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The first cup はちみつ色の町

2 はちみつ色の町へ

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 その町は四国山脈の谷あいにあった。

 海に面した市街地から電車で四十分。
 流れていく景色は緑の楽園。田畑、果樹園、時々ビニールハウス。
 山の中を通る曲がりくねった線路は、ゆったりとしたスピードで通っても揺れが激しい。

 ガタンゴトン。

 いよいよ車窓の両側に山の斜面が迫り、断続的にトンネルが現れる。
 真っ暗な穴から一瞬外に出ると、クラクラするほど眩い新緑が目に飛び込んできた。

『――まもなく櫨取(はぜとり)駅です――』

 出入り口のディスプレイに、次の到着駅が表示された。

 櫨取(はぜとり)町――通称『はちみつ色の町』は第一次世界大戦以前に、日本を訪れたイギリス人技術者によって、故郷に馳せる想いで作られた英国村だ。

 イギリスで最も美しい村があるというコッツウォルズ地方に似せて、はちみつ色の石造りの家々が並ぶ「懐かしき羊の靴下」と呼ばれた町は、現在では歴史的建造物をリノベーションしたマーケット広場があり、県の美観地区に指定されている観光地になっている。
 「大森美術館」や「小夜鳥教会」といった文化的な観光スポットとともに人々が訪れる目的となっているのは、伝統的なティーハウスだ。
 町には三十を超える紅茶を提供する店があり、さらには茶器などを扱った雑貨店やアンティークショップも数多くある。

 中でもひときわ人気なのが「ティーレディ」のいるティーハウスだ。

 若葉は先生の授業を思い起こした。


「――ティーレディは、ティーハウスで飲み物をお出しする職業です。
 18世紀、飛躍的に研究が進んだ茶学(さがく)は、20世紀、大英帝国の威光とともに世界へ広まりました。
 現在では、医学、薬学に迫るほど茶学は発展しています。
 ティーレディもまた、専門的な知識と実務経験が必要となりますが、現在日本では教えられる者も少なく、師弟関係でのみ、その技術を継承しています」


 高校で茶学に触れられるところは数少ない。

 年に一度とはいえ、若葉の通っていた学園で先生の授業を受けられたのは、同じ県域に櫨取(はぜとり)町があったからだった。

 授業では、お茶の歴史、お茶の効能、そしてテーブルマナーなど簡単なことを教えてもらったが、それはあくまで一般教養の範囲内。

 若葉もティーハウスについて事前に調べようとトライしたものの、職業的に掘り下げたような書籍は図書館にはなく、情報量としては県の観光ウェブサイトの方が多いほどだった。

 ティーハウスにはティーレディ以外にもスタッフがいる。
 調理スタッフ、ホールスタッフ、営業、経理……。
 ティーハウスも規模は様々で、大きな店舗ほど当然雇用人数は多い。

 私はどんな仕事をするんだろう?

 寮生活でアルバイトもできなかった若葉にとって、働くことは未知の世界だ。

 若葉は眺めていた花のイラスト集を閉じて、ショルダーバッグにしまった。
 横には、小さな茶色いトランクに入ったわずかな着替えと手芸道具。
 これが、水崎みさき若葉が持っている全て。

 まさに身ひとつで飛び込むのだった。
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