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20.雷鳴
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コトン、と音がした。窓に向けていた目をそちらに向けると、宮殿の離れの廊下の端に銀色の髪を後ろでまとめて紺色の服を着た老婦人がウロウロと歩いている。オブレビシアは満面に笑みを浮かべ、老婦人の元へと走って行った。
「ばあば!」
足下へと抱きつくオブレビシアに、老婦人は驚いた顔を見せる。
「あらあらあら、お姫様はまだお休みではなかったのですか」
するとオブレビシアは少し泣きそうな顔になる。
「父様にドレスをお見せしたかったから」
「ああ、今夜は難しいですね」
こればっかりはどうしようもない、という顔の老婦人。
「それより、ばあばは何をしているの」
見上げるオブレビシアに、老婦人は微笑む。
「はい、さきほどこの廊下をお掃除した際に、メガネをどこかに置いたのですが、どこに置いたのか忘れてしまいまして」
「ねえ、ばあば」
「何でしょう、お姫様」
「頭にメガネ乗ってるよ」
「は?」
そして頭に手を伸ばせば、確かにメガネが乗っていた。
「あらあら、あらあらあらあら、まあ恥ずかしい。いけませんですわね、歳を取りますのは」
そう笑ったとき。
窓の外に閃光が走り、轟音が建物を揺らした。オブレビシアは老婦人の足にしがみつく。
「雷、嫌い!」
「あらあらあら、本当に嫌な雷でございますね」
しかし老婦人は余裕の笑みを口元に浮かべていた。
「でも大丈夫でございますよ、お姫様。この雷はすぐ終わる雷でございますからね」
◇ ◇ ◇
「あーっ! やられた!」
少年リムレモが頭を抱えて叫んだ。ロン・ブラアク親王の補佐官ヘインティアが鋭い視線を向ける。
「何があった」
「結界だよ。物凄く強力で強烈な結界が張られてた。こないだ偵察したときには、こんなのなかったのに」
「こちらの動きが察知されたと」
「どうだろう、さすがにボクらの存在まではわからないと思うけど」
涙目のリムレモをしばらくにらむように見つめて、ヘインティアはロン・ブラアクにうかがいを立てる。
「殿下、いかが致しますか」
「ぴーちゃん」
それを聞いてヘインティアはうなずいた。
「はっ、ではただちにリルデバルデへと使いを差し向けましょう」
俺の部屋にはバレアナ姫とアルハン、リンガルとザンバがいた。ザンバは屋敷に上がるのをメチャクチャ遠慮して泣きそうになっていたのだが、非常事態だからと説き伏せて何とかここまで引きずり込んだ。まったく世話の焼ける。
「それで、だ」
俺の視線の先にはリンガルがいた。
「何か話さなきゃならないことがあるんじゃないのか」
「ご明察にございます、王子殿下」
そう言うと床に片膝をついて頭を下げた。
「旅の物書きと申し上げたは偽り、私めは王位継承権第三位、ロン・ブラアク親王殿下の配下にございます」
名前だけは知ってるんだけどなあ、という顔をバレアナ姫に向ければ、姫は小さくうなずいた。
「一度お目にかかったことがあります。国王陛下の弟君のご子息ですね」
「その国王陛下の甥っ子君が、僕たちに何の用なのかな」
リンガルは俺のからかうような口調にも表情を変えず、淡々といま起きていることを語り始めた。
「ガスラウ親王殿下を殺害し、その葬儀に集まった王族の中から四家族を選んで抹殺した亡霊騎士団でございますが、どうやらその命令を出したのは、皇太子ウストラクト殿下ではないかと考えられます」
四家族も殺されていたのか、という空気が音もなく拡散する中、俺はたずねた。
「確かに暗殺者視点に立てば、葬式ほどたくさん殺しやすい状況もないかも知れないな。でもその亡霊騎士団が何故ここにまでやって来た」
「それはもちろん、グローマル殿下がご逝去された場合には、バレアナ王女殿下が王位継承権第十三位を受け継がれるためにございます。バレアナ姫様には現在お子様がいらっしゃいません。従って姫様がお亡くなりになれば、リルデバルデ家は断絶となります」
