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18.炎の召喚
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アルバはフードの女を振り返って説明を求める。
「ジュジュ、わかるか」
女は右目を押さえ、左目だけで俺を見ていた。
「見たことない、初めて見る『輝き』だけど、でもたぶん」
そして左手を下ろして両目で俺を見据える。
「あれはたぶん、精霊魔法」
「精霊魔法?」
アルバも初めて聞いた言葉なのかも知れない。ジュジュはうなずく。
「遠い海の向こうにある砂漠の大陸じゃよく使われる魔法だけど、この国にこんなのがいるなんて聞いた事ない」
「手強いか」
「万が一は十分にあると思う」
そりゃまた、雑な見立てだな。俺は小さくため息をつくと、次のオマジナイを口にした。
「風疾の騎士の風の剣、見えず防げず避けられず」
「そうは行くか!」
デムガンが立ち上がり、その巨体で押し潰さんと飛びかかってくる。
ゴウ、と風が唸った。
風は巨体を撥ね飛ばし、鎖帷子をバラバラに裁ち切って、その下にあった肉体に無数の傷を負わせる。デムガンは全身から血を噴き出して倒れ落ちた。
駆け寄ったジュジュが向けた手のひらが輝くと、デムガンの傷が塞がって行く。回復系の魔法が使えるのか。なるほど、連中を潰すならまずここからだな。
だが風の剣を向けようとした俺の前にアルバが立ちはだかった。構わずそのまま風の剣を放ったが、赤い光が円を描くと、そこから先には風の剣が届かない。さすがにちょっと感心した。
「へえ、防げないはずの風の剣を防ぐんだ。凄えな、魔剣」
「おまえ、いったい何者だ」
「自己紹介は終わったはずだけど?」
「……そうだったな」
その瞬間、アルバの体がふわりと揺れた。直後、俺の首筋に赤い刃が叩き込まれる。だが間一髪、ギリギリの位置で風の剣がそれを防いだ。
「悪いな」
俺が笑うと同時にアルバの姿が消える。いや、ジュジュの隣にまで、一気に跳んで下がっていた。物凄い速度で。しかし、その額には大きな傷が刻まれ、顔中が血にまみれている。
この程度ならたいして問題にならない。そう俺が思ってしまったのは油断だった。
背後から聞こえた固い刃物がぶつかる音。俺は思わず振り返った。ザンバもバレアナ姫も驚き振り返っている。
俺は気付いていなかった。見えていなかった。違うな。俺たちは見えていたはずなのに気付かなかったんだ。
そいつは顔を見せていた。もしフードをかぶったままなら意識に残っただろう。けれどフードから顔を出したことで、俺は意識からこいつを外してしまっていた。レイニアが言っていた顔の覚えられない男。そいつが短剣を構えていた。おそらくはバレアナ姫を狙ったその前に、ナイフ片手に立ちはだかっているのは、リンガル。
旅の物書きは背中越しに笑った。
「一宿一飯の恩義でございます、いまはお任せください王子殿下」
どうやら、こいつともイロイロ話さなきゃならないみたいだ。でもまあ、いまは目の前に集中しよう。
俺が前に向き直ると、ジュジュが最前列に立っていた。左右の手のひらをこちらに向け、ブツブツと何かを唱えている。
「……過去現在未来を見渡す虚飾と欺瞞の語り部にして三十六の軍団を率いる豹頭の魔神、序列第六十四位の地獄の大公爵、いま燃え立ち我が敵を焼き尽くせ、フラウロス!」
空間が縦に裂けた。それを強引に押し開く巨大な手、長く伸びた鋭い爪。そして咆吼と共に現われたのは、燃える豹の頭をした炎の巨人。召喚術かよ、厄介な。
「ザンバ」
