この恋は無双

ぽめた

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七章

対白金の魔術師サークス・イグニシオン

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 ほんの少し腕を伸ばせば届く距離に、彼がいる。

 半年もの間離れていて、焦がれてやまなかった。

 魔術師の力を奪い、精霊を解放し続けた。

 魔人族の郷を襲って惨たらしく命を奪った。

 すべて自分の為。

 間違った自分が産まれてきた事への、恨みを精算するための行い。

 最後に残した彼の契約を奪ったら、何故か姿を見せない母親も消すために探しに行こう。

 そうした後は、自分も消えるだけでいい。





 杖を水平に構えた彼に、オレは幾つもの水の礫を放つ。
 弾かれた細かい飛沫がきらきらと舞って姿が見えなくなる。

 金の視線から逃れたその一瞬。
 彼の契約を奪うため、魔力を解放した。




 ざあ、と全身を爽やかな風が打つ。

 暖かな陽射しに目を上げれば、見渡す限りの草原だった。

 嘘だろう。

 何もない。

 精霊を縛る契約の一端すら見つけられない。

 しばし呆然としていたけれど、焦るオレの足がやがて力なく動き出す。

 どこまでも広がる草原を、あてどもなく歩いた。

 静かだ。

 海のように風にうねる、艶やかな緑色。

「……あ」

 背の低い黄色の花をつける花畑がみえてきて、近づくと小さな笑い声がする。

 ノーム達だ。
 ふたつ、みっつと煌めきながら花の間を跳ねて遊んでいた。

 きっとかれらが、血の契約を結んでいる。

 なのに、強制されている様子が微塵も感じられない。

 見回せば他の精霊も同じだった。

 サラマンデルもシルフィもウンディーネも。

 のびのびと自由に、庭の中で遊んでいる。

 がくりと僕はその場に両膝をつき、天を仰いだ。
 力の入らない両手の指先に、優しく揺れる草花の感触がする。

 名前を名乗り、血を捧げて盟約と成す。
 人間の魔術師はそうやって、個人の作り上げた魔術で自身の内側に精霊を留め置き、強引にかれらの力をふるう。
 幾多の魔術師が作ったそれは、それぞれの性質が色濃く出る檻ばかりだった。

 なのにサークだけは違った。

 彼が用意したのは、出口を迷わす迷路でも、業を強制するサーカス小屋でも、外敵を防ぐ堅牢な城塞でもない。

 美しい魔術を組み合わせ、優しく自由な極上の箱庭を築いていた。

「……こんなの……出られるわけないよ……」

 僕だって、ずっとここにいたい。

 サークに抱き締められる安心感で満ちた、しあわせなこの空間に。

 それでもオレは、ここを壊さなければならないのだ。

 自分の手で始めた事なのだから。

 頬を涙が伝う。
 緻密で美しい、サークの魔術。
 壊したらもう二度と目にすることは出来ない。
 それでも。

「……もう、行かなくちゃ」

 魔力が底を着きそうだ。

 力尽きて埋もれてしまうのも悪くないなんて、甘美な誘惑に負けては駄目だ。

『ノーム、サラマンデル、ウンディーネ、シルフィ……
 あるべき所へ、一緒に帰ろう』

 光の洪水が箱庭を呑み込んで。

 すべての世界は白く染まって、何も見えなくなった。






 眩しさに眩む視界に何度も瞬きする。

 気がつけば地面に両膝をついた姿勢で座り込んでいた。
 疲労感に負けて俯いていた顔を上げようとした瞬間、強く胸倉を掴まれて背中から倒れこむ。

 強かに打った背中の痛みに顔をしかめ、滲んだ視界に紫色が飛び込んできた。

「やっと捕まえた」

 掠れた声が真上からする。

 反射的に飛び起きようとしたが、オレの首はかさりとした感触と共に片手で押さえ込まれた。
 じゅう、と何かが焼け焦げるような音と同時に、鈍い痛みが鎖骨の辺りに走る。

 同時に全身を押さえつけられ、縛られるような感覚がした。

「魔力は封じさせてもらうぞ」

 戻りはじめた視界が朱をうつす。

 先程までの緊張した空間が嘘のような、鮮やかな夕暮れを背にして。

 肩で息をするサークが、組み敷いたオレを見つめている。
 額から頬へと汗が伝っていた。
 襟足で縛った長い紫色の髪がさらりと流れ落ちて、僕の頬を撫でる。

 ……この世で一番大好きな、柔らかな感触。

「流石は俺の相棒だ。反抗期でこんだけ世界中巻き込んで暴れんだからな」

「……そんな理由で、人を殺す訳、ない……
 ばかに、するなよ……!」

「後悔してんだろ。やったこと全部」

 ぐっと黙るオレに、剣呑な光を宿していた金の瞳がふと和らぐ。

「これ以上ぶちまけたいんなら俺だけにしとけ。
 ……今度こそ全部、受け止めるから」

 熱い掌が首から離れて、強く手を引かれ身を起こす。

 オレと向かい合って地面に座り、真面目な顔でくしゃりと頭を撫でてきた。


「ごめんな」


 じわじわと、言葉が胸に染みていく。

 ……何のために、オレは。
 このひとに抗って非道を尽くしたんだ。

 謝ってほしかったのだろうか。

 受け止めて、受け入れて欲しかったのは確かだ。

 「わからない」なんて、考える事すら拒絶した言葉に絶望したから、諦めたから、ぜんぶ消そうとしたんだ。

「俺の隣に帰って来い。タリュス」

 どうしてそうやってまだ手を差しのべてくるんだ。

「オレは……そんな簡単に、許されない」

 あの日からずっと消えないんだ。
 魔人族の怨嗟の声が。光を失っていく恨む目が。いつまでも苛んでくるんだ。

「俺もお前の罪を背負う。だから」

 じわりと視界が滲む。

「帰ってこい」

 優しく強い声。

 頭に置かれていた手で、ぐいっと広い胸の中に引き寄せられる。

 それは、魔力を暴走させてしまったあの時と同じだった。

 サークは変わらない。
 突き放した温もり。
 拒まれるならいらないと、身限ったはずなのに。

 ……けれど離れてから、思いだすたびに胸が痛くて。

 それまで以上に欲しくてたまらなくて。
 ずっとずっと求めていた。

 馬鹿なのは……僕だ。

 頬を滴が伝った。

「う……」

 頭の中はぐちゃぐちゃで、言葉になんてならない。

「ーーーサーク……」

 か細く呼んで、胸元にすがり付く。

 もう限界だった。

 震える背中をしっかりと抱き込まれながら、泣くことしか出来なかった。
 



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