老い花の姫

柚緒駆

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51.占術師フロッテン・ベラルド

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 地面に突き立った長い棒の先には人間のドクロが乗っている。村の外れの道端、ゴザを敷いて胡座あぐらをかく男は、長くボサボサの髪が顔を覆い隠し、伸び放題のヒゲも相まって顔の表情が一切見えない。

 かつては神職を務めたと思われるその服も、あかと泥で汚れ、破れほころび、もはや面影を残すのみ。男は青い空を振り仰ぎ、静かに息を吐いた。

 この国は、そう長くはない。

 やがて混乱が全土を包み、あちこちに戦の火の手が上がるだろう。この村も無事では済まないやも知れない。しかしその未来を、男は誰にも告げなかった。隠している訳ではない。誰も問わぬから口にしないのだ。占術師とはかくあるべきだと男は信じている。

 ことさらに将来の不幸や幸福を煽り立て、世を人を動かそうとするなど、占術師の風上にも置けぬ卑劣にして悪辣。しかもそういう連中に限って占術が未熟か、そもそも占いができないただのペテン師と来ている。だがそんなペテン師がもてはやされるのが現実の世界。故に男は沈黙する。求められぬ未来など、存在する意味はないのだ。

 そのとき、男は気付いた。村の方から老爺が一人歩いてくる。男も決して若くはないのだが、彼から見ても老人と呼ぶに値する歳の取り方をした老爺。禿頭を陽に輝かせ、のんびりとこちらに向かって来た。

「やあ、やっぱりここにいたねフリッター」

 そう言う老爺に男は顔――どこが顔だかよくわからないが――を向けた。

「フロッテン・ベラルドだ、村長」

「ああ、そうだったそうだった。ところで、君に手紙が来ているよフロットル」

「フロッテン・ベラルドなのだ、村長」

 しかし村長は構わず、フロッテン・ベラルドに笑顔で封筒に入った手紙を差し出す。男は渋々受け取ると、まず差出人の名前を見た。自分に手紙を寄越すような酔狂な人間に心当たりがなかったからだ。

 何十年ぶりだろう、パルテアの書いた文字を目にするのは。

 手紙を広げて読むフロッテン・ベラルドの隣に立ち、村長は空を見上げる。

「おまえさんが見つけてくれた堤防の穴を塞いだおかげで、雨の季節をやり過ごせた。おまえさんの言う通りの暦で麦を撒いたら毎年豊作だ。いい加減、私の家に来る気はないかねフライデイ、村のみんなも賛成してくれる」

 だがフロッテン・ベラルドは静かに立ち上がり、ドクロの乗った棒を引き抜いた。

「申し訳ない、村長。我には向かうべき道ができてしまった。どうか達者で暮らされたい」

 そう素っ気なく言うと、背を向け歩き出す。その背に向かい村長は、小さくため息をつきつぶやいた。

「どうか神のご加護がありますように、フロッテン・ベラルド」



「困った流れ?」

 ベッドからは下りられたものの、まだ本調子とは行かない俺の部屋に来てパルテアが言うには、どうやらまた面倒なことが起きそうになっているらしい。

 ぬるくなった茶の入ったカップが乗るテーブルの上に、各面に文字を刻んだ正十二面体のサイコロを四つ転がし、パルテアは難しい顔をする。

「何度やっても同じ傾向が見られます。非常に困った、それも王子殿下にとって困った流れが起こっております」

 おいおいおい、こっちは病み上がりだぞ、勘弁してくれよ。

「えっと、具体的に何が起こるのかな」

「左様ですね、総合的に見れば」

 パルテアはまたサイコロを振る。

「北方の大星に南方より凶兆迫る。おそらくはロン・ブラアク殿下のお命に危険が迫っております」

「それが、俺にとって困った流れ?」

 俺の質問は間抜けだったろうか。だが素直に意味がわからない。

 パルテアはこう説明した。

「もしいまここでロン・ブラアク殿下が討たれれば、それが遠因となり、バレアナ姫の命脈も絶たれましょう。ただしロン・ブラアク殿下が助かった場合、スリング王子殿下にはさらなる困難が降りかかる可能性が大きゅうございます」

「さらなる困難って、これ以上の?」

「はい、これ以上の」

 待ってくれよお。俺の愛する平穏はどこへ行ったんだ。

「俺が平穏無事に生活する方法って、あるのかな」

 これにパルテアは即答した。

「すべてを見捨て、すべてに背を向ければ可能かと」

「……このこと、バレアナ姫には」

「まだ申し上げておりません」

「じゃ、黙っていてくれると助かる」

「わかりました」

 ああ、ため息が出る。てか、ため息しか出ないぞ。

「んーんんん、もうしゃあねえなあ、畜生」



「ロン・ブラアク殿下に危機が迫っていると」

 バレアナ姫は裁縫の手を止め顔を上げた。レイニアの指導でミトラと一緒に針を動かしていたのだが、もはやそれどころではなくなった。

 扉を背に立つパルテアはうなずく。

「スリング王子殿下にはすでにお伝えしてございます。姫殿下のご裁可を仰ぎたいとのことです」

 これに反応したのが、部屋の隅で退屈そうにしていたシャリティ。任されたミトラ護衛の任務を真面目にこなしているのだ。

「それは妙だな。なぜ母上より先に夫君に話を通した」

 パルテアは我が意を得たりとうなずく。

「この件は、スリング殿下に赴いていただくしかないからです」

「なりません!」

 バレアナ姫は思わず立ち上がる。

「スリングはまだ傷も癒えていないのですよ、危険な場所に赴くなど」

「バレアナ親王殿下に申し上げます」

 姫の言葉を遮って、パルテアは深く頭を下げた。

「いまが肝要です。ここが乗り越えるべき峠なのです。この試練なくして、あなたにもスリング殿下にも幸福は微笑みません」

「でも」

 パルテアは顔を上げた。太陽のような、満面の笑みを浮かべて。

「この決断は、あなたお一人のためのものではございません。天下万民のため、そしてあなたとスリング殿下、お二人の未来のためでもあるのです。どうか、ご裁可を」

 そう言いながら、パルテアの脳裏には先程のスリングの言葉が浮かんでいた。

――俺が話したら、ごまかしてるのがバレるからさ、頼むよ

 ご自分とバレアナ姫様のことを本当によくわかっておいでだこと。思わず吹き出しそうになる。

 もしも占い通りの未来が待つなら、それは過酷なものかも知れない。だがそんな運命もこの二人なら軽々と乗り越えて行ってしまうのではないか。パルテアの胸にはそんな漠然とした期待感があった。
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