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【五ノ章】納涼祭

第一〇八話 寝ても覚めても休めない

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『──命に別状はない……けど、中身が酷いね。特に魔力回路。過剰に励起──影響で熱暴走──こればかりは時間が……』
『そうですか……』
『正直、全身の損傷が……いつ目を覚ますかも……』
『そんな……』

 水底から響くような、くぐもった声がした。
 現実と夢のなかばを彷徨さまよっていたのか、声に意識を引き上げられたようだ。
 確か……ユキに背負われた所までは覚えているのだが、そこからの記憶が無い。俺は今どうなってるんだ?
 現状を確認しようと目を開けば、直後に身体を包む熱っぽい倦怠感に次いで、神経を針で刺すような激痛が走る。
 腕や足の圧迫感に生温なまぬるい水気。それが包帯を巻かれた生傷から垂れる血だと理解するのは簡単だった。

「ぐあッ……!」

 余りの痛みに視界が潤む。いや待って? 自業自得とはいえ寝起きにコレはめちゃくちゃしんどいな!? 筋肉痛なんてレベルじゃない!
 ドレッドノート戦では完全同調フルシンクロのおかげで自傷は少なかった。したとしても即座に再生させてたし、そもそも興奮状態で気にならなかったが、まさかこんな事になるなんて……!

「クロトさん!? よかった、意識が戻ったんですね」
「前にも似た光景を見たねぇ。君の頑強さと生命力には驚かされてばかりだよ。僕の想像を軽々と越えていく」

 錆び付いたネジを回すように、声の方へ顔を向ける。
 そこには頬や腕に治療の痕が見られるシルフィ先生と、呆れながらもほっと胸を撫で下ろしたオルレスさんが立っていた。先ほどの歯抜けに聞こえた会話は二人が交わしていたのだろう。

 ついでに周囲を見回せば見慣れない天井に結晶灯が吊るされ、急ごしらえの医療設備が載せられたテーブルに、簡素な組み立てベッドがいくつか置かれていた。
 はだけた毛布を見るに利用者は既にいないようだが……病院でもなく学園の保健室でもない?

「ここ、は?」
「避難所です。先刻の暴動で発生した負傷者を病院で受け入れるには病床が足りず、敷地の空いた学園グラウンドに……」

 オルレスさんの触診を受けつつ、背後に控えていた先生が説明してくれた。
 自警団や違法薬物による影響を受けなかった有志の協力で、暴動は収束したものの負傷者が大量発生。軽度の傷であればポーションや魔法でどうとでもなるが、重傷者はそうもいかない。
 ましてや突然の事で混乱している一般人、納涼祭を目的に国外からやってきた人まで巻き込まれてしまった。飽和した怪我人をまとめる為にも、治療施設の増設は急務。

 そこで学園長は学園敷地内に避難所を設置する指示を下した。
 自警団のみならず、ある程度の事情を把握した、違法薬物の影響を受けていない二年七組にも協力を要請。
 迅速な対応によって納涼祭用の天幕は改修され、必要な物資を運び込まれた急ごしらえの施設が完成した。

「そして暴動が起きてから個人的に動いていた僕へ学園長から連絡があった。──ボロボロになった君が学園に運ばれた、とね」
「ああ、そういう……ご迷惑を」
「迷惑だなんて思ってはいないよ。むしろ僕でなければ、君の容態は悪化していたかもしれないからね」
「そんなに……?」
「実感は薄いと思いますが、他の方々が快方へ向かっていく中でクロトさんだけがずっと眠り続けていたんです」
「そんなに?」
「時間にして半日以上。正確に言うと一八時間……納涼祭が順調に進行していれば、三日目の昼は過ぎているね」
「そんなに!?」
「うん。だとしても意識不明からの回復速度が異常だからドン引きしているんだ。あと、興奮すると傷口が開くからお静かに」
「すみませんでした……」

 有無を言わせない語気で黙らされた。
 医療関係で専門職に逆らってはいけないので、素直にお口チャック。

「……数多あまたの打撲痕、裂傷及び胸部の刺傷、それによる失血多量。筋肉の過度な膨張と収縮に耐えられず各所が圧迫骨折、筋疲労で断裂を引き起こしている。ここまでは他の冒険者でもよく見られる症状だ……ただ一人で網羅している患者はいないが──」

