30 / 32
リスタート
10.
しおりを挟む
少し落ち着いて、熱も上がりそうにない。このまま下がっていきそうだ。
流石にこの部屋で二人よりはと、テラス前の窓際のスペースに案内された。
庭が見えるウッドデッキにも、可愛らしいテーブルが設置されている。
外は少し暑そうだった。
室内のソファから外を眺める。カフェ気分を味わえる場所。密室では無いので、多少会話は、誰かに聞こえるかも知れない。それでも、この家の人達なら馬鹿にしないはずだ。
何があったのかを漸く寧々子は、口にした。
夢か現実か分からない。そんな体験。
両親に会えた事は、嬉しかったのだとも伝えた。それは間違いなく優しい二人の姿だった。
そして璃桜は、黙って聞いてくれた。
「結局、夢だった気がして。猫が虎になって、欲しかった手紙を持ってた。最後に逃げられましたけどね」
「白い虎だった?」
「そうですよ。真っ白の大福がもっと艶々な毛並みで大きくて、そのでかい肉球で頭をぐりぐりしてくるんですよ」
「なるほど。あれはあれで気持ちいいよね」
「そうそう。不思議な感触って……あれ?」
「俺にも見えるよ。白虎」
「白虎……って。知ってるんですか? 見えるの?本当に本物?」
「付き合い長いから」
まさか本物だとか。なら手紙も本物だったのかも知れない。
「手紙。大福は、どこですか? あの、探してください」
指の示す方向から、てとてとと大福が歩いてくる。
にゃーん。
立ち上がった瞬間に腕を掴まれて、璃桜の方を見る。
「手紙を、璃桜さん離して」
「こっちに向かって来てるから」
大福の歩くスピードが上がる。いつの間にかソファの上に乗っていた。
「手紙を……下さい。お願いします。お願いします。お願いします。読ませて」
頭を何度も下げると、璃桜に止められた。
「ほら、座って。大福がここまで来て見せないはずがない。たぶん……一人で読むなって事だよ」
その言葉通り、大福はいつの間にか銜えていた手紙を璃桜の膝の上に置く。
その手紙を璃桜が受け取り、寧々子に差し出した。
「一緒にいるよ」
頷き、受け取った手紙を胸に当てる。
「お母さん。お父さん……」
ゆっくりと開封した。
◇◇◇
寧々へ
この手紙が届く頃、君はどうしているのだろう?可愛くて、愛おしくて。宝物の寧々は、泣いてないだろうか?
縁さんが、きっと私達の宝物である寧々を大切に慈しんでくれているはず。優しくて、可愛い子にきっと育っている。その姿を見られなくて、悔しくて悲しい。
寧々が生まれたすぐ後にね。
美結の病気が見つかった。母親として、絶対克服するのだと、頑張ってくれてたんだよ。
寧々の前では、ずっと彼女は笑顔だった。
私は仕事ばかりで、もっと早く美結の不調を見つけてあげれたのではと後悔をしていた。
でも、美結は首を振った。
早く見付からなくて良かったのだと。寧々が生まれてくる前にこの病気が分かっていたら、治療で子供が産めなかったと言っていた。
こんな可愛い子を抱く日が来なかったかも知れない。
そう言って、愛おしそうに寧々を抱きしめていた。
この話をすれば、寧々は生まれて来た事を後悔するのではと思ったんだ。
でも、あの時熱を出した寧々を看病しなかった事を美結は後悔していた。
ようやく取れた予約だったんだ。海外をメインにしていた先生なんだ。この機会を逃せば次の診察の可能性は無かった。
寧々……誰も悪くないんだ。
事故に巻き込まれたのも、君のせいじゃない。美結の発病も、誰のせいでもないんだ。
事故は手遅れで、救急車も間に合わなかったはずだ。
何の痛みの感覚も麻痺した状態で死を覚悟したよ。寧々を遺して逝こうしてる美結の痛みを初めて知った。
遺される側の痛みももちろんだったけれど。美結は、ずっと……寧々に謝っていたんだ。
父親失格かも知れないが、美結を一人逝かせたくなかった気持ちもあったんだ。だから、自分を責めないで欲しい。
寧々。
天涯孤独だった私の最愛の二人と出逢えた事。幸せだったよ。
一人にしてしまった私が言う事じゃないけれど。
寧々を心から支えてくれる人が現れて欲しい。心から寧々の幸せを願っている。
最愛の娘へ
と、締めくくられていた。
優しい父親の面影が脳裏に浮かぶ。
そして、寧々子はもう一つの手紙を広げた。
流石にこの部屋で二人よりはと、テラス前の窓際のスペースに案内された。
庭が見えるウッドデッキにも、可愛らしいテーブルが設置されている。
外は少し暑そうだった。
室内のソファから外を眺める。カフェ気分を味わえる場所。密室では無いので、多少会話は、誰かに聞こえるかも知れない。それでも、この家の人達なら馬鹿にしないはずだ。
何があったのかを漸く寧々子は、口にした。
夢か現実か分からない。そんな体験。
両親に会えた事は、嬉しかったのだとも伝えた。それは間違いなく優しい二人の姿だった。
そして璃桜は、黙って聞いてくれた。
「結局、夢だった気がして。猫が虎になって、欲しかった手紙を持ってた。最後に逃げられましたけどね」
「白い虎だった?」
「そうですよ。真っ白の大福がもっと艶々な毛並みで大きくて、そのでかい肉球で頭をぐりぐりしてくるんですよ」
「なるほど。あれはあれで気持ちいいよね」
「そうそう。不思議な感触って……あれ?」
「俺にも見えるよ。白虎」
「白虎……って。知ってるんですか? 見えるの?本当に本物?」
「付き合い長いから」
まさか本物だとか。なら手紙も本物だったのかも知れない。
「手紙。大福は、どこですか? あの、探してください」
指の示す方向から、てとてとと大福が歩いてくる。
にゃーん。
立ち上がった瞬間に腕を掴まれて、璃桜の方を見る。
「手紙を、璃桜さん離して」
「こっちに向かって来てるから」
大福の歩くスピードが上がる。いつの間にかソファの上に乗っていた。
「手紙を……下さい。お願いします。お願いします。お願いします。読ませて」
頭を何度も下げると、璃桜に止められた。
「ほら、座って。大福がここまで来て見せないはずがない。たぶん……一人で読むなって事だよ」
その言葉通り、大福はいつの間にか銜えていた手紙を璃桜の膝の上に置く。
その手紙を璃桜が受け取り、寧々子に差し出した。
「一緒にいるよ」
頷き、受け取った手紙を胸に当てる。
「お母さん。お父さん……」
ゆっくりと開封した。
◇◇◇
寧々へ
この手紙が届く頃、君はどうしているのだろう?可愛くて、愛おしくて。宝物の寧々は、泣いてないだろうか?
