197 / 225
【五ノ章】納涼祭
短編 クロトのメシ《プロローグ》
しおりを挟む
魔科の国、日輪の国、グランディアと呼ばれる三大国家。
半世紀前。魔導革命と呼ばれる技術の変移を経て、更に国力を成長させた国の延長線上。
線が混じり合い、点となる場所に位置する──冒険者の育成を目的とした学園を中心とした国家、ニルヴァーナ。
立地の安定性と確実性の高い貿易路を構築している事に起因する商会の支援も相まって成り立つニルヴァーナには、建国の条件として三大国家から交わされた盟約が存在している。
国王に即した立場こそあれど王家という枠組みが無く、当然貴族という貴く青き血筋も無い。
各国の技術力と同様に、ニルヴァーナも飛躍的発展を遂げたものの、そういった文化は根強く確かなモノとして、時代の流れに沿って残っている。
だが、何度も言うようだがニルヴァーナにそんな制度は無い。
代わりに冒険者や自警団、大小を問わない商会の助力、かつてより定住の地を求め辿り着いた他種族たちが民となっている。それでも、この世界の国家としては不安定で脆弱なのだ。
決して埋められない穴を塞ぐために。
他の国家とも渡り合うために。
そして何より表面上には出さないが、時が進み受け入れられたとしても、数多くの他種族で構成されたニルヴァーナの監視役は必須だという目論見もあった。トップがフレンであることも加味しての共通認識だ。
故に、現在ニルヴァーナは三大国家によって派遣された貴族たちがいる。もちろん、各国家の王とフレンの了承を得た上で。
示威表示の意味もある別荘こそニルヴァーナの高級居住区にはあるが、実際に住んでいる訳ではない。
各国の領地で最も遠い、境目となる部分。つまりは本当の意味での辺境を統治する貴族たちは、日夜舞い込んでくる自領地の問題を解決し、まとめつつも月に一度ある定例報告会を交わす為にニルヴァーナへ来訪する。
それは今日もグランディアに本部を置く、冒険者ギルド支部の一室で行われていた。
昨今の経営状況などを議題に挙げて冷や汗を垂らしながら説明するギルド支部長。
街の状態や、どういった問題が起きていたかを書き連ねた資料を学園長がテーブルに並べる。
そんな二人の前に座る男性が、グランディア方面の辺境領地を任せられた冒険者上がりの貴族。
元々はニルヴァーナを拠点にしていた有数な実力を持つ冒険者であったが、とある依頼を機にグランディアへ向かった際、大貴族の愛娘を救った事でヘッドハンティングされ婿養子となった。
優秀な人材収集に抜け目のない、グランディアらしいやり口の犠牲者という訳だ。ただ強制的にではなく、しっかりとロマンスを繰り広げた上で大貴族の娘からプロポーズされ、婚姻を結んだので家族仲はかなり良好。
冒険者以前に平民ではあるが学園の授業で礼儀作法を学んで下地があった為、特に問題なく貴族の仲間入りを果たし、高貴なる者の義務をこなしている。
領民の需要や悩みを理解しやすく親身になってくれる上、元冒険者として経験を活かして領内の魔物・迷宮被害を抑制し、グランディアの繁栄に貢献しているのだ。
そうして立場や身分は違えど十数年来の付き合いがある、彼らのお話に今回は焦点を当てていく──訳ではない。
お話の中心となるのは彼らでなく、貴族となった男と娘の間に生まれた子ども。
大貴族の娘に蝶よ花よと育てられ、父が語った冒険者時代の胸が躍る話に憧れて。
社会見学の一環と称して定例報告会に赴く父に付き添い、初めてニルヴァーナに降り立った娘の名はメリッサ。
子どもながらの未知への探求心。
冒険者という存在への憧憬。
それでいて、貴族という身分を理解した振る舞いを兼ね備えたハイブリッド少女である。
妙な連中に絡まれないように、と。平民を装った彼女は連れ添う待女と護衛──同じく平民の格好に変装済み──と共に、冒険者ギルドが建つ大通りを闊歩する。
青空市場という領地内とは打って変わった活気と並ぶ商品に目を光らせながら、貴族の淑女教育から解放された彼女は水を得た魚のように走り回った。
予算案や物価推移で頭を悩ませる定例報告会が続く中、ニルヴァーナを散策している彼女は満足そうに息を吐く。
……けれど、何か足りない。父の語る話はとても面白く興味深い物であり、実際に魔物素材や迷宮から生まれた産物を間近で見る事が出来たのは代えがたい経験であった。
故に、もう一歩。冒険者を支える上で重要な部分に踏み込みたい。
それは一体何か? そう──料理だ。
魔物食材、迷宮野菜……冒険者の活動を補助する上で重要となる食の部分。迷宮料理とも呼ばれる代物に、メリッサは並々ならぬ熱を持っていた。
元より貴族である以上、高級食材などは食べ慣れている。待女と護衛に止められて食べ歩きも出来ていないが、これだけは譲れない。
迷宮料理の大抵はゲテモノだと聞くが、それがなんだというのだ。憧れは止められない。
既に父の了承は取ってある。これも良い経験になるはずだ、と。冒険者ギルドに併設された酒場であれば、難しい物でもない限り用意してくれると聞いた。
さらに僥倖なことに、酒場の調理を担当する料理長は父の知人なのだとか。ならば早速お願いしようではないか。
「料理長! お金に糸目はつけません! 子どもの私でもお腹いっぱい食べられて、それでいて大人でも満足するような味の、心がワクワクして堪らなくなるような料理を頂きたいですわ! もちろん、迷宮産の食材を使って!」
「注文が曖昧でふわっとしてるぅ~!」
普段、声を荒げることのない料理長の悲痛な叫びが冒険者ギルドを揺らした。