 軟膏を塗りつつ、血が滲んだ包帯を清潔な物へ巻き直しながら。
 睨むような、鋭い視線で見下ろされる。

「君、血管どころか神経すら魔力回路の代用として励起させたね? しかも同日に二度も。血液魔法で治癒と損傷を幾度となく繰り返した結果、中途半端に癒着して皮膚や筋肉が軽い衝撃で裂けて、どれだけ塞いでも傷口が開くようになっているよ。今も痛いほど実感しているだろう?」
「ええまあ……聞いただけでも相当な苦労を掛けてしまったと思うのですが」
「程度は違えど魔科の国グリモワールの時と同等の容態だ。慣れているし、気に病む必要は無い。……だが、今回ばかりは早く治そうとするのはやめてほしい」
「……? 血液魔法を使っちゃダメって事ですか?」
「魔法どころではありません。最低でも一週間、魔法と魔力を行使するのは厳禁です」

 オルレスさんと同じく表情を険しくさせた先生に念を押される。どうやら完全同調フルシンクロで行っていた魔力の常時供給がマズかったらしい。
 自身の許容量を超える魔力を溜め込み、強化や治癒で発散させる流れを繰り返しすぎた反動で身体が弱まり、セリスを蝕んでいた病状──魔臓化と酷似した体質となっているようだ。

 ノエルとの十本勝負で、最後の最後に完全同調フルシンクロ時のような身体強化をほどこしたのも影響しているとのこと。
 幸いにも時間を掛ければちゃんと回復するそうだが、その間は自己治癒力すら低下しているので病気になりやすい。熱が下がらないのもこれが関係している。

 血液魔法で治そうとすれば魔力回路の癒着によって魔力が動く=身体の組織を動かす為、自分を痛めつけることに。他者から治癒魔法を受けるのも魔力抵抗率が低下している現状、攻撃魔法と化すのでダメ。
 ならばポーションで治す、というのも禁止だ。治癒していく過程で更に傷が増える。……何をしてもスリップダメージばかりだ。

「じゃあ本当に時間を掛けて治すしか……?」
「経過を見ながら適切な投薬は行うが焼け石に水だ。こればかりは自然治癒による完治を待つしかない」
「最悪の場合、拘束衣で縛り付ける可能性も出てきます」

 実質“羊たちの沈黙”状態!? 中々過激な発言ですよ!?
 しかし普段から自制しても怪我しまくりの俺に反論できる余地は無く、威圧の込められた熱視線に従うしかない。
 二人が生み出す有無を言わせない空気に、たまれない気持ちが溢れてくる。

『──!』

 何か話題を出してうやむやにできないか考えていると、天幕の外から騒々しい音が響いてきた。注意深く聞いてみると、誰かが困惑や怒号にも似た叫び声をあげているらしい。
 緊急とはいえ医療施設の体裁を保っている天幕の傍で騒ぐとは。度が過ぎるとキレるぞ? オルレスさんが。

「さすがに君も気づいたか……今回の一連の事件で納涼祭が潰れてしまっただろう? しかもニルヴァーナ全体を巻き込んだ無差別事件だ。さすがに説明も無しに一般人や旅行客を開放する訳にもいかないから、発端から収束に至るまでの経緯を自警団が説明しているんだ。……だが、納得できない人も多くてね」

 さりげなく聴覚に異常が無い事を確認し、処置を終えたオルレスさんが汚れた包帯を片付ける。
 まあ、言わんとしている事は理解できる。唐突に発生した事件なのに自警団の対応が最適解且つ早過ぎたからな。
 事前に防げたのではないか、被害を抑えられたのではないかと不審がる人が出てきてもおかしくない。

 実態は迂闊うかつに手を出すと面倒な区画に犯人が潜伏してたせいで。
 しかも自警団はその事を知らない為、足取りを掴めず犯人側からのアクションを待つしかなかっただけで。
 納涼祭が盛り上がる最高潮を過ぎた頃、最も気が緩む瞬間に事を起こしやがったという、字面だけ見れば最低最悪の一手を打ったわけだ。
 おかげで居場所が速攻でバレた上にタコ殴りにされた挙句、策に溺れて自爆したのはルーザーの落ち度だが。

「又聞き程度の情報しか知らないけど、大変だったんだろう? 君は当然だとしても、君の仲間たちの状態をたらよく分かったよ」
「めっちゃ大変でした。そういえば、エリック達は?」
「クロトさんと比べて格段に軽傷でしたから。治療を終えた後、被害が出た市街地の復興に参加していました。私も最初は同行していたのですが、クロトさんの容態を共有したいとオルレスさんに呼ばれてここに。今は事件の詳細を説明する為、重要参考人としてエルノールさんと行動を共に──」