縁さんが、きっと私達の宝物である寧々を大切に慈しんでくれているはず。優しくて、可愛い子にきっと育っている。その姿を見られなくて、悔しくて悲しい。
寧々が生まれたすぐ後にね。
美結の病気が見つかった。母親として、絶対克服するのだと、頑張ってくれてたんだよ。
寧々の前では、ずっと彼女は笑顔だった。
私は仕事ばかりで、もっと早く美結の不調を見つけてあげれたのではと後悔をしていた。
でも、美結は首を振った。
早く見付からなくて良かったのだと。寧々が生まれてくる前にこの病気が分かっていたら、治療で子供が産めなかったと言っていた。
こんな可愛い子を抱く日が来なかったかも知れない。
そう言って、愛おしそうに寧々を抱きしめていた。
この話をすれば、寧々は生まれて来た事を後悔するのではと思ったんだ。
でも、あの時熱を出した寧々を看病しなかった事を美結は後悔していた。
ようやく取れた予約だったんだ。海外をメインにしていた先生なんだ。この機会を逃せば次の診察の可能性は無かった。
寧々……誰も悪くないんだ。
事故に巻き込まれたのも、君のせいじゃない。美結の発病も、誰のせいでもないんだ。
事故は手遅れで、救急車も間に合わなかったはずだ。
何の痛みの感覚も麻痺した状態で死を覚悟したよ。寧々を遺して逝こうしてる美結の痛みを初めて知った。
遺される側の痛みももちろんだったけれど。美結は、ずっと……寧々に謝っていたんだ。
父親失格かも知れないが、美結を一人逝かせたくなかった気持ちもあったんだ。だから、自分を責めないで欲しい。
寧々。
天涯孤独だった私の最愛の二人と出逢えた事。幸せだったよ。
一人にしてしまった私が言う事じゃないけれど。
寧々を心から支えてくれる人が現れて欲しい。心から寧々の幸せを願っている。
最愛の娘へ
と、締めくくられていた。
優しい父親の面影が脳裏に浮かぶ。
そして、寧々子はもう一つの手紙を広げた。
20
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
君の未来に私はいらない
南 コウ
ライト文芸
【もう一度、あの夏をやり直せるなら、君と結ばれない未来に変えたい】
二十五歳の古谷圭一郎は、妻の日和を交通事故で亡くした。圭一郎の腕の中には、生後五か月の一人娘、朝陽が残されていた。
圭一郎は、日和が亡くなったのは自分のせいだと悔やんでいた。罪悪感を抱きつつ、生後五か月の娘との生活に限界を感じ始めた頃、神社の境内で蛍のような光に包まれて意識を失った。
目を覚ますと、セーラー服を着た十七歳の日和に見下ろされていた。その傍には見知らぬ少女が倒れている。目を覚ました少女に名前を尋ねると「古谷朝陽」と名乗った。
十七歳になった娘と共に、圭一郎は八年前にタイムリープした。
家族三人で過ごす奇跡のような夏が、いま始まる――。
※本作はカクヨムでも投稿しています。
叶うのならば、もう一度。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
今年30になった結奈は、ある日唐突に余命宣告をされた。
混乱する頭で思い悩んだが、そんな彼女を支えたのは優しくて頑固な婚約者の彼だった。
彼と籍を入れ、他愛のない事で笑い合う日々。
病院生活でもそんな幸せな時を過ごせたのは、彼の優しさがあったから。
しかしそんな時間にも限りがあって――?
これは夫婦になっても色褪せない恋情と、別れと、その先のお話。
くろぼし少年スポーツ団
紅葉
ライト文芸
甲子園で選抜高校野球を観戦した幸太は、自分も野球を始めることを決意する。勉強もスポーツも平凡な幸太は、甲子園を夢に見、かつて全国制覇を成したことで有名な地域の少年野球クラブに入る、幸太のチームメイトは親も子も個性的で……。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで
Another Storyを考えてみました。
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる