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【四ノ章】借金生活、再び

第五十九話 実技編《揺れ動く影》

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 迷宮内問わず、というか戦闘以外でも大問題だが。
 他者が魔物と戦闘している間に了承を取らず入る“割り込み行為”は、緊急時でもない限り冒険者的にもアウトだ。
 しかも後から来た癖に、鼻高々に手柄や分け前を要求したり、有無を言わさず分捕るやからもいる始末。言うまでもなく不和の種でしかない。
 幸いニルヴァーナでの冒険者間の治安は良い部類で、ギルド側の規則に明記しているし、職員による管理もしっかりしているので滅多なことは起こらない。あるとすれば、他所の国から流れてきた連中が偶にやらかす程度だ。
 その辺りの知識は学園でも再三に渡り注意される為、バカな真似をする生徒は恐らく少ない。
 ……で、数分前に常識的な決まり事を破ってしまった俺はというと。

「わりぃな、勝手に介入して獲物を奪っちまって」
「気にすんなよ。魔物との連戦で消耗し切った状態で、サベージバイトに遭遇してキツかったんだ。いきなりでちょいとびっくりしたが、おかげで助かったよ……だから、そろそろクロトを関節技から解放してやれ」
「ギブ……ギブです……っ」

 エリックから、以前教えたジャーマンスープレックスを掛けられていた。
 シフトドライブのせいで遠くなった耳に響く会話内容から、命乞いもとい技を外してもらおうと腕をタップする。
 助けたパーティの一人、リーダー格である犬人族のデールの言葉もあり、ようやく解放されてその場で這いつくばる。自分の行いがあだとなって返ってきやがったぜ……確かに、せめて何か一言伝えてからやればよかったな。反省しよう、うん。
 息を整えようと深呼吸しながら、小部屋を見回す。

 これまでの探索でも何度か見掛けた形状をしている。下に進む道とそれに続く水路、違いは俺達が来たのとは別の、二方向から小部屋に至る道があることくらいか。
 サベージバイトの素材回収を済ませ、他パーティの手当てをしているカグヤ達を眺めながら、思考する。
 バラバラに展開したはずのパーティが、実際にこうして出会えたのだ。順調に探索を続けていればいずれはバッタリと合流、もしくは痕跡を発見して後を追えるような構造をしているのだろう。
 時間的にも昼食時だ。デバイスで情報を共有し、齟齬が無いように擦り合わせをしたい。迷宮主のいる最奥までどれくらい掛かるか、予想も付きやすいからな。

 そうと決まれば話は早い。
 放り投げたバックパックを小部屋の中央まで持ってきて、諸々の整理が付いたら昼食にしようと提案する。
 特に異論を挟む人もいなかったので、デールのパーティも交えた昼食を取ることになった。
 ……セリス、サベージバイトの肉を持って期待するような眼差しを向けてるけど、どうした? えっ、焚き火起こして焼こうぜって? 道具もあるし別にいいけどタレは無いから塩焼きだぞ。
 …………目に見えて落ち込むなって。素材の味を楽しもうよ。

 ◆◇◆◇◆

「うっ、づぁ」

 失敗した。主が存在する最奥へ早々に辿り着いたから、情報を少しでも得ようと判断し、出来る限りの安全策を取って突入したというのに。
 油断は無かった、慢心もしなかった──なのに目の前のコイツはなんだ?
 他の迷宮と同じく広大な空間に佇む、ギチギチと耳障りな音を鳴らす迷宮主を前に、俺達のパーティは押されていた。
 奇襲ではない、真正面から打ち砕かれたのだ。圧倒的な巨躯から生まれる、暴力的で純粋な破壊が陣形を瓦解させ、半数を再起不能まで追い込んだ。
 立て直そうと行動を起こしても、致命的な隙を狙われる。なんとか俺以外の仲間は自力で動けるようになったが……身体が痛い。腕も脚も血塗れで、立っているのが精一杯だ。

「マズいぞリーダー、迷宮主の魔法で道が塞がれちまった。一応、デバイスで助けは呼んだが……」

 主の注意を引き付けていた仲間の一人が駆け寄ってきて、顔色を悪くしながら絶望的な事情を伝えてくる。
 最奥への入り口は三つあったが、主が放ってきた魔法による落石で閉じられてしまった。
 幸いにもデバイスは通じるようで、七組全体へメッセージを送ることは出来たらしい。
 それを見た皆が来てくれるのを祈るしかないが、魔力もポーションも無い状態でどれだけ持たせられるか。

「キッツい持久戦だな、ったく……全員、聞いたな!? 他の連中が来るまで何とか持ち堪えるぞ!」
『了解ッ!』

 ◆◇◆◇◆

 サベージバイトから漂う香ばしい匂いが充満する空間で、助けたパーティの面々も交えて空腹を満たしつつ。
 皆より先に食べ終えた俺は了承を得て、全員の武器を点検していると──確かな振動を身体で感じた。
 短剣を研いでいた手を止めて周りを見渡す。水流に変化はなく、見上げた天井の水晶からほこりのように小さな欠片がパラパラと落ちてきた。極々微細な変化に、俺以外の誰かが気づいた素振りはない。
 神経質なだけと言われるかもしれないが、決して気のせいなんかじゃない。地の底より響く感覚にはそれなりに慣れている。

「……迷宮が揺れた」
「ん、どうした? 何かおかしな所でもあったか?」
「杞憂だったらいいんだけど……エリック、デバイスで他のパーティに連絡して。迷宮主に動きがあったかもしれない」
「っ、マジか。分かった、メッセージを送ってみる」

 迷宮主という単語に反応し、全員が身構える。
 非常に遺憾だが学園の、特に七組から俺は“トンチキな言動をしている割には手強くて勘が鋭いヤツ”と評価されている。
 そのおかげというのも癪だが、突飛な発言をしてもある程度の信用を得られるのだ。

「……クロトと同じように、異変に気づいた奴が何人かいるみてぇだな」
「小さい物でしたが、今までの探索で発生したことのない現象ですから。感覚が鋭い方には分かりやすかったのかもしれませんね」
「じゃあやっぱり迷宮主が何かやってるってのかい?」
「っ、おい! このメッセージ……ッ!」

 食後の空気が嫌にざわついて。デールの悲痛とも取れる叫びに促されて、自分のデバイスを確認する。
 そこに書かれていたのは、恐らく最奥部を示す座標に書き殴ったような迷宮の見取り図と。

『助けてくれ』

 簡潔だからこそ切迫した雰囲気をかもし出す、たった一言の助けを求める声だった。
 全員が顔を見合わせて頷き、大急ぎで武装し始める。必要な物を詰め込んだポーチを身に着けたエリックが、デバイスを見つめながら口を開く。

「座標の位置と見取り図から考えるに、最奥までの道は三つあってここから近い。道中の魔物を無視していけば五分と掛からず辿り着くはずだ」
「馬鹿正直に付き合ってやる道理はないね。デール、俺達が魔物を片付けながら先行する。悪いけど討ち漏らしは任せてもいい?」
「いいぜ。助けてくれた上に昼メシまでご馳走になって、武器のメンテまでしてもらったからな。それくらいお安い御用だ」

 デールのパーティが武器を構えて応える。消耗した状態でもサベージバイト相手に善戦してたんだ。頼もしい限りで何より。
 手早く準備を済ませたカグヤ、それにならうセリス、デバイスを仕舞って道の先を見据えたエリックを流し見て。

「みんな、行くぞ!」
『おおっ!』

 一斉に駆け出した。

 ◆◇◆◇◆

「──にしても、なんだって一つのパーティで迷宮主に挑んだ!? 数十人で交代しながら戦うのが基本なんだろ!」

 魔物を串刺しにした槍を振り回し、灰の山を駆けるセリスが言う。

「憶測だが、主の情報を少しでも得ようと先走っちまったんだろうよ。実際に戦わなきゃ何も分からねぇからな!」

 飛来する魔物を鉄塊で叩き潰し、怯んだ相手を蹴り抜いたエリックが叫ぶ。

「どちらにせよ、私達のような少人数のパーティではないにも関わらず、彼らが追い詰められている事実は変わりません! 一刻も早く進まなくては!」

 通路を縦横無尽に移動しながら、鮮やかな技で蹴散らすカグヤが急かす。

「もうすぐのはずなんだけど……っ、いや、あそこか!? まとめて一掃するから、俺の後ろに下がって! ソラ!」
『キュイ!』

 二種のボトルを装填した長剣を魔物に突き刺し、捻じるようにグリップを三度回す。赤と緑の線が弾けるように浮かび上がる。
 引き抜くと同時に呼び出したソラを肩に乗せて、魔法を発動させる。全員が背後に回った事と、浮遊する雷属性の魔法陣を視認してから。