『アカツキ・クロトは悪! 奴が諸悪の根源だ!』










「……ん?」

 俺が寝てる間に頑張ってるなぁ、皆……などと他人事ひとごとのように構えていたら、聞き逃せない叫び声が。

『俺は見たぞ! アイツは街がめちゃくちゃになってるのに、誰も助けず逃げ回って状況を悪化させてたんだ!』
『魔物との戦闘で血だらけのまま運ばれたとか、大怪我したなんて嘘っぱちなんだろ!』
『街中を混乱に陥れたのはあのクズだ! 責任を取らせろっ!』

 徐々に離れていく足音と罵詈雑言の波に首を傾げる。
 中々酷い言われようだ。どうも拡声器のような魔道具で声を大にして俺の事を主張しているらしい。
 自警団の説明に納得がいかないのか。それとも、なし崩しに事件の中核に関与してしまったアカツキ荘の面々がいて、俺だけがいない事を邪推して悪評をばら撒きたいのか。

 まあ、前者よりは後者の方が圧倒的にあり得る。俺の事を気に入らない連中がいるのはジャン達で証明済みだからな。
 恐らくエリック達を経由して、ルーザーの犯行動機が自警団に伝わっているとして……馬鹿正直に根本的な原因が俺にあるとは言わないだろうけど。
 未使用の、放棄されたと捉えられても、街の一区画を丸ごと潰したのは事実な訳で。
 事件の初動から好き勝手に動いていたし、再開発区画へ向かう姿を見られていた可能性は十分にある。そこから想定した都合の良い妄想を吹聴して、罪を被せて俺を犯人に仕立て上げようとしているのだろう。

 正直、魔剣の異能が無くなった現状、素直に聞き入れる人は少ないと思う。しかし真犯人の身柄を捕らえられず、状況証拠と証言だけで一から十まで納得しろというのは難しい。
 事件に巻き込まれた人の中には他国から来た来賓などもいただろうし、責任の矛先をどこへ向けるか決められないのだろう。

 迷う姿勢は隙になり、見る者に不安を抱かせる。後先を考えず、向こう見ずで、浅慮な衝動に背中を押された連中には格好の餌だ。
 誰か一人でも声を上げれば、それは扇動者となって規模を広げていく。心底、死ぬほど迷惑な話だが、地元にも似たような連中が居たので既視感が凄まじい。

 ──毎回うんざりするほど考えるけど、何も事件直後の段階でやるような事ではないよね! いや、当事者として気持ちは分かるけど黙っててくれ! 馬鹿じゃないの!?
 しかも一部には真実に近しい、否定しづらい内容も混じっていた。認めたくはないが、あそこまで広められたら受け入れざるを得ない部分も出てくる。

 だからいちじるしい名誉棄損の羅列に思う所は無い……いえ、嘘です。ムカついてはいます。だけど大人組の雰囲気が怖いので怒りがしぼんでいくのです。
 先ほどの示威運動を模した行進にオルレスさんは一瞬だけ顔をしかめて天幕の外を睨み、シルフィ先生はエルフ耳をピクリと反応させ、スンッと無表情に。
 聞かずとも分かるほどハチャメチャに怒ってる。怖いよぉ、キレてるよぉ。

「……願わくばこのまま安静にしてもらいたいが、今はそうも言ってられない状況のようだね」
「第三者から見るとそう考えてしまうのも理解はしますが、非情に腹立たしいのは間違いないですね。私たちよりもクロトさんの方が不満に感じてるとは思いますが……」
「大丈夫です、慣れてるんで。でも、ああいう空気の読めないやからを黙らせるには俺が出るしかないですよね?」
「疑いを向けてる本人からのカウンターが一番効くだろうね。ひとまず処置は終えてるから、短時間なら動いても問題は無いよ。行こうか?」
「行きましょう」

 オルレスさんの手を借りて簡易ベッドから下りる。
 ギシギシと痛む身体に顔が強張るが、なんとか耐えて。先生に手渡された俺の改造制服を患者衣の上に羽織る。
 ベッドの傍に立て掛けてあった魔導剣は……あっ、置いていきます? 重い物は持っちゃダメ?
 二人から戦闘しに行く訳ではないのだから、と松葉杖を手渡される。至極真っ当な意見なのに、さっきの民度が低い連中の事もあって信じ切れない。
 一抹の不安を抱きつつも天幕の外へ出る。初夏らしい、うだるような日差しにため息を吐きながら。
 先導する二人の後ろをついて、騒動の下へ歩き出した。
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