この恋は無双

ぽめた

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八章

シオン⑧

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 あっさりと言われて思わず動揺し、右手で持ち上げた杖がぶれる。

 外れない指輪が鈍く陽光を反射した。

 唯一の、身元を探る手掛かり。

 魔術師?俺が?

 それがどんなものなのかも思い出せないのに、やけに胸が騒いだ。

「俺は商人ギルドにいるけどさ、少しなら魔力があるから、魔道具かどうかわかるんだよ。
 しかもそれ白金じゃないか。 
 なんでこんな所に最高位の魔術師がいるんだい」

「……今は関係ねえだろ。
 揉め事持ち込みに来たんじゃねえなら、村の連中にしっかりと説明するんだな。
 お前らがここでやっちゃいけねえ事やったんなら謝罪が先だ」

 自身の事など二の次だと動揺を押さえつけ、俺は船長から目を離さないままで杖を下ろす。

「そうだな、申し訳なかった村長さん。
 海岸の側で巨大な亀の背中を見たんで、つい珍しくて近づいたんだよ。大切にしてる守り神だったのかな、本当に悪かった」

 船長が腰を深く折って頭を下げた。

 バレル達が激怒した理由がようやく解った俺は振り返り、しんと静まりかえる村人達を見渡して肩を竦める。

「……大亀はこのへんの主なんだ。俺達は神様と呼んでる。
 不用意に近づけば、荒ぶって村を襲うって言い伝えがあるんだよ」

 バレルがだいぶ落ち着いた声音で船長を見下ろして続けると、漁師仲間達が一様に頷く。

「知らなかったもんは、仕方ないか……
 俺達もろくに話を聞かんで悪かった。
 顔をあげてくれ船長さん」

 村長が態度を和らげたので、居並ぶ村人達も緊張がわずかにほどけたのを感じ、俺はその場を空ける。

「許してくれてありがとう。あんまりこの海域の景色が素晴らしいもので、ここに住んでいる皆さんに配慮するのを怠ってしまったよ。
 いや本当に申し訳なかった」

 頭を上げた船長も相好を崩して明るい声で誉めそやし始めた。
 誉められれば悪い気はしないだろう漁師達も、態度が悪かったと口々に謝罪し始める。

 この分ならもう大丈夫だろう。

 俺は集団を離れて、近くに佇んでいたマグナの元へ戻った。

「勝手に借りて悪かった」

 杖を差し出してやると、考え込むような顔でマグナは受け取った。

「そりゃあ構わないが、お前さんは武術の心得まであったのか。随分と熟練しとるようだし」

「無意識だったからよくわかんねえよ」

「それに指輪の事もだ。魔術師だって?
 あの船長さんは色々と詳しそうだ、バレルさんが滞在を許せば暫く居るかもしれんし、聞いてみる価値はあるんじゃないのかい」

 どうやらマグナにも会話が聞こえていたようだ。

 黙りこくる俺の背中に、どんと勢いよく何かがぶつかってきた。

「すごい、凄すぎるわシオン!」

「っ、ミリアか?」

「ほんっとにかっっっこよかった!」

 興奮した様子のミリアが背中に抱きついてきたのだと理解した時には、わっと村の連中に周囲を囲まれていた。

「シオン、あんた強かったんだねえ!知らなかったよ!」

「どうやるのあれ!?杖でびしーって!おれもやりたいー!」

「バレル達止めるなんてやるなあシオン!
 喧嘩になるかと冷や冷やしてたんだぜ」

 俺が戸惑う間にも、次々に賛辞の言葉を浴びせられ、肩やら頭やらを叩かれてもみくちゃにされてしまう。

「おいやめろ押すな、大した事してねぇっつうの」

 大袈裟に騒ぐ村人達から助けを求めてマグナを見るが、マグナも楽しげに笑っていて止めてくれそうもない。

「いい加減にしろお前ら!」

「だってー」

「なあ?」

「せ、せんせい……?先生じゃないですか!?
 生きてたんですね!」

 そこへ若い男の声が割って入った。

 村人達の誰かではない。

 違和感に視線をやると、船の乗組員の一団の方から、こちらに向かって一人の男が駆け寄ってきていた。

 知り合いか、と振り返るがマグナは戸惑った顔で首を左右に振る。

 この島で先生と呼ばれるのは、学校の教師三人かマグナだけだ。

「やっぱりイグニシオン先生だ!皆で探してたんですよ!
 教室の同期も皆心配してて、まさかこんな所にいたなんて……」

 村人達が場を空けると、その男はまっすぐに俺を見てそう叫んだ。

「先生……?えっシオンのこと?」

 ざわざわと村人がざわめく。ミリアが俺にしがみついたまま見上げてくるが、答えられる訳もない。

「誰だ。俺を知ってるのか」

「誰って。そりゃ卒業してから随分たってますけど……
 先生の教室にいたワトロンです。
 アーシャと同級生の」

 残念そうに肩を落とすそいつは、二十代半ば程だろうか。
 長い裾の漆黒のローブを纏い、手には杖を携えていた。

「まだ銀の位のままなんですけど、俺この船の護衛で雇われてるんです。
 落ちこぼれの俺をつきっきりで先生が指導してくれて、お陰でウンディーネとシルフィと盟約結べて……
 本当に忘れちゃったんですか」

「なあ若い兄さん。
 その人はな、怪我をして記憶を無くしてしまってるんだよ。
 あんたはこの人の知り合いなんだね?」

 代表して問いかけたマグナを、村人達も固唾をのんで見守り始めた。

「ええっそうなんですか……お気の毒に……」

「体はもう何ともない。
 それより……教えてくれ。俺が誰なのか」

「もちろんです。
 貴方の名前はサークス・イグニシオン。
 魔術師の中でも最高位の、世界で四人しかいない白金の魔術師です。
 その白金の指輪も、珍しい色の髪と目も、俺の覚えてるイグニシオン先生です。
 間違いないですよ」

 若い魔術師は、自信をもった顔でそう告げた。


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