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第5話 十文字香の手記 その二
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ピアニストになりたかった。綺麗なドレスを着て、コンサートホールの舞台の真ん中でピアノを弾く姿に憧れた。親にねだって五歳からレッスンを始め、でも中学卒業と共にやめた。
ピアノが嫌いになった訳ではない。だが違うのだ、好きでピアノを弾く人と、ピアノで生活できる人との間には根本的な部分に差異がある。自分の何をどれだけピアノに捧げられるか考えたとき、私のピアノは趣味以上のものにはなり得ないと悟った。
私立寺桜院学園高等学校への入学に際し、私は人生の目標を定めた。ジャーナリストを目指す。この世界で何が起こっているのかを多くの人々へ伝えることに一生を費やすと。もちろん高校にジャーナリズムを学べる授業がある訳ではない。それを本格的に学ぶのは大学に入ってから。高校の三年間はその基礎を身につけるために使うのだ。私は迷わず新聞部に入った。
寺桜院学園高校の校内新聞、『寺桜院タイムズ』は創刊七十余年の歴史を誇る。単なる学校の広報活動だけではなく、ときとして学園と対立する報道を行い、部活動の停止に追い込まれかけたことも一度や二度ではない。その姿勢は私の目指すべきジャーナリズムのあるべき姿。ここで私は自らに研鑽を重ね、二年生の後期から副部長を務めていた。
そして当時は三年生。高校生活最後の四月。引退までに残された時間は短い。悔いを残さないよう完全燃焼で突っ走るのだ、そんな意気込みで臨む日々の中、ある小さな事件が起きた。
正門の脇にある桜の大樹に赤い花が咲くと人が死ぬ。それは誰もが知る学園七不思議の一つ。だから実際に赤い花が揺れているのを見た生徒たちが、色めき立ったのも無理はない。
我が新聞部としても捨ておけない特ダネだったが、その日の午後には桜の花に赤いラッカースプレーを吹きかけただけの稚拙なイタズラだという事実が校内に広まり、寺桜院タイムズは注目される機会を失った。
無論、それでも我々は事実を報じるべき立場ではあるし、犯人の特定はしないまでも我が校の生徒の犯行か否かくらいは記事にしてもいいはずだ。まあ、あんな交通の便の悪い辺鄙な場所にある全寮制の私立高校に、わざわざイタズラを仕掛けに赴く外部の者がいるとは考えにくかったのだけれど。
しかし犯行の稚拙さに相反して犯人捜しは難航した模様で、私の知る限り一週間経っても職員室に動きはなかった。そもそも新学年が始まったばかりの四月、先生方も手一杯であり、こんなつまらないイタズラにかまけている場合でもなかったのかも知れない。ここ最近ではもう誰も話題にさえしなくなっている。このまま何事もなかったかのように永遠に忘れ去られてしまうのだろう、当時の私はそんな風に思っていた。
その日の朝が来るまでは。
ピアノが嫌いになった訳ではない。だが違うのだ、好きでピアノを弾く人と、ピアノで生活できる人との間には根本的な部分に差異がある。自分の何をどれだけピアノに捧げられるか考えたとき、私のピアノは趣味以上のものにはなり得ないと悟った。
私立寺桜院学園高等学校への入学に際し、私は人生の目標を定めた。ジャーナリストを目指す。この世界で何が起こっているのかを多くの人々へ伝えることに一生を費やすと。もちろん高校にジャーナリズムを学べる授業がある訳ではない。それを本格的に学ぶのは大学に入ってから。高校の三年間はその基礎を身につけるために使うのだ。私は迷わず新聞部に入った。
寺桜院学園高校の校内新聞、『寺桜院タイムズ』は創刊七十余年の歴史を誇る。単なる学校の広報活動だけではなく、ときとして学園と対立する報道を行い、部活動の停止に追い込まれかけたことも一度や二度ではない。その姿勢は私の目指すべきジャーナリズムのあるべき姿。ここで私は自らに研鑽を重ね、二年生の後期から副部長を務めていた。
そして当時は三年生。高校生活最後の四月。引退までに残された時間は短い。悔いを残さないよう完全燃焼で突っ走るのだ、そんな意気込みで臨む日々の中、ある小さな事件が起きた。
正門の脇にある桜の大樹に赤い花が咲くと人が死ぬ。それは誰もが知る学園七不思議の一つ。だから実際に赤い花が揺れているのを見た生徒たちが、色めき立ったのも無理はない。
我が新聞部としても捨ておけない特ダネだったが、その日の午後には桜の花に赤いラッカースプレーを吹きかけただけの稚拙なイタズラだという事実が校内に広まり、寺桜院タイムズは注目される機会を失った。
無論、それでも我々は事実を報じるべき立場ではあるし、犯人の特定はしないまでも我が校の生徒の犯行か否かくらいは記事にしてもいいはずだ。まあ、あんな交通の便の悪い辺鄙な場所にある全寮制の私立高校に、わざわざイタズラを仕掛けに赴く外部の者がいるとは考えにくかったのだけれど。
しかし犯行の稚拙さに相反して犯人捜しは難航した模様で、私の知る限り一週間経っても職員室に動きはなかった。そもそも新学年が始まったばかりの四月、先生方も手一杯であり、こんなつまらないイタズラにかまけている場合でもなかったのかも知れない。ここ最近ではもう誰も話題にさえしなくなっている。このまま何事もなかったかのように永遠に忘れ去られてしまうのだろう、当時の私はそんな風に思っていた。
その日の朝が来るまでは。
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