この恋は無双

ぽめた

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七章

金の魔術師

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 砂まじりの大地は、踏みしめる度に浅く沈んで自然と歩みを遅くさせる。
 この期に及んで鈍るオレの心情そのものみたいで、上がらない足に舌打ちをしたくなった。

 半分程にまで減った魔術師達の集団からふたり、赤毛の女と黒色の髪の男が走り出てくるのをみとめ、オレは眉根を寄せた。

「元気そうねタリュス君!」

「……あんたら……ディスティアの」

「やあ覚えているかい?
 ずいぶんと暗い顔つきになったものだね」

 親しみの籠った言葉と反して、次々と攻撃魔術を繰り出しながら近づいて来たのは、金の魔術師アーシャとエルトール。

「覚えてるよ」

 ふと口許に微笑が浮かぶ。
 たった一年前の事なのになんだか懐かしい。

 一瞬驚いたように瞬きしたアーシャが、炎の球を幾つも放ちながら続ける。

「私達がこっちに向かってる間に、ルーベンス様の力を奪ったそうね!
 待ってたのに留守を狙うなんて酷いわ」

 護りの壁で難なく弾き返しながら、ああと思い出す。

「道理で警備が薄かったわけだ。
 あんた達が居なかったのか」

「城から知らせを受けた時は残念だったよ。
 もてなしの用意をしていたのに無駄になってしまって」

「……ああそう」

「それで?
 なぜリファネル様は見逃したんだい?」

 薄く笑うエルトールの問いに、一瞬思考が止まる。

「その反応は、逃したのではないね。
 手を出せなかったのかな」

 リファネル皇女。確かに彼女は炎の精霊の加護を受けている。

 兄のルーベンスに会いに行った時、あの子も城に居たのはわかっていた。

 抵抗も虚しく血の契約をほどかれた屈辱に顔を歪ませながら、護衛の騎士達と同じように倒れていくルーベンスの、緑色の瞳。

「違う」

 頬に落ちた銀色の髪の隙間から、声の出ない唇が紡いだのは、彼女の身を案じる言葉と、妹姫の愛称。

「お前達とは、ちがうから」

 あの子は魔術師じゃない。

 精霊が好んで側に居るならば、オレが無理矢理引き剥がす理由なんてない。

「私はてっきり姫様に叱られたくなくて、お会いせずに逃げたのだと思ったけどね!」

 からかうようなアーシャを睨み付ける。

 そこで初めて気がついた。

 攻撃をいなしつつ思考が沈んでいる間に、オレを囲むように地面に付された幾つもの札に。

「いっそビンタのひとつもされればその死んだ目も覚めたでしょうよ!」

「起動!」

 大人の余裕たっぷりに笑うアーシャの隣で、エルトールが杖を大地に打ち付ける。

 ぶわ、と地面に輝く魔法陣が浮き上がる。複雑に絡み合う魔術だと理解した時には、それは発動を開始した。

 四大精霊の力が交互に混ざりあい、護りの壁にぶつかってくる。
 人から放たれるものと違い、純粋に力だけが意思もなく向かってくる為、解除に少しだけ手間取ってしまう。

 アーシャが攻撃してオレの注意を引いている間に、エルトールが地面に配したのだろう。



『出来るわけないよ』



 攻撃を無心で防ぐ中、「タリュス」の声がする。

 思い出すのはアズヴァルド国の出来事。
 銀色の髪の、年下とは思えない大人びた小さなお姫様。

 精霊の力を癇癪のままに振るうあの子を叱った。

 彼女を野党から守り抜いたあと、名前で呼べと言ってくれた。

 親愛を誓った手の指は細くて。

 魔人族の血を引く自分を怖がらなかった。

 いつも僕をまっすぐに見てきた、緑玉の勝気な双眸。

 薔薇の咲き誇る庭園でダンスを踊ったあの子の笑顔は、どんな花よりもきらきらとして眩しかった。


『大事なお兄さんの魔術を奪ったなんて、言えるわけない』


 あれから二、三通手紙もやり取りをした。
 産まれて初めて書く手紙。
 何を書こうか迷って悩んで、大した内容にはならなかったけれど。

 返ってきた返事には「貴方らしい」とあって戸惑った。

 あの子には不思議と何でも話せてしまった。
 それは、たぶん。


『リファ様は……はじめての、僕の友達だから』


 悲しむ顔を、見たくなかった。
 軽蔑の眼差しを向けられるのが怖かった。
 少しでも長く、あの子の覚えているままの「タリュス」でいたかったなんて。

「何も知らない奴が好き勝手言うな!」

 力任せに魔力をぶつけると、次々に足元の護符が塵と化していく。

「オレが消したいのは精霊の力を利用する、あんた達魔術師だ!
 リファ様は、僕の友達は違う!」

 そのままアーシャとエルトールの契約も、怒りに任せて引き剥がす。

 周囲にいた魔術師もまとめて巻き込んで、気がついた時には立っているのはオレひとり。

「っはあ……っ、やっと黙ったか……」

 ぐらりと視界が揺れる。
 魔力を一度に使いすぎたせいだ。

「……あと、は……まかせた、わよ……せんせ……」

 まだかろうじて意識があったのか、アーシャの呟きが小さく聞こえ、ぱたりと顔を伏せる。

 額の汗を乱暴に手の甲で拭いながら、苦悶の表現を浮かべたまま動かない二人を苦く見つめた。










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