この恋は無双

ぽめた

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十一章

遺されたもの

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「ーーーサークのわるぐちいうな」

 囁き声に、全員が顔をあげる。

 背後を振り返れば、ベッドの上でタリュスが起き上がろうとしていた。

「……おい、顔色やばいぞ」

「ほとんどあれから何も食べてないんだ。
 タリュス、無理しないで」

「嘘だろ、十日は経ってるのにか」

 慌ててわたしはタリュスの側に駆け寄る。

 背中にクッションを押し込んで、ようやく上体を起こせたタリュスは、ダグラスの言う通り顔色が紙のように白い。

 隈の浮いた半眼の瞳はけれど、ぎらついた光を宿していた。

 憤りとか怒りとか、寂しさとか悔しさ。そんな負の感情がぜんぶ煮詰められている光だ。

 魔人族の郷を襲っていた時よりもなお暗く深い、深淵そのもののような蒼。

「僕だけだ、サークのこと、いえるのは。
 ……ゆるさない」

 消耗しきってかすれ声しか出せない喉から、怨嗟の呟きを落とすタリュス。

 まるでサーク自身へも向けているようだと思った。

 わたしは深呼吸をしてから、ベッドの側に置いていた椅子に腰かける。
 幽鬼のような形相でダグラスを睨んでいたタリュスに、強めの声で呼び掛けた。

「ねえ、見て。これ」

 ゆっくりとした瞬きを数回してからようやくこちらを見たタリュスに、わたしはそっと両手を差し出した。

「最期のあの時ね。サークの持っていた懐中時計にかけていた、ある魔術が発動してたんだ」

 虚ろな表情のまま、タリュスはわたしの言葉を聞いているように見える。

「時の精霊に抗う術と、サークの身を守る為の術。
 君が産まれる前から、二人で準備していて。
 でも結局は、完全じゃなかったから……
 これだけしか、残せなかった」

 開いた掌の箱の中。

 そこには、月によく似た煌めきを抱く真珠のピアスが一対。

 ふるりと唇が泣きそうに震えたけれど、涙を堪えてわたしは続ける。

「サークの瞳だったものだよ。
 ダグラスに頼んで加工して貰ってたのが、今日出来上がった」

 わたしの言葉が上滑りしているようだった虚ろなタリュスの瞳が、ゆるゆると焦点を結んでわたしの掌に落ちる。

 室内を照らすおぼろげなランプの光を反射する、小さな装飾品。

 柔らかく反射する真珠の光が、サークの優しい眼差しを思い起こさせる。

 ……本当なら、サークの存在全てを残す筈の魔術を組んでいた。

 わたしが城に辿り着き、激しい魔力のぶつかり合うその場で目にしたのは、身を呈して黒い渦から友人を守るサークの姿だった。

 懐中時計に仕掛けていた保護の魔術がその瞬間、確かに起動したけれど、すぐに効力が消えたのを感じた。

 恐らくその時、ロフィリードが仕掛けた時の精霊の魔術も、同時に力を失ったのだ。

 ……サークが消えた時。

 気を失ったタリュスの傍らに、サークの瞳を象徴するような、この宝石だけが落ちていた。

 まるで形見のように。

 わたし達がサークを救おうと抗った時間の全てを見てきた瞳が。

 だからわたしは、考えた末、ダグラスへ手紙と共に託したのだ。

 肌身離さず身に付けられる、装身具にしてくれないかと。

「タリュス。ひとつずつ持っていよう。
 わたしたちがこれからも、いつでもサークと一緒にいられるように」

 片方のピアスをタリュスの掌に落とす。

 そのまま、言葉がタリュスに染み込むまで、待つ。

 タリュスなら、どれだけ時間をかけたとしても。
 きっと理解してくれると信じて。

 やがて、ピアスをじっと見つめるタリュスの両目から、止めどなく涙が溢れだした。

「っうっ……なんで……サーク……っ!」

 身を二つに折って、タリュスは声を上げて泣いた。

 毎日あれ程泣いているのに、まだこんなに涙が出る。

「ぼくが、僕がほしかったのは……!
 ちがう、こんなかたちじゃない…!」

 きつくピアスを拳の中へ握り、言葉と裏腹に、すがるように額を押し付けて。

「そうだね。本当にそうだ。
 ……タリュス。
 君がきちんと受け止められるまで、待つよ」

 サークとわたしの愛しい子。

 君なら必ず、残りの人生を泣き暮らすだけで終えやしないと、信じてる。

 わたしはそっと、タリュスの背中を撫で続けた。







 目覚めたくもないのに、身体は勝手に以前の調子を取り戻していて、自然と意識が覚醒する。

 室内にルーナはいない。
 食事か、誰かに会いにでも行ったのだろう。

 掌には、玉虫色に煌めく金属で出来た装身具がひとつ。

 魔導銀ミスリルだ。
 かれの杖と、同じ光沢をしている。
 魔力は感じない。
 ほんとうに、ただ身を飾るためのもののようだ。

 こんなものが、サークのかわりだなんて。

 認めない。

 こんなもので、僕の渇きは癒せない。







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