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智也【十】
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あーちゃんは以前、ここで溺れたことがあっただろう? あの夜、水をたくさん飲んでしまったあーちゃんをこの砂浜で介抱したのは、僕と勇ちゃんだ。真っ先に人工呼吸を始めた勇ちゃんの素早い判断。僕は目を逸らすこともできず、隣で呆気に取られていたよ。でもその甲斐あって、あーちゃんはすぐに水を吐き戻し、ぼんやりと目を開けてくれた。
沖に流されたあーちゃんを助けるとき、身に着けていたシャツやショートパンツは勇ちゃんが剝ぎ取ったんだ。衣服は濡れると重たくなって身体にまとわりつく。着たままだと救助の邪魔になってしまうから仕方がなかったんだ。そのとき何もできなかった僕は、せめて自分ができることをしようと思って、あーちゃんの服を探しにもう一度海へ向かった。
服は運良く浅瀬に漂着していて、僕は難なく目的を達することができた。ただ、僕の苦悶はここから始まる。回収した服を持って引き返していると、花火に照らされた二人の姿が目に飛び込んできた。砂浜に寝かされたあーちゃんと、人工呼吸を続ける勇ちゃん。違和感の正体はすぐにわかった。意識は戻っているのになぜ人工呼吸? そして、勇ちゃんの首に回されたあーちゃんの腕──。
さあ、これで終わりにしよう。最後に残っている分厚い壁は、僕の力で必ずぶち破ってみせる。こう見えても、僕だって少しはたくましくなったんだ。それにこれは、あーちゃんや勇ちゃんのためじゃない。他ならぬ僕の、後悔のない未来のためなんだから。
「泣かないで。あーちゃんは僕が守る」
目の前で俯いているあーちゃんに呼びかけると、僕に跨っていた勇ちゃんはゆっくりと立ち上がり、僕の手を取って起き上がらせた。
「あの、遅くなってごめん」
いいや、むしろ絶妙なタイミングだったと思う。あーちゃんがこの瞬間を狙ったかどうかはわからないけれど、僕にとっては願ったり叶ったりだ。それより、またびっくりさせちゃうことになるから、こちらこそごめんね。
「いいよ、そんなこと。それより聞いてほしいことがあるんだ。僕はあーちゃんのことが……」
「待て。何か忘れてないか? 俺もいるんだぞ」
もちろん忘れてないよ。だってある意味、今日の主役は僕でもあーちゃんでもなく、勇ちゃんなんだから。
「わかった、続きはあーちゃんと二人きりになってから言うよ。それでいい?」
「そうじゃねえ。くそっ、どうしてこんなことになっちまったんだ。──亜美、トモの話のあと、俺の話も聞け」
そう、それでいい。ここまで本当に長かった。これでようやく、あの夜からずっと絡みついている呪いから解放される。
そのとき、僕たちがいる砂浜が真昼のように明るくなった。今年の花火が終盤を迎えて、色とりどりの火花が夜空を盛大に埋め尽くしている。ずっとずっと言いたくてたまらなかった言葉が、様々な思いでいっぱいになった僕の胸をするすると昇り、ようやく打ち上がった。
「あーちゃん、好きだ」
このときの勇ちゃんの渋面といったらなかった。僕にだけは絶対に言わせたくなかったって、顔に大きく書いてある。でも、もう言ったよ。あとはどうなろうと、僕は知らないからね。
「次は俺だ。おいバカ亜美、独りですねてんじゃねえよ。俺がいるだろうが」
あーちゃん、終わったよ。君の願いはちゃんと叶えたからね。やり過ぎだったなんて言わないでよ。僕にだって、僕なりの事情ってものがあるんだから。
「──ただいま。信じてもらえないかもしれないけど、聞いて。本当は一度も忘れたことなんてなかった。私は小さい頃からずっと、この砂浜が大好き」
あーちゃんは人目も憚らず、ぐしゃぐしゃに泣いている。勇ちゃんは所在なさそうに、夜空を埋め尽くす花火の最後を見届けている。そして僕はというと、何一つ変わらない、いつもの僕だ。本当にもう嫌になるくらい、冷静で理性的で穏やかな僕。でも今の僕は不思議と、そんな自分もまんざらでもないと思い始めている。