アルバの話したライナリィのことはリンガルも聞いているはずだが、あえてこちらからそれを話題にする必要はない。俺はこう言った。
「しかし、王族が断絶して人数が減るのは、王国にとっての利点じゃないぞ。確かに候補の人数が少なければ、継承権を持つ者同士が争う危険性は小さくなるだろうけど、王族を未来に向けて存続し続けようと思うなら、頭数は必要だ。それもなるべく別血統に継承権者を散らせば、将来まで安泰になる。王族の数を減らすのは、それに逆行する動きだよな。皇太子のやることじゃない」
リンガルは大きくうなずいた。
「まったく王子殿下のおっしゃる通り。源流多岐に渡り、世界中のあらゆる血統を飲み込みまとめ上げて来た我が王室において、一部を優先し他を排除するは国家の支配を揺るがす事態であります。この疑惑がもしも事実であるならば、ウストラクト皇太子殿下は次期国王の器ではない。少なくともロン・ブラアク親王殿下はそうお考えです」
明らかにリンガルは待っている。「ロン・ブラアク殿下は我々の味方なのか」という言葉がこちらから出て来るのを。まあ、「敵の敵は味方理論」じゃないけど、少なくとも俺たちにロン・ブラアクと敵対する理由は現段階ではない。とは言え、だ。誰かの味方に付くというのは、必然的に誰かを敵に回す。そうそう迂闊には判断できない。
「一つたずねても良いでしょうか」
バレアナ姫がそう口にする。椅子に静かに座ってはいるが、いまだ鎧姿のままだ。着替える余裕がないのかも知れない。
「ロン・ブラアク親王殿下は、最初からこの屋敷をあなたに見張らせていたのですか」
姫の問いにリンガルは恐縮して首を振る。
「いえ、私めはガスラウ親王殿下のご葬儀を監視しておりました。その中でリルデバルデ家は後継者である姫殿下がご同行されていないと知り、急いでこちらに向かった次第でございまして」
「つまりロン・ブラアク殿下は昨夜、亡霊騎士団が凶行に及ぶと気付いておられたのですね」
空気が、しんと沈み込む。顔を上げられないリンガルに、姫は続ける。
「凶行を察知しながらそれを放置し、相手の出方を探っていた。違いますか。ロン・ブラアク殿下なら、凶行の計画を他の王族に知らしめ、事前に食い止めることも可能だった。違うのでしょうか」
「ばあば!」
足下へと抱きつくオブレビシアに、老婦人は驚いた顔を見せる。
「あらあらあら、お姫様はまだお休みではなかったのですか」
するとオブレビシアは少し泣きそうな顔になる。
「父様にドレスをお見せしたかったから」
「ああ、今夜は難しいですね」
こればっかりはどうしようもない、という顔の老婦人。
「それより、ばあばは何をしているの」
見上げるオブレビシアに、老婦人は微笑む。
「はい、さきほどこの廊下をお掃除した際に、メガネをどこかに置いたのですが、どこに置いたのか忘れてしまいまして」
「ねえ、ばあば」
「何でしょう、お姫様」
「頭にメガネ乗ってるよ」
「は?」
そして頭に手を伸ばせば、確かにメガネが乗っていた。
「あらあら、あらあらあらあら、まあ恥ずかしい。いけませんですわね、歳を取りますのは」
そう笑ったとき。
窓の外に閃光が走り、轟音が建物を揺らした。オブレビシアは老婦人の足にしがみつく。
「雷、嫌い!」
「あらあらあら、本当に嫌な雷でございますね」
しかし老婦人は余裕の笑みを口元に浮かべていた。
「でも大丈夫でございますよ、お姫様。この雷はすぐ終わる雷でございますからね」
◇ ◇ ◇
「あーっ! やられた!」
少年リムレモが頭を抱えて叫んだ。ロン・ブラアク親王の補佐官ヘインティアが鋭い視線を向ける。
「何があった」
「結界だよ。物凄く強力で強烈な結界が張られてた。こないだ偵察したときには、こんなのなかったのに」
「こちらの動きが察知されたと」
「どうだろう、さすがにボクらの存在まではわからないと思うけど」
涙目のリムレモをしばらくにらむように見つめて、ヘインティアはロン・ブラアクにうかがいを立てる。
「殿下、いかが致しますか」
「ぴーちゃん」
それを聞いてヘインティアはうなずいた。
「はっ、ではただちにリルデバルデへと使いを差し向けましょう」
