上 下
2 / 8

2話 兄と悪役令嬢

しおりを挟む
 
 こうして、僕と彼女の同棲生活がスタートした。
 場所は学園近くの二階建て一軒家。このためだけに用意された。
 居心地の良い我がから四六時中怯えなくてはならない投獄生活の開始だ。

「お、おはようヒビキさん」

 城にあった部屋より狭くなった自室を出て、リビングのある一階に降りると、既に改造制服にマスクの彼女が仁王立ちしてた。

「おっす。寝坊とはいい度胸だな」

「ほら、今日は午後しか授業がないからゆっくりしてたんだけど……」

「早寝早起きが基本だろうが!!」

 木刀がソファーに叩きつけられる。

「ひいっ! すいませんすいません」

「謝る暇があったらとっとと顔洗ってきやがれ!」

「はい、今すぐに!!」

 家の中でも木刀は装備するんだ……。多分、逆らうと命が危ない。
 状況打破できるまでは彼女の言う事に従おう。





 ♦︎






 学園に着くと、大勢の生徒が頭を下げた状態で待っていた。みんなの目的は僕ではなく、隣を歩く彼女だった。
 王子だからあまり目立たないようにしていたせいで気づかなかったけど、この学園の三割近い生徒が彼女の仲間・手下だとか。……一体、何を目指しているんだろう。自分の平穏と安寧のため、僕はとりあえず彼女の情報を片っ端から集めた。

 まず彼女が従えているのは爵位の低い貴族や一般市民の生徒たち。その中でも忠誠心が高いのは不祥事や暴力事件を起こした事のある問題児たち。
 一方で、地位のある貴族令嬢たちとは溝が深く、貴族派閥との仲は最悪。
 ……貴族側の人間である僕に馴染みがないわけだ。令嬢たちが参加するお茶会にもほとんど出席していないとか。

 貴族なのに貴族らしく振る舞わず、逆に爵位の高い令嬢達と喧嘩し、不良たちを連れ回していることから彼女につけられた通り名が、『悪役令嬢のヒビキ』だそうだ。
 何か違うような気がしなくもないけど、大体はそれで通じるとか。

 あと、意外なことに彼女の学年は一つ下だった。
 三年制の学園で僕は二年、彼女は一年。余談だけど僕の兄は三年にいる。
 もうすぐ春の卒業式を迎えるとはいえ、だったの一年でここまでのし上がるのは一種の才能かもしれない。

「押忍。アニキ!」

「姉御をよろしく頼みます!」

「「「押忍っ!!」」

 ほら、こうやって彼女を慕う連中が僕に挨拶なんてしてくるしね!!
 頭を整髪料でガチガチに固めてたり坊主頭で刀傷のある生徒たちが近寄ってくる恐怖。

「僕に安らぎの場所をくれ」

「ここは俺の休憩所だ。お前は来るなと前にも言ったはずだ」

 場所は変わって学園内の貴族の生徒しかこれないサロン。その中でも王家か認められた一部の生徒しか入室を許可されない部屋に僕は逃げ込んだ。

「そう言わないでくれよ兄上」

 普段なら自前の研究室か図書館に閉じこもる僕だが、今日だけはこの絶対に近寄らない場所にきた。

「はっ、ろくでなしの分際で気安く兄と呼ぶな」

 この部屋で一番大きなイスに座っているのが僕の兄で王位継承権第一位だ。僕が苦手な人ランキング元一位でもある。
 我儘、傲慢、職権濫用etc。産まれた順番が最初という理由で甘やかされてきた結果がこれだ。王にするにはいささか問題が多いが、多少強引な方が国政の舵が取りやすいし、周囲に優秀な人間を集めてフォローさせれば大丈夫だろうというのが今の流れだ。

「いいか。次期国王である俺に対してお前は所詮補佐。能力も人望も俺の方がある。流れる血が同じだけのスペアでしかないんだよお前は」

「うんうん。そうだねー」

 愉悦に浸った顔で自慢してくる兄を受け流す。十数年も罵倒され続ければ耐性だって着く。反論せずに聞き流せば満足するんだから。

「そして俺はモテる。呆れる程にな。どいつもこいつも俺に求婚してくる始末だ」

「そうだね。兄上は顔はいいし次期国王だしね………本当にモテるよな」

 くっ。羨ましくなんかないんだ。こんなのに負けてるなんて悔しくなんかないんだ。

「おかげで、まだ正式な妃になる相手が決まらないとは俺も罪作りな男だ」

 父が頭を抱えてる理由がこちら。兄は非常にモテるのだが、求婚してきた女性数人と関係を持っている。最初は婚約者がいたけど、新しい相手が見つかると婚約を破棄して次の相手に乗り換えたりを数度繰り返している。

 相手からしたらたまったもんじゃないかと思えば、後始末だけは手を抜かない。王子である地位を使って口封じしたり、金を握らせたり。相手の貴族の中には一夜の間違いで子供さえできれば! と考える者もいるとかで、これがそのまま僕の女性苦手意識にも通じてる。