半世紀前。魔導革命と呼ばれる技術の変移を経て、更に国力を成長させた国の延長線上。
線が混じり合い、点となる場所に位置する──冒険者の育成を目的とした学園を中心とした国家、ニルヴァーナ。
立地の安定性と確実性の高い貿易路を構築している事に起因する商会の支援も相まって成り立つニルヴァーナには、建国の条件として三大国家から交わされた盟約が存在している。
国王に即した立場こそあれど王家という枠組みが無く、当然貴族という貴く青き血筋も無い。
各国の技術力と同様に、ニルヴァーナも飛躍的発展を遂げたものの、そういった文化は根強く確かなモノとして、時代の流れに沿って残っている。
だが、何度も言うようだがニルヴァーナにそんな制度は無い。
代わりに冒険者や自警団、大小を問わない商会の助力、かつてより定住の地を求め辿り着いた他種族たちが民となっている。それでも、この世界の国家としては不安定で脆弱なのだ。
決して埋められない穴を塞ぐために。
他の国家とも渡り合うために。
そして何より表面上には出さないが、時が進み受け入れられたとしても、数多くの他種族で構成されたニルヴァーナの監視役は必須だという目論見もあった。トップがフレンであることも加味しての共通認識だ。
故に、現在ニルヴァーナは三大国家によって派遣された貴族たちがいる。もちろん、各国家の王とフレンの了承を得た上で。
示威表示の意味もある別荘こそニルヴァーナの高級居住区にはあるが、実際に住んでいる訳ではない。
各国の領地で最も遠い、境目となる部分。つまりは本当の意味での辺境を統治する貴族たちは、日夜舞い込んでくる自領地の問題を解決し、まとめつつも月に一度ある定例報告会を交わす為にニルヴァーナへ来訪する。
それは今日もグランディアに本部を置く、冒険者ギルド支部の一室で行われていた。
昨今の経営状況などを議題に挙げて冷や汗を垂らしながら説明するギルド支部長。
街の状態や、どういった問題が起きていたかを書き連ねた資料を学園長がテーブルに並べる。
そんな二人の前に座る男性が、グランディア方面の辺境領地を任せられた冒険者上がりの貴族。
元々はニルヴァーナを拠点にしていた有数な実力を持つ冒険者であったが、とある依頼を機にグランディアへ向かった際、大貴族の愛娘を救った事でヘッドハンティングされ婿養子となった。
優秀な人材収集に抜け目のない、グランディアらしいやり口の犠牲者という訳だ。ただ強制的にではなく、しっかりとロマンスを繰り広げた上で大貴族の娘からプロポーズされ、婚姻を結んだので家族仲はかなり良好。
冒険者以前に平民ではあるが学園の授業で礼儀作法を学んで下地があった為、特に問題なく貴族の仲間入りを果たし、高貴なる者の義務をこなしている。
領民の需要や悩みを理解しやすく親身になってくれる上、元冒険者として経験を活かして領内の魔物・迷宮被害を抑制し、グランディアの繁栄に貢献しているのだ。
そうして立場や身分は違えど十数年来の付き合いがある、彼らのお話に今回は焦点を当てていく──訳ではない。
お話の中心となるのは彼らでなく、貴族となった男と娘の間に生まれた子ども。
大貴族の娘に蝶よ花よと育てられ、父が語った冒険者時代の胸が躍る話に憧れて。
社会見学の一環と称して定例報告会に赴く父に付き添い、初めてニルヴァーナに降り立った娘の名はメリッサ。
子どもながらの未知への探求心。
冒険者という存在への憧憬。
それでいて、貴族という身分を理解した振る舞いを兼ね備えたハイブリッド少女である。
妙な連中に絡まれないように、と。平民を装った彼女は連れ添う待女と護衛──同じく平民の格好に変装済み──と共に、冒険者ギルドが建つ大通りを闊歩する。
青空市場という領地内とは打って変わった活気と並ぶ商品に目を光らせながら、貴族の淑女教育から解放された彼女は水を得た魚のように走り回った。
予算案や物価推移で頭を悩ませる定例報告会が続く中、ニルヴァーナを散策している彼女は満足そうに息を吐く。
……けれど、何か足りない。父の語る話はとても面白く興味深い物であり、実際に魔物素材や迷宮から生まれた産物を間近で見る事が出来たのは代えがたい経験であった。
故に、もう一歩。冒険者を支える上で重要な部分に踏み込みたい。
それは一体何か? そう──料理だ。
魔物食材、迷宮野菜……冒険者の活動を補助する上で重要となる食の部分。迷宮料理とも呼ばれる代物に、メリッサは並々ならぬ熱を持っていた。
元より貴族である以上、高級食材などは食べ慣れている。待女と護衛に止められて食べ歩きも出来ていないが、これだけは譲れない。
迷宮料理の大抵はゲテモノだと聞くが、それがなんだというのだ。憧れは止められない。
既に父の了承は取ってある。これも良い経験になるはずだ、と。冒険者ギルドに併設された酒場であれば、難しい物でもない限り用意してくれると聞いた。
さらに僥倖なことに、酒場の調理を担当する料理長は父の知人なのだとか。ならば早速お願いしようではないか。
「料理長! お金に糸目はつけません! 子どもの私でもお腹いっぱい食べられて、それでいて大人でも満足するような味の、心がワクワクして堪らなくなるような料理を頂きたいですわ! もちろん、迷宮産の食材を使って!」
「注文が曖昧でふわっとしてるぅ~!」
普段、声を荒げることのない料理長の悲痛な叫びが冒険者ギルドを揺らした。
10
お気に入りに追加
378
あなたにおすすめの小説
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる