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九章
約束したから
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ふう、とわたしは息を吐いてクッションに背中を預けた。
「来てくれてありがとう。二人とも痩せたね。
罪人のタリュスを連れて来るなんて、君相当無理をしたんじゃないのか」
ベッドサイドの椅子から離れないサークは、長い前髪の隙間からわたしをちらりと見た。
元々細身なのに、タリュスを探し初めてから食事も抜きがちだったせいで頬が少し痩けている。
まったく、あれほどご飯は食べなさいと言っておいたのに。
それでもタリュスを追っていた頃とは比べ物にならない程、表情は落ち着いているように見えたので少しだけほっとする。
「普通ならタリュスは塔から二度と出られなかった。
新しい魔術の技の開発に協力した事と、リヴリスの庇護があってようやくだ」
「そうか……
わたしの所に必ず連れ帰るって約束、守ってくれたんだね」
もう一度、ありがとうと告げて微笑むと、金色の瞳を和らげて笑い返してくれた。
タリュスがわたしの同族を全て屠り、ランドール国の王太子と、二人目の白金の魔術師から魔術を奪ったのは半年前。
魔術師ギルドは当時、残り少ない魔術師を全て彼らの本拠地へ呼び戻し、総力を以て魔術師殺しを誅すると決定した。
それを止めたのはサークだ。
タリュスは桁違いの魔力と回復力を備え、精霊を意のままに操れる存在であり、癒しの力まで持っている。
そんな神にすら近い者の命を奪えば、精霊だけでなく神々の怒りまで買う可能性すらあると。
だから殺すのではなく封じる策を立てた。
魔力を封じさえすればタリュスを無力化できる。
恐らく正面からぶつかれば、自分も含めて全員が精霊との盟約を奪われるだろう。
だからサークは、精霊と意志疎通が出来る重要さを納得させる為に新しい魔術を造り出す手伝いをタリュスにさせて、魔術師達の反感を減らす所までを計画してわたしに話してくれていた。
「タリュスに会えば大抵の連中は堕ちるからな。
予想通りつうか、魔道具造るのに何度も面会してるうちに、同情だの恋慕だの親心だの、関心引きまくってた」
「ふふ。それなら君も威嚇に忙しかったろうね」
「黙って立ってると儚げな美人だから精霊みたいで、消えやしないか目を奪われるんだと。
どこが俺に似てるってんだよ」
不快げに眉を寄せるサーク。
主に作業部屋に籠っていたようだが、食堂で会話に聞き耳を立てられたり、タリュスが一人で歩いている時に接触されたりと、信奉者のような連中が増え始めて諌めるのには苦労したそうだ。
「それにしても、君以上にタリュスは拗らせてるようだね。
気付いてるだろ?
わたしへの殺意の凄さはいっそ小気味いいくらいだった」
この部屋にあの子が入ってきた瞬間に解ってしまった。
深い紺碧の瞳が、なお昏く沈んでわたしを捕らえたから。
あんなに朗らかに笑っていたのが嘘のように、一瞬だけ頬をひくりと歪ませて嗤ったから。
わたしの同族を殺めていたあの日と同じ、殺意に満ちた顔をしていた。
タリュスはまだ、サークへの恋心を捨てていない。
……きっと何度も何度も諦めようとして、どうしても出来なかったんだろう。
押さえきれない激情は隠せない程に溢れて、愛する男の子供を身籠ったわたしに刃を向けてくる。
「……俺達の責任は半々。
弁解するつもりはねぇよ」
サークも解っているのだ。
小さく肩を竦める。
「にしても、いつ子供がいんのが解ったんだ」
「君と別行動して暫くしてから。
言ってた通り、ランドール王家から高位精霊が離れて、マズルカ山の王家の霊廟は精霊の守護が消えていた。
中には精霊の体系図があったよ」
「やっぱり仕掛けがあったか。
加護は一代限りなのに、ランドールに繋がる一族だけ代々引き継がれるなんざ、おかしいと思ってたんだ」
タリュスがランドール王家から精霊の加護を根こそぎ奪った後、わたしがサークと別行動を取ったのはこの為だった。
「来てくれてありがとう。二人とも痩せたね。
罪人のタリュスを連れて来るなんて、君相当無理をしたんじゃないのか」
ベッドサイドの椅子から離れないサークは、長い前髪の隙間からわたしをちらりと見た。
元々細身なのに、タリュスを探し初めてから食事も抜きがちだったせいで頬が少し痩けている。
まったく、あれほどご飯は食べなさいと言っておいたのに。
それでもタリュスを追っていた頃とは比べ物にならない程、表情は落ち着いているように見えたので少しだけほっとする。
「普通ならタリュスは塔から二度と出られなかった。
新しい魔術の技の開発に協力した事と、リヴリスの庇護があってようやくだ」
「そうか……
わたしの所に必ず連れ帰るって約束、守ってくれたんだね」
もう一度、ありがとうと告げて微笑むと、金色の瞳を和らげて笑い返してくれた。
タリュスがわたしの同族を全て屠り、ランドール国の王太子と、二人目の白金の魔術師から魔術を奪ったのは半年前。
魔術師ギルドは当時、残り少ない魔術師を全て彼らの本拠地へ呼び戻し、総力を以て魔術師殺しを誅すると決定した。
それを止めたのはサークだ。
タリュスは桁違いの魔力と回復力を備え、精霊を意のままに操れる存在であり、癒しの力まで持っている。
そんな神にすら近い者の命を奪えば、精霊だけでなく神々の怒りまで買う可能性すらあると。
だから殺すのではなく封じる策を立てた。
魔力を封じさえすればタリュスを無力化できる。
恐らく正面からぶつかれば、自分も含めて全員が精霊との盟約を奪われるだろう。
だからサークは、精霊と意志疎通が出来る重要さを納得させる為に新しい魔術を造り出す手伝いをタリュスにさせて、魔術師達の反感を減らす所までを計画してわたしに話してくれていた。
「タリュスに会えば大抵の連中は堕ちるからな。
予想通りつうか、魔道具造るのに何度も面会してるうちに、同情だの恋慕だの親心だの、関心引きまくってた」
「ふふ。それなら君も威嚇に忙しかったろうね」
「黙って立ってると儚げな美人だから精霊みたいで、消えやしないか目を奪われるんだと。
どこが俺に似てるってんだよ」
不快げに眉を寄せるサーク。
主に作業部屋に籠っていたようだが、食堂で会話に聞き耳を立てられたり、タリュスが一人で歩いている時に接触されたりと、信奉者のような連中が増え始めて諌めるのには苦労したそうだ。
「それにしても、君以上にタリュスは拗らせてるようだね。
気付いてるだろ?
わたしへの殺意の凄さはいっそ小気味いいくらいだった」
この部屋にあの子が入ってきた瞬間に解ってしまった。
深い紺碧の瞳が、なお昏く沈んでわたしを捕らえたから。
あんなに朗らかに笑っていたのが嘘のように、一瞬だけ頬をひくりと歪ませて嗤ったから。
わたしの同族を殺めていたあの日と同じ、殺意に満ちた顔をしていた。
タリュスはまだ、サークへの恋心を捨てていない。
……きっと何度も何度も諦めようとして、どうしても出来なかったんだろう。
押さえきれない激情は隠せない程に溢れて、愛する男の子供を身籠ったわたしに刃を向けてくる。
「……俺達の責任は半々。
弁解するつもりはねぇよ」
サークも解っているのだ。
小さく肩を竦める。
「にしても、いつ子供がいんのが解ったんだ」
「君と別行動して暫くしてから。
言ってた通り、ランドール王家から高位精霊が離れて、マズルカ山の王家の霊廟は精霊の守護が消えていた。
中には精霊の体系図があったよ」
「やっぱり仕掛けがあったか。
加護は一代限りなのに、ランドールに繋がる一族だけ代々引き継がれるなんざ、おかしいと思ってたんだ」
タリュスがランドール王家から精霊の加護を根こそぎ奪った後、わたしがサークと別行動を取ったのはこの為だった。
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