13 / 27
霊山の庵
しおりを挟む
キンケイ・ギンケイはその名の通り全身が金色・銀色の、尾の長いキジの仲間である。左右に巫女姿のキンケイ・ギンケイを配し、白い神職装束の雉野真雉は、大きな神棚に向かい祝詞を奏上していた。
他に室内には只一人、床几に座るマガモのみ。警察庁長官である。SPも連れずに居るここは都心にほど近い、政治結社神州鳳凰会本部の「祈りの間」。雉野真雉はこの結社の会長の肩書を持っていた。他にも幾十の肩書を持つと言われている。
長い祝詞を終え、雉野真雉は柔和な笑顔で長官を振り返った。
「これで安心、長官の武運長久を神様にお願いできました」
「ははっ、ありがとうございます。ですが、なにぶん、その」
長官はややうつむき、真雉と視線を合わせられないでいた。真雉はうなずく。
「お気持ちはわかります。警察が軍と事を構えるなど、政府としてはもっての外。まさに国難の事態。可能であれば穏便に済ませたいと思うのは責任者として当然です」
「はい、真にそういった訳でありまして、出来得ることならば」
「ですが」
雉野真雉の眼が、段々と怪しい光を帯び始めた。この部屋が暗闇なら、本当に眼が発光する様を見られたかもしれない。一方それに応じるように、長官の眼は徐々に光を失って行く。
「既に託宣は下ったのです」
「た、たくせん」
「神はこう告げられました。軍部撃つべし!」
真雉の強い口調に、長官は雷に撃たれたように立ち上がった。
「ぐ、ぐん、ぶ、うつ、べ」
「軍部撃つべし!」
「ぐんぶ、うつべし」
「軍部撃つべし!」
「軍部撃つべし!」
祈りの間に、二人の絶叫が響いた。
十分程後、警察庁長官が鼻息荒く帰って行くと、雉野真雉は眼元を押さえ、深くため息をつき、弱々しく笑った。
「やはり歳ですね、体力がもちません」
キンケイとギンケイに両脇を抱えられ、大仰そうに立ち上がると、そのまま廊下に出ようとして立ち止まった。
「ああ、忘れていました」
真雉は小さく振り返ると、首をクイッと下に曲げた。バリンッと大きな破裂音と共に天井が破れ、何か小さな塊が落ちて床に叩きつけられた。祈りの間には周囲の廊下から、おそらく真雉の護衛であろう、十人を超えるキジ達が駆け込んで来た。その前で、謎の小さな塊は、四本脚でむくりと立ち上がる。
それは小さな犬に見えた。しかしボディは滑らかな金属光を放っている。その犬は、現代に存在しない技術で作られたロボット犬であった。
「捕まえなさい」
真雉の命令にキジ達は翼を広げ足を踏み鳴らし、ロボット犬を追い詰めようとした。しかし、敏捷さにおいては相手の方が一枚も二枚も上手、ロボット犬はキジ達の間をスルスルと滑るようにすり抜ける。すり抜けた上に、最終的に真雉の足元にまで達し、犬歯を剥き出して、稲妻の速度で首筋へとジャンプした。
驚いた真雉は、首を大きく横に振るった。再びバリンッと空を裂く音がしたかと思うと、ロボット犬は跳ね飛ばされ、部屋の反対側の壁を突き破って外へと落ちた。だがそれを追う者は誰も居ない。雉野真雉が昏倒したからである。ただ、現場にはロボット犬の右前脚だけが残されていた。
同時刻、鳳凰会本部を出て官邸に向かう警察庁長官の車の前に、一羽の輝かんばかりに美しいタンチョウが舞い降りた。しかし警護の車からSPが飛び出した瞬間、もうタンチョウの姿はなかった。警察庁長官は、車の後部座席で泡を吹いて倒れていた。
ソファの内線電話が鳴った。だがベルの音が違う。官邸からの直通電話だった。
「はい、はい閣下、了解致しました。お手数をお掛けします」
短い電話だった。ダチョウは静かに受話器を置いた。コウテイペンギンはその顔をのぞき込む。
「どうだった?」
「芽は摘まれた、とのことだ」
オオワシは大層疲れた風に、
