荒野のカップメン

涼格朱銀

文字の大きさ
上 下
5 / 21

第5話 池畔のカップメン

しおりを挟む
 土煙を上げて荒野を行く2頭立ての馬車の荷台には、樽がぎっしりと詰まれている。その樽のひとつに、砂色のダスターコートに同色のテンガロンハットを被った男が座っている。荒れ地で荷台が揺られて、端から見ると男は今にも振り落とされそうで危なっかしかったが、男は自分よりも帽子を気にしているようで、ずっと左手で帽子を押さえていた。

 やがて道は、水たまりのような小さな池の側へと差し掛かる。
 そのとき、御者が男に声を掛けた。
「ちよっとそこで馬を休ませますよー!」
 聞こえているのかいないのか、男は反応しなかったが、構わず御者は馬を池の方へと向かわせる。

 そこはもともと馬の休憩所として多くの人が使っているらしく、馬を繋ぐための木の杭が池に沿っていくつか植わっていた。
 御者が池の前に馬車を駐めると、馬たちは先を争って水を飲み始める。御者も馬車から降りると、ひとつ伸びをし、それから、腰に下げていた水筒のふたをひねり、水を一口飲んだ。
 ひと落ち着きしたところで、馬車の荷台の方を見る。樽に座っている男はその間、微動だにしていなかった。
 御者が男に声を掛ける。
「旦那、少し休憩したらどうです? 先はまだ長いですぜ」
「……あれは何かな」
 男は遠くを見つめたまま、ぽつりと言った。言われて御者もそっちを見る。何も見当たらない。ただの真昼の不毛な荒野である。
 ……が、しばらく見続けていると、遠くに土埃があがっているのに気付いた。御者は慌てて懐から単眼鏡を取り出し、目に当てる。
「……あー、ありゃやばい。賞金稼ぎの連中だ!」
 その声に、男は樽から飛び降りた。そして、懐から荒縄を取り出し、御者に言った。
「任せろ。調子を合わせてくれ」
 そして、御者をその縄で縛ると、地面に座らせた。

 それからほどなくして、土埃の正体、馬に乗った二人組が近くまで迫ってくる。そして、30フィートほど離れたところで馬を嘶かせて止まらせると、その内の一人が馬を降り、こちらへと向かってきた。
 そいつは、黒のキャトルマンを被り、赤いシャツ、黒のベスト、ジーパンという出で立ちで、長身の男。両腰のホルスターにはそれぞれ、銀色の派手なスティック型1パイント水筒を収めている。
「おやおや。あんた、同業者かね?」
 男は髭面をにやつかせながらテンガロンハットの男に歩み寄る。
「あんたにゃ悪いが、ここは俺達の縄張りでね。こいつは俺が頂いていく」
 テンガロンハットの男は、いつもよりもくだけた、軽薄な調子で言った。
「俺は別に、あんたの縄張りで仕事をしたわけじゃあない。護送の途中で通りがかっただけだ」
「どこで捕まえたかは関係ない」
 黒キャトルマンの男は、テンガロンハットの男まで一歩、というところで立ち止まった。にやついた笑顔は崩さずに、続ける。
「ここに来た以上、そいつは俺達の獲物だ」
 テンガロンハットの男は表情を変えず、平然とした様子で黒キャトルマンの男の笑顔を見返していた。やがて、言う。
「なあ、あんたもこんな小者を取り合ってもしょうがないだろ。俺に構わず、もっとでかい獲物を追ったらどうだい?」
「小者ってなんだよ!」
 縛られた御者が抗議の声をあげる。
 キャトルマンの男はやれやれ、といった様子で首を振った。
「そういうわけにはいかんよ。縄張りは縄張りだ。例外を認めると他に示しが付かねえ。そいつを置いていきな。それで丸く収まる」
 言われたテンガロンハットの男は、キャトルマンの男をまっすぐに見返して言った。
「やめておけよ。余計なケガをすることはない」
 そのとき、それまで作り笑いを浮かべていたキャトルマンの男の表情が怒りに変わった。
「ふざけんなボケがぁっ!」
 瞬間、男は両の水筒に手をかける。

 ――だが、彼の水筒が抜かれることはなかった。
 すでに彼の鼻先には、ライトブルーのスティック型水筒が突きつけられていた。

 驚愕の表情を浮かべ、固まるキャトルマンの男。
 テンガロンハットの男は、ゆっくりとした口調で、噛んで含めるように言った。
「――今後、お前らは他所で仕事をするんだ。二度と、俺の前に、そのうす汚ねえ面を見せるな。いいな」
「わっ、わ……わかったよ。わかった」
 絞り出すような声で辛うじてそう言うキャトルマンの男。
 テンガロンハットの男はしばらくそのまま水筒を突きつけていたが、ふと、水筒の先をキャトルマンの男の鼻先に触れさせた。
 その途端、キャトルマンの男はこの世の終わりのような悲鳴を上げながら飛び上がると、一目散に馬へと駆け出し、飛び乗った。
「あ……兄貴ぃ……」
 馬に乗っていた方がおろおろしながら声を掛ける。
「うるさいボケナスが! いっ、いっ、行くぞコラ! ひぃぃぃぃ……」
 情けない雄叫びを残して、男は来た道へと馬を走らせる。遅れてもう一人の方も、兄貴、兄貴と言いながら去って行った。

 しばらくして、二人の姿が見えなくなったところで、ようやくテンガロンハットの男は構えていた水筒を半回転させ、コートの端に押しつけるようにして水筒の先を拭うと、もう半回転させてホルスターに収めた。そして、ぽつりと呟く。
「どこにも似たような奴がいるもんだな」
 それから、御者の縄をほどいてやる。
「いやあ、助かりましたよ、旦那。旦那がいてくれてほんとに良かった」
 縄をほどかれながら、御者が言った。
「あれが政府に雇われたって奴なのか?」
 御者が起き上がるのに手を貸してやりながら、テンガロンハットの男が訊く。
「ええ、そう、そうですよ。密造メンの取り締まりを代行してる連中ですが、実際はなんてことない、ただのたかり屋ですよ。何かにつけて難癖を付けては、サツに突き出されたくなきゃ金を払えと脅して来やがる」
「とはいえ、あの樽には実際にブツが入ってるんだろ?」
 縄を巻き取りながら、男はちらりと荷台に積まれた樽を見た。
 御者はひっそりと言う。
「大きな声じゃ言えませんがね」
 巻いた縄を腰のベルトに引っかけて、男はもう一度、二人の逃げた方を向いた。もう、土埃も何も見えない。
「ああいう連中と間違えられたんだな、俺は」
 テンガロンハットの男が誰にともかなく、口の中でぼそりと言う。だが、御者には聞こえたらしい。ぱっと表情が明るくなった。
「ええ、ええ。聞きましたよ旦那。『鉄人』ミックさんと決闘したんですよね! いやー、あたしも是非見たかったですよー。町じゃその話でもちきりですからね!」
「……馬の休憩はもういいか? ここには長居しない方が良さそうだ。さっきの連中はここの縄張りを主張していたが、他にも主張したい奴はたくさんいそうだしな」
「あ、ええ、そうですね。じゃあ、行きましょうか、旦那」
 言われて御者は出発の準備を始める。テンガロンハットの男も荷台に上り、先ほど座っていたものと同じ樽に腰掛けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...