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【五ノ章】納涼祭

短編 夜鳴き鳥の憂鬱《第六話》

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 ──まず、チンピラ集団はどういう流れで宿泊まで?
「初めの方にお酒と食事、おしゃべりを楽しんでもらって二時間くらい経ったかな? かなり飲んでたから元から帰るつもりはなかったみたいで、そのまま二階の個室に案内したんだ」

 ──何人ぐらいで相手を?
「八人。大人数を頼む人って中々いないんだけど、チップの払いも良かったから相当稼いでるんだなって」
「最初こそ勢いは良かったけどテクは無かったねぇ。クスリの力を借りておいてアレならお粗末にも程があるよ……ああ、ちなみに相手をした嬢は皆ここにいるよ。アンタの治療のおかげで元気ビンビンさ!」

 ──その時、チンピラ集団の状態はどうでした?
「普通、だったと思う。少なくとも眠るまではまともで、私達は先に起きて軽く片付けとか身綺麗にしてる間に物音がして、様子を見に行ったら暴れてて……後は君も知ってる通りだよ」
「やってる最中も夢中で余裕が無かったみたいだし、口数は少なかったな。ピロートークも無しに寝ちゃってたもん」

 ◆◇◆◇◆

「……うーん。話を聞く限り、さほどおかしな点は見当たらないか……?」

 手帳に書き記した内容を流し見て、チンピラ集団の認識を一夜限りの太客であると改める。
 やはり怪しいのは薬物関連、そして自警団の巡回をくぐり抜けた方法か。……喜べ、まだ考察の価値が残ってるぞ。

「てっきり歓楽街の競合店が花園を疎ましく思って、トラブルを発生させる為に金を掴ませて、チンピラ集団を送り込んだとか……言いがかりにも程があるか」
「ありっちゃありだけど、厳しいと思うなァ。そんな事をして、もしバレたら干されて終わりだよ」
「そうなんですか?」
「元々、歓楽街は冒険者の性的暴走を抑制する為に発散する場所が必要だから、って理由で存在が許されてる。今でこそ誰でも利用可能だけど、付随する形である種の暗黙の了解がいくつも敷かれていて……私たちが歓楽街に居られるのは、そういう役割があるからってオーナーは言ってました」
「例を挙げると、大きな問題を起こさないよう相互に監視し合って解決しよう! ついでに太客にお金を落としてもらって街を潤わせよう! みたいな感じね。外部から参入してきたお店なんかには、ニルヴァーナ流のやり方を徹底させる為に学習会を開いたりするのよ!」
「なるほど。脚抜けや蹴落とす行為は築いてきた土台を崩してしまうのか……リスクに見合わないし、やる意味も無い」

 潔癖な人は歓楽街こそが風紀が乱れる原因だと訴えるだろうが、それは大きな間違い。
 ある意味、歓楽街全体が共同体のようなものであり、治安や風紀の乱れを事前に抑制する大事な要素。
 清濁を併せ呑み、その上で居場所を作りあげる手腕を持つ者なら軽率な判断はしない。それも歓楽街トップの花園に手を出すなんて、迂闊が過ぎる。
 手帳に連ねた仮説の一つにバツをつける。

「今更なんですけど、チンピラ集団は初めて来店した客ですよね?」
「もちろん。これまで花園を利用した顧客は名簿にしっかり記載してるからね、そこにアイツらの名前は無かったよ」
「それに一度来店したお客様なら必ず覚えるように言われてる……皆に聞いたけど、確かにチンピラ集団は初物の客だった」
「となると以前花園で女性関係のトラブルを起こし、痛い目を見た腹いせに嫌がらせをしてきた線は無いか……」

 どこからか取り出した顧客名簿を掲げる快活そうな女性。
 物静かな口調の女性の証言に従い、仮説の二つ目にキルマーク。

「うーん、ありとあらゆる可能性を考慮した結果がものの見事に外れてる。調査も証拠も足りないかぁ」
「でも、なんだか探偵のお仕事を見てるみたいでワクワクする! 他には何かないの?」
「流れで居座ってますけど、俺は一応部外者なんで踏み込んだ部分には入れませんし。これ以上、憶測で話して混乱させる訳にも……」
「……あっ」

 背もたれ越しに身体を密着させ、手帳を覗き込んできた女性が声を上げる。

「どうかしました?」
「えっと、嫌がらせとか面倒な客で思い出したんだけど、一週間くらい前かな? 身請けの打診でオーナーに話を持ち掛けた下級貴族の人がいたんだよ」
「身請け……確かに、花園の皆さんほどになれば教養も礼儀も備えているし、求める人は多そうですね。それで、貴族が何か?」

 自然に俺の隣へ座った彼女は頭に手を当てながら。

「その人も初めて花園に来たみたいなんだ。だけど権力を笠に着てわがままで“自分の下に嫁げるのだから格安で売れ”みたいなことを言い出したの」
「うわぁ、人間性皆無のモテない男の発言。シュメルさん、キレたんじゃないですか?」
一見いちげんさんで丁寧に対応してたから顔には出してなかったよ。でも、どれだけ注意しても変えようとしなかったの。私達のことを実の家族みたいに大切にしてくれるオーナーはその扱いに苛立いらだって……」
「汚い売女とか下賤な身で~とかほざいてたからね。そんなふざけた言動しか出来ない奴に預けられる訳ないから、歓楽街の全店舗に通達して出禁にしたんだ」

 やっぱり影響力が凄いんだな、シュメルさん。
 ……もしかしたら身内に内通者がいる可能性も浮かんでいたが、その話を聞くに金やら権力なんかでなびくような人達じゃないし、考えなくてよさそうだ。