俺の部屋にはバレアナ姫とアルハン、リンガルとザンバがいた。ザンバは屋敷に上がるのをメチャクチャ遠慮して泣きそうになっていたのだが、非常事態だからと説き伏せて何とかここまで引きずり込んだ。まったく世話の焼ける。
「それで、だ」
俺の視線の先にはリンガルがいた。
「何か話さなきゃならないことがあるんじゃないのか」
「ご明察にございます、王子殿下」
そう言うと床に片膝をついて頭を下げた。
「旅の物書きと申し上げたは偽り、私めは王位継承権第三位、ロン・ブラアク親王殿下の配下にございます」
名前だけは知ってるんだけどなあ、という顔をバレアナ姫に向ければ、姫は小さくうなずいた。
「一度お目にかかったことがあります。国王陛下の弟君のご子息ですね」
「その国王陛下の甥っ子君が、僕たちに何の用なのかな」
リンガルは俺のからかうような口調にも表情を変えず、淡々といま起きていることを語り始めた。
「ガスラウ親王殿下を殺害し、その葬儀に集まった王族の中から四家族を選んで抹殺した亡霊騎士団でございますが、どうやらその命令を出したのは、皇太子ウストラクト殿下ではないかと考えられます」
四家族も殺されていたのか、という空気が音もなく拡散する中、俺はたずねた。
「確かに暗殺者視点に立てば、葬式ほどたくさん殺しやすい状況もないかも知れないな。でもその亡霊騎士団が何故ここにまでやって来た」
「それはもちろん、グローマル殿下がご逝去された場合には、バレアナ王女殿下が王位継承権第十三位を受け継がれるためにございます。バレアナ姫様には現在お子様がいらっしゃいません。従って姫様がお亡くなりになれば、リルデバルデ家は断絶となります」
アルバの話したライナリィのことはリンガルも聞いているはずだが、あえてこちらからそれを話題にする必要はない。俺はこう言った。
「しかし、王族が断絶して人数が減るのは、王国にとっての利点じゃないぞ。確かに候補の人数が少なければ、継承権を持つ者同士が争う危険性は小さくなるだろうけど、王族を未来に向けて存続し続けようと思うなら、頭数は必要だ。それもなるべく別血統に継承権者を散らせば、将来まで安泰になる。王族の数を減らすのは、それに逆行する動きだよな。皇太子のやることじゃない」
リンガルは大きくうなずいた。
「まったく王子殿下のおっしゃる通り。源流多岐に渡り、世界中のあらゆる血統を飲み込みまとめ上げて来た我が王室において、一部を優先し他を排除するは国家の支配を揺るがす事態であります。この疑惑がもしも事実であるならば、ウストラクト皇太子殿下は次期国王の器ではない。少なくともロン・ブラアク親王殿下はそうお考えです」
明らかにリンガルは待っている。「ロン・ブラアク殿下は我々の味方なのか」という言葉がこちらから出て来るのを。まあ、「敵の敵は味方理論」じゃないけど、少なくとも俺たちにロン・ブラアクと敵対する理由は現段階ではない。とは言え、だ。誰かの味方に付くというのは、必然的に誰かを敵に回す。そうそう迂闊には判断できない。
「一つたずねても良いでしょうか」
バレアナ姫がそう口にする。椅子に静かに座ってはいるが、いまだ鎧姿のままだ。着替える余裕がないのかも知れない。
「ロン・ブラアク親王殿下は、最初からこの屋敷をあなたに見張らせていたのですか」
姫の問いにリンガルは恐縮して首を振る。
「いえ、私めはガスラウ親王殿下のご葬儀を監視しておりました。その中でリルデバルデ家は後継者である姫殿下がご同行されていないと知り、急いでこちらに向かった次第でございまして」
「つまりロン・ブラアク殿下は昨夜、亡霊騎士団が凶行に及ぶと気付いておられたのですね」
空気が、しんと沈み込む。顔を上げられないリンガルに、姫は続ける。
「凶行を察知しながらそれを放置し、相手の出方を探っていた。違いますか。ロン・ブラアク殿下なら、凶行の計画を他の王族に知らしめ、事前に食い止めることも可能だった。違うのでしょうか」
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