」
「はい、お邪魔します。最中を買ってきましたので、良かったら」
「え、マジか!!ありがとな、ヨウ。俺、ここの最中めちゃくちゃ好きなんだよ」
「喜んで貰えて良かったです。皆さんで召し上がって下さい」
神楽ヨウの声を聞くだけでも腹立たしい。
何で、拓也はこんな奴の事を構うのだろうか。
それに、僕は神楽ヨウの不気味な程に綺麗な瞳が気持ち悪かった。
普通の人間とは違う瞳だ。
「恭弥、お前も一緒にお茶にしないか?次の予定まで、時間あるだろ?」
「あ、う、うん。じゃあ、お茶持って行くよ」
「悪りぃな、恭弥」
「全然、良いよ」
拓也の為に動く事は構わないが、神楽ヨウの分は苦いお茶しよう。
そう思いながらキッチンで行き、お湯を沸かしてから茶器の中に茶葉を入れる。
沸騰したお湯を茶器の中に入れ、人数分の湯呑みを用意いして拓也の部屋に向かう。
「お前、ちゃんとおっさんの所で受診してるのか?」
「行っても、診察という診察をしてないと言うか…。ぼちぼち行ってますよ?」
拓也の部屋の前から、神楽ヨウとの話し声が漏れてきた。
受診?
神楽ヨウはどこか悪いのか?
「お前、Jewelry Pupil なんだからさ…」
Jewelry Pupil …、神楽ヨウが?
僕の中で、神楽ヨウの瞳が不気味だと思っていた事に理由が付いた。
成る程、Jewelry Pupil だったのか。
Jewelry Pupil 、名前しか聞いた事がなかったけど…。
確か宝石のように美しく、不思議な力を持ってるんだったか?
これは…、神楽ヨウを拓也にバレずに消せれるのでは?
僕の頭にピンッとよからぬ考えが浮かぶ。
そろそろ、部屋に入らないと盗み聞きしてるのがバレるな。
襖に手を伸ばし、ガラッと音を立てながら開ける。
「拓也、お茶淹れたよー」
消せると思ったら、神楽ヨウなんか意識する必要がなくなった。
そう思いながら僕は2人に向かって、満面の笑顔を向けた。
2日後、思ったより神楽組のS(スパイ)から情報を買えた。
Sと落ち合う場所は、歌舞伎町の裏路地の一本奥に入った場所。
キャバクラや居酒屋、ホスト店のゴミが集結しているゴミ捨て場だ。
相変わらず貧乏臭い顔で、趣味の悪い柄物のシャツを着ている。
「神楽ヨウは、タンザナイトと言う石のJewelry Pupil らしいです。それから、神楽ヨウ専用の護衛の女が1人。名前は晶と言って…、聞いて驚かないで下さいよ?なんと、晶は神楽ヨウの女なんですよ?」
「女?」
吸っていた煙草を地面に捨て、足で踏み付ける。
「えぇ、なんでも椿さんの所の若頭のね?護衛をしてた女なんですけど、兵頭雪哉が晶を神楽組の殺し屋としてね?渡したそうなんですよ。まぁ、うちの頭が晶の事をえらく気に入ってまして」
「その女の写真は?持ってきたんだろうな」
「へぇ、うちの若頭が持ち歩いてる写真をコピーしやした」
僕はSの手から写真を奪い取り、女の顔を拝見する。
そこら辺の女よりもかなり上玉、想像の100倍は綺麗な女だった。
晶って何回か拓也の口から聞いた事があったけど、この女の事か。
女がいるのなら、拓也はいらないだろ。
「実はね、椿さん。神楽ヨウは、独自にJewelry Pupil 達の情報を潰してんすよ。しかも、そちらの若頭と兵頭雪哉と3人でですぜ?」
「あ?どう言う事だ」
「そちらの若頭が、Jewelry Pupil の安全保護活動を密かにしてんすよ。こっちとしてはかなり迷惑してんすよ。Jewelry Pupil の情報は高く売れんすから」
僕に隠れて、そんな事をしていたのか?
なんで、神楽ヨウなんかと。
兵頭雪哉だ。
アイツが拓也と神楽ヨウにやらせてんだ。
そうかよ、とことん僕の事が嫌いらしいな兵頭雪哉。
「あ、やべ。次の取り引きに遅れちまうっ。すいません、椿さん。俺、そろ…」
Sはそう言って、足元に置いていた鞄を手に取った。
いつも持ち歩いている銃をSの頭に銃口を向ける。
「は?え、つ、椿さ…?何で、銃を向けて…」
「ご苦労様」
パァァンッと大きな発砲音が鳴り、撃たれた衝撃でSはゴミの山に吹き飛ばされる。
赤い血がどくどくと頭から流れ、Sは白目を向いたまま僕を見据えた。
Sの持っていた鞄を取り、裏路地を後にした。
乗ってきた車に乗り込み、鞄の中に入っていた茶封筒を取り出す。
乱暴に開け口を開け、中身の資料らしき紙2枚を取り出した。
読み上げてみると1枚目の紙には、住所と名前が書かれてある。
[ 東京都足立区〇〇○ー△△△ 林家。林家の長女、林杏(はやしあんず) Jewelry Pupil 。宝石名オレンジダイヤモンド]
2枚目には家族仲がどうとか、林杏の容姿について精細に書かれていた。
「虐待…ねぇ、歳は13か。中学1年生ってところか」
Sは、この情報をJewelry Pupil を欲しがってる顧客に売り捌く気だったようだ。
黒く泥々とした嫌な感情が押し寄せる。
ハンドルを強く握り、無意識のまま車を走らせた。
カーナビにどこかの住所を入力したけど、どこか忘れてしまった。
どうでも良い事だ。
どうだって良いじゃないか。
僕がこれから何をしても、拓也は僕を止めようとする。
僕には何も言わずに、拓也は神楽ヨウを頼るだろ?
