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【六ノ章】取り戻した日常
第一二七話 出鼻を粉砕される
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「止め、跳ね、払い……流れ作業でなんとなく書いてた公用語も、意識して丁寧に書くとカッコいいな」
「さっきから難しい顔して何してんのかと思ったら書き取り練習か」
「今の俺には必要なことなんだよ、点数を上げたいし。それに綺麗に書ける分、ルーン文字を刻むのにも転用できるから無駄にはならない」
「対策用紙も終わってますし、復習さえしっかりやればクロトさんは問題ありません。採点間違いが起きないよう、念を入れて取り組むのは間違ってないかと」
「いいなぁ。アタシもさっさと数学の苦手を克服しねぇと……」
午前に比べて雑談交じりな勉強会を続けて二時間ほど。
ユキが持ってきてくれた“赤ん坊でも分かる! 大陸公用語の書き方講座!”は名の如く、非常に理解しやすい内容だった。
おかげで客観的に見ても俺の文字はかなり改善されている。
日本語で例えれば平仮名や片仮名に分類される部分は、確認してもらっているユキでもちゃんと読めるようになっているのだ。
この調子で熟語や慣用句もマスターしていきたい。おっ、当時の小説を参考文献にした文章だ。
「えーと“もしもエルフやドワーフなどの長寿種族と友になり、物や金銭の貸し借りをおこなった際はしっかりと返済日や時間を指定しましょう。忘れてしまった場合、彼らはその土地をいつの間にか離れ、数十年と経った時に返そうとする。貴方は墓に入り、友情を失い、死に際にも会えずじまいだというのに”……時間の流れは残酷だぁ」
「今でこそ短命種族とも交流が盛んになり、そういった事例は少なくなりましたが……昔は酷かったそうですよ」
「なんなら人間以外の種族は奴隷扱いされてたからな。そんな環境でも信用を得て、地位や身分を獲得した他種族がいたっていうんだから、すげぇ優秀だったんだろうな」
「歴史の授業で聞いた覚えがあるねぇ。おかげでアタシらが普通に生活できてんだ、ありがてぇ話さ。……獣人のガキを殺すのに、なんとも思ってない魔科の国の腐った貴族連中はともかくね」
「……奴隷制度の発祥は魔科の国の前身国であるマグヌス帝国。当時で見れば画期的で先進的な魔法技術と苛烈な手腕で領土を広げていました」
過去に経験した仕打ちを思い出し、吐き捨てるようにぼやいたセリスの後に続いて。
声がした方に顔を向ければ、束ねた新聞と雑誌を脇に抱えるリードがいた。
「ですが過去に起きた大戦が原因で属国もろとも国としての機能が停止するほどの痛手を負い、滅亡寸前まで追い込まれました。以前は二つ浮かんでいたとされる月が地に下りて山岳地帯が平原となり、そこから溢れ出た軍勢が辺りを蹂躙した。……などと言われていますが、正確な情報は不明です」
「突如として現れた何万もの軍勢が一夜にして壊滅した、とか言われてたヤツか。正直、夢物語みたいなもんだよね」
「実際に当時の地図や文書を参照したら確かに月は二つあったし、山岳のいくつかは削れてたらしいぞ。だが、何の軍勢かは分からんし誇張されてんじゃねぇか?」
「……事実と虚像の混じった、面白い歴史ですよね。いつか解き明かされて欲しいものです」
「気持ちは分かる。……話がズレちゃったけど、それが展覧会関連の?」
「……他に業務が重なり、来るのが遅れてしまいましたが、その通りです」
自然と会話に参加してきたリードは、昼休憩の際に頼んだ資料を持ってきてくれたようだ。
場所を空けたテーブルの上に置き、紐を解いた彼女は一番上にあった新聞を取り、手渡してきた。
経年劣化で黄ばんだ新聞の見出しには当時の情勢や各国で発生してた問題について、喧伝するような文章が載せられている。メディアの扇動的な意地悪さは、時代を越えても継がれていくみたいだ。
「……こちらが図書館に現存する資料の全てであり、クロトさんに渡した新聞が最新の物です。少しばかり中身を拝見しましたが、しっかり展覧会について書かれていましたよ」
「今更だけど、素手で触っていいの?」
