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【五ノ章】納涼祭

第九十七話 残火継承

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『兄ちゃんってさ、なんで俺達に戦い方を教えてくれるんだ?』
『どうした急に。なんかダメな所とかあった?』
『ううん、そういうんじゃないけど。ただ、なんとなく気になって』

『んー……セリスに頼まれたからっていうのも理由の一つだけど、《ディスカード》を探検しながら皆を指導してた時に思ったんだ。もしかしたら皆の可能性を広げられるんじゃないかって』
『可能性?』
『これからの未来の話さ。キオ達はまだ子供で色んな経験を通じて、実感を得て、学んで成長していく。何がきっかけになるかは分からない。ただ与えられた選択に甘えているだけと思われてもおかしくない』
『甘えてる……』

『それは決して悪い事じゃないし弱さでもない。けれどね、もし俺が教えた物が、枝分かれして何かに繋がっていく可能性があるとしたら、今よりもっと自由で楽しい時間を過ごせるようになると思うんだ』
『えっと、つまりは……アレだよな? 基本が無いから応用が出来ないって、兄ちゃんが教えてくれたヤツと同じ……?』
『そうそう。絶対にこれをやる! って目標を決めて頑張るのはいい事だけど、皆にはもっとゆっくり探してもらいたいんだ。冒険も勉強も友達づくりも色んな事に怖がらず、挑戦しながらね』

『だから戦闘科の授業みたいな感じじゃなくて、遊びのある戦い方を?』
『だってそこまでガチガチにやってたら、つまらないだろう? 過程が辛くて苦しいまま結果に辿り着いても、不満が残るし上手く行かないかもしれない。学園の先生に任せるくらいなら俺なりのやり方で皆を強くする。単に戦闘能力だけを鍛えるんじゃなくて、個々の人間として成長してもらう』
『…………』

『偉そうな説明になっちゃったけど、俺も人の事を言えた義理じゃあないんだ。本当なら俺よりもっと適任な人がいるかもだし、やらなきゃいけない事も知らなきゃいけない事もある。進むべき道を探してる最中の未熟者だ』
『兄ちゃんも?』
『情けない事にね。他人に迷惑かけてばかりだし、助けてもらってばかりだし。でも、そんな失敗も成功も、人の痛みを知る優しさも。いつか自分を奮い立たせる原点になる。きっとどこかで、自分の限界を乗り越える力をくれる』
『力、かぁ……』

『まあ、難しい事を考えるより身体を動かしてる方が今は楽さ。その為にも、まずは練武術の修練を続けよう。動きながら、相手の観察と理解に慣れていくんだ』
『観察と理解──うん、兄ちゃんみたいに強くなれるよう頑張るぜ』
『キオ、念の為に言っておくけど、俺はアカツキ荘の中では最底辺だし同級生の中でも弱い部類だからね?』
『でも、結構勝ってるじゃん』
『足りない物を道具や知識で補って工夫してるんだよ! そうじゃなきゃエリックとカグヤの相手なんてまともにできるかぁ!』

 ◆◇◆◇◆

 いつか交わした会話の記憶。脳裏に流れるそれらが、目の前の惨状に掻き消される。
 神経を逆撫でするルーザーの物言いに耐え、捨て身の覚悟でユキを助け、回収した魔導銃で撃たれて。
 血溜まりに沈むクロトを、キオはただ見ている事しか出来なかった。

「に、にぃに……にぃに!」

 引き攣った、悲痛な叫び。
 血に濡れた髪も顔もぬぐわず、己が刺した手でクロトを揺さぶるユキ。
 涙目で放心したまま項垂うなだれるヨムル。
 拾ったガラス片で縛られた縄を切ろうとしていたキオ達の前で、ルーザーは堪え切れない笑みをこぼす。

「ふふッ……ああ、いい気味だ。この瞬間、この甘美、この愉悦ッ! 何よりも私の求めていたモノ! 異種族の悲鳴がここまで心地良いと感じたのは生まれて初めてだ!」
「──」

 聞きたくない。けれども、獣人特有の優れた聴覚は一言も逃さない。
 キオは心に芽生えたどす黒い感情を抑えられず、歯噛みした唇から血が垂れた。
 ガラス片を握る手が生温い。熱を持つ痛みに構う事なく、キオは縄を切った。駆け出し、クロトの下へ。