「は、はいっ」
背後から聞こえる声は動揺している。まあ、さすがにこの状況では無理ないか。
「背中を頼むよ」
それだけ言って、俺は前に出る。豹頭の化け物は口を開き、渦巻く紅蓮の炎を吐き出した。津波のように襲いかかって来るそれを風の剣で受け止めるが、どうやら風で炎は抑えきれないようだ。ドンドン押し返されてくる。なるほど、相手の選択は間違っていないのか。なら仕方ない、最後のオマジナイだ。
「雷鳴の賢者、雷の速さで来たれり。破邪の拳に光の華咲く」
炎が抑えきれないのなら、炎を吐き出す怪物を直接ぶちのめせばいい。俺は炎の渦の中を、炎が薄い場所を選んで前に進む。雷の速度で。緩やかになる時の流れの中を、三、四、五歩で目の前に出た。
燃えさかる豹頭の巨人は目を剥き、俺を叩きつぶそうと巨大な手を振り上げる。だが俺の右手の拳には、すでに六弁の花の如き雷光の輝き。後はただ、真正面から打ち砕くのみ。
そこに炎を突き抜けて飛び出してくる、手斧を構えた小さな影。ノロシか。炎は黒いマントを溶かすように燃やし尽くす。そこに現われた顔は、白い狼。
おそらくは、この獣人の姿を見せれば俺が驚くと思っていたのだろう。しかし、「へえ、獣人なのか」と考えたのが顔に出たのか、逆にノロシが驚いていた。
「お、おまえ!」
だが俺はノロシの相手をしない。する必要すらない。俺が倒すべきは正面の怪物のみ。ノロシの手斧と、追いついて来たザンバの大鎌がぶつかる音を背後に聞きながら、輝く破邪の拳が巨大な炎の手を粉砕し、さらに返す右手の甲が魔神フラウロスの下顎を打ちのめした。
身の毛もよだつ悲鳴を上げながら怪物が光の粒子となって消え失せた後、そこにはもう誰もいない。ザンバに目をやり、リンガルを振り返ったが、七人の亡霊騎士団の姿はどこにも見えなかった。もちろんバレアナ姫は無事だ。
鮮やかな撤退。なるほどね、手強い相手なのは間違いないか。
「ジュジュ、わかるか」
女は右目を押さえ、左目だけで俺を見ていた。
「見たことない、初めて見る『輝き』だけど、でもたぶん」
そして左手を下ろして両目で俺を見据える。
「あれはたぶん、精霊魔法」
「精霊魔法?」
アルバも初めて聞いた言葉なのかも知れない。ジュジュはうなずく。
「遠い海の向こうにある砂漠の大陸じゃよく使われる魔法だけど、この国にこんなのがいるなんて聞いた事ない」
「手強いか」
「万が一は十分にあると思う」
そりゃまた、雑な見立てだな。俺は小さくため息をつくと、次のオマジナイを口にした。
「風疾の騎士の風の剣、見えず防げず避けられず」
「そうは行くか!」
デムガンが立ち上がり、その巨体で押し潰さんと飛びかかってくる。
ゴウ、と風が唸った。
風は巨体を撥ね飛ばし、鎖帷子をバラバラに裁ち切って、その下にあった肉体に無数の傷を負わせる。デムガンは全身から血を噴き出して倒れ落ちた。
駆け寄ったジュジュが向けた手のひらが輝くと、デムガンの傷が塞がって行く。回復系の魔法が使えるのか。なるほど、連中を潰すならまずここからだな。
だが風の剣を向けようとした俺の前にアルバが立ちはだかった。構わずそのまま風の剣を放ったが、赤い光が円を描くと、そこから先には風の剣が届かない。さすがにちょっと感心した。
「へえ、防げないはずの風の剣を防ぐんだ。凄えな、魔剣」
「おまえ、いったい何者だ」
「自己紹介は終わったはずだけど?」
「……そうだったな」
その瞬間、アルバの体がふわりと揺れた。直後、俺の首筋に赤い刃が叩き込まれる。だが間一髪、ギリギリの位置で風の剣がそれを防いだ。
「悪いな」