こういう風に自分を肯定できるようになったのは、ずっと苦楽を分かち合ってきてくれた、大切な幼馴染たちのおかげ。
沖に流されたあーちゃんを助けるとき、身に着けていたシャツやショートパンツは勇ちゃんが剝ぎ取ったんだ。衣服は濡れると重たくなって身体にまとわりつく。着たままだと救助の邪魔になってしまうから仕方がなかったんだ。そのとき何もできなかった僕は、せめて自分ができることをしようと思って、あーちゃんの服を探しにもう一度海へ向かった。
服は運良く浅瀬に漂着していて、僕は難なく目的を達することができた。ただ、僕の苦悶はここから始まる。回収した服を持って引き返していると、花火に照らされた二人の姿が目に飛び込んできた。砂浜に寝かされたあーちゃんと、人工呼吸を続ける勇ちゃん。違和感の正体はすぐにわかった。意識は戻っているのになぜ人工呼吸? そして、勇ちゃんの首に回されたあーちゃんの腕──。
さあ、これで終わりにしよう。最後に残っている分厚い壁は、僕の力で必ずぶち破ってみせる。こう見えても、僕だって少しはたくましくなったんだ。それにこれは、あーちゃんや勇ちゃんのためじゃない。他ならぬ僕の、後悔のない未来のためなんだから。
「泣かないで。あーちゃんは僕が守る」
目の前で俯いているあーちゃんに呼びかけると、僕に跨っていた勇ちゃんはゆっくりと立ち上がり、僕の手を取って起き上がらせた。
「あの、遅くなってごめん」
いいや、むしろ絶妙なタイミングだったと思う。あーちゃんがこの瞬間を狙ったかどうかはわからないけれど、僕にとっては願ったり叶ったりだ。それより、またびっくりさせちゃうことになるから、こちらこそごめんね。
「いいよ、そんなこと。それより聞いてほしいことがあるんだ。僕はあーちゃんのことが……」
「待て。何か忘れてないか? 俺もいるんだぞ」
もちろん忘れてないよ。だってある意味、今日の主役は僕でもあーちゃんでもなく、勇ちゃんなんだから。
「わかった、続きはあーちゃんと二人きりになってから言うよ。それでいい?」
「そうじゃねえ。くそっ、どうしてこんなことになっちまったんだ。──亜美、トモの話のあと、俺の話も聞け」
そう、それでいい。ここまで本当に長かった。これでようやく、あの夜からずっと絡みついている呪いから解放される。
そのとき、僕たちがいる砂浜が真昼のように明るくなった。今年の花火が終盤を迎えて、色とりどりの火花が夜空を盛大に埋め尽くしている。ずっとずっと言いたくてたまらなかった言葉が、様々な思いでいっぱいになった僕の胸をするすると昇り、ようやく打ち上がった。
「あーちゃん、好きだ」
このときの勇ちゃんの渋面といったらなかった。僕にだけは絶対に言わせたくなかったって、顔に大きく書いてある。でも、もう言ったよ。あとはどうなろうと、僕は知らないからね。
「次は俺だ。おいバカ亜美、独りですねてんじゃねえよ。俺がいるだろうが」
あーちゃん、終わったよ。君の願いはちゃんと叶えたからね。やり過ぎだったなんて言わないでよ。僕にだって、僕なりの事情ってものがあるんだから。
「──ただいま。信じてもらえないかもしれないけど、聞いて。本当は一度も忘れたことなんてなかった。私は小さい頃からずっと、この砂浜が大好き」
あーちゃんは人目も憚らず、ぐしゃぐしゃに泣いている。勇ちゃんは所在なさそうに、夜空を埋め尽くす花火の最後を見届けている。そして僕はというと、何一つ変わらない、いつもの僕だ。本当にもう嫌になるくらい、冷静で理性的で穏やかな僕。でも今の僕は不思議と、そんな自分もまんざらでもないと思い始めている。
こういう風に自分を肯定できるようになったのは、ずっと苦楽を分かち合ってきてくれた、大切な幼馴染たちのおかげ。
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