「……原本は別に取ってあります。これは自由閲覧用の資料ですから、問題ありません」
リードの言葉を受けて、エリック達も束の山から資料を手に取った。
「どれどれ? おっ、写真はねぇけどイラストと説明があるな。展覧会を開くごとに一押しの目玉商品が変わってるみたいだぞ」
「高名な画家が描いた絵、セラス教の歴代大司教が携えていた錫杖、初代グランディア王が被っていた王冠。他にも装飾品やら宝玉やら聖遺物……いっぱいあるなぁ。こういうのが権威の象徴ってヤツなのかい?」
「そちらはグランディアで開催された展覧会の内容ですね。こちらは日輪の国の物で刀剣や槍に弓、鎧や具足などが中心になってます」
「現地の名工が打った美術的にも価値のある一点物とか、英傑が使用していたとされる武具か。ちょっとワクワクするな……こっちもだいぶ興味深い内容だけど」
「にぃに、何が書いてあるの?」
横から覗き込んできたユキが見やすいように体勢を変える。
「魔科の国で発掘された古代文明の遺物だね。めっちゃ分かりやすく言うと、今じゃ使えない古いガラクタ」
「……歴史的参考物になんてことを」
「例え話だよ。年月を経ても形を残し、含まれたわずかな情報を再現し、魔導革命のきっかけになったのはすごいことだ」
リードの呆れた声にフォローを返し、改めて記載された内容に目を通す。
再現不可な未知の金属で形成された、変幻自在な機械の剣。
弾倉の機構が備わっていないのに、弾丸を発射できる拳銃。
生物の失った身体や器官を修復、製造を可能とする大型の培養槽。
植物の成長を加速させる溶剤を、大気中の成分から生み出す機材。
現代に勝る、正にロストテクノロジーと呼べるほど凄まじい技術力を持った超文明の遺産。風化し、壊れ、機能しないオブジェと化した遺物のイラストが並んでいる。
魔科の国ではメジャーな可変兵装と、俺達が愛用しているデバイスもここから着想を得ているようだ。
ただ、再現物の動力源は魔力を使っているが遺物については未だに不明だとか。知れば知るほどSFチックな外見と性能に見合う、不可思議な情報が出てくる。
世界は未知に溢れているなぁ、と新聞を眺めていたらエリックがポンッと手を叩いた。
「アーティファクトといえば学園長の話は有名だよな」
「ちょっとだけ覚えてるぞ。確か冒険者として活動していた時期に、どーたらこーたら……ってヤツ」
「あやふや過ぎますよ。当時に組んでいたパーティで探索していた古代文明の遺跡で、何世紀を経ても稼動中だったアーティファクトに接触し、細胞の構造が変化。結果として不老の肉体を手に入れてしまった……実体験かつ軽率な行為をしてはいけないという、戒めのお話です」
「そういや、そんなこと愚痴ってた気がするなぁ……これだけの技術力があって、なんで古代文明は滅んだんだろう。まだ解明されてないんだっけ?」
「発掘された建物や出土品の状態から、何らかの天災に見舞われたっていう説が有力らしいぜ」
「当時の技術と知恵を結集すれば、対策とか腐るほど考えつきそうな気がするけどねぇ。内ゲバでも起きたのかなぁ…………ってか、待って?」
読み終えたユキが次のページをめくろうとしたのを止めて。
再び新聞の表紙、というより日付に目を通す。そこには当然、今よりも昔の西暦が記載されているが、問題はそこじゃあない。
「え? これ、十五年前の新聞が最新の物なの? 皆のは?」
「俺のは十八年前の雑誌だ」
「えーと、二十三年前って書いてあるねぇ」
「日輪の国で発行されていた三十四年前の新聞。……これらだけではありません、他の資料も年代が飛び飛びになってます」
カグヤがバラした資料の山を確認すれば、確かに全ての西暦がまばらで統一性が無かった。
「なんでこんなことに……」
「……それを説明すると、少し長くなります」
事情を知っているのか、リードは眼鏡をかけ直し、語り出した。
三大国家や複数の小国家に交易都市として利用されるニルヴァーナの性質、土地面積の縮小や切り詰め方が関係して。
他国家の図書館と比べて規模は小さくも蔵書量は遜色ないレベルではあるが、完璧ではない。
その上、自国の内情を少しでも察知されたくない存在が情報統制を行い、資料を取り寄せられない状態にされることがあるのだとか。