俺が笑うと同時にアルバの姿が消える。いや、ジュジュの隣にまで、一気に跳んで下がっていた。物凄い速度で。しかし、その額には大きな傷が刻まれ、顔中が血にまみれている。
この程度ならたいして問題にならない。そう俺が思ってしまったのは油断だった。
背後から聞こえた固い刃物がぶつかる音。俺は思わず振り返った。ザンバもバレアナ姫も驚き振り返っている。
俺は気付いていなかった。見えていなかった。違うな。俺たちは見えていたはずなのに気付かなかったんだ。
そいつは顔を見せていた。もしフードをかぶったままなら意識に残っただろう。けれどフードから顔を出したことで、俺は意識からこいつを外してしまっていた。レイニアが言っていた顔の覚えられない男。そいつが短剣を構えていた。おそらくはバレアナ姫を狙ったその前に、ナイフ片手に立ちはだかっているのは、リンガル。
旅の物書きは背中越しに笑った。
「一宿一飯の恩義でございます、いまはお任せください王子殿下」
どうやら、こいつともイロイロ話さなきゃならないみたいだ。でもまあ、いまは目の前に集中しよう。
俺が前に向き直ると、ジュジュが最前列に立っていた。左右の手のひらをこちらに向け、ブツブツと何かを唱えている。
「……過去現在未来を見渡す虚飾と欺瞞の語り部にして三十六の軍団を率いる豹頭の魔神、序列第六十四位の地獄の大公爵、いま燃え立ち我が敵を焼き尽くせ、フラウロス!」
空間が縦に裂けた。それを強引に押し開く巨大な手、長く伸びた鋭い爪。そして咆吼と共に現われたのは、燃える豹の頭をした炎の巨人。召喚術かよ、厄介な。
「ザンバ」
「は、はいっ」
背後から聞こえる声は動揺している。まあ、さすがにこの状況では無理ないか。
「背中を頼むよ」
それだけ言って、俺は前に出る。豹頭の化け物は口を開き、渦巻く紅蓮の炎を吐き出した。津波のように襲いかかって来るそれを風の剣で受け止めるが、どうやら風で炎は抑えきれないようだ。ドンドン押し返されてくる。なるほど、相手の選択は間違っていないのか。なら仕方ない、最後のオマジナイだ。
「雷鳴の賢者、雷の速さで来たれり。破邪の拳に光の華咲く」
炎が抑えきれないのなら、炎を吐き出す怪物を直接ぶちのめせばいい。俺は炎の渦の中を、炎が薄い場所を選んで前に進む。雷の速度で。緩やかになる時の流れの中を、三、四、五歩で目の前に出た。
燃えさかる豹頭の巨人は目を剥き、俺を叩きつぶそうと巨大な手を振り上げる。だが俺の右手の拳には、すでに六弁の花の如き雷光の輝き。後はただ、真正面から打ち砕くのみ。
そこに炎を突き抜けて飛び出してくる、手斧を構えた小さな影。ノロシか。炎は黒いマントを溶かすように燃やし尽くす。そこに現われた顔は、白い狼。
おそらくは、この獣人の姿を見せれば俺が驚くと思っていたのだろう。しかし、「へえ、獣人なのか」と考えたのが顔に出たのか、逆にノロシが驚いていた。
「お、おまえ!」
だが俺はノロシの相手をしない。する必要すらない。俺が倒すべきは正面の怪物のみ。ノロシの手斧と、追いついて来たザンバの大鎌がぶつかる音を背後に聞きながら、輝く破邪の拳が巨大な炎の手を粉砕し、さらに返す右手の甲が魔神フラウロスの下顎を打ちのめした。
身の毛もよだつ悲鳴を上げながら怪物が光の粒子となって消え失せた後、そこにはもう誰もいない。ザンバに目をやり、リンガルを振り返ったが、七人の亡霊騎士団の姿はどこにも見えなかった。もちろんバレアナ姫は無事だ。
鮮やかな撤退。なるほどね、手強い相手なのは間違いないか。
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