「キオ、にぃにが……し、しんじゃう……!」
「──」

 言葉を掛ける余裕など無かった。いつも持っておくように言われたハンカチを取り出し、クロトの傷口を抑える。
 息はある。鼓動もかすかに感じる。まだ、死んでいない。
 ポーションも無く、治癒魔法も回復魔法もまだ使えないキオにとって、応急処置以外に取れる手段が無かった。それでもじわりじわりと滲む、粘ついた水気は止まらない。

「無駄な足掻きを……心臓は外れたようだが、その傷ではもう長くはあるまい。死に絶えるだけの命など何の価値もない」
「──」

 ダメだ、焦るな。考えろ、考えろ。
 ぐちゃぐちゃになった感情が体の奥でぐるぐると回る。遅れてやってきたヨムルも手伝ってくれるが、状況は一向に良くならない。

「い、いや、やだよ……!」
「ユキ、落ち着いて! そんなに力を込めたら悪化する!」
「──」

 焦燥は吐き気と頭痛をもたらす。失うかもしれない恐怖が、身体を硬直させた。
 願うならば、時が止まってほしい。でも、そんな事は起きない。
 傷ついた人を救うには、キオ達は非力で無力。遅延させるのが関の山だ。

「ふぅー……清々しい気分だ。あぁ、そうだ。ついでに貴様らも殺しておこう。出来れば良い声でいてくれ」

 必死の延命措置を行う三人にルーザーは銃口を向けながら、人の命をなんとも思っていない、心無い発言をらした。
 キオの中で何かが切れる。一瞬で頭がたぎり、思考が鮮明に晴れた。
 このまま奴を野放しには出来ない。奴は間違いなく、おもちゃを壊すように俺達を殺す。
 クロトが全身全霊を賭けて守り、助けてくれた命を。
 何も出来ず、何も成し遂げられないまま奪われるなんて。
 そんなの、認められる訳が無い。

「ユキ、ヨムル。兄ちゃんを連れて下がってくれ」
「キオ……どうするの?」
「このまま逃げたところで、俺等が死ぬまでアイツは追いかけてくる。今、この場で、アイツを止めないといけない」

 近くに転がるトリックマギアを拾い上げ、起動せずに両手で構える。

「ほう、抗うのか? 無様に力不足を嘆きながら、失意に沈む姿を眺めるのもまた一興か……正しく、理想に溺れた罪人そのものだな」
「……正直、びっくりした」
「ああ?」

 眉を潜めるルーザーへ、キオは内心を吐露する。

「兄ちゃんがユキを助ける為にやった事、ユキの父ちゃんを殺したってのも……ショックだった。確かに罪だ。罰を受けるべきだと思う」

 けれど。

「そうしなくちゃいけなかった、選ばなきゃいけなかった。やりたくないけど覚悟を決めて、手を汚すしかなかった」

 簡単に肯定していい問題ではない。だけど、頭ごなしに否定もしたくない。

「それはきっと、兄ちゃんがそうするべきだと背負った責任だから。誰かに馬鹿にされたって、自分で向き合って選んだ答えだから。どんなことが起きても最後まで貫き通したいんだ」
「責任の果てがこれか? まったく惨めなものだ、異種族なんぞに同情されるとは」
「何とでも言えよ。もう、お前の言葉には迷わない、ためらわない」

 ズルズルと引きずる音。ユキとヨムルがクロトを担いで運んでいる。
 銃口が背後に狙いを定めた。さえぎるように、キオが体を差し込む。

「ッ、うっとおしいガキだな! アカツキ・クロトも何もかも目障りなんだよ! いつもいつもいつも想定した通りに事が進まない! 不確定な事象ばかり発生する! 面倒な異分子イレギュラーだよ、貴様らは!」

 錯乱したようにまくし立てるルーザーは引き金に指を掛ける。
 深呼吸して、同時にキオは走り出した。彼我の距離は一〇メートル。獣人の脚力であればすぐに詰められる間合いだ。
 魔導銃の狙いをずらす為に、左右へ跳びながら確実に迫る。空気を抉る魔法の弾丸がすれ違い、地面に着弾した。
 キオの視界が、音が、。緩やかな時の流れに取り残されながら、たった一点を見つめる。

 ──俺が得意な事はこれくらいしかないから。

 恥ずかしげに、でも自慢げに。誇らしく胸を張るクロトの教え。
 観察と理解。師として仰ぎ見る人の背には未だ届かない。
 それでも、瞬きにも満たないコンマ数秒だけ、乗り越えられるのだとしたら。
 今がその時だ。

 慢心は隙だ。
 魔導銃が当たらないとくればルーザーは魔剣を振るう。
 偏見は油断だ。
 子どもだと侮っている奴は間違いなく仕掛けてくる。
 クロトとは違う。
 幾万もの予測ではなく、ただ一振りに限定された、あまりに融通の利かない確定した事象。けれど、それでいい。

「っ……!」

 お互いの間合いに踏み込む。
 勝ちを確信した表情のルーザーが、上段から魔剣を振り下ろす。
 キオはただ視ていてた。力の矛先をまっすぐに捉えて、さらに一歩、前に出る。
 瞠目したルーザーが息を呑む。しかし今さら軌道を変える事は出来ない。強化された肉体から繰り出される一撃は確実にキオを切り裂くだろう。

 。引き戻せないなら、その尋常ならざる膂力を利用させてもらおう。
 トリックマギアを起動し、あえて刃の潰れた魔力の刀身を出現させながら。
 色彩が失われた世界で、ごく自然な動きで下から上へ。その切っ先を魔剣ではなく、腕の方へ。




「──




 これは、継承だ。
 練り上げた武の一端。練磨し、研磨し、鋭く鍛えられた一身。
 紡がれた想いを、火種を、残り火を。
 決して絶やさないように、自分なりのやり方で昇華する。
 力を払う反転の動きを、相手の軸に衝撃を返す技に。




「初級──“”!」




 残光一閃。
 放たれた斬撃は吸い込まれるように芯を捉え、ルーザーの腕を粉砕した。
 魔力の刃を通して伝わる骨のひしゃげる音。跳ね返された衝撃に耐えられる訳も無く、弾かれた手の先から魔剣が抜け飛んでいく。

「……あ?」

 遅れた反応が返ってきた。
 魔剣の喪失に気づいたルーザーが呆然と、へし折れて、力無く垂れた自身の腕を見下ろす。

「ぎっ、が、ぁあああああッ! わ、私の、腕がァ!?」
「っ!」

 壮絶な痛みに悶えるルーザーの隙を見逃さない。
 トリックマギアを振り切った姿勢から返す刃で魔導銃を叩き落とす。変形し、まともに機能しなくなったであろう魔導銃を踏み押さえ、跳躍。
 苦しむルーザーの顔面へアッパーカット。もたげた首を跳ね上げられ、喉奥からくぐもった悲鳴を漏らす。

「ぁ、くッ、ぉ……! この、クソガキがぁ!」
「俺はガキなんて名前じゃない!」

 たたらを踏み、睨んできたルーザーへ。

「俺はキオ・フロウ。フロウ孤児院の一人で……」

 一歩も引かず、キオは宣言する。
 受け継いだ練武の教えを胸に抱いて。

「アカツキ流練武術を修練する弟子だ! 分かるか? アンタは未熟な俺にしてやられたんだよ。迂闊な自分を恨むんだな!」
「いい気に、なりやがってぇ……! 今すぐ殺してや──」










「誰を殺すって?」

 そんな、心根の凍る一言。
 呼吸が止まりかけるほどの怖気に襲われたルーザーの身体に、暗がりから出てきた漆黒の大剣がめり込んだ。
 悲鳴も出せずにとてつもない勢いで吹き飛び、放置された資材の山へ。
 そんなルーザーと入れ替わるように、キオにとって見慣れたもう一人の兄が現れた。

「急ぎで来たんだが、良い所は盗られちまったか? キオ」
「──エリック兄ちゃん!」
「アタシらもいるぜ」
「お待たせしました」

 次々と、満を持して現れるアカツキ荘の面々に、キオは喜びの声を上げた。
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