見栄を張りたいだけの催し事に警戒し過ぎだと思うが、そう思わない輩が多いらしい。まあ、自国の腹の内を曝け出すようなものだし理解は出来る。
それだけならまだ手に入れる手段は考えられるというが、そもそもの問題として。
「……十年前の天変地異、大神災の影響によって各国の文献が損失しました。ニルヴァーナは多少の被害で済みましたが、他の国家は文化保護の観点よりも国としての立て直しを優先。その為、放置されたほとんどが修繕不可となったのです」
「なんてこった……」
「加えて、国内の貴族やら手癖の悪い連中が宝物庫や宝物殿に侵入し強奪……いわゆる、火事場泥棒が起きてしまったのです」
「本当になんてこった……」
「重要物は懸命に守り切ったと聞きましたが、貯蔵していた数々の品が盗難され、散逸し、後に自国内の浄化作戦も決行。それなりの数の貴族が処刑や国外追放、取り潰しになりました。これらの他にも様々な要因が関係して、展覧会は十年前からずっと禁止となっています」
「だから大神災以前の資料しかなくて、しかも歯抜けになってるのか。……じゃあ、これってあんまり信頼性が無い情報、ってコト?」
「……図書館司書としては遺憾ですが、そういうことです」
「わ、ワァ……」
少しでも魔剣に繋がる情報が得られると思ったのに。
心なしか資料へ視線を落としていたエリック達も気落ちしているように見える。
「……お役に立ちそうですか?」
「んまー、それなりに? 各国の出展品の種類や傾向が分かるだけありがたいよ」
「五十年前の魔導革命から現在まで各国の展覧会が何度開催されたか答えよ、みたいな問題が出てきた時の対策にはなるか。……出たとしたら、ぜってぇ正答率低いぜ」
「歴史の教科書に載ってませんからね。年表にもありませんし」
「それだけ公表したくないってことは、やっぱり上流階級を狙いにしてるのかな。他には名の売れた商会とか」
「……いつだったか、箔を付ける為に高名な商会がある国宝を買い取ったとの噂が流れていた気がしますね。正しいかどうかはさておいて」
「そんなもんだよねぇ。……まあ、無料で読める参考書だと思えば……いいんじゃないかな」
期待に応えられずへこんでいるリードを皆で慰めて。
私は蔵書整理に向かいますので、その資料はお好きに、と。踵を返した彼女を見送ってから頬杖をつく。
長寿種族であるシルフィ先生や事故って長生きしてる学園長ですら、魔剣に関して何も知らないのだから簡単に事が進むとは思っていなかった。
だけど、割と有力候補だと考えていた宝物品が当てにならないとは……
「現実の方で有力な情報が掴めそうにないときたら、やっぱりリブラスの記憶頼りになっちゃうな」
「実際どうなんだ? 何か反応あるか?」
「ヴィルゴの精神空間に行った後、迂闊に何やってんだお前ぇ! ってツッコまれてから静かなもんだよ。まだ整理に時間が掛かってるみたい」
「いつから魔剣として存在してるかは分かんねぇが、下手すりゃ何百年以上も記憶を遡る必要があるんだろう? 早々ひねり出せやしないさね」
「もどかしい限りですが、今は目の前の問題に手をつけるしかありませんね」
「なんとかして期末試験を乗り切る、か。凡ミスして赤点は取りたくないし、頑張ろう」
全員が重苦しいため息を吐いて、資料を片付けようとして。
静かに、けれど興味深そうに。ユキは持ち込んできた図鑑から手を放し、展覧会の資料を見つめていた。
「にぃに、にぃに」
「どうかした? 何か面白い物でもあった?」
「これなんて読むの?」
小さな指で示した箇所は、アーティファクトのイラスト。詳細を見るに、人が入れるほど大型のガラス張りな容器と機械的な台座が組み合わさり、並列に並んでいる物だ。
その台座部分に、目を凝らしてみれば確かに文字が刻まれていた。見覚えのあるそれは、以前に蔵書点検の依頼でリードに教えてもらった、古代文明の抽象的な文字だ。
こんな細かい所まで正確に写し取っていたのか。でも、汚れてたり掠れててよく読めないな。
「た、ま……てん、ぶ……へん、ち……? うーん、分からん。何らかの装置だとは思うけど……」
「そっか。ユキ、昔の人のお布団だったりするのかなって」
「だとしたら硬くて寝られないよ。毎日寝不足でシワシワになっちゃう」
梅干しのように顔の筋肉を縮ませる顔芸を披露し、一同の腹筋を崩壊させて。