「そりゃあ良かった」
と吐き出した。
「でもおかしくないか、『摘んだ』じゃなくて『摘まれた』なのかい」
コウテイペンギンは、言い回しが気になるようだった。
「さあな、そんな細かい事など一々気にしても仕方ない。今は兵を休める方が先だ」
ダチョウは再び内線電話の受話器を持ち上げ、「内線一」のボタンを押した。
「私だ、第一戦車部隊は撤収、兵は通常待機、以上だ」
帰宅しても『彼』はまだ戻っていなかった。母さんはもちろんまだだ。僕は一階でもう三時間もテレビをぼうっと見ていた。戦車部隊が撤収して行く様子が画面に映し出されている。テレビの特別番組の現場記者は、いったい何故撤収するのか、とまるで撤収しない方が良かったかのような事を喋っている。だが詳しい内容までは聞き取れない。頭が回らないのだ。
ハシブト権太の言葉が思い出される。『彼』の事を、果たしてどれほどの数の者が、どの程度知っているというのか。それが気になって仕方ない。早急に『彼』と話さなければならないのに、こんな大事な時に『彼』は居ない。苛立ち、焦り、腹を立て、でも今は待つしかないと諦める。自分の無力さを改めて痛感する。
テレビの画面がまた騒がしくなった。今度は機動隊がバリケードの撤去を始めたらしい。番組の現場記者がヒステリックな声を上げ始めたのを見て、僕はテレビを消そうと立ち上がった。
ゴトリ、と二階から随分大きな音がした。僕は走った。足音など気にせず、ドンドンと廊下を踏み階段を踏み鳴らし、ばたばたと羽ばたきながら二階へと駆け上がる。ドアを思い切り開くと『彼』が床に寝転んでいた。普通の状態でない事は一目でわかった。ボディ全体に傷や歪みがあり、何より右前脚が失われている。
「どうしたの、これ」
もう完全に脳がキャパオーバーだった。言葉が出てこない。しかし『彼』は落ち着いた声でこう答えた。
「心配するな。致命的な損傷部位はない」
「でも腕が」
「走るだけなら三本脚でもなんとかなる。バランスが崩れるからスピードは出ないがな」
「でも」
「まず充電してくれんか。バッテリーがもうカツカツだ」
僕は慌てて『彼』を持ち上げ、そっと尻尾をコンセントに挿し込んだ。なすがままにされるその体は、まるで死んでいるかのようにぐったりしている。
「大丈夫?」
他に言葉が見つからない。さっきまでテレビを見ながら、『彼』に言いたい事をあれこれ考えていたはずなのだが、何一つ思い出せない。
「ああ、充電が終れば動けるさ。それよりな、聞いて驚け」
「何」
「ワシらはどうやら、とんでもない化け物を相手にしているようだぞ」
『彼』は、鳳凰会本部の天井裏からのぞき見た事を語り始めた。
「せっかくなんだから、縁側とかありゃあいいのにな」
圭一郎が窓の外を見ながら突然言った。
「縁側?」
縁側は知っている言葉だった。
「縁側でスイカとか食べたりしたらさ、ああ、田舎の夏、って感じだろ」
そうだね、と答えながらコロは思った。この世界のカレンダーでは夏休みはどうなっているのだろう。一年まるまる休みなんて事はさすがにないだろうか。「季刊 児童小説」は既に閉じている。「お山の大将」はもう読み終わっていた。次に移動するなら、重いしここに置いて行こう。
テレビはつけっ放しになっているが、もう圭一郎も見ていない。軍本部前のにらみ合いは終わったようだった。ハチクマ先生は大丈夫だろうか。カラス達の話では軍に捕まっているらしい。圭一郎にたずねてみても、大丈夫としか言わないが、窓の外をぼんやり眺めている様子を見るに、やはり心配しているのではないかとも思う。
「おー、帰って来た帰って来た」
圭一郎が声を上げた。窓から外を見ると、カラスコンビがピョンピョンと歩いて来るのが見える。
「おし、飯にしようぜ、飯」
そう言うとウキウキと台所に向かった。もしや、単にお腹が空いていただけだったのだろうか。
それにしても良いハチだ。間食として差し入れられたミツバチをつまみながら、ハチクマ先生は思った。自分が普段食べている安売りのアシナガバチなどは比べ物にならない。他の事はともかく、こと食事に関しては、ここは文句のつけようがないな。
軍と警察のにらみ合いは終わったようだが、自分が解放される様子はない。それとこれとは別という事、もしくはまだ終わっていないという事か。ニュースでは、国家公安委員長と防衛大臣が更迭されたという。しかしそんな事で解決できるのなら、何故もっと早くやらなかったのか。同じ内閣の閣僚なのだから、大事になる前に上で決着をつければ良かったのだし、そもそも総理大臣が命令すれば、話は簡単に終わったはずだ。
本来なら軍と警察の正面衝突などというのは内戦寸前の状態だ。亡国の危機だ。ワイドショーまがいの特別番組などでワーキャー言ってられる状況ではないのだ。連立政権だからとか派閥政治だからとか、後付の理屈は色々つけられるが、やはり政府に干渉する大きな力の存在を感じざるを得ない。それが小国財閥なのか、あるいは別の何かなのか。わからない。こんな所に居たのでは何もわからない。
圭一郎とコロは無事だろうか。特にコロが心配だ。圭一郎は、アレだ。まあちょっとやそっとの事では大丈夫だろう。
鼻がムズムズした。高度が上がって気温が下がったせいだろうか。俺とコロは今日もまたイヌワシの足に掴まれ、空を飛んだ。山を一つ越え二つ越え、山脈の最高峰に近付いた頃にはもう夕方になっていた。
「なあ、晩飯は向こうで食うのか」
と、隣を飛ぶカラス二人に聞いてみる。
「もーきん、さっき食べたばっかじゃん」
「まだ二時間も経ってないじゃん」
「いいじゃねえか、育ち盛りなんだからよ」
山脈の最高峰は鬱蒼とした緑の中にところどころ岩盤が露出して、荒々しい印象だ。
「ここは修験道の修行場として有名なお山なんだよー」
「いわゆる霊山なんだよー」
カラスの観光ガイドを聞きながら、俺たちは山の中腹の岩場に降り立った。イヌワシを残し、カラスコンビの先導で少し歩くと、小さな鳥居を潜り、獣道のような細い道に出た。頭上には重なった緑が屋根を作り、まさに昼なお暗し、いわんや夕方をや、といった雰囲気。
道を歩いて行くと、不意に一つ、宙に浮くが如くロウソクの明かりが灯った。次第に暗くなる空に逆らう様に、ぽつり、ぽつりと道の脇にロウソクの明かりが灯って行く。自動で火が付く装置でもあるのだろうか、進んで行くにつれ、灯るロウソクは増えた。そして行き着いた先、道の両脇にびっしりとロウソクが灯る場所に、小さな茅葺屋根の庵があった。良く言えば庵、悪く言えばあばら家だ。
「おい、ボロいな霊山」
「ここは道路から遠いからねー」
「人なんか滅多に来ないからねー」
当たり前のようにそう言うカラスたちに、俺は自分の感覚がおかしいのかと一瞬思った。
「それ、大丈夫なのか」
「うん、大丈夫大丈夫」
「そうそう、大丈夫」
「マジかよ」
カラスコンビは、まるで自分の家であるかの様に気軽に障子戸を開け、中に入って行く。俺とコロはしばらく顔を見合わせていたが、こんなところに立っていても仕方ない、思い切って入ることにした。
中に入ると正面は土間で、すぐ右手に囲炉裏が見え、鉄鍋がかかっている。その向こうに、それは立派な体格の、そしておそらくは相当に歳を経た、タンチョウが座っていた。
その脇に居るグレーの小さいのはカッコウだ。いや、小さいと言ってもスズメやセキレイに比べればそれなりに大きな鳥なんだが、なにぶんタンチョウの隣に居るので、実際以上に小さく見える。それでもコロよりは大きい。けどまあ俺やカラスコンビに比べれば二回り程小さいので、小さいと言って問題はないはずだ。