「《オーダー》=《コンセントレート》、《スフィア・ボルト》!」

 スキルによって強化された、設置型の魔法。バチバチと激しい音を鳴らす球形の雷が、魔物の群れの頭上へ放たれる。
 速度はあまりなく、シャボン玉のように揺れ浮かぶ雷へ。柄のレバーを強く握り、長剣を振り抜いた。
 火と風の斬撃が雷と交わり、一瞬の閃光の後に──爆発。
 乱れ舞う三属性の魔法が立ちはだかる魔物を殲滅し、爆炎の後に残ったのは灰と素材が転がる光景だった。
 うーむ、馬鹿げた範囲に高火力ですわ。思わずお嬢様言葉になってしまうくらいには。
 六段階だったらもっと悲惨な状況になってたかもしれない。

「やっぱりシフトドライブとの組み合わせはとんでもないなぁ」
暢気のんきなこと言ってる場合かい! ってか、道なんてどこにもないぞ?」

 セリスが行き止まりの壁に手を掛けて首を傾げる。

「これまで一本道だったんだ、間違えるわけがねぇ。最奥の入り口はここのはず……」
「いえ、これは壁ではありません。恐らく迷宮主の攻撃による落石かと」

 目を細めて観察するカグヤの言葉通り。行き止まりだと思っていた壁は粗い石垣のように隙間が多く、わずかにだが風が吹いていた。
 耳を近づければ、中から何かが衝突し合う音が響いている。
 確定だ。落石の先で救援を出したパーティと迷宮主が戦っている。いやしかし……邪魔だなぁ、石。流れは変わってないとはいえ、水路まで埋めるほど多いのは面倒だな。
 早急に助けに行かなくてはいけない現状、一々片付けるのは時間が掛かり過ぎる。魔剣の異能を使えば一瞬で…………いや、必要ないか。三分の一の確率に賭けよう。
 ポーション、爆薬その他諸々を詰め込んだ荷物の中から目的の物を取り出す。

「カグヤ、デバイスで最奥の入り口から、なるべく離れておくように伝えといてくれる?」
「え? あっ、はい、分かりました」
「時間が惜しい。エリック、さっさとぶち破ろう」
「はあ? 何を言って……あー、そういうことか。セリス、下がってくれ」

 意図を理解した彼にを渡す。
 セリスは困惑しつつ大きく下がって、カグヤと同じ位置まで移動する。

「合図は?」
「いらないでしょ」
「それもそうか」

 隣に来たエリックと顔を見合わせ、制服の裏に備えていた魔力回復ポーションを飲み干す。空き瓶を仕舞ってエンハンスグラブを左手に装着し、魔力操作で発動。
 身体から力が溢れているのに、魔力が回復しているのに。急速に魔力が消費されていくのが分かる。
 増減を繰り返す感覚に気分が悪くなってきた。やはり燃費の悪さは改善しないといけないな……とにかく、今は!
 拳を打ち合わせ、乾いた音を響かせながら。
 身体を捻じって、力強く踏み込んで。

「「オラァ!!」」

 ──息の合った、渾身の一撃を叩き込んだ。

 ◆◇◆◇◆

 爆音のような衝撃が空気を揺らす。間を置かず飛来してきたのは無数の岩石。
 当たればひとたまりもない質量の嵐が、盾にしていた迷宮主の肉体を襲う。事前に送られてきたメッセージが無ければ確実に巻き込まれていた。

『──!』

 巨躯であろうと想像を絶する痛みなのだろう。相対してから初めて、迷宮主が悲鳴を上げた。
 意識がこちらから切り替わる。明確な傷を負わせた相手へと。
 土埃の向こう側。四つの影が歩いてきている。

「よかったー、地底湖みたいな感じじゃなくて。足場があるって素晴らしい!」
「最奥なだけあって広い空間ですね。他の迷宮と比べても一回りは大きいみたいです」
「だが気をつけろ。壁際や所々に水路、水溜まりまであるんだ。足下の確認忘れんなよ」
「ここが最奥かぁ……今までと感覚が違うというか、雰囲気あるねぇ!」

 それぞれの反応を見せながら、救援を受けて真っ先にやってきたのは。

「一応、命に別状は無さそうだな。安心したよ」

 こちらのパーティを見て、ニッと笑みを浮かべるクロト達だった。
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