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【三ノ章】闇を奪う者

幕間 Countdown to Ruin

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「ようやく手に入ったな……これで計画が進む。言いつけを守れぬ愚息とはいえ、こればかりは感謝しなくてはならないな」

 重傷を負って戻ってきたルーザーの姿を思い出し、すぐに記憶から消し去る。その余白に入り込むのは、強力な麻酔を受けて手術台に横たわる実験体だ。自然と自らの頬が吊り上がるのを自覚する。
 それもそうだ。長年に渡る研究が実を結ぶのかもしれないのだから。
 我が社デミウルが裏で続けていた新たな事業──量産したエリクシルの服用で発生する細胞活性化を利用した若返り技術。半永久的な不死の命を売る革新的な事業の足掛かりとして計画を立てていた。
 未だ誰も成し遂げていないエリクシルの量産化を行う為に、まず最初に共同研究していた企業からエリクシルの譲渡と関連した資料を金と引き換えて《デミウル》で独占したのだ。


 その資料から判明したのは、エリクシルの原材料には強力な生命力を持つ魔物モンスターの血液が必要不可欠であること。
 他の材料も希少性が高く易々と手に入る物はないが、特に厳しいのは血液だ。
 魔物は絶命した瞬間、身体の一部を残して灰となる。肉も骨も血液さえも全て灰になってしまう。
 生きている間であれば、状況が揃えばいくらでも採血は出来る。しかし要求されているのは大国を一夜にして滅ぼすほどの危険性を持つ、Sランクに指定されたモンスターの血液。


 生半可な実力で捕獲など出来るはずもなく、ただ蹂躙され、無残に食われるだけだ。
 だが、数年前。幸運なことに私は、この《グリモワール》近辺でSランクモンスター──フェンリルが無名の冒険者に捕獲されたという情報を手に入れた。
 私は持てる力を総動員し、フェンリルとその冒険者の身柄を検証と治療を名目に《デミウル》へ運び込んだ。
 が、念入りに拘束された傷だらけのフェンリルの姿を目にした時、一つの天啓が舞い降りた。


 Sランクの魔物というのは滅多に目にする物ではない。そもそもそんな状況に陥れば、一流の冒険者でもない限り生存する術は無い。そして魔物というのは気性が荒く少しでも体力が回復すれば、本能のままに生き物を食い散らかす。今は無力化されているが、時間が経てば抑え込むことも出来ず、最悪の獣を解き放ってしまう事になるだろう。
 ならば、
 牙も爪も失い、創造主に従順な思考を持ち、フェンリルと同等の生命力を持った存在をコンスタントに製造できれば、後のエリクシル生産においてこれ以上有益な物はないだろう。
 幸い、細胞のサンプルを造り出すのに適した個体が目の前にいる。こいつの身体を死なない程度に分解していけば長期的な研究が可能だ。


 人と魔物のハイブリッド。人造キマイラとするにはある程度頑丈な肉体を持つ異種族が好ましかった。最初の実験体は……日輪の国アマテラスからやってきた旅行客だったか。
 家族連れで歩いていた所を拉致させ、研究所でフェンリル細胞の適合実験を行った。母親F-01は身体の拒絶反応で人とも魔物とも呼べない肉塊となり、父親F-02は肉体の変容を理性で抑えていたがF-01を捕食したことで凶暴性が増してしまった。
 残された子どものF-03のみが適合に成功し、過去に存在していたと言われる人狼族のような変身能力とフェンリルの性能をそのまま引き継いだ完璧な素材が出来上がったのだ。


 しかし十年前の大神災でフェンリルは死亡し、F-03は研究所から脱走。いくら大企業と言えど災害直後の復興には手間取り、気付いた頃には回収不可能となってしまった。非常に間抜けな話だが、当時の私は実験の熱に浮かれていたのだろう。発信機を付けていればよかったとあれほど後悔したことはない。
 何故なら数年掛けた実験の中で、F-03以外に適合者が現れなかったのだ。他の実験体はF-01のように肉体が崩壊し、素材として扱える物ではなかった。
 残っていたF-02は適合に耐えた素材ではあったが、肉体はフェンリルとは程遠い別種の生き物へと変化。エリクシル精製には不適切な存在となってしまった為、薬物投与や洗脳手術で傀儡化させたはずだったが研究員の些細なミスで暴走させてしまい、研究所は壊滅させられ、挙句の果てには脱走を許してしまった。《デミウル》の部隊に回収に向かわせたが返り討ちに遭い、幾度の接触を経て確実に捕らえる為にカラミティを雇い捕獲させた。
 捕らえた後に再び洗脳手術を施し、私の言葉一つで従う忠実な道具となった。暴走する危険性もなく、F-02の意思すら微塵も残ってはいないだろう。

「長かった……実に長かった。だが、F-03はすでに我が手中に収まった。これから始まるのだ……《デミウル》の威光をより強く輝かせる為の、第一歩を踏み出せる」

 欲を言えばアカツキ・クロトという男も捕縛し、特異な魔法について実験したい所ではあったが、F-03が手に入ったのだから問題はない。
 まず初めに血液を採ってエリクシルの精製を試みよう。それから髪、皮膚、肉片、骨。希少なモンスターの部位でどんな薬品が生み出せるか、実験を重ねていくとしよう。なに、モンスター由来の異常な再生力があれば何度でも採取することはできる。腕や脚が一本なくなろうと問題はない。
 愉悦を隠さず、まずは注射器を手にして手術台に歩み寄り──カタカタと揺れる手術器具と照明に違和感を抱く。
 ……地震、か? 十年前の予兆じみた現象に身体の奥底が冷やされていく。
 揺れは一定の間隔で一向に静まる気配が無い。とはいえ、仮に地震が来たとして耐震工事を済ませたこのビルが倒壊することはない。少し神経質になっているだけだろう。
 同じような失態を二度も繰り返すような真似はしない──と、そう思った瞬間。


 轟音を伴った衝撃が全身を襲った。


 突然の浮遊感から、訳も分からずしたたかに身体が壁へ打ち付けられた。一瞬の痺れと共に酸素を吐き出し、痛む身体に鞭を打って立ちあがる。荒い息を繰り返しながら、壁伝いに実験室を出て──思わず、息を呑んだ。
 ガラス張りの渡り廊下は物が散乱し、ガラスはひび割れている。奥に続く廊下には、私と同様に部屋から出てきた研究者達が突然の出来事に混乱し、状況を把握出来ずにいた。

「何が、起こったというのだ……」

 外の様子を確認しようとして私が見たモノは──赤黒い雲から降り注ぐ無数の光の剣。
 頭の中が真っ白になる。ありえない光景だと思いたくとも、それは容赦なく地上へ向かって突き立ち、黒煙を巻き上げ惨状を生み出していた。
 否定したくとも、それは確かに現実だ。もはや高揚していた感情は喪失し、口が上手く回らない。
 しかし、灰色になった脳細胞が漠然と理解する。
 ──絶えず落下してくる剣の雨が、私の心に久しく忘れていた絶望を呼び起こすほど、荒れ狂う大海の如く激しい怒りを滲ませていることに──。
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