だったら、神楽ヨウを潰すしかないだろ?
あぁ、拓也は凄いよ。
僕に色んな感情を教えて、新しい感情を植え付ける。
僕は何者にもなれる。
拓也がいる限り、僕は善にも悪にもなれるんだ。
その日、車で向かった場所は林家であった。
古臭い外観の一軒家で、見るからに貧乏臭い。
ガッシャーンッとガラスの割れる音と、男の怒号声。
Sの情報通り、林杏は父親から暴力を振るわれている
最中のようだ。
玄関のドアに手を伸ばし、引いてみると鍵は掛かっていなかった。
廊下からもゴミを入れた袋が、リビングから溢れ出ている。
この家の中はゴミ屋敷化しており、異臭が酷い。
運が良いのは鍵だけではなく、父親は僕の侵入に気付いていない事だった。
リビングのドアの隙間から中の様子を伺う。
黒髪ロングの子供が男に殴られている。
あれが林杏に間違いないだろう。
母親は他に男を作って家を出て行き、その後から父親
は酒に溺れるようになったらしい。
だからか、ゴミ袋の中身はウィスキーや焼酎の空き瓶
が多い。
「このクソガキが!!あの女と同じ顔をしやがってよ!!
気持ち悪い目をしてんじゃねーよ!?」
「ゔっ」
「おらっ、おらっ!!」
男は容赦なく自分の子供を傷みつける。
何故か、2階に上がる階段にハンマーが適当に置かれていた。
普通はこんな所にハンマーなんか置かないだろう。
まぁ、良い。
今の僕には必要なものだし、有り難く使わせてもらうとしよう。
ハンマーを手に取り、リビングの中に侵入する。
音を立てず男に近付き、思いっきりハンマーを頭に叩き付けた。
ドコッ!!!
「ゔっ!?」
男は頭を押さえながら、後ろを振り返ろうとした。
容赦なく僕は男の右頬をハンマーで殴り付け、ふらついた体に蹴りを入れる。
男が床に倒れた衝撃で血飛沫が顔に飛んで来た。
「な、なんだよっ!?おまっ…、ゴフッ!?」
男のうるさい声を聞こえなくする為に、前歯に向けてハンマーを叩き付ける。
バキバキッと歯が折れる音と顎が折れる音がした。
「や、やめっ…」
バキッ、ドコッ、バキッ、ドコッ!!
僕は男の言葉を無視して、夢中でハンマーを振り続ける。
あぁ、これだ。
苛々した感情を、泥々した感情を、押し潰されそうになる程の寂しい感情を。
発散する方法はこれしかない。
数年掛けて見つけた最高のストレス発散方法。
他人の苦痛に歪む顔と飛び散る血が、ストレスを緩和させる。
「あははは!!」
今、僕はどんな顔して笑ってるだろう。
そんな事よりも、頭の中がスッキリして気持ちが良い。
あぁ、こんな姿を拓也にも見せた事がないなぁ。
周りにある白いゴミ袋に男の折れた歯や、血肉が飛び散っている。
動かなくなった男を足で退け、座り込んでいる林杏に声を掛けた。
「何?お父さんが殺されて悲しい?」
「…、全然」
「へぇ?親不孝だね、お前」
「お兄さんはどうして、お父さんを殺したの」
死んだ目をした林杏は、僕に質問を投げてきた。
「殺した理由?そんなものはないよ。お前を助ける気もなかったしね。強いて言えば、僕のストレス発散だね」
「そうなんだ。お兄さん、私の目が欲しいから来たんでしょ」
「へぇ、くれるの?」
「お兄さん、私の事を欲しそうだから。別にもう、生きたいとか思わないし」
死にたがりの子供を殺しても、つまらないんだよな。
この子供の思い通りに行動するのも癪だ。
そんな時ふと、落ちていた漫画雑誌が目に入った。
"忍者、佐助が参る!!"
暑苦しい忍者の絵の隣に、デカデカとタイトルが書かれている。
台所に向かい、まな板の上に置かれていた包丁を手に取った。
そのまま林杏の所まで行き、包丁を振り下ろす。
ブンッ!!
ダンッ!!