「それで、歓楽街総出で下級貴族を追い出した時に言ってたんだ……“近い内に痛い目を見るぞ”って。もしかしたら……」
「……貴族の私怨で花園を滅茶苦茶にする為、送り込まれた刺客がチンピラ集団ではないか、と」

 かなり有力な証言が出てきたな。新情報を手帳に加え、思考する。
 下級貴族とはいえ貴族である以上、金はある。何らかの形でチンピラ集団に接触し、花園で遊ぶ片手間に暴れてこいと告げれば奴らは嬉々として受け入れるだろう。

 自警団の巡回をくぐり抜けたのも貴族と共に行動していたが故に、後ろめたい事情を持たない人間だと先入観を抱いたのかもしれないな。
 不自然な金回りの真相と諸々が掴めてきた……が、本当に繋がりがあるかは確定していない。決定的な物的証拠でもあれば、話は変わってくるんだけど。

「その下級貴族について何か知ってることはありますか?」

 何気なく問い掛けたらその場の全員が手を挙げた。皆して渋い顔をしているので、その貴族のことがよほど嫌いなのだろう。
 花園における下級貴族の評判の悪さに心中で合掌しつつ、話をまとめる。

 ・下級貴族の家名はドラミル。魔科の国グリモワール方面の土地を治めており、家紋はドラミル家の象徴たる霊草をモチーフにしている。
 ・花園に来店したのは当主のせがれでボンボン、かつクソガキで礼儀のなってないドアホ。

 ・当主は薬草や霊草の栽培、及びそれらを錬金術に使った商品で財を築いていて評判が良い。反面、次期当主たる倅は無能で遊び惚けて無駄金を使わせているようで、当主の頭を悩ませているらしい。
 ・花園に来たのも、貴族の権力には逆らえないとタカを括っての馬鹿な考え。しかし下手すると歓楽街を利用する他の有力貴族や、それらに値するほど高名な冒険者を敵に回す愚かな行動に気づき、ビビって尻尾を巻いて逃げた。

「聞けば聞くほど情けないヤツだな……」

 描いてもらったドラミル家の家紋を眺めつつ手帳に独り言をこぼす。
 愚痴を口にしてスッキリした、周囲の何人かが頷いた。

「ふーむ、ドラミル家は錬金術で儲けてる……薬物もここから流れてきた可能性が高いか? いやでも、結局証拠が無いと始まらないし」
「随分と盛り上がってるわね」

 顎に手を当て、考え事をしているとシュメルさんが戻ってきて対面に座った。

「この場に居ない花園の従業員全員に連絡を送ったわ。通話口での判断になるけど、体調を崩してそうな子はいなかった。念の為、今日は休ませることにしたけどね」
「それは何より。後は副オーナーさんの調査待ちですかね」
「ええ。……そうそう、私の方からもギルドに連絡して置いたから、夕方ぐらいまでは花園に居ていいわよ。ここまで関わっておいて放り投げるなんて責任感の無いこと、君はしないでしょう?」
「いやまあ、最後まで付き合うつもりではあったし、ずっと頭の片隅でここに居ていいのか……? って不安はありましたよ。まさかしれっと先手を取られて対策してるとは思わなかったです」

 当たり前のようになんてことをしてくれたんだ、という気持ちが湧いてきて頭が痛くなる。
 今ごろ冒険者ギルドは、臨時手伝いの学生を歓楽街に送り出した不祥事について阿鼻叫喚なのでは……? しかも配達先の店主からわざわざ連絡されるとか、恐怖以外の何物でもない。

「でも、ドラミル家のお馬鹿さんが関与している可能性か……良い目の付け所ね」
「というと?」
「実は他の店舗でも花園のような事案が発生していないか、怪しい人を見てないか聞いてみたの。そうしたら、出禁にしたはずのお馬鹿さんが人を引き連れて歓楽街を練り歩いてたみたいなのよ。素性がバレないようにか、厚着で顔を隠してたらしいけど」
「ええ? まさか昨日の今日で、舌の根も乾かぬ内にやらかしたんですか?」
「お馬鹿さん自体は店を利用してはいなかった。けれど付き添いの連中は皆、宿泊も込みで楽しんだみたいで……花園と同様の被害を受けているようね」
「……つまり、無差別に事件を引き起こす手引きをしていた? ドラミル家の馬鹿息子は花園だけでなく歓楽街そのものをおとしいれようとしたのか?」
「その可能性は極めて高いわね。まったく……こうも好き勝手に舐めたマネをしてくれるとはね」

 冷ややかなシュメルさんの目線に息が詰まる。心の底から、怒りを滲ませていた。
 ミステリアスなように見えるけど自分の感情に正直なんだよな、この人。

「厚着の男……ああっ、思い出した! チンピラ集団の対応に出た時さ、で来てなかった? ほら、いかにも怪しそうな恰好をした人!」
「んー? でも名簿には五人分の名前しかないわよ」
「違う違う。六人目はチンピラ集団に何かを手渡して、その場で帰ったんだよ! てっきり花園で遊ぶお金でも渡したのかなって思ってたけど、もしかしたら!」
「──そいつの正体が馬鹿息子で、金と薬物を与えた?」
「名前を残さないように立ち回るずる賢さはあるようね」

 呆れかえるシュメルさんの冷ややかな物言いに同意しつつ、脳内に散らばった情報の断片を普遍的に眺める。
 記憶力が良い皆のおかげで所々が歯抜けではあるが、点と線が繋がりだした。副オーナーが戻ってくる前に全体の経緯を再確認しておこう。

『今更だがなし崩しに犯人の動機、真相特定に向けて尽力している現状に思う所はあるか?』
『ここで引き返したり突き放したら夜しか寝れないくらい気になるし、後悔するし……出来る事を出来るだけやるんだよ』
『本当に筋金入りのお人好しだな、汝は。……夜しか寝れない?』
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