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105 鮮血
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監視衛星が見つめるデルファイの戦いは、ネットワーク上で生中継されている。シェルターの中のモニターで、あるいは街灯の掲示スペースで、もしくは携帯端末で、人々は超越者同士の戦闘を見つめた。それは人智の及ばぬ領域と多くの人々の目には映り、絶望感から自暴自棄となる者も現われていた。
なのに世界が恐怖の前に崩壊せずにいられた理由は、適切なタイミングで流れるジュピトル・ジュピトリスからの短いメッセージ。
「あなたの協力が必要です。人類の未来のために、生き残る事を考えてください」
ただこれだけの短い映像が、人々の心をつかんだ。人類の代表として、魔人たちと共にイ=ルグ=ルと戦っているのだと信じた。映像を流す判断をしているのがAIだと理解してはいたが、それでもすがりついたのは、彼だけが神を失った人々に残された最後の希望であったから。
聖域のイ=ルグ=ルは、爆煙を吸収し終えた。ほんの僅かに地面から浮き上がり、全体でリキキマたちに向き直る。
リキキマの右手は巨大な斧へと変化した。そして左手をズマへと伸ばす。
「このリキキマ様の手を取る栄誉を与えてやろう」
「あいよ」
ズマは苦笑しながら両手で握った。リキキマが吼える。
「さあ、ぶちかませ!」
「おっしゃあっ!」
ズマは聖域の支配者の手を引いて、猛然と走った。目指すは邪神イ=ルグ=ル。その黄金の耳長ハンプティ・ダンプティの脇腹に、リキキマの斧をぶち込むのだ。
イ=ルグ=ルの丸い一つ目が動いた。その眼前に地面から飛び出し伸びる、無数の草木。葉が幹が凍結する。しかしズマとリキキマには届かない。
さらにオニクイカズラの蔓がイ=ルグ=ルの足下に絡みつく。無論、曲がりなりにも神である。こんな物を引きちぎるのは容易いが、まったくの無反応とは行かない。その一瞬の隙に攻め込まれる。
「行けぇっ!」
ズマが地面に足を打ち込み、全身の力を込めてリキキマを振った。そのパワーに乗って、リキキマが右腕の斧を振る。二つの力が一つに重なる。
「喰らえやクソがぁっ!」
凍った草木をものともせず、斧はイ=ルグ=ルにまで届き、狙い通り音を立てて脇腹に食い込んだ。ハンプティ・ダンプティは周囲の建物を破壊しながら膝をついた。表面に亀裂が走る。凍結攻撃を放つ丸い一つ目が動くが、またその前に木が伸びて邪魔をした。
「もう一回行こうぜ」
ズマは興奮している。このまま力押しで攻め切ろうと言うのだ。典型的な脳筋である。だがリキキマの答は違った。
「いや、このまま同化する」
こっちはこっちで別の方向性の脳筋であった。大胆さが慎重さを蹴散らしているタイプの。
しかし脇腹に食い込んだリキキマの斧を、イ=ルグ=ルが鷲づかみにした。その手を通じて黒い思念波がリキキマの体内に送り込まれる。
「びべべべべべっ!」
リキキマは感電したかのように全身を痙攣させた。ズマは焦ったものの、そこでリキキマに触れるほど馬鹿でもない。と、頭上に影が差した。
イ=ルグ=ルに振り下ろされる、巨大な緑の手。衝撃に地面がえぐれ、周囲の建物はすべて吹き飛び、リキキマの斧も外れた。
宙を舞った斧が大地に突き立つ。魔人リキキマは目を回してひっくり返った。ズマが慌てて駆け寄る。
「おいリキキマ、大丈夫か」
「……だ……だ……」
ようやく目の焦点の合ったリキキマが飛び起きる。
「大丈夫な訳あるかあっ!」
「元気じゃん」
その背後で、硬く冷たい音を発して巨大な緑の手は凍結し、一瞬で砕け散る。
「ぬほほほほっ、さすがに手強いね」
変な笑い声が近付いて来るが、振り返るまでもない。
「随分余裕じゃねえか」
嫌みったらしいリキキマの言い回しにも、ウッドマン・ジャックは動じない。
「余裕というか、嬉しいのだけれど」
「この状況で何が嬉しいよ」
「我が輩の『ずんぐりむっくり最強理論』が、こうも明確に証明されるとは!」
「言ってろ、馬鹿馬鹿しい」
イ=ルグ=ルが立ち上がる。いや、浮き上がる。両手を前に突き出して、その前に二枚の思念結晶を浮かばせて。
噴火の如き勢いで、イ=ルグ=ルの眼前に木々が生える。生えては凍結し、破壊され、また生えては凍結し、破壊される。
「では馬鹿馬鹿しくない真面目な話」
ジャックは右手のパイプをふかした。
「いまのイ=ルグ=ルの倒し方がわかってしまったのだけれど」
「マジか?」
ズマの驚愕の表情を横目に、リキキマはため息をつく。
「嘘に決まってんだろ、アホか」
「残念ながら、嘘ではないのだね」
刺すような目でにらみつけるリキキマに、ジャックは微笑んだ。
「蛹や鳥や蛇のイ=ルグ=ルなら倒せないのだけれど、いまなら倒せるのだね」
「どうやって」
「ここは聖域なのだね。聖域の支配者に許可をもらいたい。イ=ルグ=ルを倒してしまって良いのかどうか」
リキキマは目を伏せ、しばし沈黙した。生えた木を凍結させては破壊しながら、イ=ルグ=ルは近付いて来る。そしてリキキマは、再びジャックを見つめた。
「いいだろう。やってみせろ」
「後で文句は言いっこなしなのだね」
また一口、パイプをふかす。その直後。
地鳴りがした。何かが砕ける音が響いたかと思うと、地割れが起きた。
「イ=ルグ=ルは姿を変えると能力が変わる」
それは大きな黒い立方体。聖域の中心に鎮座ましましていた迷宮が浮上する。木々や蔓で編まれた、巨大な巨大な緑の手に持ち上げられて。
「いまのイ=ルグ=ルは、爆発の力を喰らう事が出来る」
迷宮が傾くと、入り口からハイムが転げ落ちて来た。
「なのに、斧で切られると傷がつく。それが何故かはわからないのだけれど」
迷宮は上空高くに持ち上げられる。緑の手によって、天にかざすように。
「この姿のイ=ルグ=ルは、殴打に弱いのは間違いないのだね!」
巨大な緑の手が唸る。しなる。宙を駆ける。迷宮は稲妻の速度でイ=ルグ=ルに叩きつけられた。
凄まじい轟音、立ち上る土煙。地面を窪ませ広がるクレーター。
「イ=ルグ=ル!」
その中心地へ、迷宮が叩きつけられた場所へとヌ=ルマナは向かおうとした。しかしその前を塞ぐ銀色のサイボーグ。
「いい加減、嫌になっている」
四本の腕を広げ、超振動カッターの先端をヌ=ルマナに向ける。
「おまえを斬れない理由を探した事もあった。何せ腐っても神だ。探せば理由など幾つも見つかる」
「退け、と言っても退くつもりはないか」
ヌ=ルマナの問いに、しかしジンライは答えない。
「だが結局は自分に返る。拙者自身の未熟さのみが、ただ一つの理由なのだ」
「未熟なのではない。愚かなのだよ」
六本の戦斧を構えるヌ=ルマナに、ジンライは正対すると、また同じことを口にした。
「いい加減、嫌になっている」
そしてこう続けた。
「おまえ如きを斬れずして、イ=ルグ=ルが斬れようはずもない。そんな簡単な理屈を見失っていた己自身に」
「神を恐れぬその考え、不遜なり!」
ヌ=ルマナが風の如く飛んだ。六本の腕にある戦斧が六つの軌道を描いて、六方向からジンライに斬りつける。『宇宙の目』が見つめている。けれどジンライに動く様子は見えなかった。そのはずなのに。
ノーモーションからの斬撃。予備動作なしに走った四本の剣筋は、六本の戦斧を弾き返し、返す刀で腕を二本斬り落とした。さらにヌ=ルマナの首を狙う。だがこれは紙一重でかわされた。
まだ甘い。もっと速く。もっと鋭く。ジンライは前に出た。
顎を外されたかのように、あんぐりと口を開け、目を点にしているリキキマとズマ。ウッドマン・ジャックは言う。
「まだまだ、これからなのだけれど」
巨大な緑の手は再び立方体を持ち上げた。これで原型を留めている迷宮の堅牢さよ。土煙の向こうには、黄金の耳長ハンプティが頭を歪に変形させて横たわっている。
「いまのうちに!」
緑の巨大な手は迷宮でイ=ルグ=ルを殴りつけた。地面は震え、えぐれる。
「ダメージを! 可能な限り! 与えないと! もう! チャンスがない! かも知れない!」
まるで凶器攻撃を繰り返す悪役レスラーの如く、何度も何度も迷宮の角で邪神を殴る、殴る、殴る。迷宮もやがて変形し、そして壊れた。それでも残骸で殴り続ける。
もはやイ=ルグ=ルにも原型がない。かろうじて耳と手足はわかるものの、それ以外はグシャグシャであった。
「勝てる、のか」
ズマがつぶやく。
「まだ早えよ」
ここはさすがにリキキマの方が慎重であった。その頭上に差した影に、思わず振り仰ぐ。
「おいおいおい」
ヌ=ルマナがイ=ルグ=ルに近付こうとすれば、ジンライは前に回って邪魔をした。だがその逆なら。ヌ=ルマナがイ=ルグ=ルと距離を取ろうとした場合、ジンライはどうするか。当然前に回ろうとはせず、後ろを取って襲いかかった。それは簡単な話。『宇宙の目』を用いて見通すまでもないほどに。
ヌ=ルマナは上昇した。ジンライは後ろからついて来る。襲いかかるタイミングを見計らっているのだ。だからこそ、大切な事に気付かない。
「二人とも、これまで大義であった」
ヌ=ルマナのつぶやきに、答えたのは後頭部の二つの顔。
「いかがなさいました、ヌ=ルマナ様」
と、オーシャンが。
「戦いはまだ始まったばかりでございます」
と、ヴェヌが言う。
「その通り、始まったばかりだ。神のレベルの戦いが、な」
ヌ=ルマナは微笑む。
「おまえたちはもう役には立たない。せめて手向けの花となるがいい」
「それは、いったいどういう……」
オーシャンは最後まで言葉を続ける事が出来なかった。その顔面に手刀が突き刺さったからだ。
「ヌ=ルマナさ……」
ヴェヌの顔にも手刀が突き立つ。二つの顔に刺さった二つの手刀はグルリと回転して肉をえぐると、一気に引き抜かれた。二つの傷口から、滝のように溢れ出す大量の血液。上昇するヌ=ルマナから、赤いリボンのようにたなびく。
真後ろにいたジンライは、それを浴びそうになり、慌てて離れた。
「血だと……しまった!」
ジンライは下を見た。いま真下に広がるのはクレーター。その中心にいるのは、邪神イ=ルグ=ル。
なのに世界が恐怖の前に崩壊せずにいられた理由は、適切なタイミングで流れるジュピトル・ジュピトリスからの短いメッセージ。
「あなたの協力が必要です。人類の未来のために、生き残る事を考えてください」
ただこれだけの短い映像が、人々の心をつかんだ。人類の代表として、魔人たちと共にイ=ルグ=ルと戦っているのだと信じた。映像を流す判断をしているのがAIだと理解してはいたが、それでもすがりついたのは、彼だけが神を失った人々に残された最後の希望であったから。
聖域のイ=ルグ=ルは、爆煙を吸収し終えた。ほんの僅かに地面から浮き上がり、全体でリキキマたちに向き直る。
リキキマの右手は巨大な斧へと変化した。そして左手をズマへと伸ばす。
「このリキキマ様の手を取る栄誉を与えてやろう」
「あいよ」
ズマは苦笑しながら両手で握った。リキキマが吼える。
「さあ、ぶちかませ!」
「おっしゃあっ!」
ズマは聖域の支配者の手を引いて、猛然と走った。目指すは邪神イ=ルグ=ル。その黄金の耳長ハンプティ・ダンプティの脇腹に、リキキマの斧をぶち込むのだ。
イ=ルグ=ルの丸い一つ目が動いた。その眼前に地面から飛び出し伸びる、無数の草木。葉が幹が凍結する。しかしズマとリキキマには届かない。
さらにオニクイカズラの蔓がイ=ルグ=ルの足下に絡みつく。無論、曲がりなりにも神である。こんな物を引きちぎるのは容易いが、まったくの無反応とは行かない。その一瞬の隙に攻め込まれる。
「行けぇっ!」
ズマが地面に足を打ち込み、全身の力を込めてリキキマを振った。そのパワーに乗って、リキキマが右腕の斧を振る。二つの力が一つに重なる。