林杏の左の太ももすれすれな距で、包丁を床に突き刺さした。
驚いているのか、目をまん丸にさせて僕を見つめる。
「林杏は今、僕の手で殺された。お前、今日から僕の為に生きて死んでよ」
「え?」
「簡単に死ぬのは勿体無いよ?Jewelry Pupilを持ってるのに有効活用しないで、どうするのさ」
グイッと顔を近寄せ、オレンジダイヤモンドの瞳を覗き込む。
「生きる意味なら僕が与えてあげる。お前は僕だけを見て、僕だけの言う事を聞けば良い。僕だけの命令を聞いて、僕を喜ばせる為に生きろ。良いな、佐助」
「お兄さんは私に価値を与えてくれるの?この目を気持ち悪るがずに?必要としてくれるの?」
虐待された子供の大半は親に愛情を抱いており、献身的に愛を求める。
林杏もまた、口には出さないが親からの愛情を求めていたのだろう。
偽りの愛で良ければ注ごうじゃないか。
僕の為に献身的になって、僕だけのペットになるように。
大事に育てようじゃないか、このJewelry Pupilを。
「拓也、僕は君だけを…。君だけの事を…」
林杏の長い髪を撫でながら、無意識に言葉が溢れ出た。
「これが、拓也と僕の出会いの物語。どう?中々、良い話じやない?」
そう言って、眠っている白雪の顔を覗き込む。
佐助を拾った時の事をまで話しちゃったな。
だけど…、あれ?
僕はあの時、何を言ったんだっけ?
拓也の事を…?
あの言葉の続きは、僕にとってすごく大事だったはず…。
「何だっけ…、忘れちゃったな。もう、何年も前の思い出だからなぁ…。だけど、僕の中でね。拓也はある意味、生きているよね。こうして、今も君の言葉を思い出しているんだからさ」
スーツの胸ポケットから、ずっと入れてある1枚の写真を取り出す。
拓也が若頭に就任した時に撮った写真。
僕と拓也が笑って写っている写真。
「拓也ぁ。君の大切なものは全部、壊してあげるからね」
10月31日 PM19:00
この日は、兵頭雪哉と四郎達が食事をする日だった。
四郎は適当に選んだ黒の襟付きのシャツを着て、黒のズボンを履く。
ベットに腰を下ろしたままの着替えは、なんともやりにくい。
顔を顰めながら、四郎は淡々と着替えをして行く。
この数日間の間で、四郎の体調は少しずつ悪化していた。
肺の痛みは増し、煙草を吸いたくても吸えなくなっていた。
体の怠さと肺の痛み、少量の吐血をするようにもなった。
「四郎、本当に平気なの」
四郎の脱いだ服を手に取りながら、三郎が尋ねる。
「あぁ、平気だ」
「嘘、煙草だって吸わなくなったし。それに、吐血してるのだって…、おかしいよ」
「ボスに呼ばれてるし、行かない訳にはいかないだろ」
「今更、四郎の父親面する気なんだろ」
三郎は眉間に皺を寄せながら、言葉を吐く。
四郎は三郎にだけ、兵頭雪哉が自分の父親だった事を話した。
「あのさ、四郎。四郎はボスを父親として見るの?それとも、このままの関係を続けるの」
「今まで通りだ、三郎。俺はボスの命令を聞くだけだ」
「ねぇ、玲斗(れいと)」
三郎の言葉を聞いた瞬間、四郎はギョッとした表情を浮かべた。
東雲玲斗、四郎の本名である。
2人だけの特別ルール、三郎(羽奏)の場合でも適用される。
「玲斗、どうして?どうして、そこまでボスを思えるの」
「分からない、俺は頭のどこがおかしいんだろうな。昔、一度だけよ。ボスが俺に殺しの仕事をするなって言った時があったんだ」
「え?」
「ほら、俺が兵頭会と敵対してた小さな組みを潰した時だ。その時にボスに言われたんだよ。殺しの仕事をするな、自分を大事にしろって」
そう言いながら、四郎は黒の皮のライダースに手を伸ばす。
「どうして、そんな事を言ったのか分からなかった。あの時、ボスは父親になろうとしたんだよな。今、思えば」
「玲斗…」
「俺はこう答えた。俺はボスの道具として、殺す事をやめないって」
「玲斗、俺は玲斗がいつか死んじゃいそうで怖いよ」
少し涙になった三郎の頭を四郎が乱暴に撫でる。
「わっ、わっ!?」
「羽奏、お前を置いて逝かねーよ。それに、羽奏とモモを2人にすんのな」
「そうだよ、モモちゃんと2人だとヤバいよ」
「四郎ー、準備できた?」
部屋に訪れたモモは後ろの腰部分に、大きなリボンの付いたワンピースを着ていた。
「わぁ、四郎カッコイイ!!」
「あー、うるさいのが来た」
「うるさいって何?」
「マジで、お前等うるせー」
三郎とモモが言い合いをしてる間に四郎が割って入る。
「だって、三郎が意地悪するから!!」
「おい、モモ。折角、可愛い格好してんのに怒るのか」
「え?えぇ…、四郎…っ、ズルイ!!」
「お前、折れてる方の足に抱き付くなよ…」
「あ、ご、ごめんなさい」
落ち込んだ表情のまま、モモは後ろに下がる。
四郎は黙ってモモの手を握り、「行くぞ」と声を掛けた。