騒ぎを聞いて駆けつけてきたリードになんでもないと手を振って。
俺達は改めて、期末試験に向けた勉強会を進めるのだった。
「さっきから難しい顔して何してんのかと思ったら書き取り練習か」
「今の俺には必要なことなんだよ、点数を上げたいし。それに綺麗に書ける分、ルーン文字を刻むのにも転用できるから無駄にはならない」
「対策用紙も終わってますし、復習さえしっかりやればクロトさんは問題ありません。採点間違いが起きないよう、念を入れて取り組むのは間違ってないかと」
「いいなぁ。アタシもさっさと数学の苦手を克服しねぇと……」
午前に比べて雑談交じりな勉強会を続けて二時間ほど。
ユキが持ってきてくれた“赤ん坊でも分かる! 大陸公用語の書き方講座!”は名の如く、非常に理解しやすい内容だった。
おかげで客観的に見ても俺の文字はかなり改善されている。
日本語で例えれば平仮名や片仮名に分類される部分は、確認してもらっているユキでもちゃんと読めるようになっているのだ。
この調子で熟語や慣用句もマスターしていきたい。おっ、当時の小説を参考文献にした文章だ。
「えーと“もしもエルフやドワーフなどの長寿種族と友になり、物や金銭の貸し借りをおこなった際はしっかりと返済日や時間を指定しましょう。忘れてしまった場合、彼らはその土地をいつの間にか離れ、数十年と経った時に返そうとする。貴方は墓に入り、友情を失い、死に際にも会えずじまいだというのに”……時間の流れは残酷だぁ」
「今でこそ短命種族とも交流が盛んになり、そういった事例は少なくなりましたが……昔は酷かったそうですよ」
「なんなら人間以外の種族は奴隷扱いされてたからな。そんな環境でも信用を得て、地位や身分を獲得した他種族がいたっていうんだから、すげぇ優秀だったんだろうな」
「歴史の授業で聞いた覚えがあるねぇ。おかげでアタシらが普通に生活できてんだ、ありがてぇ話さ。……獣人のガキを殺すのに、なんとも思ってない魔科の国の腐った貴族連中はともかくね」
「……奴隷制度の発祥は魔科の国の前身国であるマグヌス帝国。当時で見れば画期的で先進的な魔法技術と苛烈な手腕で領土を広げていました」
過去に経験した仕打ちを思い出し、吐き捨てるようにぼやいたセリスの後に続いて。
声がした方に顔を向ければ、束ねた新聞と雑誌を脇に抱えるリードがいた。
「ですが過去に起きた大戦が原因で属国もろとも国としての機能が停止するほどの痛手を負い、滅亡寸前まで追い込まれました。以前は二つ浮かんでいたとされる月が地に下りて山岳地帯が平原となり、そこから溢れ出た軍勢が辺りを蹂躙した。……などと言われていますが、正確な情報は不明です」
「突如として現れた何万もの軍勢が一夜にして壊滅した、とか言われてたヤツか。正直、夢物語みたいなもんだよね」
「実際に当時の地図や文書を参照したら確かに月は二つあったし、山岳のいくつかは削れてたらしいぞ。だが、何の軍勢かは分からんし誇張されてんじゃねぇか?」
「……事実と虚像の混じった、面白い歴史ですよね。いつか解き明かされて欲しいものです」
「気持ちは分かる。……話がズレちゃったけど、それが展覧会関連の?」
「……他に業務が重なり、来るのが遅れてしまいましたが、その通りです」
自然と会話に参加してきたリードは、昼休憩の際に頼んだ資料を持ってきてくれたようだ。
場所を空けたテーブルの上に置き、紐を解いた彼女は一番上にあった新聞を取り、手渡してきた。
経年劣化で黄ばんだ新聞の見出しには当時の情勢や各国で発生してた問題について、喧伝するような文章が載せられている。メディアの扇動的な意地悪さは、時代を越えても継がれていくみたいだ。
「……こちらが図書館に現存する資料の全てであり、クロトさんに渡した新聞が最新の物です。少しばかり中身を拝見しましたが、しっかり展覧会について書かれていましたよ」
「今更だけど、素手で触っていいの?」
「……原本は別に取ってあります。これは自由閲覧用の資料ですから、問題ありません」
リードの言葉を受けて、エリック達も束の山から資料を手に取った。
「どれどれ? おっ、写真はねぇけどイラストと説明があるな。展覧会を開くごとに一押しの目玉商品が変わってるみたいだぞ」