「おまえ、いまチビって思っただろ!」
いきなりカッコウに怒鳴られたのはビックリした。
「これ、おやめなさい」
タンチョウにたしなめられ、カッコウは黙ったものの、不承不承と大きく顔に書いてある。
「ごめんなさいね、気にしないで。さあ、そこに座って、待っていたのよ」
俺とコロは勧められるままに囲炉裏の前、タンチョウの真向かいに座った。
「さて、何から話しましょうか、何が訊きたいかしら」
俺の訊きたい事は決まっていた。
「俺と、このコロがまた普通に暮らすにはどうしたらいい」
するとタンチョウは、とんでもない事を言い出した。
「神様を取り戻す事ね」
他に室内には只一人、床几に座るマガモのみ。警察庁長官である。SPも連れずに居るここは都心にほど近い、政治結社神州鳳凰会本部の「祈りの間」。雉野真雉はこの結社の会長の肩書を持っていた。他にも幾十の肩書を持つと言われている。
長い祝詞を終え、雉野真雉は柔和な笑顔で長官を振り返った。
「これで安心、長官の武運長久を神様にお願いできました」
「ははっ、ありがとうございます。ですが、なにぶん、その」
長官はややうつむき、真雉と視線を合わせられないでいた。真雉はうなずく。
「お気持ちはわかります。警察が軍と事を構えるなど、政府としてはもっての外。まさに国難の事態。可能であれば穏便に済ませたいと思うのは責任者として当然です」
「はい、真にそういった訳でありまして、出来得ることならば」
「ですが」
雉野真雉の眼が、段々と怪しい光を帯び始めた。この部屋が暗闇なら、本当に眼が発光する様を見られたかもしれない。一方それに応じるように、長官の眼は徐々に光を失って行く。
「既に託宣は下ったのです」
「た、たくせん」
「神はこう告げられました。軍部撃つべし!」
真雉の強い口調に、長官は雷に撃たれたように立ち上がった。
「ぐ、ぐん、ぶ、うつ、べ」
「軍部撃つべし!」
「ぐんぶ、うつべし」
「軍部撃つべし!」
「軍部撃つべし!」
祈りの間に、二人の絶叫が響いた。
十分程後、警察庁長官が鼻息荒く帰って行くと、雉野真雉は眼元を押さえ、深くため息をつき、弱々しく笑った。
「やはり歳ですね、体力がもちません」
キンケイとギンケイに両脇を抱えられ、大仰そうに立ち上がると、そのまま廊下に出ようとして立ち止まった。
「ああ、忘れていました」
真雉は小さく振り返ると、首をクイッと下に曲げた。バリンッと大きな破裂音と共に天井が破れ、何か小さな塊が落ちて床に叩きつけられた。祈りの間には周囲の廊下から、おそらく真雉の護衛であろう、十人を超えるキジ達が駆け込んで来た。その前で、謎の小さな塊は、四本脚でむくりと立ち上がる。
それは小さな犬に見えた。しかしボディは滑らかな金属光を放っている。その犬は、現代に存在しない技術で作られたロボット犬であった。
「捕まえなさい」
真雉の命令にキジ達は翼を広げ足を踏み鳴らし、ロボット犬を追い詰めようとした。しかし、敏捷さにおいては相手の方が一枚も二枚も上手、ロボット犬はキジ達の間をスルスルと滑るようにすり抜ける。すり抜けた上に、最終的に真雉の足元にまで達し、犬歯を剥き出して、稲妻の速度で首筋へとジャンプした。
驚いた真雉は、首を大きく横に振るった。再びバリンッと空を裂く音がしたかと思うと、ロボット犬は跳ね飛ばされ、部屋の反対側の壁を突き破って外へと落ちた。だがそれを追う者は誰も居ない。雉野真雉が昏倒したからである。ただ、現場にはロボット犬の右前脚だけが残されていた。
同時刻、鳳凰会本部を出て官邸に向かう警察庁長官の車の前に、一羽の輝かんばかりに美しいタンチョウが舞い降りた。しかし警護の車からSPが飛び出した瞬間、もうタンチョウの姿はなかった。警察庁長官は、車の後部座席で泡を吹いて倒れていた。
