この恋は無双

ぽめた

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十章

手紙

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 もやもやした気分でいると、ルーナがベッドの上に置いた小さな手持ち鞄から白い封筒が覗いているのに気がついた。

 テーブルについて、水差しの水をコップに注いでいるルーナに聞いてみる。

「手紙?珍しいね」

「そうそうこれ。マルーセルからだよ」

「え?なんで!?」

「三日前かな。散歩がてら、王都に皆でいるよってマルーセル宛てで城に届けて来たんだ。
 彼女は二年前に尚書官になれたって言ってただろ?検閲が通れば陛下宛てよりは読んで貰えるかなって。
 これはその返事。
 この宿の場所は伏せておいたから、わたしがまた城に行ったとき受け取れるように、門番に預けて欲しいって彼女には書いておいた。
 門番の兄さんは受け渡しを快く頼まれてくれたからね」

 鞄から封筒を出してペーパーナイフで開けつつ、嬉しそうなルーナにオレは呆れた溜め息をついた。

「勝手に何やってるんだよ。
 サークは知ってたのか」

「いや」

 オレと似たような呆れ顔でかぶりを振る。

 国王に会うのをはぐらかしていたせいか少しだけ気まずそうだが、門番を誑かして何やってんだと顔に書いてある。

「ええと……日付は昨日か。一日おいてマルーセルまで届いたみたい。
 タリュスにもサークにも会いたいってさ」

 一方で手紙を読み進めながらルーナはにこにこしている。

「結婚式が終わったし、城の様子も落ち着いてるから街で食事でもどうかって書いてるね。
 あとは陛下にもサークが来てるって伝えていいかだって。どうする?」

「そこら辺の分別つくようになってんだな。
 前のあいつなら手紙来た時点で喋ってそうなもんだ」

「流石に王妃付きで仕事していれば、色々配慮するよう考えるだろうね。
 それにいつまでも隠れてられないと思うよ?
 君たち目立つのに顔も隠さず出歩いてるだろ。
 そろそろ巡回してる騎士達の話題になってるんじゃないのか」

「目立つとか何とか、ルーナには言われたくないけど」

「……あー……そうだな……面倒くせえけど……
 明日行く。手紙持ってくから返事書いとけ。
 あとこれからは俺が持ってく。
 お前はもう城に近づくなよ」

「伝書鳩してくれるの?面倒なのに?」

「そうだよ。……笑ってんな」

「ふふ。じゃあサークの気が変わらないうちに、早速書いてしまおうか。
 マルーセルの手紙、読みたいならどうぞ」

 便箋と封筒を、ベッドサイドテーブルの引き出しから取り出してルーナはおかしそうに笑う。

 はいと差し出された手紙には、几帳面な文字が整然と並んでいた。
 内容は話し言葉に近くて、嬉しさが滲んでいた。読んでいくうちに彼女の屈託のない笑い顔が思い浮かぶような筆致。

 ……見目の変わらないサークやルーナと違って、オレを見たらなんて言うのだろう。

 マルーセルだって国や姉を守る為に奔走したはずだ。願っていた姉の幸せな結婚まで延期させられて。

 元凶であるオレにも会いたいなんて言うのはきっと、しなくてもいい苦労の恨みつらみをぶつけるいい機会だって思ったんだろう。

 搭に集められた時の魔術師達と同じように。

 すらすらと羽ペンをすすめるルーナを見つめながら、オレは力なく手紙をテーブルの上に放った。






 翌日、サークは午前の遅い時間に出掛けて行った。
 二人で借りている部屋に戻ってきたのは夕食前の時間で、だいぶ疲れた顔をしていた。

 ベッドに仰向けになり本を読んでいたオレは、本を置いて半身を起こし、側に腰かけたサークの顔を下から覗き込む。

「大丈夫?」

「なように見えるかよ」

「ううん。
 結構遅かったね」

「マルーセルの奴、ウィルとメリルが公務で居ないっつうから帰ろうとしたら騎士連中呼びやがって……ブライアンに捕まってる間にぞろぞろ集まってきたし。
 ヤノスだのニファ達メイド連中だの、タリュスに会わせろってうるせえうるせえ」

「そっか……みんな、元気だった……?」

「相変わらずな。ウィルの奴臣下を野放しにすんのは変わってねえ」

 ぼふりとベッドに倒れ込んで、サークは大きな溜め息をついた。
 オレもうつ伏せの姿勢になり両手で頬杖をつく。

「あんまりやかましいから宿の名前教えて来た。
 くれぐれも押し掛けんなとは言ってきたが、手紙が出せりゃ少しは黙るだろうしな」

「ふうん」

 仰向けになったサークの顔が近い。
 きれいな紫色の扇みたいな睫毛が瞬きしている。

 手を伸ばしてオレの額にかかる髪をそっと払う指は優しかった。

 なし崩しに毎日同じベッドで眠る内に、こうやって触れられる事にも自然と慣れてしまっている。
 お互いに甘やかして、甘やかされるのに慣れようとしていた。

「あいつらは変わってねえ。
 んな不安そうにしなくていい」

「……ん」

 離れる指にすがるようにオレは指を絡め、額に押しあてて俯き目を閉じる。

 滑らかだけど固い指先は温かくて、昔優しかった人たちとの再開に怯える僕の心を、すこしだけ暖めてくれた。




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