「高名な画家が描いた絵、セラス教の歴代大司教が携えていた錫杖、初代グランディア王が被っていた王冠。他にも装飾品やら宝玉やら聖遺物……いっぱいあるなぁ。こういうのが権威の象徴ってヤツなのかい?」
「そちらはグランディアで開催された展覧会の内容ですね。こちらは日輪の国の物で刀剣や槍に弓、鎧や具足などが中心になってます」
「現地の名工が打った美術的にも価値のある一点物とか、英傑が使用していたとされる武具か。ちょっとワクワクするな……こっちもだいぶ興味深い内容だけど」
「にぃに、何が書いてあるの?」
横から覗き込んできたユキが見やすいように体勢を変える。
「魔科の国で発掘された古代文明の遺物だね。めっちゃ分かりやすく言うと、今じゃ使えない古いガラクタ」
「……歴史的参考物になんてことを」
「例え話だよ。年月を経ても形を残し、含まれたわずかな情報を再現し、魔導革命のきっかけになったのはすごいことだ」
リードの呆れた声にフォローを返し、改めて記載された内容に目を通す。
再現不可な未知の金属で形成された、変幻自在な機械の剣。
弾倉の機構が備わっていないのに、弾丸を発射できる拳銃。
生物の失った身体や器官を修復、製造を可能とする大型の培養槽。
植物の成長を加速させる溶剤を、大気中の成分から生み出す機材。
現代に勝る、正にロストテクノロジーと呼べるほど凄まじい技術力を持った超文明の遺産。風化し、壊れ、機能しないオブジェと化した遺物のイラストが並んでいる。
魔科の国ではメジャーな可変兵装と、俺達が愛用しているデバイスもここから着想を得ているようだ。
ただ、再現物の動力源は魔力を使っているが遺物については未だに不明だとか。知れば知るほどSFチックな外見と性能に見合う、不可思議な情報が出てくる。
世界は未知に溢れているなぁ、と新聞を眺めていたらエリックがポンッと手を叩いた。
「アーティファクトといえば学園長の話は有名だよな」
「ちょっとだけ覚えてるぞ。確か冒険者として活動していた時期に、どーたらこーたら……ってヤツ」
「あやふや過ぎますよ。当時に組んでいたパーティで探索していた古代文明の遺跡で、何世紀を経ても稼動中だったアーティファクトに接触し、細胞の構造が変化。結果として不老の肉体を手に入れてしまった……実体験かつ軽率な行為をしてはいけないという、戒めのお話です」
「そういや、そんなこと愚痴ってた気がするなぁ……これだけの技術力があって、なんで古代文明は滅んだんだろう。まだ解明されてないんだっけ?」
「発掘された建物や出土品の状態から、何らかの天災に見舞われたっていう説が有力らしいぜ」
「当時の技術と知恵を結集すれば、対策とか腐るほど考えつきそうな気がするけどねぇ。内ゲバでも起きたのかなぁ…………ってか、待って?」
読み終えたユキが次のページをめくろうとしたのを止めて。
再び新聞の表紙、というより日付に目を通す。そこには当然、今よりも昔の西暦が記載されているが、問題はそこじゃあない。
「え? これ、十五年前の新聞が最新の物なの? 皆のは?」
「俺のは十八年前の雑誌だ」
「えーと、二十三年前って書いてあるねぇ」
「日輪の国で発行されていた三十四年前の新聞。……これらだけではありません、他の資料も年代が飛び飛びになってます」
カグヤがバラした資料の山を確認すれば、確かに全ての西暦がまばらで統一性が無かった。
「なんでこんなことに……」
「……それを説明すると、少し長くなります」
事情を知っているのか、リードは眼鏡をかけ直し、語り出した。
三大国家や複数の小国家に交易都市として利用されるニルヴァーナの性質、土地面積の縮小や切り詰め方が関係して。
他国家の図書館と比べて規模は小さくも蔵書量は遜色ないレベルではあるが、完璧ではない。
その上、自国の内情を少しでも察知されたくない存在が情報統制を行い、資料を取り寄せられない状態にされることがあるのだとか。
見栄を張りたいだけの催し事に警戒し過ぎだと思うが、そう思わない輩が多いらしい。まあ、自国の腹の内を曝け出すようなものだし理解は出来る。
それだけならまだ手に入れる手段は考えられるというが、そもそもの問題として。