「喰らえやクソがぁっ!」
凍った草木をものともせず、斧はイ=ルグ=ルにまで届き、狙い通り音を立てて脇腹に食い込んだ。ハンプティ・ダンプティは周囲の建物を破壊しながら膝をついた。表面に亀裂が走る。凍結攻撃を放つ丸い一つ目が動くが、またその前に木が伸びて邪魔をした。
「もう一回行こうぜ」
ズマは興奮している。このまま力押しで攻め切ろうと言うのだ。典型的な脳筋である。だがリキキマの答は違った。
「いや、このまま同化する」
こっちはこっちで別の方向性の脳筋であった。大胆さが慎重さを蹴散らしているタイプの。
しかし脇腹に食い込んだリキキマの斧を、イ=ルグ=ルが鷲づかみにした。その手を通じて黒い思念波がリキキマの体内に送り込まれる。
「びべべべべべっ!」
リキキマは感電したかのように全身を痙攣させた。ズマは焦ったものの、そこでリキキマに触れるほど馬鹿でもない。と、頭上に影が差した。
イ=ルグ=ルに振り下ろされる、巨大な緑の手。衝撃に地面がえぐれ、周囲の建物はすべて吹き飛び、リキキマの斧も外れた。
宙を舞った斧が大地に突き立つ。魔人リキキマは目を回してひっくり返った。ズマが慌てて駆け寄る。
「おいリキキマ、大丈夫か」
「……だ……だ……」
ようやく目の焦点の合ったリキキマが飛び起きる。
「大丈夫な訳あるかあっ!」
「元気じゃん」
その背後で、硬く冷たい音を発して巨大な緑の手は凍結し、一瞬で砕け散る。
「ぬほほほほっ、さすがに手強いね」
変な笑い声が近付いて来るが、振り返るまでもない。
「随分余裕じゃねえか」
嫌みったらしいリキキマの言い回しにも、ウッドマン・ジャックは動じない。
「余裕というか、嬉しいのだけれど」
「この状況で何が嬉しいよ」
「我が輩の『ずんぐりむっくり最強理論』が、こうも明確に証明されるとは!」
「言ってろ、馬鹿馬鹿しい」
イ=ルグ=ルが立ち上がる。いや、浮き上がる。両手を前に突き出して、その前に二枚の思念結晶を浮かばせて。
噴火の如き勢いで、イ=ルグ=ルの眼前に木々が生える。生えては凍結し、破壊され、また生えては凍結し、破壊される。
「では馬鹿馬鹿しくない真面目な話」
ジャックは右手のパイプをふかした。
「いまのイ=ルグ=ルの倒し方がわかってしまったのだけれど」
「マジか?」
ズマの驚愕の表情を横目に、リキキマはため息をつく。
「嘘に決まってんだろ、アホか」
「残念ながら、嘘ではないのだね」
刺すような目でにらみつけるリキキマに、ジャックは微笑んだ。
「蛹や鳥や蛇のイ=ルグ=ルなら倒せないのだけれど、いまなら倒せるのだね」
「どうやって」
「ここは聖域なのだね。聖域の支配者に許可をもらいたい。イ=ルグ=ルを倒してしまって良いのかどうか」
リキキマは目を伏せ、しばし沈黙した。生えた木を凍結させては破壊しながら、イ=ルグ=ルは近付いて来る。そしてリキキマは、再びジャックを見つめた。
「いいだろう。やってみせろ」
「後で文句は言いっこなしなのだね」
また一口、パイプをふかす。その直後。
地鳴りがした。何かが砕ける音が響いたかと思うと、地割れが起きた。
「イ=ルグ=ルは姿を変えると能力が変わる」
それは大きな黒い立方体。聖域の中心に鎮座ましましていた迷宮が浮上する。木々や蔓で編まれた、巨大な巨大な緑の手に持ち上げられて。
「いまのイ=ルグ=ルは、爆発の力を喰らう事が出来る」
迷宮が傾くと、入り口からハイムが転げ落ちて来た。
「なのに、斧で切られると傷がつく。それが何故かはわからないのだけれど」
迷宮は上空高くに持ち上げられる。緑の手によって、天にかざすように。
「この姿のイ=ルグ=ルは、殴打に弱いのは間違いないのだね!」
巨大な緑の手が唸る。しなる。宙を駆ける。迷宮は稲妻の速度でイ=ルグ=ルに叩きつけられた。
凄まじい轟音、立ち上る土煙。地面を窪ませ広がるクレーター。
「イ=ルグ=ル!」
その中心地へ、迷宮が叩きつけられた場所へとヌ=ルマナは向かおうとした。しかしその前を塞ぐ銀色のサイボーグ。