ソファの内線電話が鳴った。だがベルの音が違う。官邸からの直通電話だった。
「はい、はい閣下、了解致しました。お手数をお掛けします」
短い電話だった。ダチョウは静かに受話器を置いた。コウテイペンギンはその顔をのぞき込む。
「どうだった?」
「芽は摘まれた、とのことだ」
オオワシは大層疲れた風に、
「そりゃあ良かった」
と吐き出した。
「でもおかしくないか、『摘んだ』じゃなくて『摘まれた』なのかい」
コウテイペンギンは、言い回しが気になるようだった。
「さあな、そんな細かい事など一々気にしても仕方ない。今は兵を休める方が先だ」
ダチョウは再び内線電話の受話器を持ち上げ、「内線一」のボタンを押した。
「私だ、第一戦車部隊は撤収、兵は通常待機、以上だ」
帰宅しても『彼』はまだ戻っていなかった。母さんはもちろんまだだ。僕は一階でもう三時間もテレビをぼうっと見ていた。戦車部隊が撤収して行く様子が画面に映し出されている。テレビの特別番組の現場記者は、いったい何故撤収するのか、とまるで撤収しない方が良かったかのような事を喋っている。だが詳しい内容までは聞き取れない。頭が回らないのだ。
ハシブト権太の言葉が思い出される。『彼』の事を、果たしてどれほどの数の者が、どの程度知っているというのか。それが気になって仕方ない。早急に『彼』と話さなければならないのに、こんな大事な時に『彼』は居ない。苛立ち、焦り、腹を立て、でも今は待つしかないと諦める。自分の無力さを改めて痛感する。
テレビの画面がまた騒がしくなった。今度は機動隊がバリケードの撤去を始めたらしい。番組の現場記者がヒステリックな声を上げ始めたのを見て、僕はテレビを消そうと立ち上がった。
ゴトリ、と二階から随分大きな音がした。僕は走った。足音など気にせず、ドンドンと廊下を踏み階段を踏み鳴らし、ばたばたと羽ばたきながら二階へと駆け上がる。ドアを思い切り開くと『彼』が床に寝転んでいた。普通の状態でない事は一目でわかった。ボディ全体に傷や歪みがあり、何より右前脚が失われている。
「どうしたの、これ」
もう完全に脳がキャパオーバーだった。言葉が出てこない。しかし『彼』は落ち着いた声でこう答えた。
「心配するな。致命的な損傷部位はない」
「でも腕が」
「走るだけなら三本脚でもなんとかなる。バランスが崩れるからスピードは出ないがな」
「でも」
「まず充電してくれんか。バッテリーがもうカツカツだ」
僕は慌てて『彼』を持ち上げ、そっと尻尾をコンセントに挿し込んだ。なすがままにされるその体は、まるで死んでいるかのようにぐったりしている。
「大丈夫?」
他に言葉が見つからない。さっきまでテレビを見ながら、『彼』に言いたい事をあれこれ考えていたはずなのだが、何一つ思い出せない。
「ああ、充電が終れば動けるさ。それよりな、聞いて驚け」
「何」
「ワシらはどうやら、とんでもない化け物を相手にしているようだぞ」
『彼』は、鳳凰会本部の天井裏からのぞき見た事を語り始めた。
「せっかくなんだから、縁側とかありゃあいいのにな」
圭一郎が窓の外を見ながら突然言った。
「縁側?」
縁側は知っている言葉だった。
「縁側でスイカとか食べたりしたらさ、ああ、田舎の夏、って感じだろ」
そうだね、と答えながらコロは思った。この世界のカレンダーでは夏休みはどうなっているのだろう。一年まるまる休みなんて事はさすがにないだろうか。「季刊 児童小説」は既に閉じている。「お山の大将」はもう読み終わっていた。次に移動するなら、重いしここに置いて行こう。
