この恋は無双

ぽめた

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閑話

乙女に捧げる恋の花⑥

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 私達の門出の日は、晴天に恵まれた心地よい初夏だった。

 マルーセル様とやけ酒を交わしてから、あっという間に四年の時が流れていた。

 今日は私とハリストの結婚式である。

「綺麗だよ、二ファ」

 いつもの胡散臭い薄笑いは何処へやら。

 頬を少し染めて、私の手を取り教会をゆっくりと歩くハリストはこちらを見て笑う。

「貴方も普段より立派ですよ。
 顔のつくりだけは良く産んで下さったご両親に感謝して下さいね」

「あはは、こんな日でも君は相変わらずだ。
 ま、そこがいいんだけど」

 親族一同に笑顔で見守られ、祭壇で結婚の誓いを立てた私たちは、そんな会話を小声でしながら教会の外へと向かう。

 ゆっくりと両扉が開かれ、爽やかな風が吹いてドレスとヴェールを揺らした。

 きれいな青空の下、外に集まってくれていた友人や両家の招待客が歓声と拍手と共に迎えてくれた。

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「幸せになるんだぞー!」

 口々に祝いの言葉を上げてくれるのは、ハリストの属している第六騎士団の方や私のメイド仲間たち。

 その中には勿論、ヤノスさんとマルーセル様の姿もあった。
 笑顔で手を振り返し、私達は階段の前で足を止める。

 これから、私の大事な役目があるからだ。

「あんまり力入れないでね。
 向こうのパーティ会場まで飛んじゃうから」

「もちろんです。狙いはきちんと定めないと」

 ハリストの腕に絡めていた腕を離し、反対の手に持っていたブーケを持ち直して私は気合いをいれる。

 階段下に居列ぶのは、未婚の女性たち。
 花嫁の投げるブーケを受け取った女性は愛の女神の祝福が授けられ、次に花嫁になれるとの言い伝えがあるのだ。

 皆一様に期待と闘争心の漲った顔をしている中、端っこの方で私を見あげてにこにこしているマルーセル様の姿があった。

 きれいですよ。

 そんなふうに、マルーセル様が唇だけを動かして胸の前で拍手をしている。

 ……かわいらしい。

 飢えた猛獣、とは言い過ぎだろうか。瞳をぎらつかせてブーケが投げられるのを今か今かと待ち構えている女性たちと違って、自分が祝福を受け取ろうなど微塵も考えていない様子だった。

 私にお任せを、マルーセル様。

 一球入魂、必ずやこのブーケは貴女の元へ届けて見せますからね。

 間違っても力を入れすぎて、来客達の向こうに用意されたガーデンパーティの会場まで飛ばさないようにしなくては。

 マルーセル様の位置を確認した私は、くるりと背を向けた。

 後ろを向いて投げるのは少々難易度は高いが、父に幼い頃から武術一般を仕込まれてきているのだ。無論、弓矢や投擲も。

 慎重に息を整える。
 冷静に、針の穴に糸を通すように。
 一撃で獲物を仕留めるのだ。

「……気合い入りすぎ」

 ハリストの苦笑い混じりの声を無視して、戦場で敵兵と対峙したかのような緊張感が張り詰める中。

 ぱっと目を開けた私はブーケを後方へと投げた。

 きゃあっと歓声が上がる。

 素早く振り返った私は、空高く投げあげた花束の行方を目で追った。

 行先は、狙い違わずマルーセル様の頭上。

 よしっ、完璧。

 ぐっと握り拳を握った瞬間、ぶわりと強い風が吹く。

 あわあわと、ブーケを受け取ろうか迷い腕を上げるマルーセル様の手が、風に煽られ方向を変えた花束をぱしんと弾き飛ばしてしまった。

「ああっ!」

 つい悲鳴が漏れる。
 まさかあのタイミングで風が吹くなんて。

 風の精霊の気まぐれに舌打ちしそうになった時にはもう、花束はマルーセル様の背後にいた人物の手の中に収まってしまっていた。

「…………ええと…………あれ?」

 タキシード姿のヤノスさんが、困ったように自分を指さして、へらりと笑った。

「「「お前が取るのかよ!!」」」

 騎士団の皆様の盛大なツッコミと、淑女達の残念がる声が上がったのは同時だった。

「あー……あはは。おめでとうございますヤノスさん。
 次の花嫁姿が楽しみです」

 マルーセル様に笑顔で告げられ、空気を読めよお前はーなどと騎士団の皆様にばしばし背中やら肩やらを叩かれ、淑女の皆様からも非難に満ちた視線を向けられ。

 ずっと困り顔をしていたヤノスさんが、ふいにマルーセル様と向き合った。

「どうぞ」

「はい?」

 ぽん、とヤノスさんはマルーセル様の腕の中へブーケを渡して、にっこりと微笑んだ。

「僕はマルーセルさんの花嫁姿が見たいですから、受け取ってください。
 愛の女神の祝福がありますように」

 しん、と場が一瞬で静まり返った。

「え?
 私は貴方の花嫁姿が見たいですけど」

 眼鏡の弦をくいっと上げながら宣うマルーセル様に、一同がその場でがくりとコケる。

「…………でも」

 腕におさめられた花束の花弁を指先で優しく撫でつつ、ぽつりと呟いたマルーセル様がヤノスさんを見上げた。

「嬉しいです。ありがたく頂戴しますね」

 マルーセル様は少し恥ずかしそうに頬を染めて、それでも満面の笑顔を浮かべていた。

 わっと歓声と拍手が巻き起こる。

 やるなぁお前ーとまたばしばし仲間に身体のあちこちを叩かれ、揶揄われるヤノスさんと、楽しそうに笑い声を上げるマルーセル様。

 微笑ましい二人の様子を、その場にいる皆が明るい笑顔で見守ってくれていた。






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