 しかし、背に腹はかえられぬ。彼女の気に触れてタマを取られるくらいなら、この兄が居座るこの部屋にいた方がマシだ。

「しかしきっと、俺に相応しい相手が見つかるはずだ」

「もちろん、父上が用意した公爵家の令嬢だよね?」

「いや。あんなつまらない女ではない。もっと俺に吊り合うような女がいい」

 あっ(察する)。これは父や宰相の苦労と努力が消え去る最悪のパターンだ。

「自分の地位に自惚れ、厚化粧や着飾ることにしか興味のないつまらない貴族ではなく、そうだなぁ。最悪は庶民の中からでもいいかもしれない」

 王家って周囲の貴族たちに支えられてるって知ってます?
 そんなことすれば兄が玉座に座る頃には誰もフォローしてくれないぞ。
 しかも、現在縁談が進んでる公爵家は父が頭を下げて交渉したのに、その面子まで潰しちゃうとな。

 トントン。

 何か注意でもしようとした時、サロン部屋の扉がノックされた。

「誰だ。ここは王家専用の個室だ。関係者以外は立ち入り禁止だし、俺は誰も呼んでいないぞ」

「なら問題ないな。アタシはその関係者だ」

 扉を開けて入ってきたのは奇抜な不良スタイルと呼ばれる格好の悪役令嬢だった。

「誰だ貴様。知らん顔だな」

「アタシはそこでコソコソ隠れようとしてるもやしの婚約者だ」

 ひっ、ソファーの後ろに隠れたのにバレてる!

「ほぅ。貴様が愚弟の婚約者か。……くっくっくっ、親父も面白い相手を選んだものだ。傑作じゃないか、能なしの弟にこんなアマゾネスのような奴を当てがうなど」

「その言葉、アタシを悪役令嬢のヒビキと知ってのことか?」

「貴様こそ次期王に向かってその口はなんだ。不敬罪で牢に入れてやってもいいんだぞ」

 あわわわわ。新旧の苦手一位が睨み合ってる。ど、どうすれば……

「ちっ。アタシはそいつを引きづり出しに来ただけだってーの。それさえ済めば喜んで出て行ってやんよ」

「そうか。ならさっさと愚弟を連れて去れ。目障りだ」

 意外にも先に目を逸らしたのは悪役令嬢の方だった。もちろん、逸らした先には苦笑いの僕がいるんですけどね。目が合って怖い。

 制服の襟を捕まえられ、連行される僕。少しはトレーニングしてるつもりだったけど、彼女にずるずると引きづられる形で兄のいたサロンを後にした。
 しばらく進み、貴族御用達エリアから離れたところでやっと解放してもらえた。

「ったく、授業終わって迎えに来てみりゃどこにもいねー。舎弟に聞いたらサロンに逃げたとかどういうつもりだ?あぁん?」

「はい、すいません。兄に用事があったのでサロンに行ってました」

 流石に君から逃げるためだよとは言えない。言ったら殺される。

「それならアタシに言ってからにしな。あそこはロクでもない連中しかいないし、アタシの目も届かないんだからよぉ」

 つまり、僕をいつでも監視下において調教してやるよって意味ですね。わかります。

「テメーを探すのに時間かかっちまって予定がパーだ。ほら、帰んぞ」

 こうして僕は彼女に腕を拘束されて新居に帰ることになった。
 くっ、僕に自由はないのか!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

悪役令嬢に転生したので断罪イベントで全てを終わらせます。

吉樹
恋愛
悪役令嬢に転生してしまった主人公のお話。 目玉である断罪イベントで決着をつけるため、短編となります。 『上・下』の短編集。 なんとなく「ざまぁ」展開が書きたくなったので衝動的に描いた作品なので、不備やご都合主義は大目に見てください<(_ _)>

【完結】もう我慢できないので婚約破棄してください!!逃げ出した先の伯爵家に愛されすぎてます

なか
恋愛
6年 6年もの間、婚約者の貴族に暴力を振るわれて軟禁されていた少女アリサ 生きるために魔法を覚えて 家事をこなしていたが暴力はやむこともなく 徐々にエスカレートしていく そんな中 彼女はこの6年間に失くしていた大切のものに気付き 屋敷を飛び出した ー婚約破棄しますー と残して 逃げた先、隣国の伯爵家に使用人として働くことになったのだが 彼女は気づけば伯爵家から溺愛され、愛されまくっていた!? 頼りになる先輩使用人 優しい旦那様 可愛いもの好きの奥様 中○病真っ只中の坊ちゃん そして自称天才魔法使いの友達など 逃げ出した先は決して不幸なんかじゃない 幸せになる一歩だった ざまぁは少し遅めになります! お気に入り、感想を頂けると凄く嬉しいです 本作は完結致しました 是非最後まで読んでいただけると 嬉しいです!

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち
恋愛
王女フランチェスカは近い将来、臣籍降下し女公爵となることが決まっている。 その婿として選ばれたのがヨーク公爵家子息のセレスタン。だがこの男、よりにもよってフランチェスカの侍女と不貞を働き、結婚後もその関係を続けようとする屑だった。 あることがきっかけでセレスタンの悍ましい計画を知ったフランチェスカは、不出来な婚約者と自分を裏切った侍女に鉄槌を下すべく動き出す……。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...