「今回、俺は送り迎え出来ないからさぁ。伊織がやるってさー、ボスの命令だろうけど」
「お前、殺しの仕事が何件か来てたろ。仕事をしろ、仕事を」
「分かったよ、四郎。じゃあ、俺は仕事の準備をするよ」
そう言って、三郎は四郎の部屋を出て行った。
四郎とモモはリビングに向かう為、廊下を歩き出した。
「伊織おじさんがここに迎えに来るの?」
「あぁ、今さっき連絡がきた」
「どこに、ご飯食べにいくの?」
「さーな、嘉助が選んだ店らしいし」
2人は適当な会話をしながら、玄関で靴を履き替える。
モモが靴を履き終えたのを見た四郎は、玄関のドアに手を掛けた。
黒のメルセデスの前で、全身黒スーツ姿の岡崎伊織が立っていた。
「準備出来たか。2人共、後ろの座席に座ってくれ」
そう言って、岡崎伊織は運転席に乗り込む。
「四郎、車に乗れる?」
「いや、普通に乗れるわ」
四郎は後部座席のドアを開け、先にモモを乗せてから乗り込んだ。
車を走らせてから40分が過ぎた頃、とあるビルの前で停車した。
ビルのガラスドアの奥には、自販機が1台だけあるなんの変哲のないビルだった。
「おい、伊織。まさか、ここじゃねーだろうな」
「あ?ここに決まってんだろ。店はあの自販機の奥なんだよ」
「…、変な店を選びやがったな」
「仕方ないだろ、東京じゃ椿の目が届く。なるべく、届きにくい所で食事会をすべきだろ」
岡崎伊織の言葉を聞いた四郎は、黙ってドアを開けた。
「四郎、雪哉さんの話をちゃんと聞いてくれよ」
「伊織は分かってたんだな。俺とボスの事」
「知っていた。だけど、俺がどうにかする事は出来なかったろうよ。お前と雪哉さんの問題だからな」
四朗の方を向かないまま、岡崎伊織は四郎の問いに答える。
「そうだな。モモ、降りるぞ」
「うん」
2人は車を降り、ビルの中に入って行った。
CASE 四郎
モモの手を引きながらビルの中に入り、自販機の前で足を止める。
「四郎、この中にお店があるの?」
「隠れ屋的なもんだ。ここの小銭を入れる部分が、ドアの取手部分になってるだろ」
「本当だ」
「行くぞ」
俺は取手部分に手を開け、少し力を入れながら押した。
ギィイ…。
自販機の奥からジャズが流れ、木材のテーブルが数個並んでいる店が現れた。
奥のテーブルにはボスと嘉助が座っている。
白髪を丁寧にセットした爺さんが、俺達に向かって声を掛けた。
「いらっしゃいませ、奥のお席にどうぞ」
「さすがは伊織さん。一度言った住所なのに、明確に覚えてるなんて。四郎君、モモちゃん、ここは僕のおじさんのみせやんだ。だから、安心して良いよ」
おじさんと呼ばれた爺さんは、嘉助の事を見ながら優しく微笑む。
身内に向ける目をしていた為、嘉助の言葉がすんなり入った。
俺とモモはボス達のいる席に向かい、空いてる椅子に腰を下ろす。
「飲み物はどうする?モモちゃんは何が良いかな?」
嘉助はそう言って、モモにメニュー表を見せる。
ボスは少し眉を下げながら、俺の方を見てきた。
「お前、痩せたな。飯は食ってんのか」
「あぁ…、最近はあんまりです。食欲がなかったんで」
「そうか」
「はい」
気まずさを感じたのか、ボスは俺から目を逸らす。
「四郎、四郎はなに飲む?」
モモがメニューを見せてくるが正直言って、なにも飲みたくない。
飯も食いたくねーしなぁ、飲み物だけ飲むか。
「あー、レモンのヤツで良いわ」
「レモン?レモンのジュース?」
「あぁ、それだそれ」
「私も同じヤツにするー」
俺とモモのやりとりを聞いていたのか、爺さんはジュースを作り出した。
嘉助とボスはビールを飲んでおり、ボスのグラスが空になりそうだった。
俺は瓶ビールを手に取り、ボスのグラスにビールを注ぐ。
だが、ボスは俺の手から瓶ビールを取り上げたのだ
「そんな事はしなくて良い」
「え、ですが…。いつもやっていましたし」
「お前はもう、そんな事はしなくて良い」
「お待たせしました」
爺さんが、レモンの輪切りの入ったジュースをテーブルに置く。
「それじゃあ、乾杯しようか」
嘉助の掛け声に合わせながら、各自にグラスを持ち上げる。
「乾杯」と言う言葉と同時にグラスを合わせた。
奇妙な食事会の始まりの合図になった。
雪哉さんが僕の事を監視するようになった。
僕が拓也に怒られてから1週間が経った時からだ。
前々から、雪哉さんが僕を好いていない事は分かりきっていた。
何年か前に傷の手当てをした後に、何故か心理テストをやらされた事があった。
その時は何だろう?と思ったけど、今ならあの検査が何だったのか分かる。
精神病を持つ人がやる診断テストのような物だった。
どうやら雪哉さんの反応を見る限り、僕は精神病を患っているらしい。
雪哉さんに嫌われようが構わないが、僕と拓也との仲を邪魔してほしくはない。