テレビはつけっ放しになっているが、もう圭一郎も見ていない。軍本部前のにらみ合いは終わったようだった。ハチクマ先生は大丈夫だろうか。カラス達の話では軍に捕まっているらしい。圭一郎にたずねてみても、大丈夫としか言わないが、窓の外をぼんやり眺めている様子を見るに、やはり心配しているのではないかとも思う。
「おー、帰って来た帰って来た」
圭一郎が声を上げた。窓から外を見ると、カラスコンビがピョンピョンと歩いて来るのが見える。
「おし、飯にしようぜ、飯」
そう言うとウキウキと台所に向かった。もしや、単にお腹が空いていただけだったのだろうか。
それにしても良いハチだ。間食として差し入れられたミツバチをつまみながら、ハチクマ先生は思った。自分が普段食べている安売りのアシナガバチなどは比べ物にならない。他の事はともかく、こと食事に関しては、ここは文句のつけようがないな。
軍と警察のにらみ合いは終わったようだが、自分が解放される様子はない。それとこれとは別という事、もしくはまだ終わっていないという事か。ニュースでは、国家公安委員長と防衛大臣が更迭されたという。しかしそんな事で解決できるのなら、何故もっと早くやらなかったのか。同じ内閣の閣僚なのだから、大事になる前に上で決着をつければ良かったのだし、そもそも総理大臣が命令すれば、話は簡単に終わったはずだ。
本来なら軍と警察の正面衝突などというのは内戦寸前の状態だ。亡国の危機だ。ワイドショーまがいの特別番組などでワーキャー言ってられる状況ではないのだ。連立政権だからとか派閥政治だからとか、後付の理屈は色々つけられるが、やはり政府に干渉する大きな力の存在を感じざるを得ない。それが小国財閥なのか、あるいは別の何かなのか。わからない。こんな所に居たのでは何もわからない。
圭一郎とコロは無事だろうか。特にコロが心配だ。圭一郎は、アレだ。まあちょっとやそっとの事では大丈夫だろう。
鼻がムズムズした。高度が上がって気温が下がったせいだろうか。俺とコロは今日もまたイヌワシの足に掴まれ、空を飛んだ。山を一つ越え二つ越え、山脈の最高峰に近付いた頃にはもう夕方になっていた。
「なあ、晩飯は向こうで食うのか」
と、隣を飛ぶカラス二人に聞いてみる。
「もーきん、さっき食べたばっかじゃん」
「まだ二時間も経ってないじゃん」
「いいじゃねえか、育ち盛りなんだからよ」
山脈の最高峰は鬱蒼とした緑の中にところどころ岩盤が露出して、荒々しい印象だ。
「ここは修験道の修行場として有名なお山なんだよー」
「いわゆる霊山なんだよー」
カラスの観光ガイドを聞きながら、俺たちは山の中腹の岩場に降り立った。イヌワシを残し、カラスコンビの先導で少し歩くと、小さな鳥居を潜り、獣道のような細い道に出た。頭上には重なった緑が屋根を作り、まさに昼なお暗し、いわんや夕方をや、といった雰囲気。
道を歩いて行くと、不意に一つ、宙に浮くが如くロウソクの明かりが灯った。次第に暗くなる空に逆らう様に、ぽつり、ぽつりと道の脇にロウソクの明かりが灯って行く。自動で火が付く装置でもあるのだろうか、進んで行くにつれ、灯るロウソクは増えた。そして行き着いた先、道の両脇にびっしりとロウソクが灯る場所に、小さな茅葺屋根の庵があった。良く言えば庵、悪く言えばあばら家だ。
「おい、ボロいな霊山」
「ここは道路から遠いからねー」
「人なんか滅多に来ないからねー」
当たり前のようにそう言うカラスたちに、俺は自分の感覚がおかしいのかと一瞬思った。
「それ、大丈夫なのか」
「うん、大丈夫大丈夫」
「そうそう、大丈夫」
「マジかよ」
カラスコンビは、まるで自分の家であるかの様に気軽に障子戸を開け、中に入って行く。俺とコロはしばらく顔を見合わせていたが、こんなところに立っていても仕方ない、思い切って入ることにした。
