案山子の帝王

柚緒駆

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118 右手を討て

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 夜の闇に浮かぶ黄金の光。巨大な神人の周囲は、大賑わいだった。顔の近くでは、耳を落とさんとするジンライを、無数の手が追いかけ回して距離を取ろうとしている。足下に居るガルアムを鉄骨で潰そうと押し込んでいるものの、相手はリキキマの変じた斧で受けて堪えていた。右足首をチクチクと攻撃し続けるズマ。そして神人の体はいま、白い綿毛に覆われた。


「やっちゃって良いのかね」

 そうたずねる魔人ウッドマン・ジャックに、3Jはうなずいた。

「始めろ」
「では始めるのだね」

 ジャックの目がらんらんと輝いた。


 白い綿毛の先についた小さな種がみるみる発芽し、神人の体に根を張る。広く、そして深く。まるで小さな削岩機のように。

「デルファイアワダチソウはどこにでも生えるのだね。湿地でも砂地でも、岩の上でもコンクリートの上でも。この草が根を張れない場所なんてほとんどない。しかもその根はデザートワームが避けて通るほど、深くて広くて強靱なのだね」

 ジャックの言葉に煽られるかの如く、葉が伸び茎が伸びる。神人の体に現れる草の海。荒れ狂う緑が黄金の光を覆って行く。


 ガルアムは気付いた。神人の押す力が小さくなって行く。全身に草が生え、伸びるに従ってだんだんと。やがて泡立つように無数の赤い花が咲くと、その力はさらに弱まる。いまだ。獣王は咆吼と共に押し返した。

 ゆらりと巨体が揺れ、全身に赤を纏った神人が尻餅をついた。ジンライはその機を逃さない。牽制する手の群れをかわし、一気に神人の顔へと迫った。超振動カッターを一閃、左耳を斬り落とす。

 だが神人から生える手の一本が、ジンライに追いついた。肩口をつかむその手を蹴り飛ばす、回し蹴りの一撃。ズマだ。

「感謝しろよ!」

 そう言いながら赤い花の中に着地すると、再び右足首に向かった。


 そのとき、世界が震えた。

 黄金の神人から、唸り声のような音が発せられたかと思うと、突然巨体が引っ張られるように後退し、次に上昇した。その背に開く、四枚の翼。

 さらに神人の体の右半分が、炎に包まれた。同時に左半分は、氷に包まれる。全身を覆っていた赤いデルファイアワダチソウは、燃え尽き、あるいは凍結した。

 ダラニ・ダラは思わず舌打ちをする。

「こんな事なら、クリアを連れてくるんだったね」

 炎や氷の属性を持つ能力は、四魔人の中にはない。だから対抗出来ないという訳ではないが、厄介なのは事実だ。

 いましめを解かれた神人は、右の手のひらをズマに向けた。ズマの全身から炎が上がる。生体発火だ。

「うおっ!」

 しかし直ちにガルアムが思念波で炎を吹き飛ばした。そのガルアムに、神人は左手のひらを向ける。

 ガルアムの手の中で斧の姿をしていたリキキマが、瞬時に変形して厚い壁を作った。その神人側は瞬く間に厚い氷に覆われ、壁のガルアム側には、リキキマの顔が浮かび上がった。

「おい、コレはちょっとヤベえぞ」

 やや深刻な表情を浮かべるリキキマに、どう答えた物かとガルアムが案じていると、すぐ隣から声がした。感情のこもらぬ抑揚のない声が。

「ガルアムは右に回り込め」

 3Jは視線を上げる。

「ジンライは右耳を落とせ」

 次に後ろを振り返った。

「ダラニ・ダラは回廊を作れ」
「ああ? 回廊だぁ?」

 意味がわからないという顔の魔女にこう言う。

「イ=ルグ=ルの氷の力を飲み込んで、ヤツの右側にぶつけろ」

 神人は左手のひらを3Jに向けた。しかし3Jの前には黒い空間が開き、冷気を飲み込む。同時に神人の右側にも空間が開き、そこから強烈な冷気が燃えさかる右半身に吹き付けた。

「これでいいのかい」

 ダラニ・ダラの声に、3Jはうなずいた。

「それでいい」

 その目をリキキマに向ける。

「ガルアムを飛ばせ」
「マジか」

「マジだ」

 最後に庁舎屋上のウッドマン・ジャックを見上げた。

「足は止められそうか」
「ぬほほほほっ、少ないけど木は生えてるからね。ある程度は何とかなるのではないかと思うのだけれど」

「ならば止めろ」
「了解したのだね」

 ジャックはおどけて右手を挙げ、敬礼をして見せた。


 いますべての攻撃が、神人の右側に集中していた。ガルアムは右側に回り込み続ける。その背中にリキキマの変じた黒い翼を生やして。ジンライも神人の右耳を狙い、左側の氷の能力は、ダラニ・ダラの回廊に封じられていた。右側の炎の能力は使えるものの、ガルアムの強大な思念波が炎を吹き消す。

 両者から距離を置こうとする神人を、下からロープのように絡み合った針葉樹が伸びて邪魔をした。無論その程度は簡単に打ち砕けるのだが、その打ち砕く一瞬でガルアムもジンライも距離を詰めて来る。こうなれば残されたのは上しかない。神人は四枚の翼を羽ばたかせ、上昇した。

 ガルアムもジンライも後を追う。神人はらせん状に回転しながら上に飛び続けた。しかし、それも長くは続かないはずだ。何故なら上空には天井がある。赤い五角形と六角形が結界を張っているのだから。


 ダラニ・ダラは神人に向かって両手を伸ばし、回廊を維持しながらつぶやいた。

「どういうこったい、こりゃ」

 誰からの返事もない。

「おまえに言ってんだよ、3J」

 3Jは神人から目を離さずに答えた。

「どうという事もない」
「んな訳あるかい。何でイ=ルグ=ルは防戦一方なんだ。アタシが左手を封じてるにしたって、随分と弱気に過ぎるじゃないか」

 それに対し、3Jは本当にどうという事もないといった風に返した。

「思念結晶はヤツの左足首にはない」
「何だって」

「あれはただのフェイクだ。実際にはそこから遠い場所、つまりは右半身のどこかにある」

 焦れた様子でダラニ・ダラがたずねる。

「どこにあるってんだい」
「あるとするなら、意外な場所だ。普通なら心臓部を置くような馬鹿な真似はしない、それ故に狙われにくい」

「そんな意外な場所なんて、どこにある」

 考え込むダラニ・ダラに、ヒントを出すかのように、3Jはつぶやいた。

「ここまで追い詰められても、肉弾戦に持ち込まない。何故だ。そもそもヤツはズマの攻撃を嫌がっていたのに、手で潰そうとはしなかった。何故だ」

 ここでようやくダラニ・ダラにも理解が出来た。

「右手……か。イ=ルグ=ルは右手に思念結晶を隠してやがるんだね!」

 叫びながら、ダラニ・ダラは戦慄していた。この3Jという男。知っているはずなのに、わかっているはずなのに、その『はず』の上を行く。いったいどこまで底が見えないのか。

「ダラニ・ダラ」

 3Jは言った。

「ガルアムとジンライに右手を攻めさせろ。ただし頭は押さえるな、とな」


 ガルアムとジンライは、共に斜め下から右に回り込む。狙うは神人の燃える右手。その右手を引きながら、神人は回転し、上昇する。凍る左手を相手に向けるが、その前に黒い空間が現れた。このまま冷気を放てば回廊を通じて神人自身の右側に冷気が浴びせられる事になる。

 神人が一瞬、躊躇したかに見えた。それを好機と、ガルアムとジンライは一気に右手に襲いかかる。だが。

 神人の右手が消えた。左手も消えた。


 燃える右手と凍った左手。それは3Jの左右に現れた。いま組み合わされようとしたその巨大な両手が、3Jを押し潰す寸前で止まる。止めたのは思念波による障壁。

「ズマ、右手を討て」

 3Jの静かな指示に、ズマは吼えた。神人の右手に己が拳を叩き込む。燃える手の甲に、亀裂が走った。

 姿を消す神人の右手。そして左手も。3Jは後ろを振り返った。ダラニ・ダラの向こう、ドラクルとローラのさらに向こう側。微笑むジュピトル・ジュピトリスとケレケレ、面白そうにのぞき込むムサシの隣で、ナーガとナーギニーが疲れ果てて倒れていた。


 神人に左右の手が戻って来た。上げる唸りは悲鳴の如く、天を震わせる。ガルアムもジンライも、亀裂の入った右手を狙う。それを避けて神人は上昇した。けれど、その行く手が塞がれる。自らの張った赤い結界によって。

 天の頂にある赤い五角形を背に、神人は振り返った。放たれる暗黒の思念波。ガルアムの咆吼と共に、白い思念波が押し返す。万事休す。もはや失敗を認めざるを得ない。ジンライの突きが右手に達する寸前、天を覆った赤い幾何学模様は一瞬で消滅した。

 四本の超振動カッターが、燃える巨大な右手を貫通する。炎は消え、亀裂は拡大した。手から腕へ。肩から胸へ。首へ。頭へ。全身へ。

 冷たい冬の風が吹く。神人の体は、波に消える海辺の砂のように、風の中に崩れ去った。ジンライとガルアムは顔を見合わせ、地上の3Jに目をやった。


「はてさて、はてさて」

 庁舎の残骸から飛び降りて来たウッドマン・ジャックが、パイプをふかす。

「これはどうしたものかね」

 駆け寄って来たジュピトルがたずねる。

「どう思う」

 ナーガとナーギニーの双子を同時におぶって走ってくるムサシを横目で見ながら、3Jは言った。

「イ=ルグ=ルを倒す目処は立った。今回はそれで良しとする」
「つまり次があるという事だな」

 少し呆れたようなケレケレに、3Jは黙ってうなずく。

「やれやれ、もう勘弁して欲しいね」

 その声はドラクル。3Jは隣に立つ水色の髪のローラを見つめた。

「実体があるのか」

 するとローラの姿は不意に消えた。ドラクルはいままでローラが居た場所に手を伸ばし、何かを空中でつかんだ。そして、3Jの目の前で手を開いて見せる。そこにあったのは、数本の水色の髪の毛。

「こういう能力が使えるらしい。本体は一キロほど向こうに隠れてるよ」

 そう言うドラクルの背後に、ガルアムとジンライが降りて来た。だが、ガルアムはもうグッタリしている。それを見てダラニ・ダラが苦笑した。

「まーた腹減らしてやがんのかい」

 ガルアムの背中の翼はリキキマの姿に戻り、倒れた獣王の背中に胡座をかいて、疲れた顔を見せる。

「コイツもうダメだぞ。完全にガス欠だ」
「おまえも大概くたびれてるけどね」

 ダラニ・ダラの言葉を待っていたかのように、いままでどこに居たのか、ハイムがリキキマの隣に現れた。

「では皆様、本日は一旦デルファイに戻り、お茶にしてはいかがでしょう」

 皆は顔を見合わせる。そして最後に3Jを見た。小さなため息と共に、3Jはこう言った。

「賛成だ」
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