拓也は介護施設の運営や養護施設の改築、その他諸々に力を入れ出した。
もはや、ヤクザの仕事なのか?と思うような事が増えていった。
元々、兵頭会は他の組とはやり方が違う。
クスリの売買は御法度、女を無理矢理抱くのもそう。
僕はこの2つには興味がなかったし、するなと言われればしない。
ただ目障りな存在が1人、また1人と増えて行く。
特に1番と言って良いやつが、今日も兵頭会の本家に
訪れてきたのだ。
玄関の先で、神楽ヨウは丁寧に靴を揃えている。
手には拓也が好きな和菓子店の紙袋が握られていた。
恐らく、中身はこし餡の最中だろう。
拓也に良い人アピールかよ、しょうもな。
そう思いながら、神楽ヨウの背中に向かって声を掛けた。
「神楽組の若頭が頻繁にうちに来て大丈夫な訳?よっぽど、暇なんだね」
「椿恭弥か、お前も暇そうだな」
「は?」
「僕にいちいち突っかかてくるから」
そう言って、僕に向かって軽く笑ってきたのだ。
この男は僕をイラつかさせる天才なのか。
怒りポイントを的確に突いてきやがる。
「あ、拓也さん!!お疲れ様です」
僕の背後を見ながら、神楽ヨウは満面の笑みを浮かべた。
振り向かなくとも、気配だけで拓也が後ろにいる事が分かる。
「ヨウ、今来たのか?」
「はい、お邪魔します。最中を買ってきましたので、良かったら」
「え、マジか!!ありがとな、ヨウ。俺、ここの最中めちゃくちゃ好きなんだよ」
「喜んで貰えて良かったです。皆さんで召し上がって下さい」
神楽ヨウの声を聞くだけでも腹立たしい。
何で、拓也はこんな奴の事を構うのだろうか。
それに、僕は神楽ヨウの不気味な程に綺麗な瞳が気持ち悪かった。
普通の人間とは違う瞳だ。
「恭弥、お前も一緒にお茶にしないか?次の予定まで、時間あるだろ?」
「あ、う、うん。じゃあ、お茶持って行くよ」
「悪りぃな、恭弥」
「全然、良いよ」
拓也の為に動く事は構わないが、神楽ヨウの分は苦いお茶しよう。
そう思いながらキッチンで行き、お湯を沸かしてから茶器の中に茶葉を入れる。
沸騰したお湯を茶器の中に入れ、人数分の湯呑みを用意いして拓也の部屋に向かう。
「お前、ちゃんとおっさんの所で受診してるのか?」
「行っても、診察という診察をしてないと言うか…。ぼちぼち行ってますよ?」
拓也の部屋の前から、神楽ヨウとの話し声が漏れてきた。
受診?
神楽ヨウはどこか悪いのか?
「お前、Jewelry Pupil なんだからさ…」
Jewelry Pupil …、神楽ヨウが?
僕の中で、神楽ヨウの瞳が不気味だと思っていた事に理由が付いた。
成る程、Jewelry Pupil だったのか。
Jewelry Pupil 、名前しか聞いた事がなかったけど…。
確か宝石のように美しく、不思議な力を持ってるんだったか?
これは…、神楽ヨウを拓也にバレずに消せれるのでは?
僕の頭にピンッとよからぬ考えが浮かぶ。
そろそろ、部屋に入らないと盗み聞きしてるのがバレるな。
襖に手を伸ばし、ガラッと音を立てながら開ける。
「拓也、お茶淹れたよー」
消せると思ったら、神楽ヨウなんか意識する必要がなくなった。
そう思いながら僕は2人に向かって、満面の笑顔を向けた。
2日後、思ったより神楽組のS(スパイ)から情報を買えた。
Sと落ち合う場所は、歌舞伎町の裏路地の一本奥に入った場所。
キャバクラや居酒屋、ホスト店のゴミが集結しているゴミ捨て場だ。
相変わらず貧乏臭い顔で、趣味の悪い柄物のシャツを着ている。
「神楽ヨウは、タンザナイトと言う石のJewelry Pupil らしいです。それから、神楽ヨウ専用の護衛の女が1人。名前は晶と言って…、聞いて驚かないで下さいよ?なんと、晶は神楽ヨウの女なんですよ?」
「女?」
吸っていた煙草を地面に捨て、足で踏み付ける。
「えぇ、なんでも椿さんの所の若頭のね?護衛をしてた女なんですけど、兵頭雪哉が晶を神楽組の殺し屋としてね?渡したそうなんですよ。まぁ、うちの頭が晶の事をえらく気に入ってまして」
「その女の写真は?持ってきたんだろうな」
「へぇ、うちの若頭が持ち歩いてる写真をコピーしやした」
僕はSの手から写真を奪い取り、女の顔を拝見する。
そこら辺の女よりもかなり上玉、想像の100倍は綺麗な女だった。
晶って何回か拓也の口から聞いた事があったけど、この女の事か。
女がいるのなら、拓也はいらないだろ。
「実はね、椿さん。神楽ヨウは、独自にJewelry Pupil 達の情報を潰してんすよ。しかも、そちらの若頭と兵頭雪哉と3人でですぜ?」
「あ?どう言う事だ」
「そちらの若頭が、Jewelry Pupil の安全保護活動を密かにしてんすよ。こっちとしてはかなり迷惑してんすよ。Jewelry Pupil の情報は高く売れんすから」
僕に隠れて、そんな事をしていたのか?
なんで、神楽ヨウなんかと。
兵頭雪哉だ。
アイツが拓也と神楽ヨウにやらせてんだ。
そうかよ、とことん僕の事が嫌いらしいな兵頭雪哉。
「あ、やべ。次の取り引きに遅れちまうっ。すいません、椿さん。俺、そろ…」
Sはそう言って、足元に置いていた鞄を手に取った。
いつも持ち歩いている銃をSの頭に銃口を向ける。
「は?え、つ、椿さ…?何で、銃を向けて…」
「ご苦労様」
パァァンッと大きな発砲音が鳴り、撃たれた衝撃でSはゴミの山に吹き飛ばされる。
赤い血がどくどくと頭から流れ、Sは白目を向いたまま僕を見据えた。
Sの持っていた鞄を取り、裏路地を後にした。
乗ってきた車に乗り込み、鞄の中に入っていた茶封筒を取り出す。
乱暴に開け口を開け、中身の資料らしき紙2枚を取り出した。
読み上げてみると1枚目の紙には、住所と名前が書かれてある。
[ 東京都足立区〇〇○ー△△△ 林家。林家の長女、林杏(はやしあんず) Jewelry Pupil 。宝石名オレンジダイヤモンド]
2枚目には家族仲がどうとか、林杏の容姿について精細に書かれていた。
「虐待…ねぇ、歳は13か。中学1年生ってところか」
Sは、この情報をJewelry Pupil を欲しがってる顧客に売り捌く気だったようだ。
黒く泥々とした嫌な感情が押し寄せる。
ハンドルを強く握り、無意識のまま車を走らせた。
カーナビにどこかの住所を入力したけど、どこか忘れてしまった。
どうでも良い事だ。
どうだって良いじゃないか。
僕がこれから何をしても、拓也は僕を止めようとする。
僕には何も言わずに、拓也は神楽ヨウを頼るだろ?
だったら、神楽ヨウを潰すしかないだろ?
あぁ、拓也は凄いよ。
僕に色んな感情を教えて、新しい感情を植え付ける。
僕は何者にもなれる。
拓也がいる限り、僕は善にも悪にもなれるんだ。
その日、車で向かった場所は林家であった。
古臭い外観の一軒家で、見るからに貧乏臭い。
ガッシャーンッとガラスの割れる音と、男の怒号声。
Sの情報通り、林杏は父親から暴力を振るわれている
最中のようだ。
玄関のドアに手を伸ばし、引いてみると鍵は掛かっていなかった。
廊下からもゴミを入れた袋が、リビングから溢れ出ている。
この家の中はゴミ屋敷化しており、異臭が酷い。
運が良いのは鍵だけではなく、父親は僕の侵入に気付いていない事だった。
リビングのドアの隙間から中の様子を伺う。
黒髪ロングの子供が男に殴られている。
あれが林杏に間違いないだろう。
母親は他に男を作って家を出て行き、その後から父親
は酒に溺れるようになったらしい。
だからか、ゴミ袋の中身はウィスキーや焼酎の空き瓶
が多い。
「このクソガキが!!あの女と同じ顔をしやがってよ!!
気持ち悪い目をしてんじゃねーよ!?」
「ゔっ」
「おらっ、おらっ!!」
男は容赦なく自分の子供を傷みつける。
何故か、2階に上がる階段にハンマーが適当に置かれていた。
普通はこんな所にハンマーなんか置かないだろう。
まぁ、良い。
今の僕には必要なものだし、有り難く使わせてもらうとしよう。
ハンマーを手に取り、リビングの中に侵入する。
音を立てず男に近付き、思いっきりハンマーを頭に叩き付けた。
ドコッ!!!
「ゔっ!?」
男は頭を押さえながら、後ろを振り返ろうとした。
容赦なく僕は男の右頬をハンマーで殴り付け、ふらついた体に蹴りを入れる。
男が床に倒れた衝撃で血飛沫が顔に飛んで来た。
「な、なんだよっ!?おまっ…、ゴフッ!?」
男のうるさい声を聞こえなくする為に、前歯に向けてハンマーを叩き付ける。
バキバキッと歯が折れる音と顎が折れる音がした。
「や、やめっ…」
バキッ、ドコッ、バキッ、ドコッ!!
僕は男の言葉を無視して、夢中でハンマーを振り続ける。
あぁ、これだ。
苛々した感情を、泥々した感情を、押し潰されそうになる程の寂しい感情を。
発散する方法はこれしかない。
数年掛けて見つけた最高のストレス発散方法。
他人の苦痛に歪む顔と飛び散る血が、ストレスを緩和させる。
「あははは!!」
今、僕はどんな顔して笑ってるだろう。
そんな事よりも、頭の中がスッキリして気持ちが良い。
あぁ、こんな姿を拓也にも見せた事がないなぁ。
周りにある白いゴミ袋に男の折れた歯や、血肉が飛び散っている。
動かなくなった男を足で退け、座り込んでいる林杏に声を掛けた。
「何?お父さんが殺されて悲しい?」
「…、全然」
「へぇ?親不孝だね、お前」
「お兄さんはどうして、お父さんを殺したの」
死んだ目をした林杏は、僕に質問を投げてきた。
「殺した理由?そんなものはないよ。お前を助ける気もなかったしね。強いて言えば、僕のストレス発散だね」
「そうなんだ。お兄さん、私の目が欲しいから来たんでしょ」
「へぇ、くれるの?」
「お兄さん、私の事を欲しそうだから。別にもう、生きたいとか思わないし」
死にたがりの子供を殺しても、つまらないんだよな。
この子供の思い通りに行動するのも癪だ。
そんな時ふと、落ちていた漫画雑誌が目に入った。
"忍者、佐助が参る!!"
暑苦しい忍者の絵の隣に、デカデカとタイトルが書かれている。
台所に向かい、まな板の上に置かれていた包丁を手に取った。
そのまま林杏の所まで行き、包丁を振り下ろす。
ブンッ!!
ダンッ!!
林杏の左の太ももすれすれな距で、包丁を床に突き刺さした。
驚いているのか、目をまん丸にさせて僕を見つめる。
「林杏は今、僕の手で殺された。お前、今日から僕の為に生きて死んでよ」
「え?」
「簡単に死ぬのは勿体無いよ?Jewelry Pupilを持ってるのに有効活用しないで、どうするのさ」
グイッと顔を近寄せ、オレンジダイヤモンドの瞳を覗き込む。
「生きる意味なら僕が与えてあげる。お前は僕だけを見て、僕だけの言う事を聞けば良い。僕だけの命令を聞いて、僕を喜ばせる為に生きろ。良いな、佐助」
「お兄さんは私に価値を与えてくれるの?この目を気持ち悪るがずに?必要としてくれるの?」
虐待された子供の大半は親に愛情を抱いており、献身的に愛を求める。
林杏もまた、口には出さないが親からの愛情を求めていたのだろう。
偽りの愛で良ければ注ごうじゃないか。
僕の為に献身的になって、僕だけのペットになるように。
大事に育てようじゃないか、このJewelry Pupilを。
「拓也、僕は君だけを…。君だけの事を…」
林杏の長い髪を撫でながら、無意識に言葉が溢れ出た。
「これが、拓也と僕の出会いの物語。どう?中々、良い話じやない?」
そう言って、眠っている白雪の顔を覗き込む。
佐助を拾った時の事をまで話しちゃったな。
だけど…、あれ?
僕はあの時、何を言ったんだっけ?
拓也の事を…?
あの言葉の続きは、僕にとってすごく大事だったはず…。
「何だっけ…、忘れちゃったな。もう、何年も前の思い出だからなぁ…。だけど、僕の中でね。拓也はある意味、生きているよね。こうして、今も君の言葉を思い出しているんだからさ」
スーツの胸ポケットから、ずっと入れてある1枚の写真を取り出す。
拓也が若頭に就任した時に撮った写真。
僕と拓也が笑って写っている写真。
「拓也ぁ。君の大切なものは全部、壊してあげるからね」
10月31日 PM19:00
この日は、兵頭雪哉と四郎達が食事をする日だった。
四郎は適当に選んだ黒の襟付きのシャツを着て、黒のズボンを履く。
ベットに腰を下ろしたままの着替えは、なんともやりにくい。
顔を顰めながら、四郎は淡々と着替えをして行く。
この数日間の間で、四郎の体調は少しずつ悪化していた。
肺の痛みは増し、煙草を吸いたくても吸えなくなっていた。
体の怠さと肺の痛み、少量の吐血をするようにもなった。
「四郎、本当に平気なの」
四郎の脱いだ服を手に取りながら、三郎が尋ねる。
「あぁ、平気だ」
「嘘、煙草だって吸わなくなったし。それに、吐血してるのだって…、おかしいよ」
「ボスに呼ばれてるし、行かない訳にはいかないだろ」
「今更、四郎の父親面する気なんだろ」
三郎は眉間に皺を寄せながら、言葉を吐く。
四郎は三郎にだけ、兵頭雪哉が自分の父親だった事を話した。
「あのさ、四郎。四郎はボスを父親として見るの?それとも、このままの関係を続けるの」
「今まで通りだ、三郎。俺はボスの命令を聞くだけだ」
「ねぇ、玲斗(れいと)」
三郎の言葉を聞いた瞬間、四郎はギョッとした表情を浮かべた。
東雲玲斗、四郎の本名である。
2人だけの特別ルール、三郎(羽奏)の場合でも適用される。
「玲斗、どうして?どうして、そこまでボスを思えるの」
「分からない、俺は頭のどこがおかしいんだろうな。昔、一度だけよ。ボスが俺に殺しの仕事をするなって言った時があったんだ」
「え?」
「ほら、俺が兵頭会と敵対してた小さな組みを潰した時だ。その時にボスに言われたんだよ。殺しの仕事をするな、自分を大事にしろって」
そう言いながら、四郎は黒の皮のライダースに手を伸ばす。
「どうして、そんな事を言ったのか分からなかった。あの時、ボスは父親になろうとしたんだよな。今、思えば」
「玲斗…」
「俺はこう答えた。俺はボスの道具として、殺す事をやめないって」
「玲斗、俺は玲斗がいつか死んじゃいそうで怖いよ」
少し涙になった三郎の頭を四郎が乱暴に撫でる。
「わっ、わっ!?」
「羽奏、お前を置いて逝かねーよ。それに、羽奏とモモを2人にすんのな」
「そうだよ、モモちゃんと2人だとヤバいよ」
「四郎ー、準備できた?」
部屋に訪れたモモは後ろの腰部分に、大きなリボンの付いたワンピースを着ていた。
「わぁ、四郎カッコイイ!!」
「あー、うるさいのが来た」
「うるさいって何?」
「マジで、お前等うるせー」
三郎とモモが言い合いをしてる間に四郎が割って入る。