「……十年前の天変地異、大神災の影響によって各国の文献が損失しました。ニルヴァーナは多少の被害で済みましたが、他の国家は文化保護の観点よりも国としての立て直しを優先。その為、放置されたほとんどが修繕不可となったのです」
「なんてこった……」
「加えて、国内の貴族やら手癖の悪い連中が宝物庫や宝物殿に侵入し強奪……いわゆる、火事場泥棒が起きてしまったのです」
「本当になんてこった……」
「重要物は懸命に守り切ったと聞きましたが、貯蔵していた数々の品が盗難され、散逸し、後に自国内の浄化作戦も決行。それなりの数の貴族が処刑や国外追放、取り潰しになりました。これらの他にも様々な要因が関係して、展覧会は十年前からずっと禁止となっています」
「だから大神災以前の資料しかなくて、しかも歯抜けになってるのか。……じゃあ、これってあんまり信頼性が無い情報、ってコト?」
「……図書館司書としては遺憾ですが、そういうことです」
「わ、ワァ……」
少しでも魔剣に繋がる情報が得られると思ったのに。
心なしか資料へ視線を落としていたエリック達も気落ちしているように見える。
「……お役に立ちそうですか?」
「んまー、それなりに? 各国の出展品の種類や傾向が分かるだけありがたいよ」
「五十年前の魔導革命から現在まで各国の展覧会が何度開催されたか答えよ、みたいな問題が出てきた時の対策にはなるか。……出たとしたら、ぜってぇ正答率低いぜ」
「歴史の教科書に載ってませんからね。年表にもありませんし」
「それだけ公表したくないってことは、やっぱり上流階級を狙いにしてるのかな。他には名の売れた商会とか」
「……いつだったか、箔を付ける為に高名な商会がある国宝を買い取ったとの噂が流れていた気がしますね。正しいかどうかはさておいて」
「そんなもんだよねぇ。……まあ、無料で読める参考書だと思えば……いいんじゃないかな」
期待に応えられずへこんでいるリードを皆で慰めて。
私は蔵書整理に向かいますので、その資料はお好きに、と。踵を返した彼女を見送ってから頬杖をつく。
長寿種族であるシルフィ先生や事故って長生きしてる学園長ですら、魔剣に関して何も知らないのだから簡単に事が進むとは思っていなかった。
だけど、割と有力候補だと考えていた宝物品が当てにならないとは……
「現実の方で有力な情報が掴めそうにないときたら、やっぱりリブラスの記憶頼りになっちゃうな」
「実際どうなんだ? 何か反応あるか?」
「ヴィルゴの精神空間に行った後、迂闊に何やってんだお前ぇ! ってツッコまれてから静かなもんだよ。まだ整理に時間が掛かってるみたい」
「いつから魔剣として存在してるかは分かんねぇが、下手すりゃ何百年以上も記憶を遡る必要があるんだろう? 早々ひねり出せやしないさね」
「もどかしい限りですが、今は目の前の問題に手をつけるしかありませんね」
「なんとかして期末試験を乗り切る、か。凡ミスして赤点は取りたくないし、頑張ろう」
全員が重苦しいため息を吐いて、資料を片付けようとして。
静かに、けれど興味深そうに。ユキは持ち込んできた図鑑から手を放し、展覧会の資料を見つめていた。
「にぃに、にぃに」
「どうかした? 何か面白い物でもあった?」
「これなんて読むの?」
小さな指で示した箇所は、アーティファクトのイラスト。詳細を見るに、人が入れるほど大型のガラス張りな容器と機械的な台座が組み合わさり、並列に並んでいる物だ。
その台座部分に、目を凝らしてみれば確かに文字が刻まれていた。見覚えのあるそれは、以前に蔵書点検の依頼でリードに教えてもらった、古代文明の抽象的な文字だ。
こんな細かい所まで正確に写し取っていたのか。でも、汚れてたり掠れててよく読めないな。
「た、ま……てん、ぶ……へん、ち……? うーん、分からん。何らかの装置だとは思うけど……」
「そっか。ユキ、昔の人のお布団だったりするのかなって」
「だとしたら硬くて寝られないよ。毎日寝不足でシワシワになっちゃう」
梅干しのように顔の筋肉を縮ませる顔芸を披露し、一同の腹筋を崩壊させて。
騒ぎを聞いて駆けつけてきたリードになんでもないと手を振って。
俺達は改めて、期末試験に向けた勉強会を進めるのだった。
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