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十一章
喪っても日々は過ぎて
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丸七日間も寝込んでいたタリュスが、ようやく意識を取り戻した。
熱も引いてきたなとほっとしつつ、おでこのタオルを替えようとした所で、タリュスがぼんやりと薄く目を開けていたのだ。
「……おはよう、タリュス」
視界が涙で歪む。
もしかしたらこのまま、タリュスも目覚めないんじゃないかと、嫌な想像ばかりしていたから。
「戻ってくれて……良かった」
強くタリュスの頭を抱き締めた。
意識を取り戻して三日が過ぎたけれど、一切の感情が削ぎ落とされたように、タリュスは言葉を話さないでいた。
城の者が代わる代わる様子を見に来るが、虚ろな目を向けるばかりで。
けれど彼らは、タリュスの心境を慮り、今は様子をみるしかないと言ってくれる。
皆の優しさに甘えながら過ごしていたある日、ダグラスが訪れてきた。
二ファに案内されてきた彼は、相変わらず大きな体で熊のようだ。
扉の前に立ち出迎えると、自分との体格差に少し面白くなり頬が笑みの形に緩む。
「久しぶりだね、ダグラス」
「ああー……そうだな。久しぶりだ。
……まさかあんたがイグニシオンの嫁だとはなぁ。
っつうか、わかるわけねえだろ!」
「ふふ。ごめんね、本当のことを言えなくて」
「まあ自分から魔人族って名乗れねえのはわかるけどよ。何がエルフの隠れ里の生まれだよ、嘘も大概にしろっての。
しかも年齢やら性別を変えられるとか、どうなってんだ。今度調べていいか」
「興味ある?わたしに」
「馬っ鹿な含み入れんな、探求心に決まってんだろ。
いいから座れ」
ダグラスの話す調子は、どこかサークを思い起こさせてくれる。
それが寂しくも、嬉しい。
サークの友人だからなのか、それとも同じ場所で同じ教育を受けて育ったからなのか。
言い方は粗野だけれど、妊婦のわたしに気遣いをしてくれる優しさまで、少し似ている。二人でソファーに腰かけながら、そう思う。
「まず聞くけどよ。
イグニシオンが消えた顛末。
手紙に書いてきた通りなんだな?」
「………うん。そうだ。
目の当たりにしたタリュスもこの通りだよ」
二ファが紅茶を置く瞬間、かちゃりと音をたてた。
「失礼致しました」
彼女らしからぬ失敗に、わたしは構わないよと笑ってみせる。
二ファだってあの場にいたのだから、無理もない。
「これが一緒に入ってなきゃ、俺だって信じたくなかったがな。
っとにな!あのバカは何で相談とかしねえんだ!
ガキの頃あんだけ何度も説教してやったっつうのに、なんもわかってねぇじゃねえか!」
ダグラスが懐から出した小さな箱を、テーブルにばんと叩きつけながら声を荒げる。
「魔術師の塔で、長いこといじめられてたんだって?」
「嫉妬だよ。下らん連中に嫌がらせされてた。
見た目も才能も、あいつはとにかく目立つから。
言ってくれりゃあ、もう少し早く生きやすい環境になれたんだ」
「弱いと思われたくなかったんだろうね。サークだもの」
「意地はって消えてりゃ世話ねえだろうが。
子供の顔も見ねえで、嫁さん置き去りにしやがって。
っとに、バカな!」
「君は優しいね。
わたしとこの子の為に、そんなに怒ってくれるなんて」
「っな、そんなんじゃねえ」
「でも君が本当に酷薄だったら、わたしのお願いなんて聞いてくれなかった。
……開けても、いい?」
「……ああ」
テーブルの上の小箱をそっと取り上げるわたしを、ダグラスは苦い顔で見つめてくる。
「魔人族のあんたと白金の知識でも、それだけとはな」
「情けないよ。二十年かけてこれだけ、なんてさ」
「残っただけ僥倖だ。
存在すらあやふやな精霊に対抗する術なんて、とっかかりすら想像つかん。
最高峰の術式組んだって誇っていいと思うぞ。
研究資料なんか、塔では喉から手が出るほど欲しがるだろうよ」
元魔術師からの褒め言葉に、わたしはちいさく笑って応える。
結果が望む通りにならなければ、魔術が完成したとは言えない。
サークがいつも言っていたのを思い出す。
万が一の時に、君を守りたかった。
だからこんなにも年月をかけて、作り上げた。
……完璧だと、思ったのにな。
また視界が潤んできて、わたしはそっと瞼を伏せた。
熱も引いてきたなとほっとしつつ、おでこのタオルを替えようとした所で、タリュスがぼんやりと薄く目を開けていたのだ。
「……おはよう、タリュス」
視界が涙で歪む。
もしかしたらこのまま、タリュスも目覚めないんじゃないかと、嫌な想像ばかりしていたから。
「戻ってくれて……良かった」
強くタリュスの頭を抱き締めた。
意識を取り戻して三日が過ぎたけれど、一切の感情が削ぎ落とされたように、タリュスは言葉を話さないでいた。
城の者が代わる代わる様子を見に来るが、虚ろな目を向けるばかりで。
けれど彼らは、タリュスの心境を慮り、今は様子をみるしかないと言ってくれる。
皆の優しさに甘えながら過ごしていたある日、ダグラスが訪れてきた。
二ファに案内されてきた彼は、相変わらず大きな体で熊のようだ。
扉の前に立ち出迎えると、自分との体格差に少し面白くなり頬が笑みの形に緩む。
「久しぶりだね、ダグラス」
「ああー……そうだな。久しぶりだ。
……まさかあんたがイグニシオンの嫁だとはなぁ。
っつうか、わかるわけねえだろ!」
「ふふ。ごめんね、本当のことを言えなくて」
「まあ自分から魔人族って名乗れねえのはわかるけどよ。何がエルフの隠れ里の生まれだよ、嘘も大概にしろっての。
しかも年齢やら性別を変えられるとか、どうなってんだ。今度調べていいか」
「興味ある?わたしに」
「馬っ鹿な含み入れんな、探求心に決まってんだろ。
いいから座れ」
ダグラスの話す調子は、どこかサークを思い起こさせてくれる。
それが寂しくも、嬉しい。
サークの友人だからなのか、それとも同じ場所で同じ教育を受けて育ったからなのか。
言い方は粗野だけれど、妊婦のわたしに気遣いをしてくれる優しさまで、少し似ている。二人でソファーに腰かけながら、そう思う。
「まず聞くけどよ。
イグニシオンが消えた顛末。
手紙に書いてきた通りなんだな?」
「………うん。そうだ。
目の当たりにしたタリュスもこの通りだよ」
二ファが紅茶を置く瞬間、かちゃりと音をたてた。
「失礼致しました」
彼女らしからぬ失敗に、わたしは構わないよと笑ってみせる。
二ファだってあの場にいたのだから、無理もない。
「これが一緒に入ってなきゃ、俺だって信じたくなかったがな。
っとにな!あのバカは何で相談とかしねえんだ!
ガキの頃あんだけ何度も説教してやったっつうのに、なんもわかってねぇじゃねえか!」
ダグラスが懐から出した小さな箱を、テーブルにばんと叩きつけながら声を荒げる。
「魔術師の塔で、長いこといじめられてたんだって?」
「嫉妬だよ。下らん連中に嫌がらせされてた。
見た目も才能も、あいつはとにかく目立つから。
言ってくれりゃあ、もう少し早く生きやすい環境になれたんだ」
「弱いと思われたくなかったんだろうね。サークだもの」
「意地はって消えてりゃ世話ねえだろうが。
子供の顔も見ねえで、嫁さん置き去りにしやがって。
っとに、バカな!」
「君は優しいね。
わたしとこの子の為に、そんなに怒ってくれるなんて」
「っな、そんなんじゃねえ」
「でも君が本当に酷薄だったら、わたしのお願いなんて聞いてくれなかった。
……開けても、いい?」
「……ああ」
テーブルの上の小箱をそっと取り上げるわたしを、ダグラスは苦い顔で見つめてくる。
「魔人族のあんたと白金の知識でも、それだけとはな」
「情けないよ。二十年かけてこれだけ、なんてさ」
「残っただけ僥倖だ。
存在すらあやふやな精霊に対抗する術なんて、とっかかりすら想像つかん。
最高峰の術式組んだって誇っていいと思うぞ。
研究資料なんか、塔では喉から手が出るほど欲しがるだろうよ」
元魔術師からの褒め言葉に、わたしはちいさく笑って応える。
結果が望む通りにならなければ、魔術が完成したとは言えない。
サークがいつも言っていたのを思い出す。
万が一の時に、君を守りたかった。
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……完璧だと、思ったのにな。
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