中に入ると正面は土間で、すぐ右手に囲炉裏が見え、鉄鍋がかかっている。その向こうに、それは立派な体格の、そしておそらくは相当に歳を経た、タンチョウが座っていた。
その脇に居るグレーの小さいのはカッコウだ。いや、小さいと言ってもスズメやセキレイに比べればそれなりに大きな鳥なんだが、なにぶんタンチョウの隣に居るので、実際以上に小さく見える。それでもコロよりは大きい。けどまあ俺やカラスコンビに比べれば二回り程小さいので、小さいと言って問題はないはずだ。
「おまえ、いまチビって思っただろ!」
いきなりカッコウに怒鳴られたのはビックリした。
「これ、おやめなさい」
タンチョウにたしなめられ、カッコウは黙ったものの、不承不承と大きく顔に書いてある。
「ごめんなさいね、気にしないで。さあ、そこに座って、待っていたのよ」
俺とコロは勧められるままに囲炉裏の前、タンチョウの真向かいに座った。
「さて、何から話しましょうか、何が訊きたいかしら」
俺の訊きたい事は決まっていた。
「俺と、このコロがまた普通に暮らすにはどうしたらいい」
するとタンチョウは、とんでもない事を言い出した。
「神様を取り戻す事ね」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
女子竹槍攻撃隊
みらいつりびと
SF
えいえいおう、えいえいおうと声をあげながら、私たちは竹槍を突く訓練をつづけています。
約2メートルほどの長さの竹槍をひたすら前へ振り出していると、握力と腕力がなくなってきます。とてもつらい。
訓練後、私たちは山腹に掘ったトンネル内で休憩します。
「竹槍で米軍相手になにができるというのでしょうか」と私が弱音を吐くと、かぐやさんに叱られました。
「みきさん、大和撫子たる者、けっしてあきらめてはなりません。なにがなんでも日本を守り抜くという強い意志を持って戦い抜くのです。私はアメリカの兵士のひとりと相討ちしてみせる所存です」
かぐやさんの目は彼女のことばどおり強い意志であふれていました……。
日米戦争の偽史SF短編です。全4話。
果てしなき宇宙の片隅で 序章 サラマンダー
緋熊熊五郎
SF
果てしなき宇宙の片隅で、未知の生物などが紡ぐ物語
遂に火星に到達した人類は、2035年、入植地東キャナル市北東35キロの地点で、古代宇宙文明の残滓といえる宇宙船の残骸を発見した。その宇宙船の中から古代の神話、歴史、物語とも判断がつかない断簡を発掘し、それを平易に翻訳したのが本物語の序章、サラマンダーである。サラマンダーと名付けられた由縁は、断簡を納めていた金属ケースに、羽根を持ち、火を吐く赤い竜が描かれていたことによる。
【完結】最弱テイマーの最強テイム~スライム1匹でどうしろと!?~
成実ミナルるみな
SF
四鹿(よつしか)跡永賀(あとえか)には、古家(ふるや)実夏(みか)という初恋の人がいた。出会いは幼稚園時代である。家が近所なのもあり、会ってから仲良くなるのにそう時間はかからなかった。実夏の家庭環境は劣悪を極めており、それでも彼女は文句の一つもなく理不尽な両親を尊敬していたが、ある日、実夏の両親は娘には何も言わずに蒸発してしまう。取り残され、茫然自失となっている実夏をどうにかしようと、跡永賀は自分の家へ連れて行くのだった。
それからというもの、跡永賀は実夏と共同生活を送ることになり、彼女は大切な家族の一員となった。
時は流れ、跡永賀と実夏は高校生になっていた。高校生活が始まってすぐの頃、跡永賀には赤山(あかやま)あかりという彼女ができる。
あかりを実夏に紹介した跡永賀は愕然とした。実夏の対応は冷淡で、あろうことかあかりに『跡永賀と別れて』とまで言う始末。祝福はしないまでも、受け入れてくれるとばかり考えていた跡永賀は驚くしか術がなかった。