「いい加減、嫌になっている」
四本の腕を広げ、超振動カッターの先端をヌ=ルマナに向ける。
「おまえを斬れない理由を探した事もあった。何せ腐っても神だ。探せば理由など幾つも見つかる」
「退け、と言っても退くつもりはないか」
ヌ=ルマナの問いに、しかしジンライは答えない。
「だが結局は自分に返る。拙者自身の未熟さのみが、ただ一つの理由なのだ」
「未熟なのではない。愚かなのだよ」
六本の戦斧を構えるヌ=ルマナに、ジンライは正対すると、また同じことを口にした。
「いい加減、嫌になっている」
そしてこう続けた。
「おまえ如きを斬れずして、イ=ルグ=ルが斬れようはずもない。そんな簡単な理屈を見失っていた己自身に」
「神を恐れぬその考え、不遜なり!」
ヌ=ルマナが風の如く飛んだ。六本の腕にある戦斧が六つの軌道を描いて、六方向からジンライに斬りつける。『宇宙の目』が見つめている。けれどジンライに動く様子は見えなかった。そのはずなのに。
ノーモーションからの斬撃。予備動作なしに走った四本の剣筋は、六本の戦斧を弾き返し、返す刀で腕を二本斬り落とした。さらにヌ=ルマナの首を狙う。だがこれは紙一重でかわされた。
まだ甘い。もっと速く。もっと鋭く。ジンライは前に出た。
顎を外されたかのように、あんぐりと口を開け、目を点にしているリキキマとズマ。ウッドマン・ジャックは言う。
「まだまだ、これからなのだけれど」
巨大な緑の手は再び立方体を持ち上げた。これで原型を留めている迷宮の堅牢さよ。土煙の向こうには、黄金の耳長ハンプティが頭を歪に変形させて横たわっている。
「いまのうちに!」
緑の巨大な手は迷宮でイ=ルグ=ルを殴りつけた。地面は震え、えぐれる。
「ダメージを! 可能な限り! 与えないと! もう! チャンスがない! かも知れない!」
まるで凶器攻撃を繰り返す悪役レスラーの如く、何度も何度も迷宮の角で邪神を殴る、殴る、殴る。迷宮もやがて変形し、そして壊れた。それでも残骸で殴り続ける。
もはやイ=ルグ=ルにも原型がない。かろうじて耳と手足はわかるものの、それ以外はグシャグシャであった。
「勝てる、のか」
ズマがつぶやく。
「まだ早えよ」
ここはさすがにリキキマの方が慎重であった。その頭上に差した影に、思わず振り仰ぐ。
「おいおいおい」
ヌ=ルマナがイ=ルグ=ルに近付こうとすれば、ジンライは前に回って邪魔をした。だがその逆なら。ヌ=ルマナがイ=ルグ=ルと距離を取ろうとした場合、ジンライはどうするか。当然前に回ろうとはせず、後ろを取って襲いかかった。それは簡単な話。『宇宙の目』を用いて見通すまでもないほどに。
ヌ=ルマナは上昇した。ジンライは後ろからついて来る。襲いかかるタイミングを見計らっているのだ。だからこそ、大切な事に気付かない。
「二人とも、これまで大義であった」
ヌ=ルマナのつぶやきに、答えたのは後頭部の二つの顔。
「いかがなさいました、ヌ=ルマナ様」
と、オーシャンが。
「戦いはまだ始まったばかりでございます」
と、ヴェヌが言う。
「その通り、始まったばかりだ。神のレベルの戦いが、な」
ヌ=ルマナは微笑む。
「おまえたちはもう役には立たない。せめて手向けの花となるがいい」
「それは、いったいどういう……」
オーシャンは最後まで言葉を続ける事が出来なかった。その顔面に手刀が突き刺さったからだ。
「ヌ=ルマナさ……」
ヴェヌの顔にも手刀が突き立つ。二つの顔に刺さった二つの手刀はグルリと回転して肉をえぐると、一気に引き抜かれた。二つの傷口から、滝のように溢れ出す大量の血液。上昇するヌ=ルマナから、赤いリボンのようにたなびく。
真後ろにいたジンライは、それを浴びそうになり、慌てて離れた。
「血だと……しまった!」
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