「だって、三郎が意地悪するから!!」
「おい、モモ。折角、可愛い格好してんのに怒るのか」
「え?えぇ…、四郎…っ、ズルイ!!」
「お前、折れてる方の足に抱き付くなよ…」
「あ、ご、ごめんなさい」
落ち込んだ表情のまま、モモは後ろに下がる。
四郎は黙ってモモの手を握り、「行くぞ」と声を掛けた。
「今回、俺は送り迎え出来ないからさぁ。伊織がやるってさー、ボスの命令だろうけど」
「お前、殺しの仕事が何件か来てたろ。仕事をしろ、仕事を」
「分かったよ、四郎。じゃあ、俺は仕事の準備をするよ」
そう言って、三郎は四郎の部屋を出て行った。
四郎とモモはリビングに向かう為、廊下を歩き出した。
「伊織おじさんがここに迎えに来るの?」
「あぁ、今さっき連絡がきた」
「どこに、ご飯食べにいくの?」
「さーな、嘉助が選んだ店らしいし」
2人は適当な会話をしながら、玄関で靴を履き替える。
モモが靴を履き終えたのを見た四郎は、玄関のドアに手を掛けた。
黒のメルセデスの前で、全身黒スーツ姿の岡崎伊織が立っていた。
「準備出来たか。2人共、後ろの座席に座ってくれ」
そう言って、岡崎伊織は運転席に乗り込む。
「四郎、車に乗れる?」
「いや、普通に乗れるわ」
四郎は後部座席のドアを開け、先にモモを乗せてから乗り込んだ。
車を走らせてから40分が過ぎた頃、とあるビルの前で停車した。
ビルのガラスドアの奥には、自販機が1台だけあるなんの変哲のないビルだった。
「おい、伊織。まさか、ここじゃねーだろうな」
「あ?ここに決まってんだろ。店はあの自販機の奥なんだよ」
「…、変な店を選びやがったな」
「仕方ないだろ、東京じゃ椿の目が届く。なるべく、届きにくい所で食事会をすべきだろ」
岡崎伊織の言葉を聞いた四郎は、黙ってドアを開けた。
「四郎、雪哉さんの話をちゃんと聞いてくれよ」
「伊織は分かってたんだな。俺とボスの事」
「知っていた。だけど、俺がどうにかする事は出来なかったろうよ。お前と雪哉さんの問題だからな」
四朗の方を向かないまま、岡崎伊織は四郎の問いに答える。
「そうだな。モモ、降りるぞ」
「うん」
2人は車を降り、ビルの中に入って行った。
CASE 四郎
モモの手を引きながらビルの中に入り、自販機の前で足を止める。
「四郎、この中にお店があるの?」
「隠れ屋的なもんだ。ここの小銭を入れる部分が、ドアの取手部分になってるだろ」
「本当だ」
「行くぞ」
俺は取手部分に手を開け、少し力を入れながら押した。
ギィイ…。
自販機の奥からジャズが流れ、木材のテーブルが数個並んでいる店が現れた。
奥のテーブルにはボスと嘉助が座っている。
白髪を丁寧にセットした爺さんが、俺達に向かって声を掛けた。
「いらっしゃいませ、奥のお席にどうぞ」
「さすがは伊織さん。一度言った住所なのに、明確に覚えてるなんて。四郎君、モモちゃん、ここは僕のおじさんのみせやんだ。だから、安心して良いよ」
おじさんと呼ばれた爺さんは、嘉助の事を見ながら優しく微笑む。
身内に向ける目をしていた為、嘉助の言葉がすんなり入った。
俺とモモはボス達のいる席に向かい、空いてる椅子に腰を下ろす。
「飲み物はどうする?モモちゃんは何が良いかな?」
嘉助はそう言って、モモにメニュー表を見せる。
ボスは少し眉を下げながら、俺の方を見てきた。
「お前、痩せたな。飯は食ってんのか」
「あぁ…、最近はあんまりです。食欲がなかったんで」
「そうか」
「はい」
気まずさを感じたのか、ボスは俺から目を逸らす。
「四郎、四郎はなに飲む?」
モモがメニューを見せてくるが正直言って、なにも飲みたくない。
飯も食いたくねーしなぁ、飲み物だけ飲むか。
「あー、レモンのヤツで良いわ」
「レモン?レモンのジュース?」
「あぁ、それだそれ」
「私も同じヤツにするー」
俺とモモのやりとりを聞いていたのか、爺さんはジュースを作り出した。
嘉助とボスはビールを飲んでおり、ボスのグラスが空になりそうだった。
俺は瓶ビールを手に取り、ボスのグラスにビールを注ぐ。
だが、ボスは俺の手から瓶ビールを取り上げたのだ
「そんな事はしなくて良い」
「え、ですが…。いつもやっていましたし」
「お前はもう、そんな事はしなくて良い」
「お待たせしました」
爺さんが、レモンの輪切りの入ったジュースをテーブルに置く。
「それじゃあ、乾杯しようか」
嘉助の掛け声に合わせながら、各自にグラスを持ち上げる。
「乾杯」と言う言葉と同時にグラスを合わせた。
奇妙な食事会の始まりの合図になった。
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