後に理由を尋ねると、実夏は幼稚園児の頃にした結婚の約束がまだ有効だと思っていたという。当時の彼女の夢である〝すてきなおよめさん〟。それが同級生に両親に捨てられたことを理由に無理だといわれ、それに泣いた彼女を慰めるべく、何の非もない彼女を救うべく、跡永賀は自分が実夏を〝すてきなおよめさん〟にすると約束したのだ。しかし家族になったのを機に、初恋の情は家族愛に染まり、取って代わった。そしていつからか、家族となった少女に恋慕することさえよからぬことと考えていた。
跡永賀がそういった事情を話しても、実夏は諦めなかった。また、あかりも実夏からなんと言われようと、跡永賀と別れようとはしなかった。
そんなとき、跡永賀のもとにあるゲームの情報が入ってきて……!?
無記名戦旗 - no named warbanner -
重土 浄
SF
世界全てと重なり合うようにして存在する電子空間メタアース内では、今日も仮想通貨の覇権戦争が行われている
そこで戦うのは全ての市民、インセンティブにつられて戦うギグソルジャー(臨時雇い傭兵)たちだ
オンラインARゲームが戦争の手段となったこの時代で、いまだ純粋なプロゲーマーを目指す少年、一色空是はその卓越した技能ゆえに戦火に巻き込まれていく…
オンラインと現実の境界線上で起こる新しい世界戦争。それを制するのは、ゲームの強さだけだ!
(他サイトでも連載中)
学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』
佐野信人
SF
学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』の艦長である仮面の男タイラーは、とある病室で『その少年』の目覚めを待っていた。4000年の時を超え少年が目覚めたとき、宇宙歴の物語が幕を開ける。
少年を出迎えるタイラーとの出会いが、遥かな時を超えて彼を追いかけて来た幼馴染の少女ミツキとの再会が、この時代の根底を覆していく。
常識を常識で覆す遥かな未来の「彼ら」の物語。避けようのない「戦い」と向き合った時、彼らは彼らの「日常」でそれを乗り越えていく。
彼らの敵は目に見える確かな敵などではなく、その瞬間を生き抜くという事実なのだった。
――――ただひたすらに生き残れ!
※小説家になろう様、待ラノ様、ツギクル様、カクヨム様、ノベルアップ+様、エブリスタ様、セルバンテス様、ツギクル様、LINEノベル様にて同時公開中
サイバシスト[PSYBER EXORCIST]
多比良栄一
SF
VRMMO世界をむしばむ「電幽霊」を霊能力で退治する血筋の者たち
VRMMO世界をむしばむ「電幽霊」を霊能力で退治する血筋の者たち
世界同時多発事故の基地局喪失(サーバー・バニッシュド)によって、一瞬にして数億人もの人々の意識の一部がヴァーチャル・ワールドに取り残された。
それから数年後、ちぎりとられた残留思念が悪意をもって人々を襲うようになった。それは人間の意識の成れの果て「電幽霊(サイバー・ゴースト)」
平家の血筋の主人公平平平(たいらへいべい)は源家の末裔 源源子(みなもとみなこ)は、陰陽師を育成する陰陽学園高校に入学すると、バディを組まされ、破天荒な先生と個性的なクラスメイトとともに「電幽霊」退治に挑むことになる。
連載中の「いつかぼくが地球を救う」の「電幽霊戦」の元の世界観。
ただし、「サイバシスト」ゲーム化を視野にいれた作品設定になっています。
読み切りの第一話部分です。どうぞ気楽にお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる