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第19話 十文字香の手記 その九

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 六限目が終わってホームルームが終了。さあ、あとは新聞部の部室に向かうだけだ。火曜日以降ここしばらくの新聞部は開店休業状態。何せ大事件が起こっているのに、警察の邪魔になるというだけの理由で活動を自粛させられていたのだ。

 しかしもうそろそろ活動を再開させても良いのではないか。今日はもう金曜日、学校内の警察官の数も減っていた。事件に関することを報じるとまた校長先生から呼び出しを食らうのだろうけど、学校内に起こることで報じるべき話題は他にもあるのだし。

 そんなことを考えながら部室のドアを開いたとき、最初に目に入ったのはホワイトボード。そこにマグネットで貼り付けられているのは、私には見覚えのない、寺桜院タイムズの最新号だった。

 大見出しにざっと目を通せば、『奈良池先生毒殺』、『外部犯行説濃厚』、『ダイイングメッセージの謎』などなど。校長先生は私たちに探偵まがいの行動を取るなと釘を刺したのではなかったか。なのに新聞部がこの有様とはどういうことなのだろう。

 私が事態を飲み込めずに唖然としていると、部室の奥から声が聞こえた。

「なかなかいい出来だろう、突貫工事で作った割には」

 一番奥の席に座っていたのは、新聞部長かつ寺桜院タイムズ編集長である万鯛まんだいとおる

「明日の朝一で校内全ての掲示場に貼り付けて来ないといけないからね、申し訳ないが総員早出はやでだ。忙しくなるから頼むよ」

 部室内にいた他の部員たちに向かってそう声をかけたのだが。

「どういうことですか!」

 詰め寄った私の剣幕に驚いたのだろう、万鯛部長はもう少しで椅子を後ろにひっくり返すところだった。

「はてはて、何を怒ってるのかな副部長は。早出は無理か?」

「怒ってるんじゃありません。疑問に思ってるんです!」

「へえー、そ、そうなの」

「学校側は新聞部に対して、奈良池先生の事件で警察に取材することはもちろん、それを記事にして公開することも禁じたはずです。なのに何故このタイミングでこんな紙面が完成してるんです!」

 この指摘には万鯛の子供じみた自尊心がくすぐられたようで、ふふんと鼻を鳴らしながら笑顔で答える。

「確かに取材と公開は禁じられていたよ。でも紙面作りまで禁止された覚えはないなあ。だから僕は一人でコツコツ記事を書いて、紙面作りをしていたのさ。と、そこにやって来たのが学園側からの短時間取材許可だ。警察への取材は相変わらず禁じられているけど、学園側への取材は短時間認められたんだ。だから質問を山盛り持ってさ、取材に行って来たんだよ。で、その情報を元に書いたのがこの新聞の記事なんだ。公開の許可はまだ得ていないけど、その辺は事後承認で何とかなるんじゃないかな」

 だったら私にも声をかけてくれたらいいのに。そんな思いが顔に出ていたのだろう、万鯛部長は困ったようにこう言った。

「君はまたあの名探偵のところに入りびたっていたからね、まあ今回は僕一人でやってみようと思ってさ。いいじゃない、たまにはこういうのも」

「でも間違ってるんですよ、情報が」

「間違っている? たとえばどれがだい」

「奈良池先生の近くに残されたNのアルファベットは、ダイイングメッセージじゃありませんし、外部犯行を裏付けるような証拠はどこにもないはずです」

「でもそれって、あの名探偵が言ってることなんだろ?」

 その指摘は一瞬私の心をかき乱し、言葉が出てこなくなった。部長はそれを見通していた。

「僕らの書いているのは学校と警察が協議した上で、出しても問題ないと判断された情報をのみ取り扱っているんだよ。いわば公式見解だ。それを否定するには根拠が必要になる。名探偵がそう言っているから、では話にならないと思わないかい」

「でも、だからって学校の発表を無批判に報じるだけでは」

 万鯛部長は静かな顔で私を見つめる。

「十文字くん、確かに批判精神は大事だ。でもね、それは時と場合による。いまは非常時、まずは公開できる情報を一刻も早く報じて、生徒や保護者、教師やその他学校関係者の間でコンセンサスを確立する必要があるんだよ。天才的名探偵と学校側の公式見解、我々がいま率先して報道すべきはどちらなのかを考えてくれたまえ」

「だけど」

 だけど、殺人はまだ続くのかも知れないのに。私はそれを口にしたくて、何とか我慢した。部長の言っていることは理屈として理解できる。そこに嘘はない。だが。

 それではジャーナリズムとは何なのか。新聞記者の存在意義とは何だというのか。



 そして土曜日の早朝、パトカーのサイレンに叩き起こされた。寮の窓から駐車場は見えないものの、複数のサイレンが重なっていることは理解できた。何か大きな事件が起きたのだ。

――それはおそらく……次の殺人事件が起こったときだと思うよ

 私の頭の中をよぎる夏風走一郎の『予言』。まさか、本当に?
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